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この日曜日にデパ地下の食品売り場で、「京都の冷奴」が目にとまりました。
もちろん、思い出すのはブログ仲間の「京都 徒然日記のnagomiさん」と「京都 お茶にしませんか♪のwakabaさん」のことでした。
最近の豆腐は水っぽくてあまり美味しさを感じませんでしたが、この豆腐はnagomiさんのように?クリーミーで味もまろやかです。
さすが京都風味だなと思いました。
その隣には「やっこ野郎」と言う銘柄もありました。
これは北海道産ですが、ネーミングが面白くて(京女に東男と言うことで)対抗する気持ちで二種類を買い求めました。
こちらは私のように?コクがあって、シッカリとした豆腐でしたね。
自画自賛です。ビールのつまみには最高でした。
やはり、大豆と水のこだわりが大なんでしょう。
ところで、私の住んでいる町は比較的水道水も美味しいのですが、それでも最近は蛇口に口をあてて飲むことはなくなりました。
更に、都心の水道水はカルキの臭いがあり、お世辞にも美味しいとは言えません。
さて、タイトルの「水くさい」は、”そんなことは俺に相談しろよ!水臭いなぁ~、随分よそよそしいじゃないの? とも使われます。
この語源は料理からきているようですね。
水が多いと水っぽくなる。味が薄いということから他人行儀を表すわけです。
昔は塩が貴重品でしたから、料理の塩けは客人をもてなす上で重要なものだったのでしょう。
塩けの薄い料理(水くさい料理)は、客人が感じるのは、「私はそれだけの評価なのか(情愛が足りない)」と思われたのでしょう。
今ではあまり塩加減が強すぎると、逆に血圧も高くなりますので、「水くさい」ほうが、愛情料理につながっています。
同じような語源に「水をさす」がありますね。
ちょうど良い味のだし汁に水をさすと、とたんにまずくなる。
うまくいっているのに、雰囲気や関係をまずくしてしまうことを言うんですね。
いずれにしても、塩加減や水加減は大切で、人との付き合いもいい塩梅(あんばい)で行きたいものです。
デパ地下で見つけた美味しい豆腐から、水くさい話をしてしまいました。
子どもたちも成長し、最近の夕食はず~っと夫婦水入らずです。
yuki