オレのブログ

ロックとイラストの大好きな、社会の底辺にいるチンケな一青年のブログです。
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Xデーは遂に来た、か・・・・・

2018-07-06 19:08:42 | 出来事
 1995年の3月20日に発生した地下鉄サリン事件。
 実行犯その首謀者の死刑執行がXデーとなって世間が注目したが、今日その日が訪れた。

オウム松本死刑囚の刑執行=元幹部6人も、教団事件で初―地下鉄サリンから23年
13:22

 オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)=東京拘置所=について、法務省が6日、刑を執行したことが関係者への取材で分かった。ほかに元幹部死刑囚6人の刑も執行された。事件をめぐっては、13人の死刑が確定しているが、執行は初めて。

 空前の無差別テロで社会を震撼(しんかん)させた地下鉄サリン事件から23年。死者29人、負傷者6000人超を出した一連の事件は、大きな節目を迎えた。

 松本死刑囚は、地下鉄サリン事件を起こした1995年に逮捕された。一審東京地裁は2004年、起訴された全13事件で有罪とし、死刑を言い渡した。二審東京高裁は、弁護人が期限内に控訴趣意書を提出しなかったとして06年に控訴棄却を決定。最高裁も支持し、同年9月に死刑が確定した。

 地裁の公判で、松本死刑囚は「弟子たちが起こした」などと無罪を主張した。しかし、次第に不規則発言や居眠りを繰り返すようになり、法廷で事件の動機などを詳しく語ることはなかった。

 死刑確定後は、家族が再審請求を申し立て、執行時は4回目の請求中だった。家族や弁護人とは08年より後は面会していないとされ、近況は不明だった。

 ほかに執行された6人は、いずれも元幹部の土谷正実(53)=東京拘置所=、遠藤誠一(58)=同=、新実智光(54)=大阪拘置所=、井上嘉浩(48)=同=、中川智正(55)=広島拘置所=、早川紀代秀(68)=福岡拘置所=各死刑囚。

 上川陽子法相は6日午後、法務省で記者会見し、「被害者、家族が受けた恐怖、苦しみ、悲しみは想像を絶する」と強調。執行命令を下した判断については「慎重にも慎重な検討を重ねた上で執行を決定した」と説明した。

 オウム真理教による一連の事件で起訴された教団関係者192人の刑事裁判が1月に全て終結したことを受け、法務省は3月、東京拘置所に収容されていた13人のうち7人をほかの施設に移送。執行時期を慎重に検討していた。

 確定判決などによると、松本死刑囚は元幹部らと共謀し、89年11月に坂本堤弁護士一家3人を殺害。94年6月、長野県松本市でサリンを噴霧し、95年3月には営団地下鉄(当時)車内でサリンを散布した。松本サリン事件では住民8人が、地下鉄サリンでは乗客と駅員13人が犠牲になった。


 オウム真理教は所謂社会に馴染むことの出来なかった若者達が集まった宗教組織で、死刑になった井上氏や土谷氏も自身の抱え切れない悩みから振り解く為にオウムに入ったと言うのがある程だった。
1995年 地下鉄サリン事件 - 土谷正美


 麻原彰晃「本名:松本智津夫」も自分の置かれている状況に嫌気を刺し、夫婦仲も良くなかったそうだ。その寂しさの紛らわしに習得したヨガでサークルを作り、その人数が膨れ上がっていき、「オウム真理教」と名を変える頃には、派手なパフォーマンスや過激な説法、麻原の体液を売りつけたりヘッドギアを付けさせたりと次第にタガを外すようになった。
麻原尊師 生でダラダラいかせて出演 


 彼等は救いが欲しかったし、入った当初は「唯のヨガサークル」でヨガをやる事で悩みを解消できたのだが、まさか殺人やテロを起こすとは想像もできなかったのだろう。

 しかし、オウムは暴走した。完全に肥大化し、タガを外したパフォーマンスで次第に苦情が来るようになり、坂本 堤弁護士なる人物がオウムを告発しようとした事で、オウムは既にコントロールを失っていった。
89年 坂本弁護士一家失踪事件 公開捜査直後の報道


 確かに麻原の体液を高額で売りつけると言うやり方には疑問を覚える。それで告訴され、賠償金とかを払えば凶行には及ばなかったかもしれないが、しかし後に引き返せない教団は坂本 堤弁護士一家殺害と言う選択を選んでしまい、これがオウム暴走の切欠にもなった。
 彼等は選挙にも出馬したが結局落選し、説法の行き詰まりと社会に対する怒りを抱えた信者達に教団は遂にコントロールを失ってしまい、麻原自身も最早コントロールが効かなくなっていった。

 オウムは次第に閉塞的になっていき、やがて排他的にもなっていき、あの地下鉄サリン事件にまで至ってしまった。新実の死刑執行後のwikipediaではこんなのまで出る始末だった


 一連の事件により、被害を被った人も多い。松本サリン事件では無実の罪を着せられたケースもあったが、警察の一部は始めから松本サリンがオウムによる犯行と疑っていた。しかし「信仰の自由」によって内部まで踏み込める筈もなく、サリン合成に必要な薬品が全て揃っていた第一通報者の方がオウムとの関係を疑われ(オウムの名前は出さなかったそうだが取り調べはきつかったそうだ)、結果地下鉄サリン事件にまで至ったと言う。

 地下鉄サリン事件によってカルト教団の問題は取り上げられるようになり、ライフスペース法の華三法行等も台頭するようになるが、オウムもAlephと名前を変えたり、ひかりの輪等に分裂したりとカルト教団は社会問題となりました。大手掲示板サイト「2ちゃんねる」もありますが、やり口はカルト教団の一種で、オウムの後続組織の疑いもあります。

 オウムの事件を教訓に、何故人は宗教に嵌るか、どうすれば宗教に嵌らないで済むか、それを模索していこうと思います。

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