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疾風の帰り径

BROACHに存在した「疾風の通り径」を移行しました
ブログ内リンクが以前のまま、画像が移行出来てないものは、修正予定

クラシックカメラマン49

2008-10-18 12:48:12 | Camera
 ひさしぶりの社食ネタ



 昨日は480円で、はらこ飯を食べることが出来ました。宮城の秋の味覚です、鮭の親子丼。なかなか。

 先日の盛岡グルメツアーに持っていった蔵亀があります。くらかめ、クラシックカメラ。



 Nikomat EL
 1972年発売の一眼レフです。



 プロ用のカメラとして開発されたNikon Fに対して、アマチュア用の一眼レフはいろいろ作られたのですが、Nikonとして、初めて成功したのがNikomatですね。ニコマート。
 シルバーのほうは1967年発売のNikomat FTNです。ELのほうが電子回路の基板を格納するため、プリズム周りが太め。

 カニ爪と称される、絞り連動レバー金具がこの時代のNikonの特徴です。



 TTL露出計のセンサーは、レンズを通ってフィルムに達する光の明るさを測定するわけですが、レンズの絞りを絞るとファインダーが暗くなってしまい、見にくくなってしまいます。それで絞りをまわしても、実際に絞られるのはシャッターが降りるときだけにして普段は開けておくのが開放測光。そうすると当然露出測定が狂いますので、絞りの位置をカメラに知らせて、計算させる必要があるわけです。そのための爪。



 Nikon Fには、露出計がなかったので、Nikomatは同じレンズが使えて、露出計付のプロ用サブカメラとしての需要もあったと思われます。でもELのころはF2Photomicがあったので、よりアマチュア向けの味付けかな。

 最初の開放測光モデルFTNの変わっている点、シャッタースピードのリングがレンズマウントの根元にあったのですが



 ELでは、Fと同じシャッターボタンの横に移されています。Aは絞り優先自動露出。



 おまけに8秒までのスローシャッターが選べるんですね、目盛りは4までしかないけど。これも変わっていると言えば変わっています。



 もっと変わっている点。
 電池を入れる場所が見つからないと思ったら



 なんとミラーボックス内ミラーをアップした底にあるんです。そこだよそこ!! 底だって!!



 Nikon Fは、F2,F3そしてD1,D2とNikonの最高級カメラ、一桁シリーズの基になったと言えますが、Nikomatは、その後のFE,FAそして現在の中級カメラシリーズ、二桁や三桁の番号カメラの先祖様といえますね。

 そして盛岡ツアー
 もちろんデジカメもDP1を持っていきましたが、このカメラもテストしてきたのでした。
 今日その現像とCDR書き込みが上がってきたのです。



 紺屋町の、白沢せんべい店前



 紺屋町番屋



 その夜の宴会場、彩四季  お料理はこちら→サエモンさんのブログを見てください。



 ござ九





 奥に中庭があるようですね。





 ぶらり歩きです





 F8か5.6あたりでオート撮影しましたが、綺麗に中央部重点測光で露出計はOKのようです。






クラシックカメラマン48

2008-10-15 06:06:19 | Camera
 以前、クラシックカメラマン8で、MinoltaがLeicaのカメラをOEM生産していた話を書きました。Leica CL
 そのLeica CLには、minoltaブランドヴァージョンもあるのでした。



 Leitz minolta CL というカメラです。
 minoltaの前にLeicaの会社名がついているところが、健気というか、可愛いというか、律儀です。



 要するにまったく同じ機械です。1973年発売。



 当時販売されていたM4やM5と比較してコンパクトなボディ、内蔵露出計、距離計、一人前のレンジファインダーカメラです。
 バヨネットマウントのMライカ用レンズが使えて、アダプターを介せばスクリューマウントレンズも使用可能。ファインダーには40,50,90mmのブライトフレームが出ますが、周辺に余裕があるので35mmレンズも使えますね。
 ただ、フィルムを巻き上げると、こんな風に露出計のセンサーがフォーカルプレーンシャッター幕の前にしゃしゃり出てくるので、後ろの飛び出しが長いレンズだけは、これにぶつかってしまうのです。





 持って散歩したくなるカメラの代表ですね。

 先日やっと試写が出来て、現像したネガを初めてそのままCDROMに焼いてもらいました。









 使用したレンズはZeissのC Sonnar 50mm/F1.5ですが、どちらもまともに動いているようです。



モダンカメラマンⅢ

2008-10-03 06:48:46 | Camera
 こんなカメラをご存知でしょうか。



 一目で、まあ、レンジファインダー距離計連動式カメラであることはわかりますね。
 デザイン的にも1950年代あたりの金属ボディ。



 軍艦部には「一式」の文字が誇らしげに彫刻されています。このあたりは、戦中の器械の雰囲気ですよね。



 その時期のカメラにしてはファインダーがずいぶん大きめなのが違いといえば違いです。
 シャッターが1/2000まであるのが目を引きますね。



 知ってる人は知ってるんでしょうが、これ1999年製のカメラなんです。

 安原一式、といいます。

 ライカのスクリューマウントがついたレンズ交換式、フォーカルプレーンシャッター、フルメタルボディのレンジファインダーカメラ。
 一番上の写真はロシア製のインダスターレンズをつけてますが、下の写真はキャノンレンズ。



