詩はここにある(櫻井洋司の観劇日記)

日々、観た舞台の感想。ときにはエッセイなども。

新春浅草歌舞伎 第2部 『寿曽我対面』『番町皿屋敷』『乗合船惠方萬歳』

2019-01-06 19:01:07 | 日記
短い入れ替え時間だったからか、鶴松による『お年玉 年始ご挨拶』が終わると10分ほどの休憩になり開演は15時15分からとなった。

出演者の協力体制があって主役、脇役隔てなく出演している姿が清々しい。錦之助、桂三、歌女之丞以外は彼らだけで芝居を構成しているのは凄い事ではある。

ただし、将来に期待を抱かせるものであっても未完成。ますますの精進を期待したい。

『寿曽我対面』一座が揃っての協力演目。錦之助の工藤、松也の五郎、歌昇の十郎ら年長者に安定感。巳之助の朝比奈が難しい役を自在に演じていて感心した。新悟と梅丸の女形は立役陣に比べると物足りなさが残る。正月に曽我物という伝統が生きている事に安堵。浅草歌舞伎に大冒険はいらない。

『番町皿屋敷』岡本綺堂の名作。格調高く謳い上げる台詞の数々。青山播磨の隼人に課せられたハードルは高いが何とか及第点で大健闘。お菊の種之助も女形を誠実に演じていて好感。静まり返り緊迫感の漂う客席というのも浅草では珍しい。旗本と町奴の喧嘩を描いた芝居を花川戸の地元で観るのも一興。新橋演舞場との繋がりもあるのが面白い。

『乗合船惠方萬歳』三十年後、四十年後に歌舞伎を担うであろう役者が勢揃い。松也の通人、女船頭、種之助の才造に面白い味がある。巳之助の萬歳が本格で正月からおめでたい空気に包まれて幸福。隼人の二枚目ぶりや白酒売りの新悟の成長に目を見張った。歌昇の若旦那、鶴松、梅丸の女形の今後も楽しみになってきた。浅草らしい華やかな打ち出し。


新春浅草歌舞伎 第1部 『戻駕色相肩』『義賢最期』『芋掘長者』

2019-01-06 18:09:37 | 日記
昭和55年1月に始まった浅草公会堂を会場にした浅草歌舞伎。初回の出演者は、吉右衛門、玉三郎、勘九郎だった。演目は吉右衛門と勘九郎による『鳴神』、玉三郎の『鷺娘』、勘九郎の『供奴』、吉右衛門と玉三郎の『直侍』勘九郎は暗闇の丑松で出演した。それから八月に上演した年もあったが、お正月の初詣客で賑わう浅草での若手花形による公演が定着している。値段も手頃で上演時間も短め。若手の登竜門としての意味合いもあって、古典を上演する方向なのが好ましい。

上演前に出演者が交代で『お年玉 年始ご挨拶』という口上とフリートークがあるというのも定着した。今回は上演時間が3時間半ほどで11時開演で14時半に終演となったので松也の挨拶は短め。演目が充実しているからだが、第1部と第2部の間が30分と近頃では珍しい入れ替え時間となり関係者はもとより観客も大変だったと思う。アイドル的に売り出そうという考えもあるらしく、彼氏らを特集した雑誌なども売られていた。

『戻駕色相肩』歌舞伎は初めての観客の多い劇場にしては渋めで難解な舞踊劇。歌昇、種之助、梅丸といった若手花形には荷の重い演目だが最後まで破綻することなくみせた。廓話も洒脱も表現としては物足りなく本格からは遥か遠くだが、まずは浅草歌舞伎で経験を積むことが大切なのだと納得させた。やがて中央の檜舞台を踏む人達ということで温かく見守るという風だった。

『義賢最期』とかく義賢の「戸板倒れ」や「仏倒し」に目が行きがちだが様々な役柄があり若手が果敢に挑戦しているのがいい。松也は義太夫に乗り切れないものの滅びる者の美学があって上出来。新悟の小万も体当たりの演技で幕切れを引き締めた。桂三の九郎助が活躍していて実力をしめした。前半は退屈に感じるのか寝てしまっている観客も多く見かけたが、そうした観客の前で芝居するのも修業だと割り切った方がいい。問題は役者よりも観客自身にあるのだから。

