詩はここにある(櫻井洋司の観劇日記)

日々、観た舞台の感想。ときにはエッセイなども。

マリンスキー・バレエ『ドン・キホーテ』初日 2018年11月28日 東京文化会館

2018-11-29 19:32:00 | 日記
ロシアのサンプトペテルグルグのバレエ団 マリンスキー・バレエの来日公演が始まった。韓国と中国を含んだ1か月にわたるアジアツアーの一環で、日本では東京と兵庫県・西宮で公演があり、世界的なバレエ団には珍しく劇場専属のオーケストラを連れての公演である。

パリ・オペラ座バレエ団、英国ロイヤルバレエ団、アメリカン・バレエシアターなど海外からスターダンサーを連れて来日するバレエ団の公演は安くないのだが、東京で最高ランクが24,000円、西宮では28,000円という高額チケットになった。案の定というか売れ行き芳しくなく、グルーポンをはじめとしたサイトでディスカウントチケットが出回っているようだ。会場ではリピーターチケットと称して、他日公演を割引販売していたし、U-25チケットといって25歳以下の観客に開演30分前から残席を5,000円均一で販売するサービスもあった。

かつてのウリヤーナ・ロパートキナ、スヴェトラーナ・ザハロワ、ディアナ・ヴィシニョーワ、エフゲーニャ・オブラスツォーワといった大スターが引退したり移籍したり、大物が来日しないばかりか、相次ぐキャストの変更で、観客も高額のチケットを簡単に購入しずらい背景もある。

そんな公演にでかけてみようと思ったのは、ロシアの名門バレエ団のプリンシパルとして活躍するキミン・キムを生で観たかったからである。バレエの王子様キャラは、やはり白人の美形ダンサーの方が有利である。テクニックがあっても、ノーブルな雰囲気がないとダメなのである。東洋人の男性ダンサー、たとえば熊川哲也が英国ロイヤルバレエでそうであったように、『ドン・キホーテ』のバジルは踊れても、『白鳥の湖』のジークフリート王子は踊らせてもらえないのである。そんな概念を吹き飛ばし、ロシアの名門バレエ団で次々と主役を踊る韓国出身のダンサーの存在は痛快である。

初日公演では、キューピッド役に日本人の若手ダンサーである永久メイが起用された。13歳で日本を飛び出して、コンクールを経てスカラシップで留学、コンクールのガラ公演で芸術監督に見いだされ、マリンスキー・バレエ団で主役も踊れる地位まで昇りつめたというのも話題。

ロシアのバレエ団なので、舞台美術はともかく、衣裳は野暮ったい色使いで繊細さがない。音楽も同様で、打楽器や金管楽器を強調した演奏で、スピードも速く、バレエの伴奏に徹した演奏スタイルで考え方が古いなあと思う。演出も現代的な解釈はなく、昔ながらの振り付けと演出だと感じた。中心になるのは、超絶技巧を次々に繰り出すダンサー達の踊りで、多少の荒っぽさはあっても踊りが何よりも大切だという姿勢は正しい。

『ドン・キホーテ』第1幕。早いテンポとメリハリの効いたオーケストラ。それに呼応するように踊りまくるダンサー達。これほど生気に満ちたバレエも珍しい。キトリのヴィクトリア・テリョーシキナ、バジルのキミン・キムは超絶技巧を次々に披露し会場が興奮の坩堝に。スピード感がある舞台で飽きさせない。

『ドン・キホーテ』第2幕。ジプシー達の踊りがロシア風なのはご愛嬌。夢の場に登場したキューピッドの永久メイに注目した。十代で海外に飛び出しマリンスキーのソリストになり、さらなる飛躍が期待される逸材。手足の長さ、華奢な身体つきはバレエ団の中にあって異色の存在と映った。

『ドン・キホーテ』第3幕。グラン パ・ド・ドゥのコーダで全て持っていかれた感じ。テリョーシキナの扇を持ってのグランフェッテの凄さ!キミン・キムの跳躍と回転。超絶技巧があまりに多くて普通のテクニックに見えてしまう。音楽のテンポは早め。感動よりも爽快感の勝る舞台だった。

2017年11月28日(水) 6:30p.m.~9:30p.m.
≪ドン・キホーテ≫<プロローグと全3幕6場>

音楽:ルートヴィヒ・ミンクス
台本:マリウス・プティパ
振付:マリウス・プティパ(1869年)
改訂振り付け:アレクサンドル・ゴールスキー(1900年)
原作:ミゲル・デ・セルバンテス
舞台装置デザイン:アレクサンドル・ゴロヴィーン、コンスタンチン・コローヴィン
舞台装置復元:ミハイル・シシリアンニコフ
衣裳デザイン:コンスタンチン・コローヴィン
指揮:アレクセイ・レプニコフ
管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団

