浄土真宗本願寺派 法徳寺ブログ

神奈川県厚木市にある浄土真宗本願寺派(西)のお寺です。
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私の心には阿弥陀如来が住んでいる

2023-05-18 11:56:11 | 法要

先日、「神の手」というスペシャルドラマを観ました。現在は、かつてのような、土曜ワイド劇場のような、毎週の新作二時間サスペンスドラマは、ありません。時々、スペシャルドラマという枠になってしまいました。私は、以前から、二時間ドラマが大好きで、今も、BSの再放送で、観ております。一番好きなのは、やはり、王道の浅見光彦シリーズです。浅見光彦を演じる俳優さんはどなたも大好きです。浅見光彦シリーズは、全部観ましたし、もう、再放送も何度も観ております。すべて、内容は、分かっているのに、観てしまいます。ネタバレになるので、今回のドラマの内容は申しませんが、このドラマを観ていて、思い出したことがあります。私の大好きだった、故 大峰 顕先生は、法話の中や著作の中で、私は、布教を頼まれても、どんな話をしようと考えない、考えなくても、阿弥陀如来が、私の頭に降りてきて、私の口を通じて、法話を聞きにきてくださる方に伝えるだけです。とおっしゃっていました。何を話そう、ここで笑わせよう、ここでウケようなどと、自分の我が入ると、法話はダメになる。とおっしゃっていました。私は、それを、聞く度に、なんて、楽なんだと思いました。私も、いちよ、布教使の資格があるので、かつては、布教を頼まれることがあり、そのたびに、どんな話をしよう、どこで笑わせよう、ここで泣いてもらおうなどと、法話を考えました。当然、考えるのは大変なので、いつしか、他のお寺さんに、布教を頼まれても断ることにしました。大峰先生だけではなく、レジェンド布教使と言われる方々は、事前に、布教の内容を考えないと言います。お聞きに来て下さっている方々の顔を見て、今日の話す内容を決めると言われる方が多いようです。そこまで、なるには、膨大な経験と勉強があるからなのですが、大峰先生は、自分で話しているのではない、阿弥陀如来が直々に、私の口を通じて皆さんに語りかけて下さっているのです。私の話では救われません。阿弥陀如来の直々のご説法である、南無阿弥陀仏を聞いて救われるのです。昔、自分が、布教使を志、勉強していたころ、「おまえの話など聞きたくない。南無阿弥陀仏を留守にするな」と常に指導されました。また、「おまえの余計な話より、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお念仏しているだけの方が有り難い」今、おもえば、おっしゃるとおりです。私の心には、常に阿弥陀如来が住んで下さっているのです。阿弥陀如来は、南無阿弥陀仏と皆様に、語りかけて下さっています。


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