親愛なるアッティクスへ
GWは、いかがお過ごしでしたでしょうか?
博多は、この時期、どんたくがあってますが、当然、私は、ここにいました・・・(笑)。
(レフトスタンドのロッテ応援団の部分だけ、見事にコントラストが違うのがおわかり頂けますでしょうか・・・。)
ちなみに、不思議と、このGW期間中の3・4日辺りは、昔から、不思議と雨が降ることから、地元では、「どんたくに雨は付きもの」と言われておりました・・・。
で、当然、野球ネタです。
先日、平太郎独白録 「阪神、金本選手の世界記録達成に見るプロスポーツの本質!」でもご紹介申し上げましたように、4月の初め、私は新幹線の中で西鉄ライオンズの伝説の大投手、稲尾和久氏の自伝「神様、仏様、稲尾様」という本を読んだのですが、その中で、もうひとつ、気になった部分がありました。
それが、現福岡ソフトバンク・ホークス監督・・・にして、WBC日本代表監督 王貞治氏が、ソフトバンクの前身である福岡ダイエー・ホークスの監督に就任した当初、あまりの成績低迷に、怒ったファンから罵声を浴びせられ、バスに生卵をぶつけられたときの記述でした。
この辺のこと自体については、以前、平太郎独白録 「男とは、生き恥をさらした分だけ、男である。」で述べておりますので、こちらをご覧頂くとして、この部分について、同書によれば、稲尾さんはこのとき、「ああいうファンもいるけど、福岡はいいところだから・・・。」と激励したそうですが、このとき、王監督がしみじみと話したことがあるそうです。
「ファンも変わりましたねえ。昔は負けてもナイスゲームというファンがいたけれど、今は負けたら全然駄目。逆に10対0みたいな大味な試合でも、とにかく勝ちゃいい」と・・・。
この点では、稲尾さんも、「昔は負けてもよく頑張ったといわれることがあった。勝ち負けだけでなく、試合の中身を見てくれていたような気がする。2001年、日本球界を飛び出してメジャーで大活躍したイチローが『こちら(アメリカ) のファンは目が肥えている』という発言を何度もしていた。」という風に述懐しておられました。
まあ、当時の福岡のファンは、何せ、優勝は昭和38年以来・・・、日本一となると、昭和33年から見たことがなかったわけですから、優勝という物に飢えていた・・・ということだと思いますが、(その辺の気持ちは、私にもよくわかりますね。私だって、最後に優勝したときは、2歳だったんですから、事実上、見たことがないという・・・。)ただ、その一方で、王さんと稲尾さんが言われることにも思い当たる点があります。
以前、2003年に福岡ダイエーと阪神タイガース(現、阪急?(笑)。)が日本シリーズを戦うことになったときのこと・・・。
(子供の頃までは、阪神ファンだった私には、夢にまで見た理想のカードでした。この辺のことは、よろしければ、平太郎独白録 「負けてたら、すぐに席を立つ博多のファン!」をご参照ください・・・。)
ある、関西系の取引先の方と、シリーズ前に、たまたま、少し、話しをしたことがあったのですが、その方は、「今は阪神ファンだが、昔は、南海ファンでした。」とのこと・・・。
「私は逆に、昔は阪神ファンで、今は、まったく、阪神には興味がないダイエーファンだ。」と・・・(笑)。
で、結構、盛り上がって、色々と話したのですが、その時、私が彼に言ったのは、「阪神、阪神って皆、言うけど、阪神の選手なんかいないじゃないか!」ということでした。
「金本、伊良部、下柳・・・、みーんな、金に物言わせて獲ってきただけで、結局、巨人と変わらないじゃないか!結局、皆、阪神という「器」を見てるだけで、だったら、中身がそっくり、オリックスに入れ替わっても、わからないんじゃないの?」と。
そういうと、取引先氏、ぐっ!と詰まってましたね(笑)。
でも、その傾向は、今や、我がホークスにもあるようです。
実は、私は、人からチケットをもらった場合は別ですが、昔から、球場で試合を観戦するときは内野席でしか見ません。
外野席で、応援団の指導の元、「周囲の人たちと一緒になって皆と同じ応援を・・・」、「あの連帯感が・・・。」ってのは、私には、どうにも、何か違和感があるんですよ・・・。
確かに、平和台球場の頃は、「俺は、敵だが、あの大杉ってやつのフルスイングが好きでな・・・。」とか、「土井がホームラン打つのば見に来たったい!」なんて、おじさんがいましたよ。
今は、その意味では、試合は見ずに、試合結果だけをみているような気がします・・・。
もっとも、うちの息子などは、外野席で、知らない人たちと一緒にメガホンダンスをやりたいようですが、あいにく、私は幼稚園の頃から、お遊戯が大嫌いでして・・・(笑)。
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GWは、いかがお過ごしでしたでしょうか?