 シルバーのレンズもブラックのレンズもそれなりに似合いますね。

 Contaxのカメラを作っていたらしい安原さんという方が、独立して作った会社が、安原製作所。自ら設計し、中国のメーカーに作らせた第一号機がこの「一式」T981なんですね。

 スクリューマウントライカ、所謂バルナックライカおよびそのコピー機の最大の弱点はファインダーでした、小さくて暗くてとにかく見難かったのです。ライカはM型に大モデルチェンジして改善を図ったのですが、安原さんは、バルナックライカの雰囲気を残しつつ、スクリューマウントのレンズが使えて、大きな見易いファインダーがついた機械式カメラを開発したのです。20世紀末に。

 外見はレトロですが、シャッターは縦走りの最新のものですし、露出計もついています。



 1999年当時、会社を立ち上げ、このカメラのコンセプトを発表、予約の受付を始めたので、コンセプトに賛同し、即予約、半年以上待って入手したのがこのカメラです。シリアルナンバー00995。

 こんなことが可能だったのがフィルムカメラの良いところでもありました。

 興味のある方は、ぜひ"安原一式"でググって見てください。まだどこかで新品が入手可能かもしれません。

 ところで次の写真を見てください。



 一式の上に載っているのは、RicohのXR-8という一眼レフです。



 1993年に発売された、廉価版、フルマニュアルのプラスチック製一眼レフ。実に安っぽくて軽いカメラなんですが、



 シャッター周りの部品のレイアウトが似ています。まあこの辺のレイアウトはどのカメラも同じといってしまえばそれまでですが、どうも1990年代、ほとんどのカメラがオートフォーカスになっていた時代に、マニュアルカメラの需要はあったのですね。
 もちろん安いけど、カメラとして必要な機能はすべて備えているので、アマチュア写真家や、写真家を目指す学生向けとして、世界中で細々と販売され続けていたのでしょう。いえ、今でもこの手のカメラは生産されています。

 昔からレンズマウントがほとんど変わっていない、ニコンマウントと、PentaxのKマウントを採用していたRicohのブランドがメインだったようですが、どうもいろいろなブランド、マウントで売られていてもシャッター周りのメカが共通のようなのです。
 つまり大手メーカーもお金をかけて開発するつもりはないけど、写真家の裾野は広げたいので、東南アジアあたりの下請けメーカーにOEMで作らせていたと。



 それで、そのシャッター周りのパーツを流用して作った距離計連動式カメラが「安原一式」のような気がしています、詳しく調べてはいないのですが。しかしそれはそれで、楽しい実験ですね。

 現行のカメラで探してみると、NikonのFM10KenkoのKFシリーズの一眼レフ、さらにコシナがフォクトレンダーブランドで販売しているレンジファインダーのBESSAシリーズも、兄弟カメラのように見受けられます。違うかな。

クラシックカメラマン47

2008-10-01 06:00:08 | Camera
 10月になりました。めっきり夜が長くなりましたね。
 今日1日は都民の日といって、昔私が通った区立の小中学校や都立高校は休みでした。今はどうなんだろう。

 ちょうど30年前、1978年10月1日は大学4年生だった私の会社訪問解禁日でした。私の第一志望は、先日来、早くマイクロフォーサーズのカメラを出せだせと勝手にプッシュしているOlympusでしが、あえなく撃沈。その後Ricohにも振られ、スティルカメラの会社はあきらめてビデオカメラの会社に就職したのでした。超就職難の年でもあったのですが、まさにこの10月1日に広岡スワローズがセリーグ初優勝したのです。就活に身が入らなかったわけですね。
 OlympusもRicohも、今でも応援していますが、どちらかに入っていれば、デジカメ作っていたかな。仙台には来なかっただろうなあ。

 今年もあと3ヶ月。

 稲刈りの季節ですね。
 今日はミノルタの一眼レフを紹介します。以前も紹介したように、実る田が語源のミノルタです。



 我が家にMinoltaは少なめなんですが
 これは私の友人も何人か愛用していたSRT-101です。



 1966年発売ですから、私が小学生のころですね。Conon FTbより5年早く、Nikomat FTよりは1年遅れて発売された開放測光の普及型一眼レフです。



 大振りなカメラですが、アメリカンには受けたかもしれません。



 SRT-101という妙に長い型番ですが、なぜか記憶に残るネーミングでした。
 レンズは



 MC ROKKOR-PF 58mm/F1.4 これも大柄です。ロッコールレンズの語源はなぜか六甲山です。

 もう1台は



 1980年発売の、X-7.
こちらはまた妙にシンプルで短い型番。



 絞り優先オートの普及版一眼レフですね。このカメラのCMであの宮崎美子がデビューしたのです。♪今の君はピカピカに光って……です。

 レンズはMD ROKKORになっていて



 50mm/F1.7です。
 カメラもレンズもこの時代は他メーカー並みの大きさになっています。

 この時代のミノルタ一眼レフはあまり個性もなく、おそらく販売も今一だったのでしょう。1985年にレンズマウントを完全に新しくして、一眼レフ初のオートフォーカスカメラ、α7000が華々しく登場するのです。

