惚けた遊び! 

タタタッ

抜粋 蔵本由紀『非線形科学』集英社新書 2007

2018年04月29日 | 物理学



 まえがき


 私たちのごく身近にありながら、近年までは現代科学からるあまりかえりみられることのなかった自然現象や社会現象が、最近大きな関心を呼んでいます。


 非線形現象
  カオス・フラクタル・ネットワーク理論・バターン形成・リズムと同期



 プロローグ


 「非線形」という言葉から、何をイメージされるでしょぅか。


 自らの状態に応じてその変化を自己調節しているシステム


 個別の要素をどこまでもこまかく追及していく現代科学の驚異的な発展と比較しますと、創発の科学ははるかに立ち遅れているように見えます。


 「では、創発という概念を拠り所にした複雑現象の科学は、原理を探求する基礎科学として本当に成り立つのか、その根拠は何か」という問いです。



 第一章 崩壊と創造


 一九七〇年代の初頭といえば、非線形現象の科学はまだ荒れ地に小道が切れ切れに散在する程度の未開拓な分野でした。

 イリヤ・プリゴジン『構造・安定性・ゆらぎ―その熱力学的理論』


 「崩壊」を「エネルギーの散逸」に、「創造」を「自己組織化」に言い換えてみれば、多少は物理学的に響くでしょうか。


 「散逸」と「構造(形成)」は一見相反する概念のように見えます。エネルギーのたえまない散逸の中から立ち現われる構造を意味する「散逸構造」は、その逆説性もあってでしょうか、鮮烈な印象を人々に与えました。


 氷、水、水蒸気のよう物質のマクロな姿は、相とよばれています。個体、液体、気体は物質の代表的な相です。温度を変えていくと、一般に相は突如変化しますが、これを相転移とよびます。


 非平衡開放系の自己組織化現象



 第二章 力学的自然像


 この章では、対流現象の中でも特に熱対流現象とよばれるものに注目します。そして、この特別の現象を例にとりながら、科学者たちは非線形現象を理解するために、どのような姿勢で臨み、どのようなアブローチを試みてきたのかについて述べようと思います。


 一般に、複雑な対象を理解するには、基軸あるいは座標軸になるようなものをまず確立することが非常に重要です。座標軸を持つことで、個々の現実がそこからどのようにずれているかを測ることが可能になります。現象の根幹をなす主要な情報と副次的な情報を選り分けるという作業が、複雑現象の理解にとっては欠かせません。


 熱対流のパターンは、プリゴジンが提唱した散逸構造の典型的な例です。


 これら四つの量を座標軸とする四次元の空間を考えます。これは状態空間とよばれる抽象的な空間です。四種の物質の量が時間と共に変化する様子は、この空間の中の一点の運動で表すことができます。


 ルネ・トムのカタストロフィー理論
 一九七二年『構造安定性と形態形成』
 「散逸力学系の分岐現象」


 状態の断絶というものに着目することによってこそ、錯綜した自然現象に一つのくっきりとした輪郭を与えることができるという考えが、トムの自然学の根底にあります。


 熱対流現象の研究が非線形科学の発展にとって牽引車の役割を果たしてきた


 コンピューター・シミュレーションの大きな利点として、環境条件を自由に変えられること、そして現実の実験では観測が困難な物理量を「観測」できるということがあります。これらの利点もあって、シミュレーションは現象の予測、新種の現象の発見、現象を支配しているメカニズムの解明などに絶大の威力を発揮しています。


 それはカオスと今日よばれているような複雑な運動が、いとも簡単にこのような単純なモデル(ローレンツ)から出てくるということを主張したかったがためです。……。カオスの存在は、今日では誰の目にもまぎれもない現実です。この現実に人々の目を開かせるために、あえて現実離れしたモデルを導入するというパラドクスがここにあります。これこそ非線形科学の特色を鮮やかに示すものです。


 アトラクター(状態点の集まり)とは「引きつけるもの」という意味で、「落ち着く」というものとほぼ同じ意味です。安定な定常状態は、ただ一つの点からなるアトラクターです。


