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第5部(9)選挙で示された「民意」とは 「脱原発」は連戦連敗 産経より

2014-01-16 08:26:08 | (英氏)原発・エネルギー問題

九州電力川内原発を抱える鹿児島県薩摩川内市。平成24年10月28日に投開票された市長選では、無所属現職の岩切秀雄=民主、自民、公明、国民新推薦=が、共産党薩摩西部地区委員長の山口陽規=共産推薦=を大差で破り、再選を果たした。翌29日朝、記者団に「川内原発を再稼働すべきだという民意が示されたと思うか」と問われ、岩切は胸を張った。

 「厳しい安全基準をクリアすれば再稼働すべきです。私が当選したのは市民が十分に判断した結果であり、(再稼働の)信託を得たと思っています」

 なぜこれほど自信満々なのか。理由はある。選挙戦で山口は「反原発、即廃炉」を争点に掲げた。岩切陣営では「あえて原発の是非を争点にすべきではない」との声があったが、岩切はこれを振り切り、「安全な原発は動かすべきだ」と真っ向から再稼働を訴えた。ここで争点化を避ければ、再選しても再稼働の是非をめぐる不毛な議論を延々と続けなければならないと考えたからだ。

 結果、岩切は4万4816票を獲得し、山口の9978票に4倍以上の差をつけた。まさに「民意は示された」といえる。

 産経新聞は10月30日付で「再稼働は市民の信託を得た」と報じたが、他のメディアは冷淡だった。もし山口が勝利していたらどう報じただろうか。「脱原発の勝利」「市民の願い通じた」などと華々しく報じたのではないか。

 

「廃炉はあり得ぬ」

 

 反原発が支持を得られなかった理由ははっきりしている。街がますます疲弊するからだ。

 地域経済の牽引役だった川内原発が2基とも停止したのは平成23年9月。これを機に薩摩川内市の人やモノの行き来は激減した。

 稼働していれば13カ月に1度、定期検査が2~3カ月間にわたり行われ、1基につき1300人の臨時作業員が県内外から訪れる。その経済効果は6億円とされ、原発停止で一気に景気が冷え込み、地元からは選挙前から「この町に原発ゼロなんて選択はない。争点にすらならない」という声が相次いでいた。

 投開票2カ月前の24年8月末に追い打ちをかける事件が起きた。富士通が、市内にある子会社「富士通インテグレーテッドマイクロテクノロジ」の半導体製造工場(従業員700人)を閉鎖する方針を発表したのだ。川内商工会議所会頭の田中憲夫はこう語った。

 「原発は地域経済に組み込まれてきた。飲食、交通、宿泊の多くはすでに経営危機に陥っている。脱原発派は『廃炉にして市民を守る』と言うが、原発を止めたまま活気を取り戻し、市民生活を守るなんてあり得ない話じゃないですか」

 

候補擁立もままならず

 

 では、反原発派は市長選の結果をどう受け止めているのか。川内原発建設反対連絡協議会会長の鳥原良子は率直に語った。

 「原発再稼働反対派はもっと多いはずですが、政党色(共産党)の強い山口さんではその受け皿にならなかっただけです。ただ、原発の地元で脱原発を訴える難しさを痛感しています」

 平成23年3月の福島第1原発事故直後、川内原発周辺で行った反原発デモに全国から数百人が駆けつけたが、24年春以降は10人前後になることもしばしばとなった。

 鳥原らは「これではいけない」と思い、24年8月に反原発活動家として知られる俳優、山本太郎を市内に招いて講演会を開いたが、会場は空席ばかりだった。

 山本もショックだったようだ。鳥原らはその後、山本に市長選への出馬を打診したが、「自分が負けたら全国の反原発運動の士気に影響してしまう」と首を縦に振らなかったという。元県議ら7、8人にも出馬を打診したが、いずれも断られた。

 「原発立地自治体は原発のカネで潤っているから再稼働してほしいだけだ」

 こんな反論が出そうだが、沖縄県を除く九州・山口8県で原発事故後に実施された他の首長選でも反原発候補は連敗している。

 象徴といえるのは24年7月8日の鹿児島県知事選。反原発団体事務局長で無所属新人の向原祥隆=共産支援=が脱原発を掲げて出馬。反原発勢力が結集して支援したが、再稼働を容認する無所属現職、伊藤祐一郎=民主、自民、公明、国民新の各党が支援、連合鹿児島推薦=にダブルスコアで敗れた。

 24年7月29日の山口県知事選でも、中国電力上関原発の建設反対を唱えたNPO代表の無所属新人の飯田哲也が、地場産業振興を訴えた元国土交通審議官の山本繁太郎=自民、公明推薦=に敗れた。

 しかも2つの知事選は、関西電力大飯原発(福井県)の再稼働直後だった。一部メディアは「脱原発」の風を懸命に吹かせようとしたが、またも「脱原発の民意」を示すことはできなかった。

争点化せぬ理由は?

 

 とどめを刺したと言えるのが、24年12月16日に投開票された第46回衆院選だろう。

 「安全な原発は再稼働させる」と明言した総裁の安倍晋三が率いる自民党は議席数を118から294に躍進して政権を奪還。「2030年代の原発ゼロ」を掲げた民主党は230から57に激減した。「卒原発」を旗印に「10年間で全原発を廃炉、再稼働はゼロ」と唱えた日本未来の党=選挙後に生活の党と日本未来の党(政治団体)に分党=は61がわずか9になった。

 原発を抱える全国13選挙区でも自民党が11議席を獲得、民主、国民新の両党は各1勝しかできなかった。福島第1原発を抱える福島5区でさえ、民主公認の吉田泉が、自民公認の坂本剛二に敗北した。

 衆院選を原発の是非だけで論じることはできない。民主党政権の3年余りの迷走と失策、外交敗北に国民の多くはすっかり愛想を尽かし、「デフレ脱却」を掲げる自民党に日本再生の望みを託したとみる方が妥当だろう。そうでないと、大阪市長の橋下徹、東京都知事の石原慎太郎のツートップが率いる日本維新の会が脱原発をめぐり迷走しながらも54議席を獲得したことも説明がつかない。

だが、少なくとも政権を担ってきた民主党と、途中まで政権中枢にいた日本未来の党は「原発の是非」を争点化しようと躍起だった。「原発の是非」は争点にならなかったのではなく、国民が争点にしなかったとみるべきではないか。

 日本未来の党代表(当時)の嘉田由紀子は選挙後、「政策が浸透する時間が不足していた。原発ゼロが争点にならず、自民が民意を受けたわけではない」と語ったが、苦し紛れの言い訳としか言いようがない。

 原発に代わる安価で安定した電源があるならば脱原発もよいだろう。だが、今のところ、そんな「夢の電源」は見つかっていない。それどころか、政権が脱原発をゴリ押しするようなことがあれば、日本経済は破綻し、国民生活はカタストロフィを迎える公算が大きい。十分に安全性が認められる原発は再稼働させるべき。これが多くの国民の声なき声ではないだろうか。(敬称略)

 

 


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