博多は、この時期、どんたくがあってますが、当然、私は、ここにいました・・・(笑)。
(レフトスタンドのロッテ応援団の部分だけ、見事にコントラストが違うのがおわかり頂けますでしょうか・・・。)
ちなみに、不思議と、このGW期間中の3・4日辺りは、昔から、不思議と雨が降ることから、地元では、「どんたくに雨は付きもの」と言われておりました・・・。
で、当然、野球ネタです。
先日、平太郎独白録 「阪神、金本選手の世界記録達成に見るプロスポーツの本質!」でもご紹介申し上げましたように、4月の初め、私は新幹線の中で西鉄ライオンズの伝説の大投手、稲尾和久氏の自伝「神様、仏様、稲尾様」という本を読んだのですが、その中で、もうひとつ、気になった部分がありました。
それが、現福岡ソフトバンク・ホークス監督・・・にして、WBC日本代表監督 王貞治氏が、ソフトバンクの前身である福岡ダイエー・ホークスの監督に就任した当初、あまりの成績低迷に、怒ったファンから罵声を浴びせられ、バスに生卵をぶつけられたときの記述でした。
この辺のこと自体については、以前、平太郎独白録 「男とは、生き恥をさらした分だけ、男である。」で述べておりますので、こちらをご覧頂くとして、この部分について、同書によれば、稲尾さんはこのとき、「ああいうファンもいるけど、福岡はいいところだから・・・。」と激励したそうですが、このとき、王監督がしみじみと話したことがあるそうです。
「ファンも変わりましたねえ。昔は負けてもナイスゲームというファンがいたけれど、今は負けたら全然駄目。逆に10対0みたいな大味な試合でも、とにかく勝ちゃいい」と・・・。
この点では、稲尾さんも、「昔は負けてもよく頑張ったといわれることがあった。勝ち負けだけでなく、試合の中身を見てくれていたような気がする。2001年、日本球界を飛び出してメジャーで大活躍したイチローが『こちら(アメリカ) のファンは目が肥えている』という発言を何度もしていた。」という風に述懐しておられました。
まあ、当時の福岡のファンは、何せ、優勝は昭和38年以来・・・、日本一となると、昭和33年から見たことがなかったわけですから、優勝という物に飢えていた・・・ということだと思いますが、(その辺の気持ちは、私にもよくわかりますね。私だって、最後に優勝したときは、2歳だったんですから、事実上、見たことがないという・・・。)ただ、その一方で、王さんと稲尾さんが言われることにも思い当たる点があります。
以前、2003年に福岡ダイエーと阪神タイガース(現、阪急?(笑)。)が日本シリーズを戦うことになったときのこと・・・。
(子供の頃までは、阪神ファンだった私には、夢にまで見た理想のカードでした。この辺のことは、よろしければ、平太郎独白録 「負けてたら、すぐに席を立つ博多のファン!」をご参照ください・・・。)
ある、関西系の取引先の方と、シリーズ前に、たまたま、少し、話しをしたことがあったのですが、その方は、「今は阪神ファンだが、昔は、南海ファンでした。」とのこと・・・。
「私は逆に、昔は阪神ファンで、今は、まったく、阪神には興味がないダイエーファンだ。」と・・・(笑)。
で、結構、盛り上がって、色々と話したのですが、その時、私が彼に言ったのは、「阪神、阪神って皆、言うけど、阪神の選手なんかいないじゃないか!」ということでした。
「金本、伊良部、下柳・・・、みーんな、金に物言わせて獲ってきただけで、結局、巨人と変わらないじゃないか!結局、皆、阪神という「器」を見てるだけで、だったら、中身がそっくり、オリックスに入れ替わっても、わからないんじゃないの?」と。
そういうと、取引先氏、ぐっ!と詰まってましたね(笑)。
でも、その傾向は、今や、我がホークスにもあるようです。
実は、私は、人からチケットをもらった場合は別ですが、昔から、球場で試合を観戦するときは内野席でしか見ません。
外野席で、応援団の指導の元、「周囲の人たちと一緒になって皆と同じ応援を・・・」、「あの連帯感が・・・。」ってのは、私には、どうにも、何か違和感があるんですよ・・・。
確かに、平和台球場の頃は、「俺は、敵だが、あの大杉ってやつのフルスイングが好きでな・・・。」とか、「土井がホームラン打つのば見に来たったい!」なんて、おじさんがいましたよ。
今は、その意味では、試合は見ずに、試合結果だけをみているような気がします・・・。
もっとも、うちの息子などは、外野席で、知らない人たちと一緒にメガホンダンスをやりたいようですが、あいにく、私は幼稚園の頃から、お遊戯が大嫌いでして・・・(笑)。
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