クラシックカメラマン46

2008-09-28 06:13:43 | Camera
 昨日は蔵王で初雪が観測されました。
 八幡平の道路も通れなくなってきたみたいで、冬の足音が近づいてきた仙台です。

 最近モダンカメラマンシリーズも書き始めましたが、まだまだクラシックカメラもありますよ。



 Rollei 35SE、沈胴式レンズのレンズシャッター式35mmカメラです。
 カメラ界のミニクーパー。
 ドイツから帰国する直前、1990年5月27日にハンブルグまで一泊二日ツーリングで出かけ、中古カメラ市でゲットしたものです。DM330 。ブレーメンも観光してきた記憶があります。



 Rollei 35は1966年からドイツで生産されたカメラですが、このSEはシンガポール製で1979年ごろの生産。
 Sと言うのはSonnarレンズ、TがTessarレンズつきです。Eは露出計の表示がLEDのものをあらわしているようですね。



 ごろごろしたちょっとドイツっぽくないデザインではありますが、なんのなんの、メカが凝縮されているのです。



 ライカあたりと比べると30%ほど縦横が小さくなってますので、いろんな機能が各辺に分散移動させられています。



 巻戻しノブとホットシュー、フィルムカウンターは底面



 絞りとシャッタースピード、フィルム感度はレンズの両側にシンメトリーに配置。



 残念ながら距離計はなく、ピントは目測。



 裏蓋を開けるだけでもわくわくするカメラです。



 内部も楽しいメカ満載。



 フィルムのパトローネと比べてください。



 残念ながらレンズ前玉のコーティングが駄目になっています。



 このまま撮るとソフトフォーカス。
 再コーティングってできるのでしょうか。

 しかし弄っているだけでも嬉しくなるカメラなんです。

そんなの、ほっときな

2008-09-26 07:40:14 | Camera
 私が8年間暮らした(といってもそのうち3年分は出張していましたが)デュッセルドルフからライン河に沿って南に60kmほど、アウトバーンをかっ飛ばせば30分で着いてしまう古都ケルン。
 当時の西ドイツの首都ボンとノルトラインヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフの間に挟まれてはいますが、ドイツではベルリン、ハンブルグ、ミュンヒェンに次いで人口の多い大都市です。
 またローマ時代、つまり2000年前の遺跡が街のどこを掘っても出てくると言う、ある意味では悩みももつ、歴史の街、京都の姉妹都市でもあります。フランス語のオーデコロンはケルンの水と言う意味ですし、英語の植民地Colonyの語源でもありますね。
 この地方を担当する放送局WDRもここケルンにあります。



 ライン河を渡る橋からのダウンタウン。
 街が古い分、堤防が弱く、ライン河も若干細いため、アルプスの方で大雨が降ると、数日後に洪水になることがあります。堤防沿いの建物には過去数百年の洪水の記録が誇らしげに書き込まれていたりするのです。

 ひときわ大きな教会がケルンの大聖堂、本当に巨大、157mあります。
 1248年創建と言いますから、日本は鎌倉時代、平家物語が書かれたり、日蓮が活躍していた頃でしょうか。私がいた頃はまだ建築中でしたが、もう完成しているのでしょうか。
 どこからでも見えるランドマークのツインタワーですので、第二次世界大戦の敵、米軍も目印として残すため、爆撃しなかったとか。



 もちろん今では世界遺産です。
 デュッセルドルフのアルトビールに対して、ここケルンには同じ上面発酵ですが、ケルシュと言うこれも美味しいビールがあります。細いストレートグラスで呑むのが特徴です。アルトが赤黒い色をしているのに比べて、ケルシュはピルツナーと同じ黄金色をしているのが大きな違いです。

 そんな実に奥深い街ケルンのメッセで2年に一度、偶数年に開かれるのがフォトキナです。本来ドイツ語の写真Fotoと映画Kinoを組み合わせた造語なのでFotokinaのはずですが、英語つづりのPhotokinaが使われています。
 私がいた会社もビデオカメラと言ういわば周辺業界でしたので、8年いたうち4回参加しました。※以下の画像は無断借用です。



 今回も23日に開幕。毎回本場ミュンヒェンのオクトーバーフェストとかぶります。

 カメラの展示は当然日本製が中心。
 今年もこの世界最大のカメラの展示会を目指して新製品の発表が目白押しです。詳細はデジカメwatchを見ていただくとして、私の注目はまずオリンパスのマイクロフォーサーズ。



 肩透かし、参考出品ではあるのですが、デザインになっていませんね。
 完全にPanasonicに先を越されて、あわてて出品したと言う感じ。残念です。

 ライカからフルサイズのデジカメが出るか、マイクロフォーサーズもありかと期待していたのですが、出てきたのは、なんと



 S2と言うカメラです。撮像サイズが30x45mm、645のハーフ、6x9の1/4ですか。なんででしょう。中途半端。
 Mシリーズ、Rシリーズに対して、Sシリーズになるそうですが、レンズも全て新規格みたいだし、大丈夫なんでしょうか、こんな製品を出して。報道以外のプロカメラマン向けなんでしょうが、高くなりそうですね。

