疾風の帰り径

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クラシックカメラマン35

2008-08-05 06:00:00 | Camera
 今日はいよいよ仙台七夕花火
 昨年はこんな感じでした。花火の写真はむづかしいですね、特にカメラ任せの私には。


 ライカの一眼レフ、陽の目を浴びないカメラの代表格です。特に初期のもの。



 右から、Leicaflexのスタンダード、SL MOT、SLです。
 評判はよくありません。

 スタンダードは1965年発売の、ライカ初の一眼レフ。
 一眼レフなのに、ピントを回したときファインダー内で、その変化が見えるのが中央の小さい円内だけ、全面マットですらないのです。



 つまりこの円の周りは常に、普通に見えるわけで、レンジファインダーカメラみたいな一眼レフファインダー。
 露出計もTTLではなく、外に窓があるタイプ。



 変なカメラです。



 SLになってTTLになり、ファインダーも改善されました。



 白いSL と 黒いSL MOT
 同じカメラですが、MOTは下面にモータードライブを噛み合わせるメカが付いています。



 ずっしり重いカメラたちです。



 1960年代後半から70代前半までこのLEICAFLEXシリーズは生産されました。このあとSL2というモデルを最後にオリジナルライカ一眼レフは姿を消し、R3からR5以降に至るシリーズは、ミノルタの一眼レフの技術が大幅に投入されました。

 当時ライカはM3,M2,M4で一世を風靡しており、FLEXシリーズの関係者は社内で肩身が狭かったそうですが、レンジファインダーカメラで大成功を収めつつも、同時に一眼レフも開発生産していた哲学はやはり半端ではありません。
 カメラは当時の日本製の一眼レフと比べても決して使いやすいものではないし、重いし、大体壊れていると言われるほど、信頼性も高くありませんでした。



 しかしこの一眼レフ用レンズ、Rレンズの性能はレンジファインダーカメラ用レンズを凌ぐものがあると言われていて、Rレンズを使うために、泣く泣く使いにくいLEICAFLEXを手にしたカメラマンもいたそうです。
 使いにくい、壊れやすいと言っても、これもライカ。M3と同じ素材、同じ生産技術で作られた、美しい器械です。