第0055号
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『ちび猫のつぶやき』のホーム ページ
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平成25年度版(2)
・『競争の原理』の正体《パラダイム》【9月6日・金】
真実の【全容】を理解するのに欠かせない《科学の普遍性》を知っているハズの{一握(ヒトニギ)りの}エリートが、
『競争の原理』の名目で自己正当化を図っている{馬鹿な}権力者を相手にした点数稼ぎのために、
「真実の【部分解禁】の小出しである『パラダイムシフトのシフトチェンジ』や、【部分解禁】であるコトによって生じる【特殊性】が発生させる《価値の創造》などの、人間への《限定的な科学》故(ユエ)の思考の制限」を、「人類が『希望』を手に入れられた奇跡」だと{愚鈍(グドン)な}人々を欺(アザム)いていて、
『E=mc²』が万物の物理的事象の根幹である事によって「どんなに小さなエネルギー発生にも微量の質量の減少(消滅)が起こる」とする『E=mc²の普遍性』が封印され、
『質量』と『速度』と『放射エネルギーの量と性質』の関係から浮かび上がる《光と放射線の実態》が見えないまま、危険なだけの《重質量核反応》が効率優先で《核エネルギーの利用》と称されて安易に用いられてしまい、
発生するべくして発生してしまう《有害な放射線》や《高濃度の放射性汚染物質》の脅威や、
《生物群の編成の更新機能》が生物の『環境耐性進化』を許容する《生物群環境》のお陰で「生命の進化が今まで{絶えるコトなく}残されて来た」とする『自然の生物群の普遍性』が封印され、
『自然の生物群』からなる『生きた水』などが持つ【自然の更新機能】によって人間の生物としての存在が許容されている事の意義に気が付かないまま、危険なだけの『消毒・殺菌』が【公衆衛生】という言葉で正当化されて【自然の更新機能】が強制排除されてしまい、その上さらには「人間の生活に合わせた『EM菌』の開発や、人間の手による『遺伝子操作』の研究」によって《非自然な進化の更新》が実施されてしまって、
起こるべくして起こってしまう《単独種の細菌が大発生する事による殺人バクテリア化》や《殺人ウイルスへの突然変異》などの脅威に人類を曝(サラ)しているのです。
そして、《科学の普遍性》から【部分解禁】してきた【特殊性】の範疇(ハンチュウ)で、限定的に進歩をしていく《技術革新》の事を言い表したモノが『パラダイム理論』であり、
【パラダイムシフトのシフトチェンジ】とは1つの技術分野での副作用的弊害(ヘイガイ)を未解決なまま積み上げていく、人類を苦しめて来た《人間の悪癖》を言い表したモノであり、
科学を分割している既存の科学分野とは、【部分解禁】された『パラダイム』の名残(ナゴリ)であって、
その範疇において「進歩は止まり、弊害だけが発生し続けているモノ」であるので、それらの《普遍化作業》によって『科学の統一』を行い、積み上がっている弊害を解消するコトこそが『真の科学革命』なのである。
すなわち、『E=mc²の普遍性』や『自然の生物群の普遍性』とは、物理世界や生命世界の通常状態を維持し、異常事態の時にはその解消に働くモノであり、
人間の無闇(ムヤミ)な凶行である《重質量核反応》や『消毒・殺菌』によって通常状態が異常事態となると、それを解消しようとして、『E=mc²の普遍性』や『自然の生物群の普遍性』が過剰に働くだけのコトであり、
科学知識(物理学)において《E=mc²の普遍化作業》を行えば、物理世界についての人類の理解が飛躍的な広がりを始め、科学的生活(公衆衛生)において《自然の生物群の普遍化作業》を行えば、人類の生活環境が飛躍的に改善され始めるのであって、
「『E=mc²』が人間の手に負えない【パンドラの箱】である」とか、「『自然の生物群の更新機能』が《雑菌の繁殖》や《病原の環境耐性進行》を実行している【諸悪の根源】である」とかいうコトではないのである。
さらに言うと、テレビの『ニュース・情報番組』などで活躍している【国谷 裕子】や【鳥越 俊太郎】や【俵 孝太郎】や【古舘 伊知郎】や【関口 宏】や【みのもんた】たちは、《エリートの引っ掛け》に引っ掛かって【思考制限】に陥(オチイ)ってしまった典型的な人たちであり、
地球温暖化の対策として【CO²制限】が世界規模で検討されている振りがなされていて、『バイオ燃料』を作るのに「CO²対策の主役である【自然緑地】が再生困難に開拓され、{無残な}農地ばかりを増やしている」という愚行が{あからさまに}まかり通っているというのに、そんな{初歩的な}事に気付く日本人も皆無(カイム)であり、
【量子力学諸説】である『ヒッグス粒子説』とは、【部分解禁】の《トドのつまり》でしかなく、【遺伝子操作】である『ips細胞』とは、【パラダイムシフトのシフトチェンジ】の悪癖によって未解決のまま弊害を山積みして来たコトの【隠れ蓑】の《偶然のオマケ》でしかないのに、エリートが『最先端の科学』だと言えば世界中の人たちまで浮き足立ってしまうのだ。
馬鹿の極みである。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《宗教》【8月27日・火】改正版
アリが《平等》であるように、人間も本来は誰もが《平等》な存在であるという事を、本来の『宗教』は明示していて、【天】や【死】の前では、人間は誰もが《平等》であり、【天】や【死】とは、誰にとっても《唯一無二》のモノなのである。
しかしその一方で、近世以降から突如(トツジョ)として繁栄をして来た『イスラム』においては、その聖典である『コーラン』が「作られた時から《普遍》なモノであり、過去から未来永劫《不変》なモノである」ので、アリの行列で言うなら「永遠に無くならないエサに出来る大行列」を目指していて、
『イスラム』は、それによって他の『宗教』との“差別化”を図っていたのです。
また、近代以降に人為的に変革された『キリスト教・プロテスタント』においては、その教義において「【神】の意志が『競争の原理』の中に反映されているので、『お金』に対する人間の『価値認識』の高まりを肯定し、『競争』によって生じる人間の“格差”に拍車を掛けて、その上で『不用なモノ』を淘汰すれば、『価値の高いモノ』を選りすぐって独占できる」としていて、アリの行列で言うなら「世界中のエサを集めて出来る巨大な行列」を目指していて、
『キリスト教・プロテスタント』は、それによって《唯一無二》の『唯一神教』の確立を図っていたのです。
そして日本人はというと、本来の『宗教』の姿を留(トド)める『仏教』の影響下にある民族でありながら、【人間はお金に使われている】という『浄化呪文のフィルター』を通して“差別化”や『競争の原理』を認識する事で、差別を生み出す【お金】の前での人間の《平等性》を確立する事に{見た目の上では}成功していて、
このままでは、欧米や中東地域などばかりではなく日本においてまでも、《神の真実の全容》が『唯一神教』の世界のように封印され、人間を含む全てのモノの《神の前での平等》を目指して来た本来の『宗教』の【全容】が否定的に扱(アツカ)われて、
【部分解禁】された【特殊性】に基づく“差別化”や『競争の原理』が、人間の営みに『有益』で『有効』な【真実】だと、何時までもまかり通ってしまうだけなので、
下記に、日本人の従来の美徳を否定するような“言葉”の新しい定義を紹介しますので、人の営みについて少しでもいいので考えてみて下さい。
世界では産業革命期から『IT産業』が起こる前までの時代に存在し、日本でも明治期から戦後の高度成長期の時代には必要であったかもしれない、「社員を喰いモノにしながらも、結果的に会社が大きくなって行き、優秀な社員がそれを支(ササ)えてくれるコトが、良い会社の条件である」と言って憚(ハバカ)らない“ブラック企業”が、今も日本中に蔓延(ハビコ)っていて、
『サービス残業』や『休日出勤』を進んで引き受けて、「自分のような行いを他人にも勧(スス)め、職場環境を悪化させ、優秀な社員の定着を妨げて、会社の足を引っ張っていながら、自分のような有能な社員は他に居ない」と言ってふんぞり返っている“ブラック社員”が、今も日本中に横行していると言われる。
世界では欧米諸国が植民地の奪い合いをしていた時代に存在し、日本でも戦前までの時代には活躍(カツヤク)していたかもしれない、「国民に大きな犠牲を出しながらも、結果的に国力が強大となり、優秀な国民がそれを支えてくれるコトが、良い国家の条件である」と言って憚(ハバカ)らない“ブラック政党”が、今も日本中に蔓延(ハビコ)っていて、
民衆の右傾化扇動(センドウ)や他国民・他民族への誹謗(ヒボウ)・中傷を進んで引き受けて、「国民の精神を国粋主義へと誘導し、周辺国との緊張(キンチョウ)を煽(アオ)り立て、日本の存亡(ソンボウ)を左右する微妙な国の舵取(カジト)りの足枷(アシカセ)になっていながら、自分達のような良識ある報道機関は他には無い」と言ってふんぞり返っている“ブラック報道機関”が、今も日本中に横行していると言われる。