 あとは先日来紹介しているカメラは端折って、これもフルサイズが出るかと期待していたPentaxからは



 K-mと言うデジ一ビギナー向け、APSサイズの超小型機。

 Olympusからも、たぶんごく普通のフォーサーズ中級機



が目を引く程度でした。

 でもやっぱりほっとけないフォトキナです。なんて書いたけど大事なカメラをひとつ忘れていました。

 SigmaのDP-2も出たんですねー。レンズが28mmから41mm相当に変わっています。


モダンカメラマンⅡ

2008-09-23 07:13:24 | Camera
 ある日、美しい化粧箱が届きました。



 CONTAXってあるので当然カメラですね。



 またまた美しいカメラなんです。



 1984年発売、KYOCERAのCONTAX Tです。



 前回のNIKON F3がジウジアーロなら、Tはポルシェデザイン。
 息を呑むほどすばらしい造形美。



 35mmフィルムを使用する、金属ボディの距離計連動カメラです。
 絞り優先AE専用機、最初に購入した人の名前が掘り込んでありますね。



 フィルム巻き上げレバーすら通常はくぼみに綺麗に収まって、小さなポケットにも滑らかに入る、流面体。



 レンズはCarl ZeissのSonnar 38mm/F2.8 T*。



 ガイドナンバー14の外部ストロボをつけてもその美しさは変わりません。



 CONTAXブランドのコンパクトカメラと言えば、オートフォーカスのT2やT3が有名ですが、器械としての美しさは、Tには及びません。
 Tと言うカメラは、35mmフィルムを使うカメラとして、そのコンパクトさを追求したところに存在感があるわけですが、ほかにもそんなカメラがあります。



 1979年発売のOLYMPUS XAです。Tよりさらに小型ですが、距離計がしっかり連動します。これも絞り優先AE専用。
 レンズ保護を兼ねたバリアが横にスライドします。



 レンズはF.Zuiko 35mm/F2.8



 父が使用していたカメラです。

 まだまだあります。
 TとXAは日本製ですが、こちらはドイツ製。



 1985年発売のMINOX 35MLです。



 距離計はありませんが、絞り優先+プログラムAEも搭載されています。
 レンズはColor-Minotar 35mm/F2.8



 こいつのすごいところは



 専用ストロボがカメラよりでかいんです。



 笑わないで下さいね。
 なんとガイドナンバーは26。T用のものの約2倍です。
 ガイドナンバーと言うのはASA/ISO100のときの絞り値x距離(m)、明るさは距離の二乗に反比例しますから、2倍になると言うことは4倍明るいことになります。すごいでしょう。



 かなりコンパクトなカメラたちなんですが、最近のデジカメと並べてみました。



 一番左がLeicaのD-LUX3です、ファインダーがない分小さいですね。

 そんなわけで、モダンカメラマン、コンパクト編その一でした。

モダンカメラマンⅠ

2008-09-21 06:57:12 | Camera
 モダンカメラマンと言うのを始めることにしました。

 まあ単なるブログのタイトルなんですが、うちに集合しているカメラたち、1927年のものから2008年の新製品まで。クラシックじゃないカメラも結構あるんですね。それも紹介したいと言うことで。

 じゃあ、どこでクラシックからモダンになるか、が難しい。

 ピッカリコニカが1975年、ジャスピンコニカが77年。間は2年しかないのですね。
 まあこのあたりかな。もうちょいあと?

 私が社会人になったのが79年、この辺を境にしましょう。



 Nikon F3です。1980年発売。
 F初の電子制御シャッター、初のAE、初のボディ内露出計装備でした。

 F2までのごつい筐体とうって変わって、流れるようなボディデザインはジウジアーロ。



 世界の一眼レフの最高峰らしく、何やらボタンがたくさんありますね。



 このカメラ、F4が出ても、F5が発売されても生産し続けられた大ロングセラー、2000年に製造中止になり、サーヴィスは2010年まで受けられるそうです。



 先日のジャズフェスにこのカメラをぶら下げて試写してきました。
 一番上の写真にある、古い85mmF2.0と24mmF2.8 を使用しています。



 単レンズってやっぱり味がありますね。



 ネガをスキャンして取り込んだものです。



















クラシックカメラマン45

2008-09-20 09:25:49 | Camera
                            ※記事が追加されています。
 日本写真機工業会JCIAが出版している、「カメラ総合カタログ」と言う味も素っ気もないタイトルの冊子があります。
 本棚を探してみると10冊弱が残っていて、一番新しいのが2002年度版、古いのが1989年度版でした。



 中身はただこの会に属しているメーカーの新製品が紹介されてるだけなのですが、確か100円か200円ぐらいで買えることもあり、子供の頃には擦り切れるくらい読んでいたのです。



 89年度版がVol.95、02年度版がVol.118、単純に計算すると、年2回発行されているようです、最近はわからないけれど。
 調べてみると復刻版も売られていました。買ってはいませんよ。



 1960年に発行が始まったことがわかります。
 しかしこの2年分の復刻版、アマゾンで42000円です。ぼったくりだな。

 まあ当時どんなカメラがいくらで、どんなキャッチコピーで売られていたか、アクセサリーも含めて結構今でも楽しく読めるんですが、まあカメラが欲しかった中学生の頃、これを読んでいて当時欲しかったカメラなんかが、最近になってどんどん手に入ったりするわけですな。
 ちっぽけな夢ですが、一応夢は見続ければきっと叶うという好例です。

