竹村英明の「あきらめない!」

人生たくさんの失敗をしてきた私ですが、そこから得た教訓は「あせらず、あわてず、あきらめず」でした。

2020年のごあいさつ

2020年01月01日 | 自然エネルギー
あけましておめでとうございます。

まずは、多くの皆様のご支援で、2020年を迎えられましたことを感謝したいと思います。
2011年の東日本大震災・福島原発事故以降、私の人生は大変忙しくなり、いろいろな仕事がはじまりました。2011年から2013年まで取り組んだ被災地支援の「つながりぬくもりプロジェクト」、エネルギー政策をかえようと2011年から今も続く「eシフト(脱原発・新しいエネルギー政策を考える会)」、2013年に科学者・技術者中心に作られた政策シンクタンク「原子力市民委員会」、そして同年に市民による政治団体である「緑茶会(脱原発政治連盟)」、2014年には小さな発電事業者のネットワークである「市民電力連絡会」、2015年に再生可能エネルギーの発電会社「イージーパワー(株)」、そして2017年には電力小売会社「グリーンピープルズパワー(株)」を設立しました。
最初の方は寄付をベースにした市民運動ですが、会員制のネットワーク、政治団体、そして利益も必要とする市民事業へと進んできました。いま、私のオフィスでは正規、アルバイト含め、いつも6、7人の人が働いています。十分とはとても言えませんが、雇用が生まれてきています。
働いている人の大半は30代から40代。いわゆる就職氷河期世代の人たちが集まってきて、その能力を余すところなく発揮しています。そして2020年、私のぼんやりとした目標は、この世代の人たちにもっと仕事を作り出すことかなと思いつつあります。もちろん脱原発の日本を作る、そのためには再生可能エネルギ−100%の社会を作るということが大方針です。地球温暖化は、とても私一人の力では止められませんし、日本という一国だけでも止められません。しかし、あらゆるベクトルが「気候危機」を意識し、全力をそこに注ぐようにならなければ、止められる可能性さえ失われてしまいます。それに取り組むことは、実は多くの仕事を作り出すことになるのです。
この期に及んで、地球温暖化は嘘であるとか、原発推進の陰謀とか言っている人々が、この日本に存在していることには「呆れ果てにけり」だと思います。ただ、そう言っている人たちも家では再生可能エネルギーを使っていたり、省エネしていたりします。温暖化防止を実践しながら「嘘だ」と叫んでいるわけで、あまり実害がないのです。実害は、SDGsバッチをつけ、環境貢献企業として表彰されたりしていながら、一方でCO2を出し続けてやまない大きな企業です。「温暖化防止は大変です」「グレタさんを応援しましょう!」と言いながら、違うセクションでは温暖化を促進しています。
思いと行動、実践が食い違う、2020年の日本は、こんな不思議な人々で溢れています。自分はどうなのか、新年に胸に手を当てて、私自身も考えてみたいと思います。



グリーンピープルズパワーとイージーパワー

2020年に、グリーンピープルズパワーは設立から3年目、イージーパワーは設立から6年目を迎えます。2019年は実は大変な年でした。少しだけ振り返りたいと思います。
グリーンピープルズパワーは9月に念願の小売電気事業者(ライセンス)登録ができましたが、そこまで1年を要しました。利益度外視の挑戦期間が長くなり、苦しみました。また、新電力としてのライセンスを取得しても、すぐにライセンス営業ができるわけではなく、それから総配電網を使う託送供給基本契約などの諸手続き、電気を調達する発電所の手続き、それまで取次元新電力のユーザーという扱いになっていた当社ユーザーを一斉に切り替える「スイッチング」など、様々な作業に数ヶ月を要しました。
その結果、託送供給開始は2019年12月となり、自己調達発電所の電気を届けられるのは今年2020年2月となりました。不慣れな電気事業の手続きに戸惑ったこと、電力小売約款などの必要な書類作成に手間取ったことなどが、遅れの原因です。新しい事業ですので、法令違反もないように弁護士チェックも受けていますが、これも時間がかかる要因です。それでも焦って間違いを犯すよりは、確実にしっかりと事業が行えることを重視しています。
イージーパワーはもっと大変でした。千葉県匝瑳市のソーラシェアリング発電所が、8月の台風15号の強風を受け、数十枚のパネルが吹き飛んだのです。吹き飛ぶといっても、空に舞い上がるのではなく、パネルを留めている架台から外れてねじれたという感じでした。幸にも畑の作物には被害が出ていません。
とくに1号機の被害がひどく、この被害でパワコンも止まり、発電停止となりました。修理して発電開始までに数ヶ月を要しましたが、この間の発電売り上げはありません。2号機は1ヶ月経たずに発電開始しました。この破損の修理も発電損失も保険金が支払われることになってはいるのですが、損害額の確定に時間がかかり、まだ保険金請求の申請もできていません。
匝瑳の発電所は、もともと設置されたパネルが不良品で全取っ替えをしました。(実は2号機については、この取り替えは終わっておらず、この冬に行うことになっていました。その取り替えを待たずに一部は吹き飛んだことになります。)昨年は三原発電所での水害があり、イージーパワー発電所は自然災害の影響をなぜか多く受けているように思います。


