親愛なるアッティクスへ
ところで、当ブログも、一年と丸3ヶ月が経過し、お陰様で合計で延べ1万8千人の方にお越し頂き、387件の記事をUPして参りました。
これも偏に、皆様のお力添えの賜物なのですが、実は、それらの記事の中にひとつだけ、私にとっては、いわく付きの、少々、引っかかってる題材がありました。
それが、これです。
実は、これ、以前、一度、書いた物なんです。
あるいは、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
が、そのとき、一旦、UPして、ちょっと、長く成りすぎたことから、この部分だけを切って、outlook expressのメールの中に作っていたネタ帳に移して、上書き保存し、しばらくして、また、開いたところ・・・、何とネタ帳の下半分が消えているではありませんか!
あるいは、閉じるときに、なにかやっちゃったか!とも思いましたが、全部が消えるなら、まだしも、下半分だけ消えているのです。
で、諦めて、一度、閉じ、どうにも、狐につままれたような感じで、もう一度、開いてみたら・・・。
何と、今度は、その残り半分が、また、その半分になっている・・・。つまり、数行残して全部消えているじゃないですか!!
こんな奇妙な消え方ってありますか?!
あるいは、何らかの人為的な力が働いたのかな?とも思いましたが(つまり、スパイウェアなどの・・・。)、消すのなら、ネタ帳の方ではなく、ブログの方を消すでしょうし、とにかく、どうにも、「???」でした。
で、思い当たったのが、もし、誰かが消したかったのだとするなら、それは、ブログ全体の方ではなく、この部分だけだったのではないかと・・・。
ということで、本日は、以下、その消えた部分を思い出しながら書いてます。
もし、万一、このブログごと消えるような事になった場合・・・、ご賢察下さい(笑)。
以前、平太郎独白録 「理念としての大東亜共栄圏」の中で触れたことの続きなのですが、ドイツが、同じ敗戦国でありながら、この戦後六十年を、政権が変わろうと、政党が変わろうと、揺らぐことなく、「力による拡張から、融和による拡大へと方針を変え」、近隣諸国との融和に力を注いできたのに対し、日本には、そのような長いスパンを睨んだ国家方針のようなものがあったのか?と言われれば、残念ながら、対米追随という、極めて、自発的要素の少ない国是があっただけで、周囲に友邦すらない現状を思えば、何をか言わん・・・かと。
では、そのような、指針さえも、一切、存在しなかったかと言われれば、そうでもないように思います。
それこそが、大東亜共栄圏です・・・。
大東亜共栄圏というと、どうしても、拒絶反応を示される方もお有りだと思いますが、あれは、それを曲解した人たちの思想と、それを実現する為の手段が間違っていただけで、理念としてはいささかも色あせていないように思います。
とは言え、ヨーロッパでは、EUというものが出来ましたが、アジアでそういうものを作るには、(AUというのは、アフリカ連合というのが既に存在するそうですね。アジア連合の場合、何というのか、あいにく、存じ上げません。)やはり、中国やインドという大国の存在がネックになってくるように思います。
即ち、EUというのは、皆、身の丈が同じくらいなんですよね。
その点、特に東アジアにおいては、中国はやはり、あまりにも、身の丈が違いすぎるんですよ・・・。
と、ここまでが、ほぼ、既述の部分で、ここからが消えた内容です。
さらに、中国というブロックは、地政学的に見ても、何千年も前から、独自のブロックとして変わることなく存在してきたわけですから、この先も、形は変わったとしても、おそらく、半永久的に、このブロックとして存在するでしょう。
そう考えれば、中国の周辺諸国というものの採るべき道は、何十年、何百年経とうとも、アメリカのような他の大国の存在がないとするならば、「合従して中国に対抗するか、連衡して中国の保護国として存在するか」・・・しかないように思います。
そこで、大東亜共栄圏・・・という風に申しあげたわけでしたが、実は、これには、戦前の構想とは少し違い、身の丈が似たり寄ったりの、日本、フィリピン、インドネシア・・・といった国だけでの一大島嶼連合を意識していたのですが、よく考えたら、大東亜共栄圏よりも、もっと相応しい選択肢が日本には、あるじゃないですか!
それが、OUです。
日本は、アジアの一部・・・と言いながら、よくよく、地図を見れば、同時に、島嶼部の国であり、その意味では、オセアニア州の延長線上だとも言えるわけで、つまり、日本を北端にして、オーストラリア、ニュージーランドを南端とするオセアニア州へ編入してもらう・・・、即ち、EUならぬOU、脱亜入欧ならぬ、脱亜入オです・・・。
とは言え、もちろん、これがそんなに簡単な話でないのはよくわかっています。
何より、現段階では、アメリカがそれを許さないでしょうし、他の諸国もどの程度、それを望むのかも不透明です。
オーストラリアなどは、東アジアの緊張関係に巻き込まれるのを迷惑がるでしょうし、日本だって、治安、移民などの問題を考えると、どの程度、国民的合意が得られるのかさえ、怪しいものです。
しかし、今、世界はEUの成立以来、アメリカにBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と言うブロック化の流れにあるように思います。
ちょっと長く成りすぎましたので、かなり、申し足りないところもあります。
要は、国家百年の計に鑑み、ドイツのように「国民の合意事項」として、こういう国家としての方向性だけは持ち続けたいものだということです。
実際、EUだって、実現までには60年の歳月がかかり、この先も、まだまだ、平坦な道のりではないのですから・・・。
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これも偏に、皆様のお力添えの賜物なのですが、実は、それらの記事の中にひとつだけ、私にとっては、いわく付きの、少々、引っかかってる題材がありました。
それが、これです。
実は、これ、以前、一度、書いた物なんです。
あるいは、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
が、そのとき、一旦、UPして、ちょっと、長く成りすぎたことから、この部分だけを切って、outlook expressのメールの中に作っていたネタ帳に移して、上書き保存し、しばらくして、また、開いたところ・・・、何とネタ帳の下半分が消えているではありませんか!
