西の空は晴れている

絶望の向こうに希望がある............、はず!

力(リキ)

2015-07-30 22:32:31 | 

「真説・長州力 1951-2015:田崎健太著」を読んだ。485ページのノンフィクション長編作品。とはいうものの、「木村政彦はなぜ・・・」のようなページ2段の細かい文字のやつじゃないので、3日で読み終えた。ちょっと寝不足。

暴露本では無いので、プヲタなボク的には、中学時代からオリンピック出場までを除けば大体知っている内容。著者は、長期に渡って長州に取材をすると共に、彼に関するいろいろな人の証言をとっている。アゴと鬼嫁の旦那からの証言は取れなかったようだが。(2人とも、どちらかと言えば嫌いなんで、どうでも良い。)

プロレス関係の人は、常に我を強く見せたがる、金にならないかを考えている的な癖があり、浜口パパやカーン、保永辺りを除けば、虚実入り混じっている感じの証言も多々。その辺は、往年のプオタ感でそこそこ真実は嗅ぎ分けながら読む。大きな驚きは無い。谷津や大仁田等、大概が想像通りの受け答え。

長州力という人は、自分が10代~20代、ホント夢中になったレスラー。今は、滑舌の悪いキャラで小銭を稼いでいらしゃる様だが、全盛の頃、漲るパワーというかオーラは凄かった。例の”切れちゃいないよ”の試合は、ドームまで観にいったんだが、やっぱ、アレが僕の生観戦では一番興奮した大会だった。観戦後、ドームから水道橋駅までの道すがら、知らないにいちゃんと肩組んで、”長州!長州!”って叫んで歩いた。いい時代だったわ。

長州力の隆盛と衰退、その時々の彼の思いが丹念に書かれている。何度も引き合いに出して悪いけど、「木村政彦はなぜ・・・」は、著者の柔道愛が強くて、ちょっと贔屓ぎみなのだが、「真説・長州力」の著者は長州ファンでもプヲタでもない分、淡々と書かれていて良い。読み進めていく中で、素の吉田光雄の部分と、長州力をやっている部分の違いがなんとなく感じられてくる。まあ、それも、ほぼ想像通りなんだけど。

大体がほぼ想像通りの内容だが、ボク的にはそれが満足。長州力の良い部分、悪い部分も、事実、他者の証言を通して丁寧に書かれている。自分を少しでも高く売ろうする長州、金で動く長州力、頑固で人の言うことを聞く耳持たない長州、そういうの全部アリですよ。プロレスラーだもん。裸一貫で金稼いでいるんだもの。全日四天王も好きだっただけど、限られた環境で会社の為に全力を尽くしてみたいな感じで、好きではあるが熱く成りきれなかった。プロレスみて、”さあ、会社行って仕事、がんばろうかっ。”じゃあ、なんか違うでしょ(笑)。全盛期の長州力を見てた時は、何事も控えめな私でも、”よ~し、オレも一発!”って思いになれたもの。

昭和から平成、長州力の人生と世の中の移り変わりって似てて重なる感がある。同時に、自分のここ20数年を振り帰ってみたりして、もう数年ぶりに”よ~し、オレも!”とちょっと思った(笑)。

自分が想像していた長州力が書かれている。マル。往年のプロレスファンにはお奨め。(アゴ、鬼嫁旦那のファンを除く。)


懐かしいさと最後の驚きと

2013-11-24 09:38:00 | 

『イニシエーション・ラブ(乾くるみ)』を読んだ。

数年前に、話題になったらしい。何の変哲も無い恋愛話が何の驚きも感動も無いまま普通に進んでいくのだが、ラストの2行で、”あれ?・・・・・・そういうことか!”と驚かされる。

この本を紹介されている方が、皆、ラスト2行を読んで再読したくなると言っているので、最初から気を付けて読んできたつもりなのだが、僕もすっかり嵌められてしまった。この本は2部構成(sideAとsideB)になっており、sideBの途中あたりから、”ん?変じゃねー。”と感じる部分が間々あるのだが、肝心の事が最後の最後まで判らなかったな~。

