ブログに投稿するのは久しぶりです。
忘れていたわけではないです。気にはしていたんですが。
お許しください。
上記のフォトは菜の花。ひと月くらい前に撮ったもの。
でもまだ咲いています。
次に咲こうと待機している桜も待ち遠しいことでしょう。
早くその時期になってほしいものですね。
今や花を待ち焦がれる平安時代の人たちの心境です。
ブログに投稿するのは久しぶりです。
忘れていたわけではないです。気にはしていたんですが。
お許しください。
上記のフォトは菜の花。ひと月くらい前に撮ったもの。
でもまだ咲いています。
次に咲こうと待機している桜も待ち遠しいことでしょう。
早くその時期になってほしいものですね。
今や花を待ち焦がれる平安時代の人たちの心境です。
きのうの伝統の一戦。
慶応対早稲田戦で慶応の清原正吾(4年)が豪快な一発を放つ。
清原はグランドを一周してホームに近づき、ネット裏で見守る
父親に向かって指を指した。父親の嬉しそうな笑顔と
同時にそれをテレビ画面がとらえていた。
ほんの一瞬だったが見逃すはずがない。
新聞の報道では「ここまで育ててくれてありがとう」
という感謝の意味が込められていたのだという。
まあ、一生の思い出にはなるだろうけれどね。
その昔。花といえば桜にきまっていた。
平安時代のみやびとがこよなく愛した桜が、今、咲いている。
「桜がほほえむ」という表現がある。桜が咲きましたよ
という意味である。いや、ちゃんと辞書に載っています。
ほほえむとう言葉で思いだすのは平安の昔ではなく現代
のこと。
駐車場で時々会う彼女のことである。
先日も買い物に出かけようとして車のところへゆくと
見覚えのある車のそばに見覚えのある彼女が立っていた。
自分のところからは2~3メートルの距離がある。
自分よりはずっとずっと若い人である。
顔が合ったので無意識のうちに微笑みを送ってしまう。
だが、数秒間の間隔ののちにそのお返しが自分にも送られて
きたのである。
もし、「微笑み返し」という言葉あるならば、まさに
それである。
そのときは何も考えていなかったが、あとで何か声を
かければよかったかなと、後悔した。
桜がきれいに咲いている。桜が咲くという意味と同じ
に「桜がほほえむ」という言い方もある。
彼女のほほえみは自分のもとにしっかりと届いたのは
間違いない。
ただそれだけのことで、ほかには何もない。
今のところは。
桜の便りがあちこちから届くようになった。
当地の開花はやや遅れ気味である。
満開になると上記のごとくになるが
これは過去のファイルから拾ったものである。
この二、三日というものお天気は停滞ぎみである。
なので、咲きそろった姿のお目にかかるには
あと少しの辛抱である。
お天気様には素直に従うべきである。