『芋掘長者』大和屋にとっては大切な演目。舞踊の名手が下手に踊るという皮肉な趣向。巳之助に名手の片鱗が見えて三津五郎も一安心だろう。松也、歌昇、新悟、鶴松、橋之助が揃って出演というのもいい。こうした協力体制が浅草歌舞伎の魅力でもある。大爆笑ではなく微笑ましさを狙う姿勢も好ましかった。14時半に終演なので入れ替え時間が短いのが難だった。

成田IMAX 映画『ボヘミアン・ラプソディ』スタンディングOK応援上映

2019-01-05 22:29:54 | 日記
日本初となるスタンディングOKの応援上映がヒューマックスシネマズ成田のIMAXデジタルシアターで12月27日(金)、28日(土)、1月4日(金)、5日(土)の4回行われた。上映開始は17時30分、終了は20時。首都圏であればギリギリ帰ることが可能な時間帯である。もっとも通常のシネコンの番組の中に組みこまれているので、時間的にはかなりタイトで綱渡りだったようである。関係スタッフの奮闘でなんとか切り抜けたらしく感謝しかない。年末年始だったので、地元に対しての宣伝が十分でなく、もっぱらTwitterを始めとするSNSでの情報発信だけが頼りだったようだが、回を重ねるごとに観客数が伸びていき、首都圏ばかりでなく全国各地から集まったのには驚いた。

かつて成田空港の給油基地だった場所に建っている成田イオンモールに隣接した場所にヒューマックスシネマズ成田がある。最寄り成田駅から連絡バスで10分ほどの距離。お正月は参道が通れないい上に、道路が大渋滞するので30分以上かかってしまう。1階はパチンコ屋。その駐車場に日本初の独立棟のIMAXデジタルシアターができた。スクリーンサイズは、公表されていないがタテ14m×ヨコ25mぐらいらしく建設当時では日本一の大きさを誇った。現在はデジタルからレーザー式のIMAXが登場しており、2K というのは4Kからすると見劣りがしなくもないが、デジタル式で投影できる最大限の大きさのスクリーンの迫力は何者にも変えがたい。

音響もカナダのIMAX社によるもので、カナダの技術者以外は触る事ができないらしく劇場にとって最良の調整がされているようである。12.1チャンネルなどスピーカーの数を増やしたり、アリーナ級のコンサート用の機材を持ち込んだ爆音上映などあるが、成田のIMAXは1席あたりのタテ方向の容積が多いので音の広がりがあるのが、他の劇場に比べて優れた点だと思う。立川の極音上映、六本木のTCXとドルビーアトモスを備えた劇場へも出かけたが、その2館がライブハウスだとすれば、成田IMAXはアリーナ級に感じる。重低音や音が館内を駆け巡る感じも凄いのだが、無音の瞬間、会話の場面でも普段は聞こえてこない音が聞こえてくるのが不思議だった。

巨大なスクリーンゆえ、客席はスタジアム形式の傾斜がある。1列につき三段の階段を登る感じである。ビルの中にあるシネコンを改造したIMAXのように座席の傾斜が緩すぎてスクリーンに観客の頭が被るということはない。今回、立川でもスタンディングOKの応援上映を実施するようだが、サイリウムは禁止ということだ。何故なら当時はサイリウムの文化がなかったから。もっともらしい理由だが、通常上映でも前の人の頭がスクリーンに被る劇場なので、サイリウムを振られたら苦情がくるというのが真相ではないだろうか。また最後のウエンブリーのライブ・エイドの場面は全員起立を推奨だそうである。はて?普通のライブでスタンディングを強要するか?立ちたくても立てない事情を抱えている人もいるのに。立った方がいいに決まっているけれど、劇場側が宣言する事ではないと思う。違和感があった。