世界では国家戦略として『キリスト教』の宣教活動が後押しされていた時代に存在し、日本でも戦前に日本を近代国家として確立させる為に{エジプトの『ファラオ』をまねたかのような}『天皇』をワザワザ神格化した神道(シントウ)で占領地域での【国民化教育】を進めていた時代には有効とされていたかもしれない「信徒を経済的にも精神的にも追い詰めてしまいながらも、結果的に教団(教会・神社・仏閣)が大きくなって行き、優秀な信者がそれを支えてくれるコトが、良い宗教の条件である」と言って憚(ハバカ)らない“ブラック宗教法人”が、今も日本中に蔓延(ハビコ)っていて、
新しい信者の勧誘・教育やお札の類(タグイ)の売り込み・御布施(オフセ)の集金を進んで引き受けて、「信仰の有様(アリヨウ)を歪(ユガ)め、信者同士での不信感を駆り立て、信徒の定着を妨げて、『宗教』に汚名を着せていながら、自分のような敬虔(ケイケン)な信者は他に居ない」と言ってふんぞり返っている“ブラック信仰者”が、今も日本中に横行していると言われる。
という事なのです。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《経済》【8月25日・日】改正版
≪人間はお金に使われている≫と聞くと、人間という《弱い生き物》が【犯罪行為】をする時の言い訳に用いる言葉であり、人々が《経済と物事の真理》を改(アラタ)めて感じながら【自問自答】をする言葉でもあると、特別に意識してしまうものなのですが。
正直に言って、この≪人間はお金に使われている≫という言葉は、人間という存在の部分解禁そのモノであり、『お金』という【魔法エネルギー】によって人類は『経済』という【特殊性】を手に入れ、人間は『文明』を魔法のように築いて来て、人々は価値のある『文化』を育んで来れたのだと、強引に言い表しただけの《浄化の呪文》のようなモノであるのに、
この≪人間はお金に使われている≫という《浄化の呪文》が連呼されるのを【有り難く】思いながら聴く事によって、お金にまつわる国内の詐欺事件や刃傷沙汰(ニンジョウザタ)から、世界中で起こっている経済格差や貧困問題に至るまで、日本という富める国の豊かな国民の多くは、自分では何の対処もしないまま問題解決の自己浄化をしてしまっているのです。
『アリの行列』とでさえ、「エサを見つけたアリが、興奮しながら匂(ニオ)いを残して歩いた後を、別の個々のアリが個別についていって、また匂いを残す」という事の繰り返しが出来ていて、エサの大きさによってその『行列』が大きかったり・小さかったりする事はあっても、
大きいエサで大きい行列を作ったアリが《勝者》となり、小さいエサで小さい行列を作ったアリが《敗者》として虐(シイタ)げられる事は無いですし、互(タガ)いに妬(ネタ)み合う事も無く、どのアリも個々に平等でありますが。
人間の価値認識が『アリの行列』の形成に似ていて、より多くの人が評価し・求めるような、支持の多いモノほど大きな価値が付加されて、支持が減るほどに付加される価値が小さくなっていくのに、
その価値を取引する人間の経済活動においては、《勝ち組》・《負け組み》という区別が、歴史とともによりハッキリと付くようになって来ていて、
それが世界中で様々な問題を惹(ヒ)き起こしながら『人類史』を築き、現代も深刻な社会問題を惹(ヒ)き起こしているのです。
やはりどうしても、『お金』という【魔法エネルギー】や、それによって築かれる『経済』や、それによって築かれてきた『人類史』という【特殊性】の存在に邪魔されて、過去を教訓にする事が出来ないようなので、
下記に、今の右翼的な日本で言われている『歴史認識』に真っ向から異を唱える提案を紹介するので、過去を教訓にするという事の意味を考えてみて下さい。
≪日本は法治国家だ≫とみんなはよく言うが、何か事が起こった時に、法律が人を守るわけではないですし、消防や警察や自衛隊の活動にも限界があるので、最後には自分達で自分や周囲の人を守らなくてはなりませんから。
洪水や土砂災害を惹(ヒ)き起こす大雨や、火災や津波を惹き起こすような大地震が起こった時に、気象庁が注意報や警報を出すが、それで災害から人が守られるというわけではなくて、実際には消防や警察などが活動して人が守られるのだが、それでも災害が深刻で広域なモノであれば、日ごろ学んだ過去の災害を教訓にして、自分達で自分や周囲の人を守らなくてはならないのです。
ましてや、日本周辺での武力紛争や日本を巻き込んだ戦争が起こってしまった時には、国会の政治家や役所のお役人がジタバタしてもすでに手遅れで、実際には自衛隊による迅速な武力活動によって日本人が守られるのだが、戦闘が激化し長期化した場合であればある程、《沖縄戦の悲劇》や《朝鮮戦争による朝鮮民族の分裂》のような過去から現在に至る多くの惨状を教訓にして、敵味方に関係なくそういった惨劇が繰り返されないように、日頃(ヒゴロ)から各国の市民・民族が、国益や過去の因縁に縛(シバ)られずに深めておいた交流を決して絶やさず、無用な『悲劇』や『分裂』を避(サ)ける努力を怠(オコタ)ったり、諦(アキラ)めたりしてはならないのです(!)
という事なのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《歴史》【8月25日・日】改正版
『平 清盛』が情に流されて『源 頼朝』を処刑せず、流刑にするだけで命を助けたために、『平氏』一族は『源氏』一族によって滅亡してしまったが、
『徳川 家康』が執念で『豊臣 秀頼』を追い詰め、大坂の陣で『淀殿』もろとも『豊臣家』一族を滅ぼしたお陰で、『徳川家』一族は260年間の安泰(アンタイ)を手に入れたのである。
以上の事などから、「敗者との共存を模索する勝者は愚かであり、敗者の完全淘汰(トウタ)を成し遂げた勝者こそが真の勝者である」という【歴史の真理】が出来上がり、現代でも疑う者は少ないが、
これは、とんでもない《人的損失》と、ドロ沼の《和平拒否》を生み出すだけの、【歴史誤認】であり、
優秀な敗者を妬(ネタ)み恐れて虐殺(ギャクサツ)した、馬鹿で小心な勝者によって、自己正当化のために作り・広められた、【虚言(キョゲン)】以外の何モノでもないのだ。
しかしそうは言っても、世界中でこの手の【歴史誤認】が修正される事は無く、権力者による虐殺(ギャクサツ)と報復のテロが、《アメリカ》・《ヨーロッパ》から《アフリカ》・《アジア》に至る諸地域で繰り返されていて、
日本でも、「日中戦争で《朝鮮人》や《中国人》を虐殺する事に努めていれば良かったモノを、アメリカを相手にした太平洋戦争を始めて【歴史の真理】の遂行を怠ったばかりに、今に至っても《朝鮮人》や《中国人》から日本が苦しめられている。次の戦争では、全ての《朝鮮人》や《中国人》の地上からの抹殺(マッサツ)だけを目指さなくてはなかない(!)」と鼓舞(コブ)する《日本人》は、決して少なくないし、
世界中では、「《ユダヤ財閥》や《キリスト教福音派》や《イスラム原理主義》というレッテルを悪意を込めて大量に貼り合い、ユダヤ教徒を見れば《ユダヤ財閥》と、キリスト教徒を見れば《キリスト教福音派》と、イスラム教徒を見れば《イスラム原理主義》と決め付け、地上からの根絶が必要だ(!)」と罵(ノノシ)り合い、容赦ない対立が激化する一方なのだ。
こう言った【歴史誤認】を人々が何の躊躇(チュウチョ)もなく公然と叫(サケ)べる背景に有るのが、「『庶民の自然な繁殖と自由な役割分担』という歴史における真実の全容を封印し、標本のように目に見える形で残されている《過去の事件や出来事》を殊更(コトサラ)に【部分解禁】し、それによって歴史を転換させる【特殊性】の存在を演出し、【競争の原理】によってより良い歴史が作られていると宣言しながら、人類は伸(ノ)び代(シロ)を失って、自(ミズカ)らその歴史に終止符を打とうとしている」という客観的事実に大多数の人々がまったく気が付いていないという現実であり、
それは、そういった客観的事実に気が付くのに欠かせない、【特殊性】の存在認識とは対極に位置する《物事の一律性の普遍化》の必要性を理解する認識能力を、人間が基本的に持ち合わせていない可能性がある事を示唆(シサ)していていて、それがもし本当だとすると人類存亡の危機と言える大問題となってしまうのです。
しかしようは、真実の全容である《物事の一律性》に合致(ガッチ)するコトが、それが【部分解禁】であるから出来ただけだというのに、それに対して自分や他者たちが何の疑いもなく【特殊性】を認識しているコトに、キチンと疑問を抱(イダ)き、
それと同時に、自分や他者たちが抱いている【特殊性】の存在認識・価値認識から紐解(ヒモト)いていって、真実の全容である《物事の一律性》の存在を突き止め、自覚し、