話はバブル真っ只中の大学生と歯科衛生士との恋愛。平凡な話。

でも、この時代に大学生だった僕は、やはり似たような平凡な経験をしている。携帯電話が無い時代なので、彼女の家に電話をする時に、家族が出たらどうしようと心配したり、合コンで、女の子の一言々々に深く深く裏読みしたり。(そういえば、仲間内で”その一挙手一投足に!”なんて言葉が流行ったことがあったよな。)と懐かしくなる。車の中でかける音楽ツールは当然カセットテープ。いい時代だったというか、毎日、楽しかったと正直思う。

この本を読むと、今、40代の方であれば、同様な懐かしさに浸れると思う。お勧めです。但し、絶対に最初から読むこと。

いろいろな見方があると思うが、僕は、”女って恐いわ~”って感想。


久し振りに良い本を読んだ

2012-07-29 07:51:24 | 

【木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか】を読み終えた。原稿用紙1600枚、700ページ2段組のノンフィクション長篇。この作品を27歳から執筆しはじめて45歳に書き終えたという作者の、木村政彦に対する強い憧憬と柔道愛が感じられる。明治、大正、昭和、平成の武道史(柔道、空手、合気道、グレーシー柔術、総合)について詳細に記述されており、当然、大山倍達の真実についても触れられている。はっきり言って柔道贔屓、木村贔屓の作品です。それなのに、空手側の僕が読んでいても全く不快感は感じられず、寧ろ、読み続けるに従って、木村政彦という男にどんどん惹かれていく。

前半は、木村政彦が牛島辰熊と出会い、全日本優勝から天覧試合優勝までのことがメイン。15年間不敗。13年連続日本一。もの凄い練習量。僕の様なヘタレには100%無理だが、格闘技をやる人間とすれば、脳天気に”いいな~、そういうの”と思ってしまう。この時代は、今と違って、柔道はスポーツでは無く武道だったんですね。当然、打撃もやっていた。寝技や関節も立ち技以上に稽古した。高専柔道という単語は、ちょっとした格闘ヲタであれば、耳にしたことはあるだろう。武道としての柔道で、最強を目指す木村の人生にワクワクする。作者の(柔道を愛するが故の)、現代の講道館に対する不満が良くわかり、ある意味、爽快。

私事だが、僕の祖母の弟さん(S氏)が、やはり柔道の天覧試合で勝利したらしい(何回戦までいったのかは知らないが)。祖母が生前によく言っていた。文中にも書いてある通り、この時代の天覧試合というのは、オリンピックより価値があることだったようだ。戦前のことであり、当然、名前さえも出て来ないと思ったのだが、ネットで調べてみた。柔道では見つけることが出来なかったが、S氏の名前と、北大時代に書かれた研究論文(鉱山学?)の表題を見つけることができた。ちょっとうれしい。この時代の人達は、文武両道の豪傑が多かったんですね。

後半は、プロレスやグレーシーとの関わりについて。平成の世となり、グレーシー柔術が一躍有名になる。エリオ・グレーシーを破った男として木村政彦の名に世間の注目が集まった時には、彼はもう逝っていたという皮肉な現実。”第21章マラカナスタジアムの戦い”が、この本の中で僕が一番熱くなれた章。エリオ・グレーシーVS木村政彦の動画はネットで簡単に観ることができる。本を読んでから動画を見ると、感動も2倍。自らが負けた試合を開示してくれたグレーシー一族の漢気に感謝。それに比べて、力道山。現存する木村VS力道山の動画は全て、木村が攻めている部分はカットされている。力道山の一方的なブック破りとはいうものの、公開されている動画だけみると、ホント、木村が弱く見えてしまう。力道山も人には言えない苦労はあっただろう。でも、木村政彦云々は置いといても、こういう自己顕示欲の強い人は好きになれない。たぶん、どういう人間関係にあっても、僕が最も嫌いなタイプだわ。まあ、簡単に言えば”だまし討ち”。木村政彦の人生で唯一油断した瞬間だったのだろうが、この一戦の為、30年以上に渡って負けた側の人生を背負っていくことになる。強過ぎただけに、心の葛藤は、生半可なものでは無かったろう。

最終章で、なんとなく上手くまとめてあるが、なぜ、”だまし討ち”にされた木村が、木村ほどの人間が、力道山を殺さなかったのか、よく解らない。どれだけの資料を見ても解らないと思う。解る必要も無いと思う。でも、世の中、そんなものだろうと思う。世間の賞賛を浴びて生きることが良いことだなんて思えるのは、精々30代までで、自分が信じる者だけに解ってもらえればそれで正しいのじゃなかろうか。