イージーパワーの匝瑳ソーラーシェアリング1号機

急転直下の引越しとパソコントラブル

そういえば引越しもありました。同じビルの5階から9階に移っただけなのですが、ものの移動としては本格的な引越しと何ら変わりませんでした。冒頭に書いたように、いつも6、7人の人がいて、会議などでは10人を超えることも。以前の部屋では手狭で、仕事効率も落ちる結果になっていました。同じビルの6階から上は、部屋が1.5倍くらいの広さがあるので、空きが出たら教えていただくように大家さんに頼んでいました。そうすると、突然8月に9階の部屋が空いたのです。
お金はかかるのですが、仕事効率の確保には欠かせないと、思い切って引越しを決めました。電話の移転等に時間がかかり、結局引っ越しは9月半ば過ぎになってしまいましたが、少しは息苦しさが解消されたように思います。しかし、その引越しの際に、大きな会議用テーブルの足が折れるとか、部屋の真ん中に据えたスチール本棚が想定より大きすぎたとか、いろいろと小トラブルを抱えることになりました。
それ以上に頭を抱えたのは、新事務所用にと新調した私のパソコン(MAC)がまともに動いてくれなかったこと。ポインターが固着する(磁石に張り付いたような状態)という不思議な現象で、一度フタをすると直る。全く直らないなら、直ちに修理だったのでしょうが、中途半端に直るので、アップルサポートの指示は、再初期化、OSの入れ直しなどなど。その度に、一度パソコンに入れたデータは消えるし、メールは消えるし、大変な時間を要し、結果的にこのお正月に故障修理に入っています。
その間、そもそもトラブルが多くなり買い替えきっかけになった旧パソコンを、これまた初期化、OSの再インストールをして使っています。(いまこのパソコンで書いています。)一応使えていますが、これでまた、昔からパソコンに入っていたメール情報などは消えてしまったようです。私が管理人をしているMLも、JCAアドレスのアカウント設定ができなくなり、しばらくは読むこともできませんでした。
まあ、数え上げるときりがないのですが、いくつかの重要データとメールが失われた可能性があります。もし、重要なメールを竹村に送ったのに返事がない!と怒っている方がいらしたら、申し訳ありませんが、以上の様子をご理解いただき、再度メールをしてみてください。
(何より問題は、東電パワーグリッドやOCCTO(電力広域的運営推進機関)のシステムが全くMACに対応していないということですが・・。)


新オフィス、9階から眺める東京

市民電力連絡会の新たな展開

さて過去の振り返りが続きましたが、新たな展開の予感もあります。2017年2月にN P O法人となった市民電力連絡会は、3年連続で「市民発電所台帳」をまとめてきました。メガソーラーではない小規模な発電事業の全国リストです。大規模事業に比べ、小規模太陽光発電事業に特化したデータはほとんどないので、自ら小規模発電所のデータを集積し、発電事業者の共有知としようと考えたのです。
多くの発電所の協力で、2019年度版では700箇所以上の発電所データを集積・分析することができました。しかし一方で、FIT制度は事実上の終了となり、この台帳が目指した大規模と小規模でのFIT取扱の区別は果たされませんでした。台帳作りは続けますが、今後は小水力発電やバイオマス、風力発電まで含めた、多様な発電事業のデータを掲載することが必要になります。同時にそれは、小規模事業から中規模事業へと、少し大きな事業に「市民電力事業者」がチャレンジすることを意味しています。
市民電力事業者の多くはNPO法人や一般社団、任意団体に個人などで、実は本格的に事業者として利益を目指し、雇用を生み出すものにはなっていません。他の事業の傍で、余力で発電所をつくり、利益が見通せない規模で、ボランタリーな運営で良いと考えているところも少なくありません。しかし日本の厳しいエネルギー政策の中、その規模で地球温暖化防止のために有意な再生可能エネルギーの拡大ができるのでしょうか。次の世代の担い手に「新しい産業」として、これを手渡していけるのでしょうか。
そこで、市民電力連絡会はもう一度原点に立ち返り、発電事業者としてのノウハウを再点検し、次の世代を育てていける事業が必要と考えました。そこで今年から新たに、「市民発電所事業のノウハウ」を伝える連続セミナーを立ち上げます。4月から9月までの6回です。若い新たな参加者が来やすいように、ベテランが若者の受講料を肩代わりする「若者サポート制度」も用意します。