その上で、《物事の一律性の普遍化》の必要性を理解し、意識として感じられる所までたどり着くのが、とても面倒(メンドウ)で、とてつもなく厄介(ヤッカイ)な事なので、ただ説明しただけではたぶん誰も解ってはくれないだろうというと思うので、
下記に、少し極端な言い方での一般常識への問題提起をしてみますので、【特殊性】の可笑(オカ)しさと、《物事の一律な普遍性》の存在を感じてみて下さい。
最近のテレビ番組の影響もあってか、『中国の古い青磁や白磁』や『日本の古備前や古伊万里や楽茶碗』や『マイセンの食器や人形』や『ロイヤルコペンハーゲンの絵皿やブルー・フイッシュ』や『ジュモーのビスク・ドール』などの、古い陶磁器や骨董品などに価値を認識してしまうのは簡単だし、
そういった高価な『古美術品』に関する系譜が価値の裏付けとして研究されている事に疑問を発する人間も居ないために、そういった一般生活からかけ離れた【特殊性】の時系列こそが【文化の歴史】だと言って憚(ハバカ)らない《権威主義的な文化の押し売り》連中ばかりがデカイ顔をしていて、
庶民のありきたりな生活の中で行われる、ささやかな楽しみや喜びを追求する《昔から一律で変わらない》本当の文化が、低俗志向だとか悪魔的行為だとか言われて否定的に見られてしまって、一般庶民にとって住み難い世の中にドンドンなって来ているのですが。
『古美術品』が持つに至った【特殊】な造形がワザワザ作られた背景には、必ずその当時の一般庶民の生活や文化があったという事に関心を抱く人間も少なく、現代生活を支えている耐熱樹脂の食器やグッズなどの『便利さ』や『手軽さ』を《低俗さの象徴(ショウチョウ)》だとか、《悪魔による人間性への誘惑(ユウワク)》だとか言って警告し批判する人間はいても、キチンとその意義を《庶民の生活や文化の継承を踏(フ)まえて肯定的に》考えられる人間は相当に少なくて、
庶民が【歴史】に翻弄(ホンロウ)された生活の中で《昔から一律で変わらない》文化をどの様に継承(ケイショウ)して来たのかや、今が庶民の文化の継承にとってどれだけ危機的な状況にある時代なのかをまったく理解していないためなのか、
カタログの一品々々に【特殊性】という夢を抱(イダ)かせる《より高い価値認識の手法》に踊(オド)らされて“物”に拘(コダワ)ってしまい、これまで引き継がれて来た目の前の《昔から一律で変わらない》文化を時代遅れで厄介(ヤッカイ)な“コト”だからと言って、無闇に切り捨ててしまう人間ばかりで、
このままでは、単なる【特殊】な造形物は作られても、《昔から一律で変わらない》文化という『普遍性』をベースにした【特殊】な造形が創られるコトさえ無くなってしまう時代が来てしまうかもしれないのです(!)
と言うコトなのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《E=mc²》【8月17日・土】改正版
『E=mc²の普遍性』の存在とは、「『質量』と『エネルギー』の交換が恒常的に『E=mc²』で行われていて、それによって万物の物理学的現象が支障なく惹(ヒ)き起こされている」という物理学の基本概念であり、
『アインシュタイン』の『E=mc²』と言われているモノとは、「『E=mc²』とは、『質量』と『エネルギー』を変換する事が出来た時の、《『質量』と『エネルギー』の変換式》である」と、核の脅威を背景にした覇権を争う者達によって、魔法のような幻想を抱かせるために、わざと引き立つよう限定的に【部分解禁】されたモノである。
『質量保存の法則』と『エネルギー保存の法則』の2本柱を原則として成立している『既存の物理学』は、放射能に過剰反応して作られた『E=mc²はパンドラの箱』説によって魔女狩りに遭(ア)い過酷(カコク)な邪魔をされようとも、『量子力学』諸説が個別に乱立して『E=mc²』の全容についての人々の関心が薄れてしまう前に、『E=mc²の普遍化』による全面的な書き換えをして置くべきであったのだ。
現代のエリート物理学者や核技術者たちは、「『質量』と『エネルギー』の変換が恒常的に『E=mc²』で行われていて、それによって万物の物理学的現象が支障なく惹(ヒ)き起こされている」という物理学概念の全容を隠蔽(インペイ)し、
『質量』と『エネルギー』の変換が顕著(ケンチョ)に現れる『核反応』をクローズアップし、『核物質』を『核エネルギー』に効率良く変換しては、『質量』から巨大な『エネルギー』を取り出していると、魔法使い気取りを演じ、
原子力発電によって核兵器の原材料である『プルトニウム』を製造・保有して、世界を相手に覇権を争う日本のような国家にまで、媚(コビ)を売っているのだ。
しかし、頭の悪い科学者や文化人の方が圧倒的に多くて、「『質量』と『エネルギー』の変換が恒常的に『E=mc²』で行われていて、それによって万物の物理学的現象が支障なく惹(ヒ)き起こされている」という物理学概念の全容にまったく気が付かず、
『E=mc²』とは、人間が制御できない危険な法則を紐解(ヒモト)いてしまう【パンドラの箱】であり、《核エネルギーの利用・開発》とは、傲慢になった支配者が神の領域に踏み込んで天罰を受ける【バベルの塔】であると決め付け、「人間の知識にもぐり込み、破滅の手段を解き明かすカギとなってしまう『E=mc²』は、追究してはならない禁断の法則である」と断罪し、「すでに人類が手に入れてしまった『核エネルギー』ではあっても、利用を制限すべきである」と言い立て。
『光エネルギー』と『放射線エネルギー』の共通した特殊性を無視した非科学的認識が一般常識化され、【電気】は『光』が出ていても誰も気にせず利用しているのに、『放射線』への正しい理解が“悪魔の信仰”として嫌悪・拒絶されて、日本の官邸前などでは「『放射線』を撒(マ)き散らす【核】は絶対禁止(!)」とステレオタイプで叫(サケ)ぶ活動家で溢(アフ)れていて、
『プルトニウム』の製造・保有という日本の国家安全保障の政策のために、研究途上にある【核】を利用する《核施設の建設》の危険性に目をつむる官僚・政治家たちの、格好の目隠しになっているのだ。
そして今の一般市民にとっては、「『E=mc²』とは、『質量』と『エネルギー』を変換する事が出来た時の、《『質量』と『エネルギー』の変換式》である」というのが物理世界の真実であり、『アインシュタイン』の『E=mc²』であると広く知られていて、
この事にワザワザ異を唱えるのは「【核】は絶対反対(!)」と叫んで目立ちたがっている『活動家』か、暴力で自己主張をする『テロリスト』ぐらいのモノ」だと、広く認識しているせいなのか、
私【ちび猫】が真実の【全容解禁】のために主張する「『一般物理学』における『E=mc²の普遍化』の早期導入実現」は、どうしたって、“悪魔の信仰”の布教をしているようにしか見られないのだ。
しかしもっとも厄介(ヤッカイ)なのは、自分の科学者としての比較優位性を絶対優位性にしてしまおうと、『E=mc²の普遍性』に気が付きコッソリと利用して、『量子力学』諸説を唱(トナ)えている最先端の物理学者たちで、
『アインシュタイン』の『E=mc²』を【部分解禁】した「『E=mc²』とは、『質量』と『エネルギー』を変換する事が出来た時の、《『質量』と『エネルギー』の変換式》である」という事には何の疑問も挿(ハサ)まず、自分たちも別途(ベット)に『E=mc²の普遍性』から【部分解禁】してきた『量子力学』諸説を用いて、【特殊】な“空間”の【特異】な“現象”を高度な英知で扱(アツカ)う魔法使い気取りを演じてしまうために、『E=mc²の普遍性』の存在が人々からドンドン見え難くなり、『E=mc²の普遍化』に関心がもてなくなる一方なのだ。
世界中で開発競争が繰り広げられていると話題になっている『ヒッグス粒子』も、やはり『E=mc²の普遍性』から【部分解禁】してきた『量子力学』諸説であり、こういった【特殊性】の存在認識を人々にスリ込ませるモノが、先端科学として持て囃(ハヤ)されるものだから、物理学における『E=mc²の普遍化』作業が遅々(チチ)として進まず、『E=mc²』のアインシュタインによる発見から100年以上も経過しながら、『E=mc²の普遍化』による『科学革命』が始まらないのである。
『E=mc²の普遍化』による『科学革命』が起こらないまま、【特殊性】を認めない真実の【全容解禁】が封印され続けて、ただ何百年間も時間だけが推移した科学の末路を、意図せず的確に描き出しているのが、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の《波動エンジン》という【特殊】な“空間”と、《波動機関のエネルギー》という【特異】な“現象”であります。
人類は宇宙を崩壊させてしまいかねない《波動機関のエネルギー》を手に入れ、そのエネルギーを発生させる《波動エンジン》の仕組みを構築し、それを推進力と攻撃力に利用した『宇宙戦艦ヤマト』を建造して、人類の危機を救うべく戦いを続けるというのがアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の設定で、