 で、その中の1台がこれ、1972年ごろカタログに載っていたはずです。



 1969年発売の、OLYMPUS-35SP。
 コンパクトカメラが金属製だった時代の最後を飾る銘機ですね。距離計連動、露出計つき35mmレンズシャッターカメラです。



 はっきり記録が残っていないのですが、おそらく西新宿にある新宿中古カメラ市場あたりで90年代中ごろに購入したものだと思います。この時代のコンパクトカメラについては圧倒的な展示数を誇る店でした。最近は知りませんが。



 端正なフォルムの前面に窓がたくさん並んでいて、左から、露出計メータ用バックライト、距離計&ブライトフレーム用明かり取り、ファインダー、露出計です。
 なんと言ってもこのカメラのすごいところは、スポット測光ができること。



 通常は20度の範囲内を測光しているのが、SPOTを押すと6度になるのです。

 あと、面白いのは露出計の受光部に4枚の絞り羽根がついていて、隣のフィルム感度ノブを回すとこの絞りが変化するんです。楽しい。



 レンズはG.ZUIKO 42mm F1.7(5群7枚構成)



 オリンパスのZuikoレンズは前に付いているアルファベットが使われている光学レンズの数を示しています。
 Dだと4枚、Fは6枚、だからGは7枚なんです。まあちょっとお金が掛かっていると言うことかな。

 夢がたくさんあった中学生の頃、第一志望の都立高校に受かって、滑り止めの私立高校の入学金が浮いたお金で買ってもらったのは、このカメラではなく、CanonのFTbと言う一眼レフだったのでした。めでたしめでたし。

 Canon FTb
 あたりがあったので追加を書きます。




 これはまさに、そのときの入学金が化けたFTbです。1971年発売の製品ですが、私が入手したのは1972年春のはずです。
 FTというたぶん絞り込み測光のカメラをモデルチェンジして開放測光のFTbが出たのだと思います。小文字のb、なんかカッコ良いですよね。

 この時期、写真好きのクラスメートが持っていたのは、NikomatかMinolta SRT101が多かったように思います。OLYMPUS M-1もいたかな。



 フードがバヨネットなのもグッド。
 QLと言うのはクイックローディング。フィルムの端を挟むだけでOK。



 高校大学時代に撮った写真はほとんどこれです。



 標準レンズは純正の50mm/F1.8ですが、バイトして買ったレンズが2本。純正は高くて買えませんでした。
 望遠ズームがTamron 85-205mm/F3.5、ずいぶん悩んでこれに決めた記憶があります。当時のズームレンズは絞り値をメカ的にカメラ本体とやり取りする関係で、開放値が一定だったのですね。アダプトールシステムといって、同じレンズ本体を異なるメーカーのカメラボディに適合させる精緻なメカニズムが搭載されています。
 広角がSigmaの28mm/F2.8でした。残念ながらこの二本は若干カビが発生しています。Sigmaはこの頃創業されたと思います。

ラ・ラ・ラ・ライカ......だけど

2008-09-19 06:21:20 | Camera
 台風が来るぞーと騒いでいますが、今日の仙台は晴れていますね。
 どうも東京のお天気感覚とはいつもずれがある仙台。

 ちょっと油断していたら、またまた新しいデジカメが続々発表されています。フォトキナイヤー。私はいつもデジカメWATCHでチェックしているんですが。
 それも前からライカブランドで出てきたら嫌だなーと思っていたPanasonic OEMモデルもついに登場してきたんです。
          ※今日の写真は全てWebからの無断借用です。

 OEMの前にまず紹介しなければならないのは



 Leica M8.2です。これはM8の手直しモデルのようで、M8の改造もしてくれるようですね。でも、俺には関係ねー(死語)。

 そして



 Leica CーLUX3
 これは2月にこれのライカモデルが出そうだと書いたLUMIX DMC-FX35ではなく、最近発売されたFX37のOEMモデルですね。
 25mm相当からの5倍ズームが付いたモデル。C-LUX3では色味やシャープネスにライカの味付けがしてあるそうですが、たぶん1万円以上価格差が付くんですよ、うーーーん。
 FX37はこんなデザインです。



 あんまり違いはありませんよね。

 それから私も持っているD-LUX3の後継機



 D-LUX4です。
 こちらもそれなりの味付けとデザイン変更はしてあるものの、DMC-LX3のOEMモデル。
 DMC-LX3は前にも紹介しましたが



 どちらも24mm相当F2.0 からの超広角大口径ズームレンズ装備。
 でもLUMIXのほうがカッコ良いかも。

 物欲が刺激されます。
 NikonのP6000も良いし



 Canonからも対抗馬が発表されていました。



 PowerShot G10
 ついに28mm相当からの5倍ズームが付いてしまいました。
 顔セルフタイマーと言う機能も面白そうです。

 どっちも男っぽくって良いっすね。

G1クライマックス

2008-09-13 06:06:52 | Camera
G1......この言葉からはいろんなことが連想されると思いますが、まあカメラ好きはこれ



 ContaxのG1ですね。京セラ製。1994年にフォトキナで発表、翌年に発売されました。
 おそらく、一眼レフではなく、35mmフォーカルプレーンシャッター式で唯一の、レンズ交換が可能なオートフォーカスカメラシリーズ(よりハイグレードなG2もある)かと思われます。