そうそう、ラストで、”えー、そうなんだ!”っていう事が書かれており、救われた気持ちになる。


木村はなぜ・・・

2012-06-30 22:35:59 | 

買っちゃいました。

【木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか】

第43回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作です。昭和30年代当時、視聴率100%で放送された試合で負け役となった木村政彦についてのノンフィクション。発売時に結構いろいろなメディアで報じられた本で、興味はあったのですが、何せ700ページ2600円の大作。700ページはともかく2600円は、貧乏サラリーマンの僕にはちょっとという思いがあり、躊躇っていました。

私事ですが、空手とプロレス。これがあったお蔭で、劣等感の塊だった僕は、10代、20代の頃を前向きに生きる事ができた。ただ、格闘技とプロレスについては、最近、いろんな事が明るみに出てきており、

”俺らって、梶原さんや大山さんに一杯喰わされてただけなんじゃね~?”

っていうのがここ数年間感じている正直な懸念。その辺の事を確かめたかった。僕が好きだったのは80年代~90年代前半のプロレスで、流石に力道山や木村政彦については教養程度(笑)の知識しか無く、試合映像も殆ど観たことがない。ですが、15年間無敗の実力者でありながら30代で負け組となった人間の、その後の半生にも興味が有りました。

この本、当然、大山さんも嘉納さんも登場する。嘉納治五郎が当て身(打撃)無しの柔道を大変危惧しており、所謂、今の柔道スタイルを”牛の角突き合いだ”と嘆いたなんて話もあり、昭和から平成の格闘技裏話も垣間見れそうです。

久し振りに、読み出したら止まらんという感じです。老いたりとは言え、格闘技ネタにはついつい喰いついてしまいます。

もしも神というものがいて、

”大会社の社長にしてやる、カネもいっぱい”

というのと、

”20年前の体に戻して強くなる為の時間や環境を望むだけやる”

というののどちらかの人生を与えてくれるのなら、即断で後者を選びますねぇ。

まあ、この長篇を読み終えたら、また感想を書く・・・・・・かもしれません。


ちょっと良いね

2012-04-02 22:42:15 | 

貴重な平日の休日。

やらなければならない仕事があり、朝、ちょっと出社。

ところが営業からの電話やメールがあり、全然仕事がはかどらず、ノートPCを持ち帰って自宅で。

今日で41周年となる○スドを頬張りながらPCに向かったところ、会社から電話。

明日のお客さんへのプレゼンについて打ち合わせとのことで、出社命令。

休日に自主出社して、一旦かえって、また、出社。

かなり、気が重い。

当然、帰ってもプレゼン資料つくり。

別件の会議用の資料を作成する時間も気力も無く、明日は・・・・・・。

きちょ~~~な平日の休日を仕事でとられてしまったわ。

さて、憂さ晴らしに近所のコンビニへアルコール調達。

っと、目にとまったのが、”一個人”という雑誌。

これが戦国時代の城特集で、ペラペラっと見るとかなりマニアックで、

春日山城のイメージ絵まで載っている。

買っちゃいました。

雑誌自体は著名人のエッセイとかで占められており、これが中高年が食いつきそうなネタなんです。

広告も、ワインとか日本刀とかで、ついつい、・・・・ねえ。

集合的無意識を上手く突いているわ。

おれみたいなおっさん連中が、楽しめそうな雑誌です。

10年ぶりぐらいに、毎号、買ってしまいそうです。

明日の、プレゼン、どうするよ!