アニメ制作者たちは、【核エネルギー】問題において《核兵器》と《平和利用》で揺(ユ)れる今の世界情勢の危うさを揶揄(ヤユ)しようとしたのだろうが、結局は「物理学者が自分の優位性を絶対的なモノとしたいが為に犯してしまう、真実の全容を隠蔽(インペイ)した上でその部分解禁をする事による、魔法性を生み出すトリック行為により、世界中の一般市民の無意識の中に【特殊性】の存在認識という非科学的な科学観が捏造(ネツゾウされてしまい、科学の【特殊性】に対して抱(イダ)いてしまう【パンドラの箱】という拒否的な意識や、保身的な物理学者たちが【部分解禁】してきた手持ちの諸説を持ち寄って【真実の全容】を見えにくくしてしまう壮大な仮説の構築が進行していって、科学のパラダイムがドンドン硬直していく現代科学の歪(ユガ)んだ構造」が、【特殊性】の塊(カタマリ)である《波動機関》に象徴(ショウチョウ)されてしまったのである。
『E=mc²の普遍性』という物理学における真実の全容を封印し、『核エネルギー』という部分解禁によって【特殊性】の存在を演出し、『量子力学』諸説によって素粒子と宇宙の関係を突き止めるに至ったと宣言しながら、人類は放射能による存亡の危機に立っていて、
“『生物群の編成』の更新機能”という生物学における真実の全容を封印し、《遺伝子の変異》という部分解禁によって【特殊性】の存在を演出し、『遺伝子操作』によって生命の進化を人間が自在に操(アヤツ)る段階に入ったと宣言しながら、人類は自然環境を崩壊寸前まで追い詰めていて、
『庶民の自然な繁殖と自由な役割分担』という歴史における真実の全容を封印し、標本のように目に見える形で残されている《過去の事件や出来事》を殊更(コトサラ)に【部分解禁】し、それによって歴史を転換させる【特殊性】の存在を演出し、【競争の原理】によってより良い歴史が作られていると宣言しながら、人類は伸(ノ)び代(シロ)を失って、自(ミズカ)らその歴史に終止符を打とうとしているのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《進化論》【8月16日・金】改正版
『生物の環境耐性進化』というのは、『生物群の編成』の更新が日常的に起こっている状況のコトであり、大きな【環境の変化】が発生した時でも即座に適切な更新が行われる、柔軟性に優(スグ)れたモノであり、
『ダーウィン』の『進化論』では、「生存競争で勝ち残るために《遺伝子の変異》が起こったモノが、進化であり。そう言った《遺伝子の競争》が連綿と繰り返されてきた結果が、今日(コンニチ)の生物界である」と、血統主義の貴族たちが特権階級を維持している事の自己正当化のために、《遺伝子の競争の原理》が【部分解禁】されているが、
《遺伝子の変異》こそが【環境の変化】であり、『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》が生物界の中に容認・吸収される事によって、今日の生物界が出来上がったのである。
然(シカ)るに、エリートの医学者や生物学者やたちは、「『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》という【環境の変化】が、適切な形で生物界の中に容認・吸収される」という【生物学の全容】の“真実”を隠蔽(インペイ)し、
『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』の持っている即応性の高さを巧妙(コウミョウ)にコッソリと利用しつつ、人間に都合の良いように特定のモノの《遺伝子の変異》を強行しては、生物の進化を自在に操作していると、魔法使い気取りを演じ、血統主義の特権階級に媚(コビ)を売っているのだ。
しかし、頭の悪い医療関係者や科学技術者の方が圧倒的に多くて、「『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》という【環境の変化】が、適切な形で生物界の中に容認・吸収される」という【生物学の全容】の“真実”が隠蔽されている事や、血統主義の暗躍(アンヤク)に気付かず。
「人間が病気に敗れる時の敗因は《劣等な生物群の暴走》を防げなかった事であり、人間が病気に勝利する秘訣は《劣等な生物群の排除》である」といった【支配の論理】の受け入れと、徹底によって、人間は『安住の地』を手に入れる事に成功するのだと、世界中の医療関係者が思い込んでしまい、
「人間の生活環境を【消毒・殺菌】すれば病気にもならず、怪我(ケガ)をしても悪化させずに済む」と宣伝され、【消毒・殺菌】を公衆衛生の基本として世界中に広めてしまい、突然に《遺伝子の変異》を起こして人間の営みに害をなす『ウイルス』・『細菌』が発生したとても適切に容認・吸収するハズであった“『生物群の編成』の更新機能”が、地球規模で破壊されてしまった為に、《突然変異》による殺人『ウイルス』・『細菌』の発生が世界各地で頻発していると最近特に話題になっているのだが、
『WHO:世界保健機関』までもが、血統主義の暗躍による【支配の論理】に侵(オカ)され、“『生物群の編成』の更新機能”の危機的状況に無頓着でいて、「人類の存続が脅(オビヤ)かされる事態であるから、【消毒・殺菌】のさらなる徹底と、『遺伝子操作』のさらなる技術開発により、《突然変異》による殺人『ウイルス』・『細菌』の発生の阻止と、発生してしまった場合の万全の対策準備をして置かなくてはならない」などと世迷い言を言う始末であり、
環境や農業に関係した科学技術者に至っては、人間生活に合わせた『EM菌:有用微生物群』などを開発し、「人間は自然との共存を目指す必要がある」などと宣伝して散布を促(ウナガ)し、【消毒・殺菌】の後に続く目先の金儲(カネモウ)けを目論(モクロ)んでいる振りをしてはいるが、
「自然に目を向けた振りをしながら、実際には自然からは何も学ばず、人間の営みの都合を押し付けて人工的に合成される、“『生物群の編成』の更新機能”を持たない『EM菌』を意図的に開発し、『WHO』が進める【消毒・殺菌】の後に金儲けを名目に『EM菌』を大量散布して、地球の“『生物群の編成』の更新機能”に止(トド)めを刺(サ)し、地球上に人間生活を頂点にした完全な自然環境を構築する」という悪魔的な【支配の論理】に侵されていて、
「人類が自然に勝利し、絶対の支配者として君臨する事で、敗者である既存の《劣等な自然》を排除し、勝手な《突然変異》などを起こさない新たな《厳選された自然》を自由に組み立てる事が出来て、それによって《本当の自然》の構築が完成する」という【競争の原理】の実践者に成り果(ハ)てているのだ。
そして今の時代の一般市民はというと、『ダーウィン』の『進化論』から【部分解禁】された《遺伝子の競争の原理》を生物界の真理として認識していて、そんな『進化論』に反論するのはカルト教団の類(タグイ)ぐらいのモノだと思っているものだから、
私【ちび猫】が作る、【自然のバクテリア群】からなる“『生物群の編成』の更新機能”を生かした『生きた水』に、どれ程の効果と可能性が有ろうとも、その有効性の根拠となる考え方が、《遺伝子の競争の原理》と違うモノだと言うだけで、誰もが顔をしかめて、まったく相手にしてくれないものの、
【ちび猫】と同じように、「『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》という【環境の変化】が、適切な形で生物界の中に容認・吸収される」という【生物学の全容】の“真実”や、血統主義の暗躍による【支配の論理】に気が付ければ、『生きた水』を利用した快適生活が送れるのは勿論(モチロン)の事、
化石燃料をエネルギーとして利用する上でネックとなっている『CO²:二酸化炭素』の排出による環境破壊が、本当は、核エネルギーの開発や、『CO²』問題に関わる諸々(モロモロ)の産業の維持のための特権階級によるトリックであり、お金儲(カネモウ)けを名目にした土地利用に拘(コダワ)って生産性を重視した開発ばかりをしていて、『CO²』の削減を目的とした雑木林・雑草地の積極的な保全・拡大を避(サ)けている事が、『CO²』問題の隠(カク)された原点であると理解でき、
『CO²』問題の解決のためとして難題を抱えながら取り組んでいる、核エネルギー開発や諸々の産業界での研究・開発において、「難題であるという事の裏には隠れた危険が潜んでいるモノだ」という【難題が難題である事の意義】が無視され、不用意に研究が進められて、危機的な状況が知らず知らずの内に進行している今の状況に気付く事も出来るのだが、
もしもこのまま、『CO²』問題の解決策を既得権益者に言いくるめられるまま野放しに進行させてしまうようであれば、地球の自然環境が近い将来において崩壊するのは確実であるし、エリートに期待をしても、中途半端に頭の良い科学技術者ばかりがこうも揃(ソロ)っていては、特権階級に媚(コ)を売るばかりで危機の回避など望めそうになく、地球環境の崩壊は時間の問題となってしまうだけなのだ。