 90年代中盤の製品ですから、クラシックカメラではありませんが、美しいチタンボディのカメラです。
 フィルムカメラで、レンズ交換を可能にするためには、レンズをはずした際にフィルムを露光させないために、フォーカルプレーンシャッターはなかなかはずせないのですが、必ずしも一眼レフのようなミラーボックスは必要ではありません。



 レンジファインダーカメラに分類されることが多いG1、G2ですが、実際には距離計はありません。距離計のように見えるのは、オートフォーカス素子用の窓。まあ広い意味では距離計になるのかもしれませんが。

 標準レンズは、Carl ZeissのPlanar T*45mm/F2.0 これも美しい。



 G1用には超広角から中望遠まで5-6種類の交換レンズが用意されてますが、一眼レフで無いとファインダーが複雑にはなってしまいます。G1では28mmから90mmまでの間では、レンズの画角を検知してファインダーサイズをメカ的に切り替え、さらにオートフォーカス測定値からパララックスを補正します。生きているファインダーと言う感覚。



 そのファインダーの動きと言い、このシャッター周りのノブのデザインと言い、メカ好きにはたまりません。

 オートフォーカスはカメラ本体側のモーターがレンズのメカを駆動します。



 実に革命的で、グッドデザインな器械なのですが、レンズ交換式カメラの主流はやはり一眼レフ。商品として成功したかどうかは...

 で、なぜ今日このカメラが出てきたかと言うと、昨日こんなカメラが発表されたのですね。(写真は引用)



 PanasonicのDMC-G1、これもG1なんですね。
 ちょうど1ヶ月前に発表されたマイクロフォーサーズ規格。撮像素子の大きさはフォーサーズと同じで、フランジバックが半分のレンズインターフェイス規格です。この規格のカメラがやっと発表されたのでした。
 赤や青のボディもあります。



 今年もフォトキナイヤー。世界を意識した新製品が9月に入って続々出てきています。

 このG1は前のG1と同じく、製品としてはプチ革命的です。だからG1とネーミングされたのかもしれません。
 まず、レンズ交換式にするためには、ミラーボックスを持った一眼レフである必要はない、ミラーボックスをはずせばコンパクトになると言う原点は同じ。
 特に最近のデジタル一眼の一部は、ライブビューと言って、液晶をファインダー代わりに使ってせっかくの光学ファインダーを使用しないと言う本末転倒な使い方もありになっているのですが、新G1はこのライブビューで使う一眼スタイルを標準にすることで、ミラーボックスを排除したわけですね。だからこのカメラの分類は、デジタル一眼レフカメラではなく、デジタル一眼カメラとのこと、なんのこっちゃ。
 さらにさらに、デジタルカメラの場合、撮像素子の露光を気にする必要はありませんから、フォーカルプレーンシャッターまで取っちゃった。撮像素子むき出し。電子シャッターのみです。



 ファインダーも光学式ではなく電子式つまり小さな液晶をのぞく式ですね。
 まあ結果的にはコンパクトデジカメのレンズをはずせるようにしただけ、そのインターフェイスを汎用規格にしただけなんですが、実に面白い方向だと思います。フィルムカメラではありえないスタイル。Panasonicだから出来たカメラかもしれません。



 35mmを引きずっている非一眼デジカメとしては、LeicaのM8やEpsonのRD1があります。実際の撮像サイズは35mmよりだいぶ小さいAPSサイズ。
 35mmフィルムのサイズと言うのは、まあ長い歴史の中で、6x9cmは大きすぎるし、APSやハーフはちょいと小さいと言うバランスの中から最終的に生き残ってきたサイズなわけですが、このマイクロフォーサーズ(APSよりやや小さい)は、デジカメならこのサイズぐらいがあらゆる技術的な検討から、最適なサイズではないかと言う主張なんですね。レンズの設計のしやすさとか、撮像素子の性能や消費電力、生産歩留まりとか、カメラそのもののサイズも含めて。
 ほかのメーカーからこの規格のカメラが出てくるかが、注目の的です。



 昔の広角レンズを持っている私としては、35mmフルサイズのデジカメもいつかは欲しいのですが、これからのカメラ技術を考えた場合、このマイクロフォーサーズがかなり理想に近いような気がしてきます。

 ところで、ひつこい様ですが、今日から仙台では、定禅寺ストリートジャズフェスティバルです。しつこいかな。

 これに絡めていろんなイベントが同時に開かれるのですが、知り合いからこんな案内が届きました。



 純米酒BAR
 錦町公園で同時開催だそうです。すず音も呑めます。

クラシックカメラマン44

2008-09-12 05:34:47 | Camera
 今週はなぜか平日だけがくそ天気。夕べは結構雨降ったけどね。
 一昨日は少しでも恩恵にあずかろうとして、バイクで出勤しようとセルボタンを押しても反応なし。
 うんともすんとも言わない。
 せっかくこの間マフラーを掃除したばかりなのに、壊されたイグニッションキーも中古だけど競り落としたばかりなのに、セルが回りません。バッテリーかな。また週末の仕事が増えました。