 


器(うつわ)

2010-02-02 22:30:14 | 
久しぶりに、新製品開発会議。
午後イチから始まって、丁度5時に終了。
このメンツで、会議室に閉じこもりで、
流石に今週分のチャクラは使いきったと言う感じ

そんな小粒なオレは横においといて、
最近話題の【人間の器量:福田和也】を、読みました。

優れた人はいる。感じのいい人もいる。
しかし、善悪、良否の敷居を超える、
全人的な魅力、迫力、実力を備えた人がいない。

要は、日本はつまらん人間ばっかりだって本です。
この種の本を読んで、即、政治家批判に走る人がいますが、
僕は、さらさらそんな気はありません。
実際、俺らは何をほざいたところで、つまらん政治家レベル以下だもの。

この方の著書を読むのは、これで3冊目かな。
そんなにアレでもないんだけど、毎度、概ね納得、同意ですね。
今の日本人を、最も端的に表した表現が、
自分の財産と健康のことしか考えていない事にかけては、
貧乏人も金持ちも変わらないのです。

というところですね。

僕は、こういう端的な表現が出来ないのだけど、
ここ数年、ずっとこれに近い感情、不快感を持ってきましたね。
”○○ができる人”、能力ある人は、僕の周囲にもいっぱいいますが、
”結局、求めるのはそれかい。”って。

なんていうか、能力がある人であればあるほど、逆に失望する。

”すげえ強いと思っていた格闘家が、体に気を使って、
肉は鶏肉のササミの部分を水炊きでしか喰わない”
って知った時の失望に近いみたいな

本としては、器量は後天的な努力で大きくすることができるという点についても
書かれているのですが、その辺は、まあ、どんなもんだろう
俺的には、生死感も含めて、そうそうそうって共感できる部分が多くて、
スッキリできただけでも、読んで良かったと思っています

そーなんだけどさ

2008-07-07 23:51:11 | 
【夢をかなえるゾウ】読んだ。
ここ数年の不景気や、社会全体を覆う閉塞感の中で、
”変わりたい、変えたい!”と思っている方は沢山いらっしゃると思う。
自分もずっ~と、そう思っている
だから、売れるんだよね。この種の本。

【夢ゾウ】の内容自体は、
書店やコンビニで見かける多種多様な”成功本”に書いてある内容と
被る部分が多い。
ただ、関西弁のゾウを通して語られると妙に納得してしまう
ガネーシャの課題に対して、
”はいはい、聞いたことあるよ、わかっているよ”
と思いつつも、最後まで楽しく明るい気持ちで読めました
胡散臭いスピリチュアル本で、
”便所掃除を行えば金持ちになれる”なんて言われるよりは、
すんなりと便所掃除をしたい気分になる。

エンディングでのガネーシャの言葉。
これも、最近、自分が感じつつあることと合致していて、
"人として生きるということはそういうことなんだよな”
と思い直す。
(や~、家族を持つと特にそー思うよ。)

でも、変わりたい
ガネーシャの課題。
その幾つかは、この本を読む以前に実際にやってみている
確かに、その時、その日は一歩進めた気分になるのだが、
その行為は継続できても、モチベーションは維持できないのが現実。
”悟るのは簡単だが、悟り続けるのは困難”
とアニマル浜口も言っていたよ~な気がする。

皆、本当は解かっているんだよ。
自分は何がやりたいか、自分には何が足りないか。
何を行えば、逆に何を捨てれば、その場所に近づくことができるか。


足りないのは、手段・手法じゃなくて、
馬鹿になれる勇気
少なくともオレの場合は。

【夢ゾウ】、面白くて良い本だった。
だけど
”本当に自分を変えれる人は、
一冊の本で影響を受ける様な柔な人間じゃない。”

と思う。

自分のヘタレ具合を自嘲しながら楽しむ感じで、
丁度良い本なのでは

水滸伝 第8巻 青龍の章

2007-05-21 23:41:12 | 
今朝、会社でOさんと言葉を交わす。
『8巻、出ましたね。』
『あー、水滸伝でしょ。1日で読んだよ。』
『ボクも、昨日1日で390ページ読んじゃいましたよ。』
昨日は、朝、ブートキャンプを1セット行い。
日中、ずっと読書三昧。
夕方、ブートキャンプを再度行い、夜は再び読書三昧。
息子は、友達と過ごす時間が日に日に増え、
オレはオレの為に生きる時間が増えつつある。

どちらも、望んでいなかった。
祝家荘が勝とうが負けようが、どうでもよかった。
見えてきたのは、
安逸の中で生きる自分の姿であり、
本当に望んでいるのは、そこからの脱出だった。
生きていない。そう思う。
このままでは、生きたという実感も持たぬまま、
一生を終えてしまうかもしれない。
それを、拒みたい。
自分が、思う通りきちんと生きたのだと感じていたい。
しかし、どうすればいいのか。