 座屈にしても相転移にしても、熱平衡状態でみられるさまざまな分岐現象は、カタストロフィー理論で扱われた勾配力学系の分岐現象として理解することができます。


 定常状態から振動状態への分岐を一般にホップ分岐とよんでいます。


 分岐点の近くにはシステムの重要な情報が凝縮されているのです。



 第三章 パターン形成


 この章では、……自然の「潜在的な駆動力」が顕在化することで生じる構造や運動に焦点を当てたいと思います。


 均一な状態は拡散の効果によってかえって不安定化し、不均一なパターンが生じうるのです。これは「拡散に誘導された不安定性」または「チューリング不安定性」とよばれている現象です。


 活性化物質の拡散が非常に遅く、抑制物質の拡散が非常に速い場合にチューリング不安定性がおこります。


 今風な言葉でいえば、「対称性の自発的破れ」のメカニズムは何かという問題です。


 対称性の自発的破れが広く見られる現象は相転移です。


 縮約とは、ある方針に従って非線形の発展方程式を扱いやすい形に変形することです。


 システムに含まれる多数の自由度の中から特に重要と考えられる少数の自由度だけを選び出し、それのみによってシステムの振る舞いをうまく記述するという工夫がなされます。これが縮約の最も重要なポイントです。



 第四章 リズムと同期


 空海『声字実相義』→五大にみな響きあり


 同期現象では、リズムが互いに相手の行動を知っているかのように振る舞い、これがしばしば微弱な相互作用で起こるので、とりわけ人々の好奇心を刺激するのです。


 バクテリアから人間にいたるまで、およそすべての生物にはこのような体内時計(サーカディアン・リズム)が備わっていて、約二十四時間の周期で生理や行動、生化学的活動などを変動させています。


 人間も含む哺乳動物では、サーカディアン・リズムの発生源は脳の視床下部にある視交叉上核という部位です。ここに二万個程度の「時計細胞」があって、それぞれがリズムを刻んでいます。これらの細胞リズムが協調することでマクロなリズムを生み出しています。


 *非線形科学の対象は膨大な数で構成されている。


 細胞集団が協調して生み出すマクロなリズムの別の例として、心拍があります。心拍の発生源は、一ミリ程度のサイズをもつ洞房結節とよばれる細胞の塊です。


 洞房結節はしばしばペースメーカーともよばれますが、それ自体は自律的なリズムを示す約一万個のペースメーカー細胞からなるリズム集団です。


 これらの細胞が生み出すマクロリズムが電気的な刺激として心筋に伝えられ、それをリズミカルに収縮させます。多数のミクロリズムの協調によるマクロリズムの発生は、まさに私たちの命を支えているのです。


 スティーヴン・ストロガッツは著書『SYNC』の中で、(ミレニアム・ブリッジの事例)を紹介している。


 一般に、相転移は秩序を作り出そうとする傾向と、それを壊そうとする傾向の優劣関係が逆転することから起こります。これが徐々にではなく、秩序相と無秩序相との間に明確な転移点があるということが重要です。


 そのような、自然の重要な一側面を明らかにしていこうという魅力に富んだ科学(ウィンフリー)が実際にあるということに感動しました。それを物理とよぼうと数学とよぼうと、はたまた生物学とよぼうと、それはどうでもよいことでした。


 一般に、何かに惚れ込む(惚れ込める対象に出会う)ことがないと、ほんとうに満足のいく仕事はできないのではないかという気さえします。


 私は彼(ウィンフリー)の振動子モデルに修正を加えて、数学的にきちんと解けるモデルにできないかと考え、一九七五年に一つのモデルを提案しました。その修正とは、振動子間の相互作用を、両者の位相に別々に依存するのではなく、位相差のみに依存するものとし、それをもっとも単純な周期関数、すなわち正弦関数で与えることでした。