<出演>
キトリ:ヴィクトリア・テリョーシキナ
バジル:キミン・キム
ドン・キホーテ:ソスラン・クラエフ
サンチョ・パンサ:アレクサンドル・フョードロフ
ロレンソ:ドミートリー・プィハチョーフ
ガマーシュ:ワシーリー・シチェルバコフ
エスパーダ:コンスタンチン・ズヴェレフ
街の踊り子:エカテリーナ・コンダウーロワ
メルセデス:オリガ・ベリク
花売り娘:アナスタシア・ニキーチナ、シャマーラ・グセイノワ
森の精の女王:マリア・ホーレワ
キューピッド:永久メイ
居酒屋の主人:マキシム・ペトロフ
ジプシーの踊り:オリガ・ベリク、オレグ・デムチェンコ
老ジプシー:マキシム・ペトロフ
ファンダンゴ:アレクサンドラ・ポポワ、アレクサンドル・ロマンチコフ
東洋の踊り:ユリア・コブツァール
ヴァリエーション:ヤナ・セーリナ
---------------------------------------------------------------------------
【上演時間】 約3時間     【終演予定】 21:30
第1幕 45分 - 休憩 25分 - 第2幕 25分 - 休憩 25分 - 第3幕 50分

顔見世大歌舞伎 夜の部 『楼門五三桐』 『文売り』 『法界坊』 『双面水澤瀉』

2018-11-22 19:14:10 | 日記
今月の吉右衛門と菊五郎の共演による『楼門五三桐』は平成歌舞伎の頂点だったと思う。一世代前の歌右衛門、勘三郎、白鸚、松緑、梅幸、仁左衛門、鴈治郎が活躍していた昭和50年代。若手花形だった吉右衛門と菊五郎らは、六頭身の大幹部連中に比べれば、ずっとスマートで現代人の感覚をもった役者のはずだったが、平成に生きた彼らは大きな顔と体のバランスこそ父親の世代と違ってはいても、重ねた歳月が醸し出す雰囲気は、前の世代と遜色のないものだった。

雀右衛門は短い舞踊を踊ったが、派手さがなくとも深さを感じさせる踊りには先代の面影があって好ましかった。その一方で、若手花形が挑んだ『法界坊』は、面白い部分もあれば、停滞気味な部分もあったけれど、若手の先陣をきって難役に挑んだ猿之助の勇気を讃えたい。

『楼門五三桐』様式美だけが頼りの高齢になった役者が出演する機会が多い芝居という印象があった。でも吉右衛門の五右衛門と菊五郎の久吉の顔合わせで舞台に厚みがあって大歌舞伎に相応しい一幕だった。この錦絵のような美しさは二度と観ることができないかもしれないという思いがあり、歌舞伎とともに歩んだ人生を噛みしめつつ深い感動があった。

『文売り』清元で踊られる小品。最近では梅幸、芝翫しか踊っていない。派手さのある踊りではないが雀右衛門にはあっていたよう。こうした味わいを出せる役者と喜んで受け止められる観客がいなくなっては歌舞伎の厚みが失われてしまう。無理矢理三演目にした気がしないでもないが大いに歓迎したい。

『法界坊』同世代で初めて法界坊を演じた猿之助。その意欲に拍手。澤瀉屋らしい舞台上での宙乗りもあり台詞回しは猿翁を思い出させる部分もあって面白く観た。甚三に歌六を得たことが大きかったか。『ワンピース』で共演した隼人、右近らも頼もしい存在。ただ前半は盛り上がらない部分もあって、一筋縄ではいかない芝居なのだと思い知らされる。

『双面水澤瀉』「双面」も猿之助の手にかかるとケレン味たっぷりの舞踊劇に大変身。サービス精神が旺盛なのは相変わらずで飽きさせない。渡し守に雀右衛門を得たことで舞台が引き締まる。右近、隼人に成長の機会を与えているのはワンピース歌舞伎以来。その期待に応えて充実した舞台になった。