祝家荘の戦いで重要なポジションに立つ李応の心の叫び。
あー、オレの葛藤と100%一緒だね。
日々の、世間的な経済的な安寧とか、
他人の評価なんて関係無い。
”生きている”という実感が欲しい。

”40歳になって、何、馬鹿、言ってんの?”
とも思うのだが・・・。
本巻に、登場する解珍
自分を嵌めた男に人前でひざまずくという日々を25年続ける。
それでも、心に秘めた志。
以前に、勝負は死ぬ間際に決まるのだ、
と父上が言ったことがある。
いま、俺は自分でもそう思える。


北方版水滸伝に登場する好漢たちは、
みんな、欠点があり、弱い部分があり、脆くもあり、
それでも己が心に純粋にしがみ付いて、
必死に闘っている。
その点、歴史小説でありながら、
現代に置換えても充分なリアリズム、近親間を覚える。
どなたが読んでも、108人の好漢の生き方、葛藤、悩み、
どれかに自分自身を感じると思う。
まあ、青臭さを全部失った”心がオヤジ”のやつ、
或いは劣等感が全くないヤツには響かないだろうけどな。

第8巻ではたくさんの漢たちが死に行く。
ちょっと切ない部分もあり、熱い部分もあり。
俺的に感じとったのは、
死ぬ瞬間まであきらめるな!ってこと。

国家の品格◇藤原正彦

2006-10-08 09:07:37 | 
数ヶ月前から書店で目にして、気にはなっていたのだが、
先日の出張の際、空港の本屋さんで購入。

内容に付いては、ほぼ満足というか、今の言葉でいう”激しく同意”。

欧米型の理論至上主義では、学校でも企業でも歪がどんどん大きくなるばかりで
理屈と現実が合っていない昨今。
そもそも『自由』と『平等』なんて両立するはずが無い。
経済を自由化すれば、金持ちと貧乏人との格差が大きくなり不平等になるんだから。
”機会均等の平等”なんて詭弁にすぎず、『平等』の化身:アメリカでは、
2004年時点で、企業経営者の平均年収が13億円で、一般労働者の平均年収が300万円。
貧困の為、医療を受けられない人が3500万人。
そら~、ハンバーガーでも喰わなきゃ、生活はできんわなー。
すばらしいね。”自由の国”、アメリカ。

”原理、原則”などと、声高に叫んでみても、
『どうして”いじめ”がいけないか?』
『なぜ、人を殺しては駄目なのか?』
ということについて、子供が心底、理解できるように説明できる大人が何人いるだろうか。

”『理論』の前には必ず『出発点』があって、
それを間違えると『理論』が正しければ正しいほど、結果は悪いものなる”
と数学者である著者は言う。
『出発点』を決めるのは『文化』や『教育』であり、
短時間で結果(今の世の中じゃ”カネ”と混同されがちだけどな。)は出せないから難しい。
更に、『文化』や『教育』を支えるのは、『伝統』や『風習』。

先の”いじめ”についても、日本人には惻隠の情というすばらしい感性があったはず。
”武士は喰わねど高楊枝”というと、今じゃ”空元気”のイメージなのかもしれないけど、
本来は”金には使われない”、”卑怯なことはしない”みたな意味で
江戸時代とはいわず、つい数10年前までの日本では、
”金”以外の価値観があったのだ。
まあ、身分に限らず、
弱いモンいじめするやつ、思いやりのないやつは糞って文化。
今だって、学校の先生は同じようなことを言われるけど、
現実の世の中は弱いモンいじめしたやつ = 勝ち組 でしょ。

椎名誠(作家)さんとかも、言われてますね。
-お金の使い方に価値観を求めなきゃいけないのに、
お金そのもののに価値観を求めているから、おかしなことになっている。
日本の子供達は危ないですね。非常に過保護に育っている。
精神も体も弱く、世界子ども仕事選手権みたいなものがあったら
一番、最初に負けるのは日本の子どもでしょう。
勉強していればいいという育ち方は相当ヤバイですよ。-

『国家の品格』という本の内容にうなずくことしきりなんですが、
自分も生き方を見直さないと、子どもたちに未来はないな~。