28日(土)は劇場の佐藤さんから一緒に立ち上がるきっかけを知らせる役をお願いされた。願ってもないことで前から4列目の中央に陣取った。劇中で4回ほど立ち上がる場面があるが、佐藤さんの合図に全て従った。4日(金)はよりスムーズに立てたが、シリアスな場面も多い映画なので、どの場面で立ち上がり、どのタイミングで座るか大いに悩まれたようである。ライブ・エイドの場面も、ライブが始まった瞬間に立つのか、ライブを待つ期待感を体験するためにもっと前で立つべきか迷ったようである。

そもそも、今回のようなにスタンディングのタイミングを知らせるスタッフを配置するという発想が素晴らしいのある。シャイで空気を読む日本人も安心して立ち上がる事ができるからである。

前説では、禁止事項やかけ声の練習があって劇場内の空気を温める工夫があった。そして最後には佐藤さんからの感謝の言葉と劇中のコールアンドレスポンスの再現があってお開きとなる。さらにその前にモギリでは佐藤さんが「応援上映よろしくお願いします」と一人一人に声をかけて特典であるカードを配った。他の作品もあるお正月興行で失敗させるわけにはいかないし、絶対に楽しんでもらいたいという思いが伝わってきた。

28日はサイリウムを20本ほど持って行ったので自分の使う分を除いて残りを配った。さらに4日はサイリウムを200本Amazonで購入したものを入口で配った。もちろん自腹購入。なんとしても観客に楽しんでもらいたかったからである。

この応援上映には前の企画があって、インド映画の「バーフバリ 王の凱旋」がIMAX上映された時、応援上映を実施した。東京方面からも集客があるなど一定の評価はあったけれど、劇場が東京の様に満席となる事はなかった。今回は年末年始ということも幸いしてある程度の集客があった。時間帯さえ考慮すれば、さらに集客できるのではないだろうか。


初春歌舞伎公演 新橋演舞場 夜の部 『鳴神』『牡丹花十一代』『俊寛』『鏡獅子』

2019-01-03 21:57:44 | 日記
海老蔵の一人舞台のような公演なので20分、25分、30分の休憩があり、上演時間は5時間を超えた。『俊寛』で終わってもよかっただろうに家の芸である『鏡獅子』を上演したのは、心中帰する所があったと思う。

平成7年の9月歌舞伎座で十一代目團十郎の三十年祭の追善興行があった。まだ高校生?だった海老蔵(前名の新之助だったけれど)が初役で『鏡獅子』を踊った。大曲中の大曲で、歌舞伎座で踊る事が許されるのは富十郎、勘九郎、菊五郎といった名手ばかりで、成田屋の御曹司とはいえ荷が重過ぎた。

案の定、踊りは観るに耐えない散々の出来だった。未だにあれだけ下手な『鏡獅子』を観た事がない。でも、今まで観た中で一番感動した『鏡獅子』でもあった。舞台を歩くことさえままならないのに、とにかく今の自分にできる最大限の事をやろうという気迫だけは伝わってきた。逃げない。むしろ挑んでいく姿勢。10代の少年がここまで自分を追い込むのかと感激した。

その挑戦の姿勢は『俊寛』の初演である。この芝居には縁がない筈なのに、観客の意表を突いた演目である。荒事でもケレンでもない正攻法の歌舞伎。大先輩と一座する事の少ない彼には苦手な演目だと思う。それでも果敢に挑戦した。

挑戦といえば歌舞伎座と掛け持ちの児太郎も雲の絶間姫、千鳥、さらに芸者まで踊って大活躍である。今年はさらに飛躍の年になるのだろう。

そして一番の話題と観客のお目当ては海老蔵と 麗禾ちゃん勸玄くんの共演だろう。多少の間違いはあったけれど観客は大喜び。でも泣かされた。

『鳴神』右團次の鳴神上人に児太郎が初役で雲の絶間姫。二人だけの会話劇になってから俄然面白くなる。児太郎が主導権を握っていく具合が絶妙、右團次は特に荒事になってからはスピード感があって鷹揚な動きに慣れた目には新鮮に映った。二人とも千秋楽に向けて成長していくことだろう。

