東埼玉病院 総合診療科ブログ

勉強会やカンファレンスでの話題、臨床以外での活動などについて書いていきます!

高齢虚弱患者において、無症状の場合に鼡径ヘルニアの手術をすすめるべきか?

2017-06-28 23:38:21 | カンファレンスの話題

 カンファレンスで、訪問診療を受けている超高齢(90歳代前半)の心不全合併がある虚弱患者に対して、鼡径ヘルニアの手術に関してどのように情報提供するべきかが話題になりました。

自分のイメージでは、多少リスクがある患者であっても侵襲の少ない手術でもあり、緊急手術となると死亡率が高くなるというデータを以前みたのもあり、教科書的にはすすめたほうがよいのかなとも思いましたが、以前からの症状でもあるようですし、年齢的にも今更強くすすめるほどでもないのかなと感じたのが本音でした。

少し、知識を整理するために文献を調べてみました。

 

  <高齢虚弱患者において、無症状の場合に鼡径ヘルニアの手術をすすめるべきか?>

★システマティック・レビューから

Hernia. 2011 Jun;15(3):251-9. doi: 10.1007/s10029-011-0796-y. Epub 2011 Feb 5.

Is surgical repair of an asymptomatic groin hernia appropriate? A review.

van den Heuvel B1, Dwars BJ, Klassen DR, Bonjer HJ.

50歳未満・ASAクラスⅠ~Ⅱ(健康な患者~軽度の全身疾患)・症状発現から3か月以上の患者においては、watchful waiting(以下WW)は、安全でコストエフェクティブである。(これらの患者においてはかんとんや緊急手術時のリスクが低いため)

 

★その後のRCT

Ann Surg. 2017 Mar 27. doi: 10.1097/SLA.0000000000002243. [Epub ahead of print]

Watchful Waiting Versus Surgery of Mildly Symptomatic or Asymptomatic Inguinal Hernia in Men Aged 50 Years and Older: A Randomized Controlled Trial.

de Goede B1, Wijsmuller AR, van Ramshorst GH, van Kempen BJ, Hop WC, Klitsie PJ, Scheltinga MR, de Haan J, Mastboom WJ, van der Harst E, Simons MP, Kleinrensink GJ, Jeekel J, Lange JF; INCA Trialists’ Collaboration.

50歳以上の男性患者を対象としたRCT。Primary Endpointは24か月後の痛み・不快感のスコア。

⇒わずかながら手術群の方がスコアは良かった(痛み・不快感は少なかった)

WW群の35%が手術に移行しており、2.3%が緊急手術となった。

 上記結果であるが、著者は、50歳以上の男性においてもwatchful waitingはリーズナブルな選択肢なのではないかと結論。

 

★リアルワールドでの検証

Ann R Coll Surg Engl. 2014 Jul;96(5):343-7. doi: 10.1308/003588414X13946184902000.

Unintended consequences of policy change to watchful waiting for asymptomatic inguinal hernias.

Hwang MJ1, Bhangu A, Webster CE, Bowley DM, Gannon MX, Karandikar SS.

 (前述のシステマティック・レビューやそれ以外のレビューにおいても必ず引用される)英国と北米で行われた2つのRCT。その結果の後、European Hernia Societyのガイドラインでは、無症状もしくは症状が軽い男性患者に関しては、watchful waitingは許容できる選択肢であるとしている。そのために、watchful waitingが実臨床で増加しているが、それがどのような影響を与えているかを過去起点コホートで検証したもの。

⇒上記ポリシーが出る16か月前までと16か月後までの手術例を調査(前:978例・後:1032例)。年齢・性別・ヘルニアのタイプで調整したところ、緊急手術は59%増えており、緊急手術は合併症と死亡と有意に関連していた。新しいポリシーはリスクが高いと結論。

 

 ここまでをまとめると、賛否両論というのが現状でしょうか。あまりwatchful waitingを過信しすぎるのはよくないのかもしれません。

 

★どのような患者が、手術移行になりやすい?

Ann Surg. 2011 Mar;253(3):605-10. doi: 10.1097/SLA.0b013e31820b04e9.

A clinician's guide to patient selection for watchful waiting management of inguinal hernia.

Sarosi GA1, Wei Y, Gibbs JO, Reda DJ, McCarthy M, Fitzgibbons RJ, Barkun JS.

 336例のwatchful waitingの患者のうち、2年間で72例が手術に移行していた。激しい運動時の疼痛・慢性便秘・前立腺肥大・既婚者・ASA1が有意に手術に移行していた。

 

Ann Surg. 2013 Sep;258(3):508-15. doi: 10.1097/SLA.0b013e3182a19725.

Long-term results of a randomized controlled trial of a nonoperative strategy (watchful waiting) for men with minimally symptomatic inguinal hernias.

Fitzgibbons RJ Jr1, Ramanan B, Arya S, Turner SA, Li X, Gibbs JO, Reda DJ; Investigators of the Original Trial.

 254例のwatchful waitingの患者を平均7年観察したデータから、WW群から手術への移行はKaplan-Meier法では,10年後には68%が手術に移行すると推定された。65歳以下の62%に比べると65歳以上の高齢者では79%と高率になっていた。手術への移行理由は、疼痛増加が54.1%で、かんとんは2.4%(3例)。

 

 この2つをまとめると、高齢患者・運動時の疼痛がある患者・慢性便秘患者・前立腺肥大症のある患者は手術に移行しやすいということでしょうか。(既婚者やASA1は結果として手術希望しやすいもしくはしやすいというものを見ているのでしょうか)

 

★超高齢者の(待機)手術のリスクは?

Hernia. 2013 Dec;17(6):723-7. doi: 10.1007/s10029-012-1040-0. Epub 2013 Jan 10.

Short-term outcomes of inguinal hernia repair in octogenarians and nonagenarians.

Pallati PK1, Gupta PK, Bichala S, Gupta H, Fang X, Forse RA.

80歳以上で鼡径ヘルニアの手術を受けた2377例を対象に解析している。226例(9.5%)が90歳台であった。30日以内の合併症のリスクは90歳代の方が80歳代と比較して有意に高かった(6.1 vs. 3.2 %, p = 0.03)。待機手術の死亡率は、90歳代の方が80歳代と比較して有意に高かった(3 vs. 0.3 %, p < 0.0005)。

 

いろいろと調べてみましたが・・・

WW群でも、数年以内に1/4~1/3の患者は手術に移行しています。特に、高齢患者・運動時の疼痛がある患者・慢性便秘患者・前立腺肥大症のある患者は手術に移行するリスクは高い。このような患者には特に近い将来症状が増悪して手術が必要となるかもしれないと伝えておくことは必要であろうと思います。頻度は低いので、かんとんのことをどこまで強調するかは難しいですね。そのようになったときには、合併症がある人の方が手術のリスクは高くなるとは考えられますね。90歳代になると待機手術でもそれなりにリスクが出るというのも重要な情報かと感じました。

これらをふまえて、前述の患者さんにどのように伝えるのがよいのでしょうか?

年齢を考える(90歳代となると待機手術のリスクも少しはある)と現時点で症状がないのであれば、注意深くみていくのでもよいのかなと思いました。むしろ、便秘にならないようにコントロールしたり、観察ポイントや症状が出た際に早めに連絡もらうよう指導することなどが重要なのかなと感じました。皆さんならどのように考えるのでしょう?