さらには、突然変異を繰り返してきた生物の化石標本だけにスポットライトを意図的に当てて、「遺伝子の突然変異が生物の進化である(!)」と血統主義の特権階級に媚びた【魔法性】が加味される【部分解禁】の形で発表がなされ、そんな見た目の優位性の標本でしかない形だけの進化を演出していた《真の進化の立役者》である“『生物群の編成』の更新機能”が一般の人々には知らされずに封印されたまま今に至り、【消毒・殺菌】が徹底され、『EM菌』が散布され、ついには『遺伝子操作』や『ips細胞の発見』で生命の進化を人間が自在に操(アヤツ)っていると人類の勝利宣言までしてしまって、人類を取り巻く自然環境を崩壊寸前まで追い詰めてしまっているのだが、
それと同じ様に『人間の歴史』においても、歴史が記述される時に、歴史家によって特権階級に有利な事件や絵になる出来事が選りすぐっられ、打算的に編集されてきて、《真の歴史の立役者》である柔軟で即応性の高い『庶民の自然な繁殖と自由な役割分担』の事が、長年に渡って等閑(ナオザリ)になっていた為に、庶民の生活は自然からかけ離れた自由の無い画一化されたモノとなり、ついには『大国の思惑』や『世界経済』や『世界宗教』における【競争の原理】によって歴史が作られていると人々が言い切ってしまうに至って、人類は伸(ノ)び代(シロ)を失い、その歴史に終止符が打たれようとしているのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《概論》【8月27日・火】改定版
勝者が栄え敗者が淘汰(トウタ)される『競争の原理』とは、様々な分野のエリートや学者たちが、≪自己保身や主導権争いの末に至る勝者を無節操に利用し、真実を【部分解禁】する手法によって【成功の魔法】を演出し、それによって作られた各分野の勝者の【特殊性】を、巧妙に繋(ツナ)ぎ合わせて行く行為≫を、『神』の名を騙(カタ)って「《人間の最善の有様》を作っているのだ」と言っている暴挙(ボウキョ)であり。
無限にあった人類の可能性をドンドン削(ソ)ぎ落としながら、{一本の道筋を形成させるように}現在進行形で創られている、{人類に墓穴を掘らせているような}閉塞した真理である。
それは、今までの人類史の中で、幾万もの大切なモノをそぎ落としてしまい、幾億もの欠かすことの出来ない者たちを淘汰してしまったという、想像するのも恐ろしい程(ホド)の状況を惹(ヒ)き起こしていて、
そんな絶望的な閉塞感の中で、人間は不安感と恐怖心に苛(サイナ)まれ、不安感の解消の為に『お金』に【魔法エネルギー】を付加して《価値を貪(ムサボ)るような経済』を発展させ、恐怖心の解消の為に『唯一神』に【創造主】を付加して《神への償(ツグナ)いとしての唯一神教》を発展させて来たので、
『世界経済』の発展は世界中に経済格差や貧困問題を絶え間なく惹(ヒ)き起こし、
『唯一神教』では『神』ばかりを見て人間(相手)を見ないので、『唯一神教』の世界進出は世界中で『神』を巡っての争いを惹き起こしている。
さらには、現状での科学分野に限(カギ)ってみても、エリート科学技術者がその傲慢(ゴウマン)さを償うかのように、科学の枠組みとされているが現実には《物事の普遍性を人間の理性が拒むように仕組まれた定義》である『パラダイム』がドンドン硬化・縮小されていて。
どの科学分野においても、「既存の科学の中での【部分的な解禁】の縛(シバ)りを打ち破り、【特殊性】を唱(トナ)える先端科学技術と対(ツイ)をなす『パラダイム』という科学的枠組みと定義されるモノが《無用な制限》であるコトを見抜き、【物事の真実】の【全容の解禁】を目指す【普遍化作業】により開放される『真の科学革命』を達成させる事」など、夢のまた夢のような状況にあるのです。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・【価値】の“解禁”は子供の漫画から始まる【7月16日・火】改正版
【モノの価値】の“全容”が『封印』され、世界のエリート《錬金術師》が“部分解禁”によって【価値】を独占していて、【有価証券・貴金属等の資産価値】が《魔法》のように創作されている。
しかし、現状の世界経済システムにおいて、この事に多くの日本人が何らかの疑問を持ちながらも、何を如何(ドウ)したら良いのか分からないし、日本の銀行に預金をしてもほとんど利子が付かないので、【株の短期売買】などの投機性の高い【有価証券】の取引についつい手を出してしまうと言うのが、日本社会の『閉塞(ヘイソク)した』現状なのだ。
そして、まさにこの『閉塞している』という問題がありながら、何もせず、その事を無視して、投機性の高い【株の短期売買】という取引に日本人がついつい手を出してしまう事こそが、日本国内において【価値】が日本人に“部分解禁”しかされていない事の証(アカシ)なのだ。
皆さんは、少女たちに多発する『プリキュア問題』という【イジメ・仲間ハズレ】の話しを聞いた事がおありか。
【正義】の味方であり【友情】を尊ぶ設定・ストーリーの、『プリキュア』という何年も続くシリーズ構成の少女向け人気TVアニメがあるのだが、
その『プリキュア』を巡って、少女たちの間で男の子も巻き込んでのたちの悪い【イジメ】や【仲間ハズレ】といった【差別行動】が頻発(ヒンパツ)しているらしく、
特に幼い子供を持つ親たちが地域で一致団結して、『プリキュア』を子供たちに見せない運動をしているというのだ。
子供たちが、見ている『プリキュア』から【正義】や【友情】の事ではなく、その『番組』としての正統性や知名度によって『プリキュア』が価値の高いモノになっているという【《魔法》が生み出す“特殊性”】を学んで、【差別行動】をする自分の正統性の理由作りや、仲間作りに利用してしまったモノだし。
親たちの方も、『プリキュア』の【正義】や【友情】をテーマにした内容を無視して、TVアニメの持つ【《魔法》の“力”】に恐怖感を抱き、『プリキュア』さえ子供たちに見せなければそれで事は収まると考えるに至ってしまったモノなのだ。
しかし、もし子供たちが安易な《魔法》の【魅惑的(ミワクテキ)な価値】に毒されずに、『プリキュア』から【正義】や【友情】を学んでいたなら、
また親たちが《魔法》の【張りぼての価値】に臆(オク)せず、『プリキュア』を題材にして子供に【正義】や【友情】を教えていたなら、
『プリキュア問題』というモノも起こらなかったと、簡単に結論を出して、話しを終わらせてしまいがちなのだが、
この問題はそんな単純構造のモノではなくて、多方面の問題と密接に絡(カラ)み合った、裾野(スソノ)の広い問題なのだ。
日本の一般投資家たちが、投機性の高い【株の短期売買】という取引にのめり込んでいて、日本の『バブル経済』の崩壊の時から今に至るまで、海外の《錬金術師》に利益を吸い取られて、散々に大損をして来ているのだが、
しかしだからといって、《エリート錬金術師》の生み出す【“皆がやっている”という《魔法》の旨い汁】の誘惑には逆(サカ)らえず、自分の好きな会社や頑張っている企業の育成のために【株の長期保有】をするという『自己決断』に思い至る事がどうしても出来ないでいるのと、根っこの所は同じなのだ。
また、日本の選挙では以前から、大方の勝敗と、その結果から導きだされる問題点が言われていながら、その通りの選挙結果となり、言われた通りの問題が発生して来ていたのだが、
しかしだからといって、《エリート予言者》が予言する【“皆がその党に投票する”という《魔法》の旨い汁】に日本人はどうしても逆らえないのか、毎度毎度予想通りの範囲の結果に収まっていて、選挙における『日本人の覚悟』によって政治家に厳しい審判が下される事が無いのとも、根っこの所は同じなのだ。
【価値】というモノに対して、日本人は『寄らば大樹の陰』のエリート頼(ダヨ)りであり、
エリートの作り出す【価値】に、《魔法》という幻想を抱(イダ)き、永遠の繁栄の夢を投影しているのに、
その《魔法》の【価値】によって問題が発生すると、途端(トタン)に祟(タタ)りや天罰だと騒ぎ立てて、ヒステリックに拒絶するが、
一度捨(ス)てられた【価値】を自分の意志で掘り起こしたり、誰も関心を示さない【価値】を自分の主張として創作したりする事には、まったく思い至れないという状況に、日本人は置かれているのだ。
しかし、子供の頃から漫画を読むにあたって、知名度や評判の良さといった他人が付けた漫画の【価値】を自己の正統性にすり替えていい気になってしまったり、漫画の人気の高さによる【価値】を自信のモノにすり替えて仲間作りのダシにしてしまったりするような、漫画の【価値】の《魔法》としての利用法の危険性を認識し、
自分の希望する生き方と同調した漫画を自己表現として厳選して読み、お気に入りの漫画に見合った自身になるための切磋琢磨(セッサタクマ)を怠らない事で、
自分の意志と主張によって、埋(ウ)もれていた【価値】の存在を再認識したり、みんなが避(サ)けている事の中から【価値】を発見する先駆者になったりする事に、もっと前向きな人間になれるのだ。