広がる市民電力。所沢市民ソーラーの発電所開所式。

原発事故から10年目を前に

2020年は福島原発事故から9年目になります。東日本大震災からの復興をうたう「東京オリンピック・パラリンピック2020」の年でもありますが、原発事故はまるで終わったかのように取り扱われようとしています。現実には福島県の浜通りの原発周辺は今でも放射能汚染地域です。居住地域のみを除染して、避難者を帰還させようという政策が進められていますが思うようには進んでいません。
除染廃棄物は今も農地に積み上げられ、事故原発の処理はほとんど進んでいません。処理というのは放射能の封じ込め、再臨界の防止、廃棄物の排出などで、そのどれ一つできていません。典型的には汚染水対策で、最初から貯蔵が限界になると指摘されていながら、小さなボルト留めタンクを漫然と作り続け、もう場所がないので海に捨てると言いはじめています。当初から100万トンタンカーを横付けして使う案とか、石油備蓄のような本格的タンクを作る案が、外部から提案されていました。そういう声には耳をかさず、最初から海に捨てる気でいるとしか思えない振る舞いを東電はしています。
溶けた核燃料デブリの取り出し計画は、毎年のように後退しています。もとから、多くの専門家は50年以上先でなければデブリには触れないと指摘しています。東電は地元対策としての「その場しのぎ」の言い逃れしかやっていないのです。それなのに事故処理費に10兆円近くを使っています。
損害賠償費用として原子力損害賠償・廃炉支援機構から13.5兆円を交付されています。しかし、事故被害者に実際に賠償金を支払ったのは9兆円程度です。これは、東電自身が損害賠償の窓口となり、支払いをとことん値切っていることと無関係ではないと思います。政府の枠組みとしての13.5兆円ありきで、その返済は一般負担金、特別負担金として託送料金等で回収ということになっており、それを超える賠償は受け付けないつもりではないでしょうか。
このように福島原発事故をめぐる問題は山のように残されています。事故から10年目の2021年に向け、原子力市民委員会は、これらの深刻な状況にどう対処するかをまとめるべく作業中です。

今年もよろしくお願いします

このほかにも、今年は必ず衆議院選挙がある年。半分休眠状態の緑茶会を稼働させると思いますし、地球温暖化防止に向けて日本のエネルギー政策を転換させることも必須課題で、eシフトの役割も大きくなると思います。もうこれ以上の仕事は抱えられない、大きな荷物に押しつぶされそうな状況ではあります。その中でいちばんは、お金を稼ぐ事業であり、日本のエネルギーシステムを変える事業である発電事業と電力小売事業です。電力小売のグリーンピープルズパワーは2月には、自力調達発電所の電気供給もはじまります。年内には「黒字化」目安の1000ユーザ達成、その前に高圧供給の開始、代理店制度の開始、そして東京電力エリア外でも電力供給(代理店を通じて)と、プログラムを組んでいます。
発電事業のイージーパワーでは、F I T終了後のビジネスモデルの確立です。グリーンピープルズパワーに電気を売る非F I T発電所と、蓄電池を組み合わせた自家消費モデル。まだ課題山積ですが、年内には形にしていきたいと思います。以前からご報告しています、瀬戸内海の大三島では、みかんバイオマスの計画も進行しています。自然災害が激甚化する中、送電網が千葉のようにダウンしても、一部地域が独立して電気の自給ができるシステムも研究中です。
以上のような実践が、市民電力を小規模発電事業者から中規模へ、そして日本のエネルギーの多くを担う事業者ネットワークに発展させることにつながり、かたや日本のエネルギー政策を変える原動力となり、やがては日本の政治を「誰も置き去りにしない!」というSDGsの真髄を実践する政治に変えていくもの・・と私の中ではつながっています。

どうか、一緒につがってください!
2020年を転換点とするために。

2020年1月1日
竹村英明








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