思いつくままに書くブログ

基本旅行記と日本ハムファイターズの事しか書きません。そして忖度なくものを言う。いいものはいい悪いのは悪いと。

まだまだ先は長いぜ! 飯田線を踏破する 311系特別快速

2024-08-04 06:52:18 | 2024年の日常(旅行未満)
飯田16時18分発豊橋行きに乗ります。



213系に乗るのは久しぶりだなあ。



213系はJRになり関西線にテコ入れするために製造された車両で、211系と見た目は似ているがドアは2ドアでトイレなし。関西線のあとは中央西線で使われるようにもなり、飯田線で119系が引退してからは代替でこちらへ。さすがに名古屋近郊を2ドアでは運用無理ですからね。飯田線用に長距離運転を考慮してトイレ設置改造はされていますがワンマン化されてません。飯田を出ると程なくして左へ曲がって切石駅ですが、国鉄時代はまっすぐ延ばすようなかたちで「中津川線」を建設していた。当初から直流電化の予定だったうえある程度の需要は見込めたが、予算があまり配分されないために建設が進まず、中央道が開通して地元の意識も低下したため未成線。だけども開業していたら名古屋までは特急で1時間半程度が見込まれ、飯田はいまとは全然違うことになっていたのではないでしょうか?



この会社、確か高野豆腐とかインスタント味噌汁の会社だと思ったが、ここで作っているのか。その後天竜峡を過ぎれば車窓も一変し、渓谷にへばりつくような線路が続く。そして秘境駅とよばれるようなのが続く。



門島では4分停車。



平岡では8分停車で「駅に売店がありますので、よろしければどうぞ」と車掌アナウンス。たいへん親切なので行ってみるが、お土産的なものばかりで小腹を満たすようなものはなかったな。車掌もなにか買い物をしており、私に「ここの饅頭、お土産にお勧めですよ」だって。



飲み物だけ買って車内に戻るけども、この車掌どこか具合悪そう。無人駅が多いので車内を頻繁に回っているのだが足取りがおかしい…。熱中症になりかけているように見えます。口も半開きで辛そう。



”渡らずの橋”を渡り。



かつてレールパークがあった中部天竜で車掌交代、大きな買い物袋を提げて降りて行った。きょうはここで滞泊するのでしょう、カップ麺にお菓子に飲み物がみえた。ゆっくり休んでください。



だいぶ暗くなってきた三河槇原では13分も停車。ホームに出てみると改めて凄い景色だなと思う。切り立った崖が見えて、確か2年ほど前にそれでしばらく不通になってたような。この先は本長篠あたりから乗客が増えだし豊橋に近づいてきた実感が湧く。それが豊川となれば段違いに増えてきてICカード区間に入り新地と船町は通過。



そして6時間超かけて飯田線を踏破!ようやく豊橋に着きました。20時16分だから腹が減ったなあ。



豊橋の駅近くで夕食とするならばくるまやラーメンに行こうかな、店の人がちょっと難だけど2食連続なんて関係ないよ!と改札に向かってたがこれを見ては方針転換。19分発の大垣行き特別快速に飛び乗った。だって…。

311系8両編成の特別快速なんだもの!





JR東海の一時代を築いた車両も風前の灯火で、いまや名古屋駅に日中に乗り入れる運用は消滅して4×5編成の20両しかない様子。基本は大垣~米原の区間運用がメインだとかで、かつての117系と同じ感じ。あの区間は酷い頃は313系2両で走っていて青春18シーズンは阿鼻叫喚だったが(しかも名古屋を6両で発車するも大垣で切り離す、まだまだ車両不足の頃)、その後は増えてきて切り落とすのが2両のほうだったり6両で直通するようになったり。しかし今度は117系が余るようになって大垣で運転を分け、117系8両で走ったりと末端ゆえ行き当たりばったり。いまは313系が余っているので名古屋方面と6~8両で直通も多いね。近い将来引退は間違いない、車内のくすみも酷い。



改札を出てここで夕食、そういえば今年はうなぎ食べてないから吉野家か松屋のうなぎでもいいかなあ…。





結局はスシローで10皿程度つまむことに。アスナルのスシローは場所柄大行列で15~20組待ちはザラだけどそれはテーブル席待ち。整理券の機械に1人、カウンターと入力すると待ち時間が30分でも60分でも「順番が前後します」と待ちなしで即発券、即お席まで。まあ、たまにはいいかなこれでも、マグロとサーモンが100円で生ビールも半額だったので。



次はいずこへ?




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