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米坂線代行バスに2024/3/24に乗車した様子(その3)

その1はこちら その2はこちら 小国~越後下関間のGoogleMapはこちら

代行バスはほぼ定刻通りに小国駅に到着しました。裏を返せば、2024/3/16に所要時間が短縮されるまでは、途中で時間調整の嵐だったことでしょう・・・

立派な駅舎です。駅裏には大きな古びた工場が2つ(日本重化学工業・クアーズテック)あります。本社と行き来する方もこの代行バスを利用するのでしょうか?

ここでは3人が下車し、1人が乗車しました。結局、今泉から乗車した9人のうち私を含む5人が坂町まで乗り通すわけです。中には「新潟の実家に戻る山大工学部生(南米沢から私と一緒に乗車し、今泉駅で乗車券を購入していた)」がおられ、これはまさに実需ですが、今ではすっかりレアケースになったはずです。当日は日曜日なので、通学の高校生はここで下車した1人だけでした。

盆地の中心にあり人口のわりに賑わっている小国町の中心部を抜けると、一転して険しい谷あい「赤芝峡」に突入します(ストリートビューの例はこちら)。豪雪地帯なので真冬の運転はさぞかし大変なことでしょう。このあたりをトンネルで回避する高規格道路「小国道路」の事業が動き出していますが、2023/11/19付ブログ記事「新潟山形南部連絡道路・小国道路区間は着々と用地買収中」で書いた通りまだ用地買収に着手したばかりで、新潟県側は未だ事業化さえしていません。

県境の手前にはかつて米坂線の玉川口駅がありましたが、利用がほぼ皆無なため1995年に廃止されています。赤芝峡エリアには誰も人は住んでいません。

新潟県関川村に入って最初の駅が越後金丸駅です。駅舎は国道113号沿いにありますが、代行バスのバス停は駅舎から南に200m程度離れた踏切の前の広場です。

これは、駅周辺には人家がなく、金丸の集落は駅から離れているため(付近のGoogleMap航空写真はこちら)、通学生や通院客の便を図っての措置と思われます。

この先も、荒川沿いの険しい山の中を国道113号と米坂線の線路敷が突き進んでいきます。越後片貝駅の代行バスのバス停は駅舎の前にありますが、すぐ近くには鉄板が敷かれており、何やら工事が行われているようです(当然米坂線の復旧工事ではありません)。2023/12/17までは駅舎から約600mも離れた場所に設置されていたとのことで、この工事のからみでしょうか? 駅近くの国道113号沿いには商店や家並みがあります。

https://news.kotsu.co.jp/Contents/20231214/a6500afb-124b-4a39-a758-790acf63a679

https://www.niigata-nippo.co.jp/articles/-/375589

この付近から越後下関駅の手前にかけても道路状況は厳しく、高規格道路「鷹ノ巣道路」が1997年に事業化されましたが、工事内容の大幅な変更もあって、四半世紀後も部分的に工事が行われているのみです(2023/10/11付ブログ記事「新潟山形南部連絡道路の鷹ノ巣道路区間、事業化25年後も部分開通のメドさえなし」参照)。中間部の米坂線と交差する部分では工事が進んでいるものの、2020年時点でJR東日本側から「列車運行の安全性を確保するため岩掘削が必要ない送り出し架設にすること」「橋梁架設時に地震が発生しても軌道に影響を及ぼさないよう耐震設備を追加すること」が求められ、都合30億円のコスト増となっています。実際にはその2年後にここを列車が通ることはなくなり現在に至っているわけですが・・・ その橋梁部分の一部は代行バスの車内から見えます・・・ストリートビューの例はこちら

鷹ノ巣道路の計画区間を過ぎると一気に平野が開けます。越後下関~坂町間のGoogleMapはこちら

関川村の中心部にある越後下関駅の代行バスのバス停は、駅前ではなく国道113号沿いの新潟交通観光バス下関営業所前に設置されています。但し、ここに発着する一般路線バスは全便土休日運休です・・・時刻表のpdfファイルを1つ1つ開けてみればわかりますが 次の越後大島駅も国道沿いのバス停に停車していましたが、もちろん乗降ゼロです。

越後大島駅の先で再び山が迫ってきます。この付近(関川村と村上市の境界あたり)の被害は甚大で、氾濫した荒川の濁流が米坂線と田んぼに流れ込み泥の海と化しました。2023/5時点のストリートビューの例はこちら 

その先は田んぼがなくなり北から「荒川-国道113号-米坂線-山」の順となりますが、こちらは山が崩れて米坂線の路盤を押し流しています・・・2023/5時点のストリートビューの例はこちら

国道113号の跨線橋の手前でも米坂線は壊滅しています・・・2023/6時点のストリートビューの例はこちら 線路と国道の間にいくつも置かれた大型の土嚢は、あくまでも「国道を次の災害から守るための存在」でしょう。

跨線橋から先の代行バスは鉄道とは完全に別ルートとなります。結局、乗客6人(うち5人は今泉から乗り通し)を乗せて坂町駅には定刻より4分早い17:12に到着しました。駅前には17:17発の今泉行代行バスが待機しており、こちらは少なくとも十数人ほどの乗客がいました・・・関川村内の自宅に帰る人たちでしょうか?

駅前で顔を合わせた2台の鉄道代行バス。

坂町駅の1番線は米坂線の列車が発着していましたが、レールはすっかり赤さびています。駅舎のホーム側には、小国駅裏のクアーズテックの工場の広告看板が掲出されていました。

(おわり)

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