そして、そんな大人がもっともっと増える事で、【価値】の“全容”の『封印』が日本人に解禁される事となり、
《魔法》の【価値】として“部分解禁”されているコトによって惹(ヒ)き起こされている『閉塞した』諸問題が、ようやく解消されるのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
~~~第0055号先頭へ~~~
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平成25年度版(2)
・『競争の原理』の正体《パラダイム》【9月6日・金】
真実の【全容】を理解するのに欠かせない《科学の普遍性》を知っているハズの{一握(ヒトニギ)りの}エリートが、
『競争の原理』の名目で自己正当化を図っている{馬鹿な}権力者を相手にした点数稼ぎのために、
「真実の【部分解禁】の小出しである『パラダイムシフトのシフトチェンジ』や、【部分解禁】であるコトによって生じる【特殊性】が発生させる《価値の創造》などの、人間への《限定的な科学》故(ユエ)の思考の制限」を、「人類が『希望』を手に入れられた奇跡」だと{愚鈍(グドン)な}人々を欺(アザム)いていて、
『E=mc²』が万物の物理的事象の根幹である事によって「どんなに小さなエネルギー発生にも微量の質量の減少(消滅)が起こる」とする『E=mc²の普遍性』が封印され、
『質量』と『速度』と『放射エネルギーの量と性質』の関係から浮かび上がる《光と放射線の実態》が見えないまま、危険なだけの《重質量核反応》が効率優先で《核エネルギーの利用》と称されて安易に用いられてしまい、
発生するべくして発生してしまう《有害な放射線》や《高濃度の放射性汚染物質》の脅威や、
《生物群の編成の更新機能》が生物の『環境耐性進化』を許容する《生物群環境》のお陰で「生命の進化が今まで{絶えるコトなく}残されて来た」とする『自然の生物群の普遍性』が封印され、
『自然の生物群』からなる『生きた水』などが持つ【自然の更新機能】によって人間の生物としての存在が許容されている事の意義に気が付かないまま、危険なだけの『消毒・殺菌』が【公衆衛生】という言葉で正当化されて【自然の更新機能】が強制排除されてしまい、その上さらには「人間の生活に合わせた『EM菌』の開発や、人間の手による『遺伝子操作』の研究」によって《非自然な進化の更新》が実施されてしまって、
起こるべくして起こってしまう《単独種の細菌が大発生する事による殺人バクテリア化》や《殺人ウイルスへの突然変異》などの脅威に人類を曝(サラ)しているのです。
そして、《科学の普遍性》から【部分解禁】してきた【特殊性】の範疇(ハンチュウ)で、限定的に進歩をしていく《技術革新》の事を言い表したモノが『パラダイム理論』であり、
【パラダイムシフトのシフトチェンジ】とは1つの技術分野での副作用的弊害(ヘイガイ)を未解決なまま積み上げていく、人類を苦しめて来た《人間の悪癖》を言い表したモノであり、
科学を分割している既存の科学分野とは、【部分解禁】された『パラダイム』の名残(ナゴリ)であって、
その範疇において「進歩は止まり、弊害だけが発生し続けているモノ」であるので、それらの《普遍化作業》によって『科学の統一』を行い、積み上がっている弊害を解消するコトこそが『真の科学革命』なのである。
すなわち、『E=mc²の普遍性』や『自然の生物群の普遍性』とは、物理世界や生命世界の通常状態を維持し、異常事態の時にはその解消に働くモノであり、
人間の無闇(ムヤミ)な凶行である《重質量核反応》や『消毒・殺菌』によって通常状態が異常事態となると、それを解消しようとして、『E=mc²の普遍性』や『自然の生物群の普遍性』が過剰に働くだけのコトであり、
科学知識(物理学)において《E=mc²の普遍化作業》を行えば、物理世界についての人類の理解が飛躍的な広がりを始め、科学的生活(公衆衛生)において《自然の生物群の普遍化作業》を行えば、人類の生活環境が飛躍的に改善され始めるのであって、
「『E=mc²』が人間の手に負えない【パンドラの箱】である」とか、「『自然の生物群の更新機能』が《雑菌の繁殖》や《病原の環境耐性進行》を実行している【諸悪の根源】である」とかいうコトではないのである。
さらに言うと、テレビの『ニュース・情報番組』などで活躍している【国谷 裕子】や【鳥越 俊太郎】や【俵 孝太郎】や【古舘 伊知郎】や【関口 宏】や【みのもんた】たちは、《エリートの引っ掛け》に引っ掛かって【思考制限】に陥(オチイ)ってしまった典型的な人たちであり、
地球温暖化の対策として【CO²制限】が世界規模で検討されている振りがなされていて、『バイオ燃料』を作るのに「CO²対策の主役である【自然緑地】が再生困難に開拓され、{無残な}農地ばかりを増やしている」という愚行が{あからさまに}まかり通っているというのに、そんな{初歩的な}事に気付く日本人も皆無(カイム)であり、
【量子力学諸説】である『ヒッグス粒子説』とは、【部分解禁】の《トドのつまり》でしかなく、【遺伝子操作】である『ips細胞』とは、【パラダイムシフトのシフトチェンジ】の悪癖によって未解決のまま弊害を山積みして来たコトの【隠れ蓑】の《偶然のオマケ》でしかないのに、エリートが『最先端の科学』だと言えば世界中の人たちまで浮き足立ってしまうのだ。
馬鹿の極みである。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《宗教》【8月27日・火】改正版
アリが《平等》であるように、人間も本来は誰もが《平等》な存在であるという事を、本来の『宗教』は明示していて、【天】や【死】の前では、人間は誰もが《平等》であり、【天】や【死】とは、誰にとっても《唯一無二》のモノなのである。
しかしその一方で、近世以降から突如(トツジョ)として繁栄をして来た『イスラム』においては、その聖典である『コーラン』が「作られた時から《普遍》なモノであり、過去から未来永劫《不変》なモノである」ので、アリの行列で言うなら「永遠に無くならないエサに出来る大行列」を目指していて、
『イスラム』は、それによって他の『宗教』との“差別化”を図っていたのです。
また、近代以降に人為的に変革された『キリスト教・プロテスタント』においては、その教義において「【神】の意志が『競争の原理』の中に反映されているので、『お金』に対する人間の『価値認識』の高まりを肯定し、『競争』によって生じる人間の“格差”に拍車を掛けて、その上で『不用なモノ』を淘汰すれば、『価値の高いモノ』を選りすぐって独占できる」としていて、アリの行列で言うなら「世界中のエサを集めて出来る巨大な行列」を目指していて、
『キリスト教・プロテスタント』は、それによって《唯一無二》の『唯一神教』の確立を図っていたのです。
そして日本人はというと、本来の『宗教』の姿を留(トド)める『仏教』の影響下にある民族でありながら、【人間はお金に使われている】という『浄化呪文のフィルター』を通して“差別化”や『競争の原理』を認識する事で、差別を生み出す【お金】の前での人間の《平等性》を確立する事に{見た目の上では}成功していて、
このままでは、欧米や中東地域などばかりではなく日本においてまでも、《神の真実の全容》が『唯一神教』の世界のように封印され、人間を含む全てのモノの《神の前での平等》を目指して来た本来の『宗教』の【全容】が否定的に扱(アツカ)われて、
【部分解禁】された【特殊性】に基づく“差別化”や『競争の原理』が、人間の営みに『有益』で『有効』な【真実】だと、何時までもまかり通ってしまうだけなので、
下記に、日本人の従来の美徳を否定するような“言葉”の新しい定義を紹介しますので、人の営みについて少しでもいいので考えてみて下さい。
世界では産業革命期から『IT産業』が起こる前までの時代に存在し、日本でも明治期から戦後の高度成長期の時代には必要であったかもしれない、「社員を喰いモノにしながらも、結果的に会社が大きくなって行き、優秀な社員がそれを支(ササ)えてくれるコトが、良い会社の条件である」と言って憚(ハバカ)らない“ブラック企業”が、今も日本中に蔓延(ハビコ)っていて、
『サービス残業』や『休日出勤』を進んで引き受けて、「自分のような行いを他人にも勧(スス)め、職場環境を悪化させ、優秀な社員の定着を妨げて、会社の足を引っ張っていながら、自分のような有能な社員は他に居ない」と言ってふんぞり返っている“ブラック社員”が、今も日本中に横行していると言われる。
世界では欧米諸国が植民地の奪い合いをしていた時代に存在し、日本でも戦前までの時代には活躍(カツヤク)していたかもしれない、「国民に大きな犠牲を出しながらも、結果的に国力が強大となり、優秀な国民がそれを支えてくれるコトが、良い国家の条件である」と言って憚(ハバカ)らない“ブラック政党”が、今も日本中に蔓延(ハビコ)っていて、