あるいは、閉じるときに、なにかやっちゃったか!とも思いましたが、全部が消えるなら、まだしも、下半分だけ消えているのです。
で、諦めて、一度、閉じ、どうにも、狐につままれたような感じで、もう一度、開いてみたら・・・。
何と、今度は、その残り半分が、また、その半分になっている・・・。つまり、数行残して全部消えているじゃないですか!!
こんな奇妙な消え方ってありますか?!
あるいは、何らかの人為的な力が働いたのかな?とも思いましたが(つまり、スパイウェアなどの・・・。)、消すのなら、ネタ帳の方ではなく、ブログの方を消すでしょうし、とにかく、どうにも、「???」でした。
で、思い当たったのが、もし、誰かが消したかったのだとするなら、それは、ブログ全体の方ではなく、この部分だけだったのではないかと・・・。
ということで、本日は、以下、その消えた部分を思い出しながら書いてます。
もし、万一、このブログごと消えるような事になった場合・・・、ご賢察下さい(笑)。
以前、平太郎独白録 「理念としての大東亜共栄圏」の中で触れたことの続きなのですが、ドイツが、同じ敗戦国でありながら、この戦後六十年を、政権が変わろうと、政党が変わろうと、揺らぐことなく、「力による拡張から、融和による拡大へと方針を変え」、近隣諸国との融和に力を注いできたのに対し、日本には、そのような長いスパンを睨んだ国家方針のようなものがあったのか?と言われれば、残念ながら、対米追随という、極めて、自発的要素の少ない国是があっただけで、周囲に友邦すらない現状を思えば、何をか言わん・・・かと。
では、そのような、指針さえも、一切、存在しなかったかと言われれば、そうでもないように思います。
それこそが、大東亜共栄圏です・・・。
大東亜共栄圏というと、どうしても、拒絶反応を示される方もお有りだと思いますが、あれは、それを曲解した人たちの思想と、それを実現する為の手段が間違っていただけで、理念としてはいささかも色あせていないように思います。
とは言え、ヨーロッパでは、EUというものが出来ましたが、アジアでそういうものを作るには、(AUというのは、アフリカ連合というのが既に存在するそうですね。アジア連合の場合、何というのか、あいにく、存じ上げません。)やはり、中国やインドという大国の存在がネックになってくるように思います。
即ち、EUというのは、皆、身の丈が同じくらいなんですよね。
その点、特に東アジアにおいては、中国はやはり、あまりにも、身の丈が違いすぎるんですよ・・・。
と、ここまでが、ほぼ、既述の部分で、ここからが消えた内容です。
さらに、中国というブロックは、地政学的に見ても、何千年も前から、独自のブロックとして変わることなく存在してきたわけですから、この先も、形は変わったとしても、おそらく、半永久的に、このブロックとして存在するでしょう。
そう考えれば、中国の周辺諸国というものの採るべき道は、何十年、何百年経とうとも、アメリカのような他の大国の存在がないとするならば、「合従して中国に対抗するか、連衡して中国の保護国として存在するか」・・・しかないように思います。
そこで、大東亜共栄圏・・・という風に申しあげたわけでしたが、実は、これには、戦前の構想とは少し違い、身の丈が似たり寄ったりの、日本、フィリピン、インドネシア・・・といった国だけでの一大島嶼連合を意識していたのですが、よく考えたら、大東亜共栄圏よりも、もっと相応しい選択肢が日本には、あるじゃないですか!
それが、OUです。
日本は、アジアの一部・・・と言いながら、よくよく、地図を見れば、同時に、島嶼部の国であり、その意味では、オセアニア州の延長線上だとも言えるわけで、つまり、日本を北端にして、オーストラリア、ニュージーランドを南端とするオセアニア州へ編入してもらう・・・、即ち、EUならぬOU、脱亜入欧ならぬ、脱亜入オです・・・。
とは言え、もちろん、これがそんなに簡単な話でないのはよくわかっています。
何より、現段階では、アメリカがそれを許さないでしょうし、他の諸国もどの程度、それを望むのかも不透明です。
オーストラリアなどは、東アジアの緊張関係に巻き込まれるのを迷惑がるでしょうし、日本だって、治安、移民などの問題を考えると、どの程度、国民的合意が得られるのかさえ、怪しいものです。
しかし、今、世界はEUの成立以来、アメリカにBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と言うブロック化の流れにあるように思います。
ちょっと長く成りすぎましたので、かなり、申し足りないところもあります。
要は、国家百年の計に鑑み、ドイツのように「国民の合意事項」として、こういう国家としての方向性だけは持ち続けたいものだということです。
実際、EUだって、実現までには60年の歳月がかかり、この先も、まだまだ、平坦な道のりではないのですから・・・。
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