『牡丹花十一代』清元の「お祭り」をベースに大向こうの「待ってました」に応えてほろ酔い機嫌の海老蔵が手古舞の麗禾ちゃんと若頭の勸玄くんが登場して踊るという一幕。可愛いくて健気で團十郎と麻央さんに見せてあげたかったと思った途端に涙腺大崩壊。母親に甘えたい年頃なのに不憫だなあ。

『俊寛』出演経験ゼロの芝居の筈なのに、いきなり主役に挑戦という暴挙?しかるべき先輩に教わっているとは思うものの大幹部との共演が極端に少ない海老蔵なので心配になる。児太郎の千鳥、右團次の丹左衛門が好演しつつも舞台に隙間風の吹く瞬間が何度も。幕切れの表情だけは感心したが。全体を俯瞰できているかどうかが大幹部の舞台との違いだと思った。

『鏡獅子』夜の部後半は出ずっぱりで体力的にキツイ筈だが十一代目生誕百十年を記念しての上演か。23年前の初演時には手も足も出なかった大曲を見事に自分のものしていた。弥生は丁寧さが際立ち獅子は豪快だが気品がある。毛振りも50回程度で収める程の良さ。いつの日か 麗禾ちゃんと勸玄くんが胡蝶を踊るだろうか。

初春歌舞伎公演 新橋演舞場 昼の部 『義経千本桜ー鳥居前』『極付幡随長兵衛』『三升曲輪傘売』

2019-01-03 21:32:16 | 日記
新橋演舞場の海老蔵の公演初日を観る。まずは昼の部から。中心となるのは海老蔵と長男・勸玄君が共演する『極付幡随長兵衛』だろうか。最初に獅童の忠信で『鳥居前』、最後に15分足らずの『三升曲輪傘売』で11時30分に開演で15時前には終わってしまう省エネ公演。

夜の部は逆に16時開演で21時10分過ぎに終演という5時間を越す長時間公演。チケットは昼の部、夜の部とも全日程完売という景気の良さである。

『義経千本桜ー鳥居前』獅童の忠信は第一声から力のこもったもので古風な顔立ちが役にも似合って上出来。廣松の静御前、九團次の弁慶、國矢の藤太と清新な顔ぶれで面白く見た。立ち回りも変わっていたけれど、人文字で2019という西暦表記は問題ありで、これが良いと思うセンスを疑う。西暦は歌舞伎に不似合いだろう。

『極付幡随長兵衛』「村山座舞台の場」海老蔵の押し出しは立派。台詞も落ち着いて風格さえある。ただし舞台に雪駄を履いたまま上がるのは、いかがなものか。こういう演出は初めて観た気がする。「公平法問諍」は初日ゆえ台詞があやしい役者もいて何とか切り抜けた感じ。舞台番の新十郎が江戸っ子らしい気っ風の良さ。

『極付幡随長兵衛』「花川戸長兵衛内の場」まだ幼いのではと思った勸玄くんの倅長松。台詞も大きくはっきりしていて大変結構。余計なことをしないし舞台度胸もあって歌舞伎の道を進む宣言は嘘ではない。海老蔵との親子の情愛も上手くみせた。海老蔵は孝太郎との夫婦愛も台詞に心がこもる。

『極付幡随長兵衛』「水野邸座敷の場・湯殿の場」騙し討ちにあうのがわかっていながら乗り込んできた長兵衛の人間の大きさを海老蔵がよく演じた。正月早々に死んでしまうのは縁起でもないのだが、その心意気で救いがある。左團次の水野を得て海老蔵も演じ甲斐があったことだろうと思う。

『三升曲輪傘売』僅か十数分の短い舞踊。次々に傘が出てくる手妻を取り入れて驚きがある。最後は石川五右衛門になって幕なのだが手ぬぐい撒きなどもあって何とも盛りだくさん。立ち回りで若い者の鬘が飛んでしまうアクシデントがあったが大きな事故にもならず舞台が進んでいったのに感心した。