民衆の右傾化扇動(センドウ)や他国民・他民族への誹謗(ヒボウ)・中傷を進んで引き受けて、「国民の精神を国粋主義へと誘導し、周辺国との緊張(キンチョウ)を煽(アオ)り立て、日本の存亡(ソンボウ)を左右する微妙な国の舵取(カジト)りの足枷(アシカセ)になっていながら、自分達のような良識ある報道機関は他には無い」と言ってふんぞり返っている“ブラック報道機関”が、今も日本中に横行していると言われる。
世界では国家戦略として『キリスト教』の宣教活動が後押しされていた時代に存在し、日本でも戦前に日本を近代国家として確立させる為に{エジプトの『ファラオ』をまねたかのような}『天皇』をワザワザ神格化した神道(シントウ)で占領地域での【国民化教育】を進めていた時代には有効とされていたかもしれない「信徒を経済的にも精神的にも追い詰めてしまいながらも、結果的に教団(教会・神社・仏閣)が大きくなって行き、優秀な信者がそれを支えてくれるコトが、良い宗教の条件である」と言って憚(ハバカ)らない“ブラック宗教法人”が、今も日本中に蔓延(ハビコ)っていて、
新しい信者の勧誘・教育やお札の類(タグイ)の売り込み・御布施(オフセ)の集金を進んで引き受けて、「信仰の有様(アリヨウ)を歪(ユガ)め、信者同士での不信感を駆り立て、信徒の定着を妨げて、『宗教』に汚名を着せていながら、自分のような敬虔(ケイケン)な信者は他に居ない」と言ってふんぞり返っている“ブラック信仰者”が、今も日本中に横行していると言われる。
という事なのです。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《経済》【8月25日・日】改正版
≪人間はお金に使われている≫と聞くと、人間という《弱い生き物》が【犯罪行為】をする時の言い訳に用いる言葉であり、人々が《経済と物事の真理》を改(アラタ)めて感じながら【自問自答】をする言葉でもあると、特別に意識してしまうものなのですが。
正直に言って、この≪人間はお金に使われている≫という言葉は、人間という存在の部分解禁そのモノであり、『お金』という【魔法エネルギー】によって人類は『経済』という【特殊性】を手に入れ、人間は『文明』を魔法のように築いて来て、人々は価値のある『文化』を育んで来れたのだと、強引に言い表しただけの《浄化の呪文》のようなモノであるのに、
この≪人間はお金に使われている≫という《浄化の呪文》が連呼されるのを【有り難く】思いながら聴く事によって、お金にまつわる国内の詐欺事件や刃傷沙汰(ニンジョウザタ)から、世界中で起こっている経済格差や貧困問題に至るまで、日本という富める国の豊かな国民の多くは、自分では何の対処もしないまま問題解決の自己浄化をしてしまっているのです。
『アリの行列』とでさえ、「エサを見つけたアリが、興奮しながら匂(ニオ)いを残して歩いた後を、別の個々のアリが個別についていって、また匂いを残す」という事の繰り返しが出来ていて、エサの大きさによってその『行列』が大きかったり・小さかったりする事はあっても、
大きいエサで大きい行列を作ったアリが《勝者》となり、小さいエサで小さい行列を作ったアリが《敗者》として虐(シイタ)げられる事は無いですし、互(タガ)いに妬(ネタ)み合う事も無く、どのアリも個々に平等でありますが。
人間の価値認識が『アリの行列』の形成に似ていて、より多くの人が評価し・求めるような、支持の多いモノほど大きな価値が付加されて、支持が減るほどに付加される価値が小さくなっていくのに、
その価値を取引する人間の経済活動においては、《勝ち組》・《負け組み》という区別が、歴史とともによりハッキリと付くようになって来ていて、
それが世界中で様々な問題を惹(ヒ)き起こしながら『人類史』を築き、現代も深刻な社会問題を惹(ヒ)き起こしているのです。
やはりどうしても、『お金』という【魔法エネルギー】や、それによって築かれる『経済』や、それによって築かれてきた『人類史』という【特殊性】の存在に邪魔されて、過去を教訓にする事が出来ないようなので、
下記に、今の右翼的な日本で言われている『歴史認識』に真っ向から異を唱える提案を紹介するので、過去を教訓にするという事の意味を考えてみて下さい。
≪日本は法治国家だ≫とみんなはよく言うが、何か事が起こった時に、法律が人を守るわけではないですし、消防や警察や自衛隊の活動にも限界があるので、最後には自分達で自分や周囲の人を守らなくてはなりませんから。
洪水や土砂災害を惹(ヒ)き起こす大雨や、火災や津波を惹き起こすような大地震が起こった時に、気象庁が注意報や警報を出すが、それで災害から人が守られるというわけではなくて、実際には消防や警察などが活動して人が守られるのだが、それでも災害が深刻で広域なモノであれば、日ごろ学んだ過去の災害を教訓にして、自分達で自分や周囲の人を守らなくてはならないのです。
ましてや、日本周辺での武力紛争や日本を巻き込んだ戦争が起こってしまった時には、国会の政治家や役所のお役人がジタバタしてもすでに手遅れで、実際には自衛隊による迅速な武力活動によって日本人が守られるのだが、戦闘が激化し長期化した場合であればある程、《沖縄戦の悲劇》や《朝鮮戦争による朝鮮民族の分裂》のような過去から現在に至る多くの惨状を教訓にして、敵味方に関係なくそういった惨劇が繰り返されないように、日頃(ヒゴロ)から各国の市民・民族が、国益や過去の因縁に縛(シバ)られずに深めておいた交流を決して絶やさず、無用な『悲劇』や『分裂』を避(サ)ける努力を怠(オコタ)ったり、諦(アキラ)めたりしてはならないのです(!)
という事なのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《歴史》【8月25日・日】改正版
『平 清盛』が情に流されて『源 頼朝』を処刑せず、流刑にするだけで命を助けたために、『平氏』一族は『源氏』一族によって滅亡してしまったが、
『徳川 家康』が執念で『豊臣 秀頼』を追い詰め、大坂の陣で『淀殿』もろとも『豊臣家』一族を滅ぼしたお陰で、『徳川家』一族は260年間の安泰(アンタイ)を手に入れたのである。
以上の事などから、「敗者との共存を模索する勝者は愚かであり、敗者の完全淘汰(トウタ)を成し遂げた勝者こそが真の勝者である」という【歴史の真理】が出来上がり、現代でも疑う者は少ないが、
これは、とんでもない《人的損失》と、ドロ沼の《和平拒否》を生み出すだけの、【歴史誤認】であり、
優秀な敗者を妬(ネタ)み恐れて虐殺(ギャクサツ)した、馬鹿で小心な勝者によって、自己正当化のために作り・広められた、【虚言(キョゲン)】以外の何モノでもないのだ。
しかしそうは言っても、世界中でこの手の【歴史誤認】が修正される事は無く、権力者による虐殺(ギャクサツ)と報復のテロが、《アメリカ》・《ヨーロッパ》から《アフリカ》・《アジア》に至る諸地域で繰り返されていて、
日本でも、「日中戦争で《朝鮮人》や《中国人》を虐殺する事に努めていれば良かったモノを、アメリカを相手にした太平洋戦争を始めて【歴史の真理】の遂行を怠ったばかりに、今に至っても《朝鮮人》や《中国人》から日本が苦しめられている。次の戦争では、全ての《朝鮮人》や《中国人》の地上からの抹殺(マッサツ)だけを目指さなくてはなかない(!)」と鼓舞(コブ)する《日本人》は、決して少なくないし、
世界中では、「《ユダヤ財閥》や《キリスト教福音派》や《イスラム原理主義》というレッテルを悪意を込めて大量に貼り合い、ユダヤ教徒を見れば《ユダヤ財閥》と、キリスト教徒を見れば《キリスト教福音派》と、イスラム教徒を見れば《イスラム原理主義》と決め付け、地上からの根絶が必要だ(!)」と罵(ノノシ)り合い、容赦ない対立が激化する一方なのだ。
こう言った【歴史誤認】を人々が何の躊躇(チュウチョ)もなく公然と叫(サケ)べる背景に有るのが、「『庶民の自然な繁殖と自由な役割分担』という歴史における真実の全容を封印し、標本のように目に見える形で残されている《過去の事件や出来事》を殊更(コトサラ)に【部分解禁】し、それによって歴史を転換させる【特殊性】の存在を演出し、【競争の原理】によってより良い歴史が作られていると宣言しながら、人類は伸(ノ)び代(シロ)を失って、自(ミズカ)らその歴史に終止符を打とうとしている」という客観的事実に大多数の人々がまったく気が付いていないという現実であり、
それは、そういった客観的事実に気が付くのに欠かせない、【特殊性】の存在認識とは対極に位置する《物事の一律性の普遍化》の必要性を理解する認識能力を、人間が基本的に持ち合わせていない可能性がある事を示唆(シサ)していていて、それがもし本当だとすると人類存亡の危機と言える大問題となってしまうのです。
しかしようは、真実の全容である《物事の一律性》に合致(ガッチ)するコトが、それが【部分解禁】であるから出来ただけだというのに、それに対して自分や他者たちが何の疑いもなく【特殊性】を認識しているコトに、キチンと疑問を抱(イダ)き、