 それはさておき、 2度に渡って紹介したROBOTに新顔です。



 ROBOT ROYAL 36



 OTTO BERNING社の1955年ごろの製品です。
 1953年製のROYAL 24Ⅲと1960年製のRECORDER 24は24x24mmの正方形フォーマットでしたが



 ROYAL 36はその名の通り24x36mm、普通の35mmサイズです。
 ファインダーの形からも明白。



 一般の愛好家にとっては完成形ですね。



 器械としての美しさ、存在感はLeicaやContaxを上回るものがあります。



 ROYAL 24は、連写が可能でしたが、36は出来ません。同じゼンマイ巻きなのに、単写だけ。



 レンズはZEISSのSONNAR 50mm F2.0



 透明感のある、美しいレンズです。



 もちろん交換可能です。



 24やレコーダーのレンズと替えてみましたが、なぜか24のレンズだけ、36とレコーダーには付きません。逆は可能。



 年式の違いでしょうか、それとも結像サイズが違うためかもしれませんね。



 これがゼンマイ仕掛けのチャージノブ。
 このあと36Sと言う連写もできるモデルが出たあと1970年代にROBOTカメラは製造を終えているようです。会社は存続しているようですが。

クラシックカメラマン43

2008-09-07 05:40:46 | Camera
 夕べはスワローズの由規がジャイアンツ戦で力投。
 5回一死までパーフェクト、その後3点を取られたものの、久々のジャイアンツ戦勝利を演出してくれました。
 プロ入り初勝利です。ばんざーーい

 岡田ジャパンもバーレーンで勝ったようですね、よしよし

 クラシックカメラマンシリーズもだいぶ回を重ね、紹介していないレンジファインダーカメラもだいぶ少なくなってきました。よって今日は一眼レフです。



 Pentaxブランド、旭光学のスクリュ-マウントのシングルレフレックスカメラたち。

 意外と知られていないかどうかわかりませんが、Pentaxのカメラが世に現れたのは戦後、1952年でした。
 それも35mm一眼レフだけど、ウエストレベルファインダー、つまり二眼レフのように上から覗き込むタイプのカメラでした。
 アサヒフレックスと言うカメラです(写真は某所から無断借用、私のものではありません)



 その後ペンタプリズム式のAPを発売したのが1957年で、現在はHOYAに吸収されてしまいましたが、連綿と一眼レフを生産し続けています。
 と言うことは、旭光学は距離計連動式カメラ、レンジファインダーカメラは作ったことが無いことになりますね。意外でしょう?

 それで、1962年発売のPentax SV



 露出計が付いていないシンプルな一眼レフです。



 1957年のAPからPentaxはM42と言うサイズのスクリュー式レンズマウントを採用しました。要するに直径42mmのボルトナット。
 これは旧東ドイツのPracticaという会社が作ったマウントです。



 レンズから出ている細いピンは、絞り制御。カメラ側からこれを押すことで、設定した値に絞り込まれます。こうすることで、絞ったときにファインダーが暗くなることを防いだわけです。
 ボケ具合をチェックするために、強制的にこの絞り制御機能を切ることもできました。

 Pentaxは昔も今も独自性より汎用性を重視する会社だったようです。それが仇になったかも。

 最近気づいたのですが、このSV、セルフタイマーがフィルム巻き戻しノブの下のダイヤルでした。変わっています。



 一眼レフの特徴は、レンズとフィルムの間にミラーがあり、普段は光をファインダーに反射させておいて、露光時だけそのミラーが引っ込み、シャッターが開くと言うもので、レンズ経由の絵をファインダーで確認できると言う大きな利点があるものの、メカニズムは複雑です。
 1950年代の一眼レフには、シャッターチャージと同時にミラーが降りてきて、ファインダーが見えるようになるカメラも多くありました。
 それらに対して、Pentax以降の一眼のように、シャッターが降りるとそのままミラーが戻って、ファインダーが見えるようになる方式をクイックリターンミラーと呼びました。

 その後1964年にPentax SPが発売されました。後の大ベストセラーの誕生です。東京オリンピックの年。



 セルフタイマーも見やすいレバー式に変わっています。
 SPには、世界初ではありませんでした(世界初はトプコン)が、露出計、それも電池が必要なCdS露出計が組み込まれました。



 ファインダー右端のメーター針が、中央に来るように絞りとシャッタースピードを選ぶのです。



 露出計のスイッチが付いています。これを正しく働かせるためには絞り込む必要がありますから、絞るとファインダーは暗くなってしまいます。
 したがってまず露出計をオフにしておいてピントを合わせ、露出計を入れて絞りとシャッター速度を決め、構図を確定してシャッターを押すという順序が必要でした、シャッターを押したあとは露出計が自動的にオフになると言う省エネ機構も装備されていました。
 絞込み測光と呼ばれます。



 評判の良いタクマーレンズ。このSPには35mm/F2が付いてます。

 ペンタックス、ペンタックス、ペンタックス............ワーイドだよ............ボーエンだよ、と言うCMありましたよね。
 このSPが私が初めて使った一眼レフです。中学校の修学旅行のとき、父の同僚に借りたのでした。

