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高山寺(世界遺産)

2015-06-06 19:45:21 | 京都
2015年6月5日、高尾の神護寺から西明寺、そして高山寺にお参りしました。山号は栂尾山です。
パンフレットより『宝亀5年(774)光仁天皇の勅願によって開創され、神願寺都賀尾坊といったが、嵯峨天皇の弘仁5年(814)、栂尾十無尽院と改称された。鎌倉時代、明恵上人が出て、後鳥羽上皇・近衛・鷹司・西園寺家等の帰依により堂坊を復興し中興開山した。明恵上人は、1206年に勅額「日出先照高山之寺」を賜ったので、寺号を「高山寺」と改称した。室町末期の戦乱にまきこまれて堂坊の多くを焼失したが、江戸時代になり、1636年に永弁・秀融上人が堂坊の再興にあたり旧観をやや回復した。』
京都市右京区梅ケ畑栂尾町8
map
参道の階段です。

寺標





案内図

常夜塔

参道



金堂道



金堂















仏足石





御廟

宝篋印塔(重要文化財)

聖観音像

開山堂







石水院































鳥獣戯画(パンフレットより)



外観(国宝)



茶園
「栂尾山は茶の発祥地といわれています。鎌倉初期、栄西禅師が宋に渡り養生の仙薬、延命の妙術としてこれを広めようと茶種を持って帰国しこれを明恵上人に贈られた。上人は、栂尾の深瀬三本木にこれを植え、宇治その他の地にも広く移し植えられた。鎌倉時代、室町時代を通じて栂尾は茶の本園、その茶は本茶といわれ、天皇への献茶も毎年行われた。」



バス亭からの参道



案内図

バス亭前の店

兄弟教会の約束
パンフレットより『1986年12月26日、アッシジの聖フランシスコ教会と高山寺が、教皇ヨハネ・パウロ二世の祝福を受け、兄弟教会の約束をした。同時代に同じ信条を持った偉大な人物が出現することは歴史の秘密とされているが、明恵上人(1173~1232)と聖フランシスコ(1181~1226)は12世紀に同じく生を受け、共に清貧一途の生涯を送ったことで知られている。その勝縁により世界で初めて異宗教間の兄弟教会の約束が結ばれ、相提携して世界平和のために両聖人の遺徳を内外に広く宣揚し顕彰することとなった。ちなみに明恵上人の「樹上座禅像」には小鳥やリスが描かれ、聖フランシスコの「小鳥に説法」と相似して、両聖人の慈悲心が象徴されている。』
世界平和は武力ではなく、対話こそが解決する道ではないだろうか。小鳥やリスでも話せば判る。聖人は昔から、このことを私たちの現代に生きる者達に、宗教の違いを越えて暗示しているようです。





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