 *蔵本モデルは蔵本由紀によって提案された同期現象を記述する数学モデルである。特に、相互作用のある非線形振動子集団の振る舞いを記述するモデルである。このモデルは化学的、生物学的な非線形振動子系の振る舞いを示唆するものであり、幅広い応用が見られる。
このモデルの前提として、完全に独立(またはほぼ独立)した振動子に弱い相互作用がはたらくこと、そしてこの相互作用は二つの振動子間の位相差の正弦関数として与えられる、という仮定がある。(ウィキペディア)


 平均場理論


 *たった今、南北朝鮮が握手し、会合が始まった。(2018.4.27.10:00)


 ウィンフリや私のモデルのように、「どの要素も他のすべての要素と等しい強さで相互作用する」という特別な場合には、相互作用する多数の相手のほとんどは共通ですから。粗い近似ではなくなり、ほとんど正確な記述になります。要素の総数を無限大にすると、「ほとんど」は「厳密に」に置き換えられます。


 「Xによって決まる個別要素の状態の総体がXそのものを決める」という要請は「自己無撞着条件」というぎごちない言葉で呼ばれますが、……つまり「つじつまが合うための条件」という意味です。


 互いに強く相互作用した多数の要素からなる非線形システムでは、個と場の相互フィードバックという見方がしばしば有効ですが、それを最も素直に理論化したものが平均場理論だと言えるでしょう。平均場理論はその単純さにもかかわらず、要素間の強い相互作用による集団状態の突然の変化という創発性を記述できる理論としてきわめて重要です。



 第五章 カオスの世界


 カオスの発見は何といっても非線形科学の展開における最大のできごとでした。


 数学者アンリ・ポアンカレは、誰もが認めるカオス科学の先駆者です。


 保存力学系ならぬ散逸力学系でカオスの存在をはっきりと示した一九六三年のローレンツの業績は、何といっても偉大です。


 カオスの定義はやかましく言えばいろいろありますが、少なくとも正のリヤブノフ指数をもつ決定論的運動であるということが、カオスの最大の特徴だといえます。


 ローレンツ・モデルや後に述べるレスラー・モデルではもちろんのこと、一般にカオスを生み出すような力学系で状態点の集団の動きを状態空間の中で追跡するとき、これと同様な「引き伸ばし」「折り畳み」という過程が見られます。「引き伸ばし」と「折り畳み」は、カオスを生み出す普遍的なメカニズムです。このようなメカニズムは、パイこね変換の名でも知られています。


 プランク定数や素電荷、光速などのように、人間的なスケールからはるかに隔たった世界に物理的な普遍定数が存在することはよく知られています。しかし、五感で経験されるこの複雑な現象世界の中に、しかも物理的な成り立ちがまったく異なるシステムの間に、このような普遍定数が見出されることは驚愕に値します。この事実は、複雑世界にはまだまだ多くの普遍的な法則が隠されているのではないかという予感を与えます。


 ファイゲンバウムの理論は、繰り込み群として知られる理論的方法にもとづいています。繰り込み群理論は、ケネス・G・ウィルソンが一九八二年度のノーベル物理学賞の受賞対象となった相転移の理論で用いた方法であり、またそれ以前からも場の量子論で用いられ、素粒子物理学の進展に大きな役割を果たした理論でもあります。素粒子、相転移、カオスという、一見まったく異なる分野に共通する強力な理論的方法があるということは、驚くべきことです。

 抑制として働く要因が具体的に何であれ、一般的に言えば、それは個体数の増大によって生存環境が劣悪化し、成長率が鈍化するということでしょう。つまり、マルサスの法則において一定とされている成長率αを一定と考えないで、それを個体数の増大と共に減少するような、Xに関係した量だと考えるのです。



 第六章 ゆらぐ自然


 ゆらぎとは平均からのランダムなずれである、という響きがそこにはあります。ゆらぐ現実をこのように「平均値とそこからのゆらぎ」として眺めるという物の見方は根深いものです。