顔見世大歌舞伎 昼の部『お江戸みやげ』 『素襖落』 『十六夜清心』 2018年11月17日

2018-11-20 19:25:00 | 日記
歌舞伎座の顔見世大歌舞伎。11月の年中行事ではあるけれど、本来の意味合いを離れ興行自体の豪華さや充実度はお正月の初春大歌舞伎が勝る現象がずっと続いているように思う。歌舞伎座でさえ年間を通じて歌舞伎が上演できなかった頃に比べれば、11月には歌舞伎座、国立劇場、平成中村座、南座、博多座と多くの劇場で歌舞伎が取り上げられている。その反面、歌舞伎俳優は分散してしまうので、大顔合わせの妙といったものは望むべくもない。若手から中堅への過渡期の役者にとっては、活躍する場が増えていることは良いことなのだが。

 『お江戸みやげ』芝居の世界を熟知した川口松太郎の作。長らく芝翫の持ち役だったお辻を時蔵、栄紫を梅枝、おゆうを又五郎がそれぞれ好演。主人公は納得し満足しているとはいえ、人気役者とにわか贔屓の田舎の女性の金が絡んだ嫌らしいお話。それを後味よく仕上げるのが役者の腕で余計な疑念を起こさせないのが取り柄だった。

『素袍落』松緑の太郎冠者は初役ではないが堂々の歌舞伎座初登場。明るく品良く踊られたのが何より。爆笑ではなく微笑といった風情ある踊りが音羽屋らしい仕上がり。団蔵、亀蔵、巳之助、種之助の中に澤瀉屋の笑也が自然にとけ込んでいた。多くの劇場で歌舞伎が上演され、門閥以外の役者にもチャンスが増えているのがよい。

『十六夜清心』役者と二刀流清元栄寿大夫の初お目見えと菊五郎の清心と吉右衛門の白蓮の共演というのが顔見世らしい演目。時蔵の十六夜、梅枝の求女と親子が同じ芝居に続いて登場も、芸の伝承には必要不可欠なこと。それら全てが面白いかと言えば、なかなかそうならないのが芝居の難しいところで、菊五郎と吉右衛門が登場すると一気に芝居味が濃くなって満足度は高かった。

新国立劇場バレエ団 『不思議の国のアリス』 2018年11月11日(日)

2018-11-15 18:51:19 | 日記
5年前の英国ロイヤル・バレエ団の公演では、DVDまで購入して入れ込んだ作品なのに、時間の経過とともにどのようなバレエだったのかすっかり忘れてしまっていた、来年劇団四季が上演するトニー賞を受賞した『パリのアメリカ人』を創ったクリストファー・ウィールドンが振付。音楽は映画やテレビ番組での音楽を手がけるジョビー・タルボット。美術は数々の作品で何度もトニー賞を受賞しているボブ・クロウリーという一流アーティストが集結。劇場には、インスタ映えを狙った?装飾が数多く施されていて、まさに『不思議の国のアリス』一色だった。

オーケストラピットには、多数のパーカッションをはじめ、あまり見たことのない楽器が並び演奏はかなり難しそう。衣裳・美術も通常のバレエ公演を遥かに超えた規模で、オーストラリアバレエ団との共同制作となったのも肯ける。演出はアリスの年齢を少々引き上げて思春期の少女に設定して恋愛もテーマとなっていた。原作者ルイス・キャロルが活躍した時代、さまざまなイメージが交錯する不思議の国。小説を読みながら昼寝していた?現代のアリスと時間も空間も超越したバレエ。プロジェクション・マッピングを使用して摩訶不思議な世界を表現していて見事だった。

千秋楽の主役は、小野絢子と福岡雄大の黄金ペア。人気実力ともに新国立劇場の大看板の二人である。その小野絢子をしても、珍しく薄らと汗をかくほどのアリスは難役だったとみた。ほぼ全編にわたって踊り続けなければならないし、少々つかみどころのない役だったのかもしれない。余裕がないのである。観ている観客にも伝わってきて、二人の愛を謳いあげるはずの最終幕のパ・ド・ドゥも低調に終わってしまった。

第1幕。劇場の入口から不思議の国仕様。日本人が上演するのは難しいかもという先入観を打ち破る見事な舞台。小野絢子のアリスは全編踊りっぱなし。複雑な振付を軽やかに踊りきった。映像を使った場面転換も巧みで飽きさせない。音楽、美術、衣裳が高度に融合していた。

第2幕は英国ならではの遊び心があふれている舞台。帽子屋のマッドハンターはタップを披露した。猫は黒衣に操られ動き回る。歌舞伎のような場面が多数。アリスとジャックが再会し2人で踊る場面は幸福感で満たされた。小野絢子は踊りっぱなしで珍しく薄っすらと汗をかいているのがわかるほどだった。