 このSP、なんと10年間生産されました。
 10年後にマイナーチェンジされたモデルが、SPF



 1974年発売ですが、ほとんど外観は変わりません。天辺のとんがりが少し欠けて、アクセサリーシューがつきました。



 大きな差は、開放測光。
 実際に絞り込んでファインダーを暗くしなくても、露出が測れるようになったのです。
 秘密はこれ



 画面右、マウントの裏にあるレバーでレンズから絞りの情報をもらうのです。
 今なら電子接点でやり取りするのですが、昔は器械仕掛け。スクリューマウントが仇になって簡単ではなかったそうです。



 こいつにはマクロレンズが付いてますね。



 そして、順序は前後しますが、1971年発売のESです。



 このブラックボディのESには55mm/F1.8のタクマーが付いてます。



 SPとの違いはこれ



 絞り優先AUTOMATIC、つまり自動露出になったのでした。

 Pentaxは1975年にレンズマウントをKマウントと呼ばれるバヨネットに変更します。これはより進んだ自動化に対応するため。
 このKマウントはその後オートフォーカスにも対応し、現在もデジタル一眼に使用されています。

 しかしSP、SPFのラインはバヨネットのK1000へ引き継がれほぼ同じ設計で1995年まで生産されました。おそらく日本で最高に売れた一眼レフシリーズかと思われます。

これでもカメラ

2008-09-05 06:54:36 | Camera
 津軽海峡のフェリー航路が撤退危機です。
 せっかく昨年今年にナッチャンを2隻投入したのに、原油が高過ぎ。
 青森函館だけでなく、大間函館も。大間便は32年前に往復利用したきりですが、ツーリング族には重要な航路ですよね。
 ちょっと心配ですね。

 昨日メディアテークで展示会を見学したあと、遅めに出社すると駐車場にオープンじゃないクローズセット。



 ふしぎのトビラのセットでした。
 全面裏側に見えますが、これがピンホールカメラ。



 通り過ぎるわけには行きません。
 中に入りたかったけど本番中なので遠慮しました。

 来月放送分かな。楽しみです。
 東北と新潟限定です。

 遅めに出社すると、離れた駐車場を利用せざるを得なくなります。
 帰り道。



 隣の結婚式場が営業中でした。儲かってまっか。



 こちらもがんばって欲しいものです。

クラシックカメラマン42

2008-09-03 06:53:30 | Camera
 今朝の仙台、真っ白です。まさに霧の都の面目躍如。夕べのイーグルスの試合も後半は五里霧中でした。



 真ーーーっ白。視界数十m。永田町ではありません。

 で、黒いカメラの紹介です。



 LeicaのM5。



 1971年発売。これは1972年製だからミュンヒェンや札幌でオリンピックがあった年ですね。虹と雪のバラード、飛んだ決まった、ジャネットリン。

 M5、ライカの異端児といわれています。


 ※巻き上げクランクの部品が欠品ですが、使えます。


 なぜなら1954年にM3を発表して世界中を驚かせて以来、M1からデジカメであるM8までほとんど同じデザインなのに、M5だけ違うんですね。まさに異端児。



 上の写真はM3とM5、BMWではありません。
 M4までは露出計が無かったのですが、初めてM5で内蔵させたのでした。それで容積が必要となり大きくなってしまったのです。これが不評でした。
 それでもM3やM4に外部露出計を取り付けるよりはずっとコンパクトなんですが。



 確かに大きくなったのですが、逆に使いやすくなっているようにも感じます。
 日本製の一眼レフ、当時のニコンやキャノンと同じくらいだからかもしれません。
 露出計はレンズを装着してフィルムを巻き上げると、フォーカルプレーンシャッターの前に、スイングアームが現れて受光部が顔を出します。



 これゆえ、ぎりぎりで設計されている広角レンズの一部は使用することが出来ません。沈胴式のレンズも危険。あたってしまうのです。

 あと、吊り金具も変わっています。



 いわゆる縦吊り式と言って、金具が二つとも左側についているのです。だから首にかけるとカメラが縦になる(横になる?)のですね。
 変わっています。
 同じ時期に出た右のCL(ミノルタのOEM)も同様でした。



 一眼レフを出し始めた時期とも重なるし、ライカにとって激動期だったのでしょう。
 一眼であるSL MOTとM5



 結局吊り金具も3ラグと言って、右側にも金具が付いたマイチェンモデルが出されたし、1967年発売の前のモデルM4が、マイナーチェンジされ、M4-2となって1977年に発売されました。M5は1975年に製造中止。M4はその後1980年にM4-Pと言うモデルまで出て、1984年発売のM6にあとを譲ります。M6は露出計内蔵ですが、75年から84年までは露出計内蔵のMは販売されていなかったことになります。約10年間も。
 ユーザーもメーカーも本当に保守的なんですね、ライカは。



 M6の露出計はLEDランプ式ですが、M5、CLはメーター式、こちらのほうがずっと見やすいのも事実です。
 そんなわけで、M5はライカMではないと信じる人がいる一方で、M5はベストライカである、と言い放つ人もいて、避けて通ることができないカメラなのでした。