僕の平成オナペット史

少年からおっさんに至るまでの僕の性欲を満たしてくれた、平成期のオナペットを振り返る

連載小説「1999-お菓子系 20年目の総括」⑤

2023-06-24 09:53:33 | 小説
 あの頃の仕事仲間が旧交を温めるわけがないとわかっていながらも、私はあえて里帆に女子会開催を吹っかけずにはいられず、予想どおり彼女は難色を示した。素直に里帆の誘いに応じてなけなしの金を岡野のぞみへの祝儀として準備しようと思うべきなのだけど、やはり彼女が太く短く生きる選択を拒んで安定志向に走るのは彼女らしくなく、旧友も散々悪口を言っておきながら、二十年来の友人を祝福する姿勢に、私はつい電話越しの相手を困らせてみたくなった。嫌な女だ、と思われるのを承知のうえで、公務員の夫を持ち、娘を私立中学校に通わせようとしている里帆の順風満帆な私生活へのひがみも込め、彼女が率先して岡野のぞみの結婚を祝うのが偽善的で愚かしいことだと気づかせてやりたい。

「まあそうだよね。誰もがみんな昔と今を切り離して生きてると思うし、新しい家族に若い頃のやんちゃを打ち明けても、気まずくなるだけだもんね。同窓会的な集まりすら開けないほど、あの頃の仕事って胸を張れるものじゃないけどさ、芸能界の端っこで誰かにいじられないと目立たない繭ちゃんは私たちの出世頭なんだし、功労賞っていう意味で何かあげたほうがいいと思うよ」

「そう言ってくれると、繭子も喜ぶんじゃないかな。夫と一緒にテレビを見ててあの子が出てきても、私は高校生の頃、彼女よりも人気があったって口が裂けても言えないし、ましてや一緒に仕事してたなんて知られたくないしね。美優だってそうじゃん。繭子もそろそろ限界だって気づいたんだから、昔のことを蒸し返してもね。やっぱ今が大事」

「でもさ、繭ちゃんはあの頃からずっと芸能活動を続けているから、安っぽいイメージが拭えないんだよね。里帆ならもうちょっと器用に立ち回れたと思うし、今よりももっと優雅な暮らしができてるんじゃないの?」

「やめてよ、そんなこと言うの。私は頭の悪い繭子と違って自分の価値を別の方向で高めたかったんだから。芸能界に進んでも使い捨てにされるのはわかってたし、繭子みたいな自虐的なキャラなんてやってられないわよ。そういう美優だって、親の反対さえなけりゃメジャーにのし上がれてたんじゃないの。繭子は今でも言ってるよ。美優が私を避けてたのは、自分へのライバル意識が強かったからって」

 売り言葉に買い言葉という予想どおりの展開で、里帆は私たちが十代後半に体験した不毛な競争をほじくり返そうとしている。同じ仕事仲間として、スタッフの受けがよかっただけの沢田繭子をやっかんでいたのを否定する気はない。私も里帆も大人たちの口車に乗せられるのを過度に警戒していたから、芸能界に入るための次の一歩が踏み出せなかった。警戒が緩かった沢田繭子は改名によるリセットを経て、金も地位も持ち合わせている男性たちの遊び相手として視聴者におもしろがられ、それを人生の栄養分として蓄えてきた結果が、地元の信金勤務の同級生との結婚では誰もが納得しないのではないか。私たちが進めなかった道を千鳥足ながらも前へ前へと歩いてきたのを偽りなく讃えているからこそ、私は岡野のぞみの引退を惜しみ、それを手放しで喜んでいる里帆の浮かれ具合に苛立ちを隠せないでいる。

「それは繭ちゃんの考えすぎだと思うけど、あの子はいじられるのを逆手に取ってもっと経験値を積んでほしかったな。局アナが番組スタッフやタレントに気に入られてフリーに転向するみたいに磨きをかけてもらいたかったけど、繭ちゃんはそこまで頭が回らなかったんだね。いろいろと苦労したのにね」

「だからさあ、繭子は頭の悪い野生動物なんだって。ほかの人に比べて脳味噌が少ないから先を読むことなんかできっこないし、誰かにおだてられたらすぐに本気になっちゃうんだよね。事務所や芸能マスコミにとっちゃ使い勝手がよかっただけなのよ。本人が最後まで気づかなかったのもおかしいんだけどね。何だか美優はあの子の結婚を祝福しにくいようだけど、もういいじゃん。彼女がずっと芸能界にしがみついていたら、絶対に自分を見失なっちゃってるって」

 里帆の言うとおり、私は岡野のぞみの狂気的な結末を期待していたのに、彼女は破れかぶれのシナリオを渡されずに芸能界から身を引いてしまう。一般人の苦労とは無縁で、あぶく銭の恩恵を被ってきたにもかかわらず、自分の商品価値が下がるのを悟ると一般人に成り下がって堅実な余生を描こうとするのが、私は卑怯ではないかと思う。芸能活動がその場しのぎで懐を暖める手段にすぎないのだから、岡野のぞみも幾多の破局にもめげずハンターのように次の獲物を狙ってほしかったのだけど、地元の信金職員とのハッピーエンドを選んでしまった。何の取り柄もなくて芸能界にしがみついてきた人間が幸福な結末を迎えること自体、真面目にひたむきに毎日を過ごしている一般人の神経を逆なでしているようで、皮肉を込めながらも嬉しそうに仲間の結婚を伝える里帆が忌々しく思えてくる。

「そうだね。里帆の言うとおり、今が大事なんだよね。繭ちゃんも身を削って頑張ってきたんだから、もうそっとしておいたほうがいいかもしんないね。あの子がそう決めたんだから、私も余計なことを言っちゃいけないよね」

「そうそう。繭子は背伸びしていただけで、自分をコントロールできないまま事務所や業界のスタッフにうまく操られてたのよ。地元の同級生が散々説得して結婚にこぎ着けたんだから、あの子もまんざら人の話を聞かない子じゃないんだってわかったわ。私が言っても聞く耳を持たなかったのに、男の人の言うことは素直に聞くんだから図々しい子だよね」