第3幕。ハートの女王の益田裕子が『眠れる森の美女』ローズアダージョのパロディでわかせた。アイディア豊富で飽きさせないけれど悪ふざけにならない絶妙なバランス感覚。結局現代の恋人達の物語かと思わせてのオチ。「楽しかったねえ」の感想はあっても感動とは無縁な舞台だった。

はじめ、



『不思議の国のアリス』英国ロイヤル・バレエ団 2013年日本公演 東京文化会館

2018-11-11 19:02:12 | 日記
すでにDVDも発売され、英国ロイヤルバレエ団のライブビューイングでも紹介された『不思議の国のアリス』を日曜日の夜に観る。予定されていた公演が全て売り切れたために、急遽追加公演が決まったものだという。その公演も、ほぼ完売の大人気であった。

世界中で愛読され最近映画でも話題になったルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を基にクリストファー・ウィールドンが創作した全幕バレエ。 ジョビー・タルボットのオリジナル・スコア、ボブ・クローリーの斬新な美術、ウィールドンの振付によるバレエ化ではキャロルの原作同様、宙を舞うチェシャ猫、芋虫、フラミンゴ、白ウサギやマッドハッターなど、おなじみのキャラクターたちが舞台狭しと駆け巡る、子どもから大人まで楽しめるエンターテインメント。

というコピー通りの展開で、いったい次に何が起るのかとハラハラドキドキ。この楽しさは何度でも生の舞台で味わってみたいのだが、もう公演は終わってしまって残念。 Amazonで3,600円でDVDが発売されているのを発見して迷わずに購入。バレエ作品としては大掛りな作品で、舞台美術のみならず、オーケストラピットには外国人のキーボード奏者が3名も交じるなど、細心の注意が払われた舞台であったことがわかる。

作者のルイス・キャロルの生きた時代、不思議な国、そして本を読んでいたアリスが昼寝?から目を覚ます現代の場面など、時空を超えた多重構造になっていて、奇妙な登場人物が大勢登場する物語に整合性をつけていたようだった。

驚くべきアイディアに満ちた振付、舞台美術、舞台転換用に幕前として使う巨大なスクリーンに写し出されるCGなど、英国ロイヤルバレエ団の威信をかけた全幕物の新作だけに実に贅沢なつくり。そして、パーカション、特にティンパニが大活躍だったジョビー・タルボットのオリジナル音楽がなんとも素晴しく、作品の風変わりな世界にぴったりとあっていた。この舞台の面白さを言葉を使って説明するのは、ちょっと無理なので是非、DVDを買求めていただきたいと思う。バレエってこんなに面白く、可能性に満ちているのだと改めて気がつかされることだろう。

ほぼ出ずっぱりの主役・アリスを踊ったのは福岡でバレエを始めたというファーストソリストの崔由姫。足先まで美しいポワント。安定したテクニックと演技力で観客を魅了した。第3幕で「眠れる森の美女」のローズアダージョのパロディを踊ったハートの女王のラウラ・モレーラがテクニックがあって、喜劇的な演技もこなして面白かった。タップを披露したいかれ帽子屋のアレクサンダー・キャンベルなど、脇役にも個性的なダンサーが揃って楽しめるし、いかにも英国ロイヤルバレエ団といった美しく上品なダンスもあって、バレエ表現の多彩さを、これでもかこれでもかと思い知らされた感じ。

そうした中にあって、最も感動したのはアリスとハートの騎士によって踊られる第3幕のパ・ド・ドゥ。もちろんバレエのテクニックを駆使したダンスなのだが、そこにバレエの神髄をみたような気がしたのである。男女のペアで踊るとき、二人は空中を飛ぶが如く、上へ上へという意識がある。ポワントから背中を通って頭の先まで、そうしたダンサーの思いが貫いているのである。

お互いに愛を確かめあうことによって、さらに二人を高めようとするのは、真の恋愛の姿に似ている。女性ダンサーがつま先立ちしてしまうのも、そうした止むに止まれぬ思いがほとばしっているからだと気がついた。ダンスは役柄と少しも離れることなく存在しようとして、つま先立ちしてしまうのである。そして二人が感じている一体感が観客も伝わって心地よく感じる。それがバレエなのだと思うと、その美しさ、その愛の崇高さに心打たれた。

これだけの人気なので、次回の来日公演でも再演されるだろうから、是非お見逃しなくと伝えたい。

英国ロイヤル・バレエ団2013年日本公演
「不思議の国のアリス」

2013年7月7日(日) 18:00開演 東京文化会館