飄評踉踉

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善人なほもつて往生を遂ぐ。いはんや・・・

2007-01-31 18:05:33 | 
一昨日、朝日新聞の夕刊で連載されていた小説『悪人』(作:吉田修一)が終わりました。
本作については、ほぼ同時期に朝日の朝刊で連載されていた『メタボラ』(作:桐野夏生)と似ているという声もあります。たしかに両作とも現代の若者問題を扱っていたという点では共通していると思うのですが、私にとっては『悪人』の方が読後感は良かったです。
実際のところ、連載開始当初、私は『メタボラ』の方を楽しみに読んでいました。しかし、『メタボラ』は、ニート、ワーキングプア、ネット自殺から国・地方関係の問題までを幅広く扱った上に、舞台も東京・柏崎・沖縄と転々としていたために、ややピントがぼけがちに思えました。その点、『悪人』はテーマを携帯の出会い系サイトに絞り、舞台も九州北部に限っていたので、最後まで軸がぶれなかった点が良かったと思います。

ところで、『悪人』で扱われていた日本特有の「ケータイ文化」というのは興味深いものです。東国原氏を知事にした宮崎の「そのまんま現象」も結局はこの「ケータイ文化」によるものではないかと思えます。すなわち、地方における「ケータイ文化」の伝播は、人々を急速に個人として切り分けていくことで地域共同体の人的紐帯を希薄化させ、地方における「都市化」を短時間で実現していっているのではないかということです。
このように地域共同体が解体されていけば、政党が組織票を固めることは困難です。それどころか、共同体を介在せずに個々人がコンタクトをとり合えるがために、本作のように本来なら逢わないはずだった人々が逢ってしまったことによる悲劇というのも生じうるのでしょう。

さて、『悪人』は今春に書籍化されるそうです。新聞小説の性格上、私も前半のディティールを忘れてしまっているので、単行本でまた読み返したいと思います。


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