 自然は、個々のものに対してはそれぞれか勝手に振る舞うことを許容するように見えながら、大きなスケールではきついしばりを課しているといえます。


 「大きなスケールでのきついしばり」と表現されるようなゆらぎの基本的性質は、数学的には大数の法則や中心極限定理の名で知られています。


 ゆらぎの相関距離が無限大に伸びることを通して、ゆらぎがマクロな秩序に変貌するのです。


 マクロな物質、たとえば一〇〇グラムの鉄はそのようなブロックを一〇の二〇乗個程度含みます。


 ベキ法則にしたがうさまざまなゆらぎ


 フラクタルは一九七〇年代の中頃に、ブノワ・マンデルブロによって命名された幾何学概念です。


 なぜ自然はこれほどまでにフラクタル構造を〈好む〉のか


 フラクタル構造の成因は様々かも知れませんが、現象のクラスを限定すれば、その限られた範囲内の、しかしなおかつ広範な諸現象に共有される普遍的なメカニズムがあるのではないでしょうか。


 ベキ法則で記述されるような、特徴的なスケールをもたない対象として、スケールフリー・ネットワークとよばれるものが最近注目を集めています。


 要素や結合の内容をいっさい問わないというのは、ひどく乱暴な抽象化であるのは確かです。しかし、複雑な対象に切り込むために、無謀とも思える大胆さが要求されることはこの場合においても真実です。



 エピローグ


 科学の言葉で自然を描くとは、「不変なもの」を通して変転する世界、多様な世界を語るということにほかなりません。自然の中に潜んでいる不変な構造を探り当て、数理言語をはじめとするあいまいさのない言葉を用いて、そのような構造を誰にとっても共通な意味内容をもつ表現に定着させることで、科学は成立しているのではないでしょうか。


 では、古典物理学の成立から二〇世紀の後半まで、物理学はその主力をどこに投入していたのでしょうか。
 物理学の主要な関心は、実は〈別種の普遍構造〉に向かっていました。それは物質を構成する
微小な要素という普遍な実体とそれを支配する法則です。


 要素的実体にさかのぼることをしないで複雑な現象世界の中に踏みとどまり、まさにそのレベルで不変な構造の数々を見出すことは優に可能です。たとえば、同期という現象は数理的に表現可能ですが、それは振り子時計にも、サーカディアン・リズムにも、ホタルの集団にも、心拍にも実現される不変の数理構造です。物質的な成り立ちを不問に付したまま、そこに進化発展の契機をもつ科学の一領域が成立するのです。


 じつさい、私たちは「何がどのようにある」という基本パターンに従って、物事を理解しています。「何」と「どのように」が変数になっていて、そこに値を入れる、つまり可変部分を普遍にすることで知識が確定するわけです。


 主語的不変性と述語的不変性の両軸があり、いずれを欠いても認識は成り立たないわけですが、特にここで注目したいのは述語的不変性です。


 さまざまな実体が一つの述語的不変性によって互いにつながること、これはまさに非線形科学がカオスやフラクタルという概念を通じて、モノ的にはまったく異質なものを急接近させるという構造に酷似しています。


 非線形科学で見出された現象横断的な不変構造は、単に術語的というよりも比喩、とりわけ隠喩に近い働きをもっているように思います。


 隠喩とは、たとえば「玉虫色」とか「氷山の一角」という表現に見られるように、元来何の関係もない異質な二物が突如結びつくことで新鮮な驚きを誘発する表現技法です。それに似た意外性が、非線形科学における現象横断的な不変構造にはあります。


 現象を支配する数理構造というものは、外見からはうかがい知ることはできないものですから、共通の数理構造という深層でのつながりが表層では意外性をもつのでしょう。


 新しい不変構造の発見によって、個物間の距離関係が激変し、新しい世界像が開示される。


 複雑な現象世界には、数多くのこのような不変構造がまだ潜んでいるに違いありません。その発掘は、今世紀の科学の主要な課題の一つです。






*二〇一八年四月二十八日抜粋終了。
*物理学とか数理とかがこんなに身近なものだとは思いもしませんでした。
*拙著「述語は永遠に……」満たされない故に、情緒の力業が発動する。


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