オレのブログ

ロックとイラストの大好きな、社会の底辺にいるチンケな一青年のブログです。
つまらねー事しか書かねーが、よろしくな。

ランボーとロック

2015-02-01 15:58:12 | ロック
 遥か昔、サントリーのCMで歴史上の人物をモチーフにしたものが放映された。
 その中でランボー編と言うのがあった。

1983 サントリー ローヤル


 このCMを見て真っ先に連想したのが、1967年発表のThe Doorsのセカンドアルバム『Strange Days(邦題:まぼろしの世界)』。


 フランスらしいか、サーカス使用になっていて、60年代のサイケデリックな時代を反映させるものだった。

 「Strange Days」のプロモーショングリップ(恐らくハンドメイド。原曲より後の68年以降と思われるドアーズの面々の姿があった為)もあるが、ランボー編のCMを作った人は恐らくドアーズのセカンドアルバムに触発されたのかもしれない。

THE DOORS - TRIBUTE TO RAY MANZAREK - STRANGE DAYS - ORIGINAL VIDEOCLIP


 件のCMに触れるが、CMでは「その男は底知れぬ渇きを抱いて世界を放浪していた。限りない無邪気さから生まれた歌。世界中の詩人が青ざめたその頃、彼は砂漠の商人。“詩なんかより、美味い酒を”とおっしゃった」と解説が入ったが、「もったいないなぁ!」と思うより「潔い引き際だ」と言う思いが強かった。

 ランボーは20歳で詩を止めたのは有名な話だ。彼の名前が広まったのはかなり後になるが、彼はアフリカの砂漠で商人をやって、詩文学と完全に決別していた(ちなみにランボーは亡くなる直前の36までアフリカにいて、伝染病に感染して晩年は故郷のフランスで過ごした)。
 前の記事に取り上げたジム・モリソンやジミ・ヘンドリックス、カート・コバーン等もいたが、彼等はランボーと違って死を持ってして創作を止め、27歳の命を投げてしまった(カートに至っては自殺してしまっている)。

 歴史にifはない。だが、もしランボーが詩を続けていたりもう一度ペンを手にとって詩を書いたとしたら、恐らく酷評されたのかもしれない。

 と言うのも、ロック界では若りし頃は栄光だったのが、晩年になって没落したと言うケースは至る所で見たからだ。
 The Whoなんかがそのケース。
The Who - My Generation (Live at Monterey Pop Festival 1967 HD)


 The Whoのアルバムは全作持っているが、若りし頃に書いた「My Generation」等覇気溢れる歌詞や『Tommy』や『Who's Next』で見せたストーリー溢れる繊細な歌詞で有名になって、自分を取り巻く環境が複雑になってきた75年の『By Numbers』で失速の一途をたどって、終わり方が無残でみじめになった。
 オリジナルメンバー2人が死んでしまうと言う憂き目に遭いながらも制作した『Endless Wire』で復活したが、それでも1999年までは不遇だったのは間違いなかった。

 ランボーが詩を止めた理由の一つに「書けなくなった」と言うのもあったが、恐らくピート・タウンシェンドのように覇気溢れる詩を書く事は出来なくなったのかもしれない。ランボーとピートの違いは、辞めたか辞めなかったの違いだけ。

 The Whoの事を知らない方もいるので、もし興味があったら『THE WHO HITS 50』を購入してみてください。


 もっと詳しく知りたい方は『My Generation』と『By Numbers』の2作を同時に購入する事をお勧めします。どれだけ変わったかが良く分かりますので。

 ロックの歴史を見る限り、ランボーはあらゆる面で先駆けたと言っても過言ではない。
 世界中に旋風を巻き起こしたビートルズは、1970年に全盛期を迎えたまま解散し、レッド・ツェッペリンやニルヴァーナ等、メンバーの死を切欠に幕を下ろした。リッチー・ブラックモアも伝説を残しながらも、現在ではブラックモアズ・ナイトと言うフォークユニットを結成し、完全ではないもののハードロックからは退いている。
 ローリング・ストーンズやメタリカと言った今でも活動を続けて、今でも成功しているグループもいるが、ランボーのように全盛期の内に退くか、それともファンの為に続けるかは彼等自身の判断によるものだと思う。「Should I Stay Or Should I Go(留まるべきか、行くべきか)」とはまさにこの事だ。
The Clash - Should I Stay Or Should I Go


 最後のジョー・ストラマーの発言を引用して終わりにします。

 「未来を手に入れたければ過去の栄光にしがみつかない事だ」