幻の姫谷焼

幻の姫谷焼を現代に再生

姫谷焼陶石

2020-02-06 22:07:00 | 日記
姫谷焼の白磁の陶石がわからないから、現代でも、姫谷焼は幻の姫谷焼となっている。
姫谷焼の陶石がどんなものか公開すべきか、迷っている。
公開すると、マニアが採取しに行くだろう。
日本人は幻の名前がつくと、貴重品になるのだろう。

姫谷焼と正福寺

2020-02-06 18:59:00 | 日記
姫谷焼の粘土のことが、詳細に分かってきた。
粘土のことからわかることは、姫谷焼のオーナーは誰なのかわかる。
考古学者などは、その当時福山藩は、水野藩なので、姫谷焼は水野藩の御用窯ではないかと言われている。
ところが、材料から考えると、正福寺の窯だと見て間違いないと思う。
異論はあると思うが、材料がことがわからない人には、わからないと思う。
正福寺の正式名は浄土真宗本願寺派正福寺であります。
正福寺の本山は西本願寺であります。
その当時、西本願寺は大大名の力を持っていた。
西本願寺と鍋島藩は深い関係があるので、
鍋島藩の陶工を姫谷に連れて来たと思える。
呉須の色合いも鍋島焼とそっくりである。
まだまだ言えば、姫谷焼は西本願寺の焼き物と言うべきでしょう。
詳しくは別の時に話そうと思う。

姫谷焼の真実

2020-02-06 17:37:00 | 日記
現在語られている姫谷焼の話は、考古学者の作り話だと言っても言い過ぎではない。
文献も史料もないわけだし、姫谷焼の陶石もわからない考古学者には、推論しか言いようがない。焼き物を語る時は、材料が
わからないと前に進まない。
材料をどこで採取したかわかると、姫谷焼のことがよくわかる。
姫谷焼の話を全部作り変えなくてはならない。

静音の小径

2020-02-06 09:19:00 | 日記
先日、金沢に初めて行った。
その時、静音の小径のパンフレットをもらった。その中をよく見ると、どんなお寺があるのかわかるが、浄土真宗は大谷派だけである。
金沢は全く知識が無いので、よくわからないが、本願寺派はないね。
本願寺派は西本願寺で、大谷派は東本願寺である。

常識を疑え

2020-02-06 08:20:00 | 日記
姫谷焼を現代に再現することをするには、
権威の人の話や大学の先生、博物館の学芸員などの話をまず疑って見る必要がある。
たとえは、昔は交通の便も悪いから、重い石や土を遠くから運んでこない。学問をしている人の話で、素晴らしい話をされる。
この話を真に受けると、姫谷焼の再現はできない。
今まで常識で考えていたから、姫谷焼の再現は出来なかった。
まずは疑って、考えないと前に進まない。