それと同時に、自分や他者たちが抱いている【特殊性】の存在認識・価値認識から紐解(ヒモト)いていって、真実の全容である《物事の一律性》の存在を突き止め、自覚し、
その上で、《物事の一律性の普遍化》の必要性を理解し、意識として感じられる所までたどり着くのが、とても面倒(メンドウ)で、とてつもなく厄介(ヤッカイ)な事なので、ただ説明しただけではたぶん誰も解ってはくれないだろうというと思うので、
下記に、少し極端な言い方での一般常識への問題提起をしてみますので、【特殊性】の可笑(オカ)しさと、《物事の一律な普遍性》の存在を感じてみて下さい。
最近のテレビ番組の影響もあってか、『中国の古い青磁や白磁』や『日本の古備前や古伊万里や楽茶碗』や『マイセンの食器や人形』や『ロイヤルコペンハーゲンの絵皿やブルー・フイッシュ』や『ジュモーのビスク・ドール』などの、古い陶磁器や骨董品などに価値を認識してしまうのは簡単だし、
そういった高価な『古美術品』に関する系譜が価値の裏付けとして研究されている事に疑問を発する人間も居ないために、そういった一般生活からかけ離れた【特殊性】の時系列こそが【文化の歴史】だと言って憚(ハバカ)らない《権威主義的な文化の押し売り》連中ばかりがデカイ顔をしていて、
庶民のありきたりな生活の中で行われる、ささやかな楽しみや喜びを追求する《昔から一律で変わらない》本当の文化が、低俗志向だとか悪魔的行為だとか言われて否定的に見られてしまって、一般庶民にとって住み難い世の中にドンドンなって来ているのですが。
『古美術品』が持つに至った【特殊】な造形がワザワザ作られた背景には、必ずその当時の一般庶民の生活や文化があったという事に関心を抱く人間も少なく、現代生活を支えている耐熱樹脂の食器やグッズなどの『便利さ』や『手軽さ』を《低俗さの象徴(ショウチョウ)》だとか、《悪魔による人間性への誘惑(ユウワク)》だとか言って警告し批判する人間はいても、キチンとその意義を《庶民の生活や文化の継承を踏(フ)まえて肯定的に》考えられる人間は相当に少なくて、
庶民が【歴史】に翻弄(ホンロウ)された生活の中で《昔から一律で変わらない》文化をどの様に継承(ケイショウ)して来たのかや、今が庶民の文化の継承にとってどれだけ危機的な状況にある時代なのかをまったく理解していないためなのか、
カタログの一品々々に【特殊性】という夢を抱(イダ)かせる《より高い価値認識の手法》に踊(オド)らされて“物”に拘(コダワ)ってしまい、これまで引き継がれて来た目の前の《昔から一律で変わらない》文化を時代遅れで厄介(ヤッカイ)な“コト”だからと言って、無闇に切り捨ててしまう人間ばかりで、
このままでは、単なる【特殊】な造形物は作られても、《昔から一律で変わらない》文化という『普遍性』をベースにした【特殊】な造形が創られるコトさえ無くなってしまう時代が来てしまうかもしれないのです(!)
と言うコトなのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《E=mc²》【8月17日・土】改正版
『E=mc²の普遍性』の存在とは、「『質量』と『エネルギー』の交換が恒常的に『E=mc²』で行われていて、それによって万物の物理学的現象が支障なく惹(ヒ)き起こされている」という物理学の基本概念であり、
『アインシュタイン』の『E=mc²』と言われているモノとは、「『E=mc²』とは、『質量』と『エネルギー』を変換する事が出来た時の、《『質量』と『エネルギー』の変換式》である」と、核の脅威を背景にした覇権を争う者達によって、魔法のような幻想を抱かせるために、わざと引き立つよう限定的に【部分解禁】されたモノである。
『質量保存の法則』と『エネルギー保存の法則』の2本柱を原則として成立している『既存の物理学』は、放射能に過剰反応して作られた『E=mc²はパンドラの箱』説によって魔女狩りに遭(ア)い過酷(カコク)な邪魔をされようとも、『量子力学』諸説が個別に乱立して『E=mc²』の全容についての人々の関心が薄れてしまう前に、『E=mc²の普遍化』による全面的な書き換えをして置くべきであったのだ。
現代のエリート物理学者や核技術者たちは、「『質量』と『エネルギー』の変換が恒常的に『E=mc²』で行われていて、それによって万物の物理学的現象が支障なく惹(ヒ)き起こされている」という物理学概念の全容を隠蔽(インペイ)し、
『質量』と『エネルギー』の変換が顕著(ケンチョ)に現れる『核反応』をクローズアップし、『核物質』を『核エネルギー』に効率良く変換しては、『質量』から巨大な『エネルギー』を取り出していると、魔法使い気取りを演じ、
原子力発電によって核兵器の原材料である『プルトニウム』を製造・保有して、世界を相手に覇権を争う日本のような国家にまで、媚(コビ)を売っているのだ。
しかし、頭の悪い科学者や文化人の方が圧倒的に多くて、「『質量』と『エネルギー』の変換が恒常的に『E=mc²』で行われていて、それによって万物の物理学的現象が支障なく惹(ヒ)き起こされている」という物理学概念の全容にまったく気が付かず、
『E=mc²』とは、人間が制御できない危険な法則を紐解(ヒモト)いてしまう【パンドラの箱】であり、《核エネルギーの利用・開発》とは、傲慢になった支配者が神の領域に踏み込んで天罰を受ける【バベルの塔】であると決め付け、「人間の知識にもぐり込み、破滅の手段を解き明かすカギとなってしまう『E=mc²』は、追究してはならない禁断の法則である」と断罪し、「すでに人類が手に入れてしまった『核エネルギー』ではあっても、利用を制限すべきである」と言い立て。
『光エネルギー』と『放射線エネルギー』の共通した特殊性を無視した非科学的認識が一般常識化され、【電気】は『光』が出ていても誰も気にせず利用しているのに、『放射線』への正しい理解が“悪魔の信仰”として嫌悪・拒絶されて、日本の官邸前などでは「『放射線』を撒(マ)き散らす【核】は絶対禁止(!)」とステレオタイプで叫(サケ)ぶ活動家で溢(アフ)れていて、
『プルトニウム』の製造・保有という日本の国家安全保障の政策のために、研究途上にある【核】を利用する《核施設の建設》の危険性に目をつむる官僚・政治家たちの、格好の目隠しになっているのだ。
そして今の一般市民にとっては、「『E=mc²』とは、『質量』と『エネルギー』を変換する事が出来た時の、《『質量』と『エネルギー』の変換式》である」というのが物理世界の真実であり、『アインシュタイン』の『E=mc²』であると広く知られていて、
この事にワザワザ異を唱えるのは「【核】は絶対反対(!)」と叫んで目立ちたがっている『活動家』か、暴力で自己主張をする『テロリスト』ぐらいのモノ」だと、広く認識しているせいなのか、
私【ちび猫】が真実の【全容解禁】のために主張する「『一般物理学』における『E=mc²の普遍化』の早期導入実現」は、どうしたって、“悪魔の信仰”の布教をしているようにしか見られないのだ。
しかしもっとも厄介(ヤッカイ)なのは、自分の科学者としての比較優位性を絶対優位性にしてしまおうと、『E=mc²の普遍性』に気が付きコッソリと利用して、『量子力学』諸説を唱(トナ)えている最先端の物理学者たちで、
『アインシュタイン』の『E=mc²』を【部分解禁】した「『E=mc²』とは、『質量』と『エネルギー』を変換する事が出来た時の、《『質量』と『エネルギー』の変換式》である」という事には何の疑問も挿(ハサ)まず、自分たちも別途(ベット)に『E=mc²の普遍性』から【部分解禁】してきた『量子力学』諸説を用いて、【特殊】な“空間”の【特異】な“現象”を高度な英知で扱(アツカ)う魔法使い気取りを演じてしまうために、『E=mc²の普遍性』の存在が人々からドンドン見え難くなり、『E=mc²の普遍化』に関心がもてなくなる一方なのだ。
世界中で開発競争が繰り広げられていると話題になっている『ヒッグス粒子』も、やはり『E=mc²の普遍性』から【部分解禁】してきた『量子力学』諸説であり、こういった【特殊性】の存在認識を人々にスリ込ませるモノが、先端科学として持て囃(ハヤ)されるものだから、物理学における『E=mc²の普遍化』作業が遅々(チチ)として進まず、『E=mc²』のアインシュタインによる発見から100年以上も経過しながら、『E=mc²の普遍化』による『科学革命』が始まらないのである。
『E=mc²の普遍化』による『科学革命』が起こらないまま、【特殊性】を認めない真実の【全容解禁】が封印され続けて、ただ何百年間も時間だけが推移した科学の末路を、意図せず的確に描き出しているのが、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の《波動エンジン》という【特殊】な“空間”と、《波動機関のエネルギー》という【特異】な“現象”であります。
人類は宇宙を崩壊させてしまいかねない《波動機関のエネルギー》を手に入れ、そのエネルギーを発生させる《波動エンジン》の仕組みを構築し、それを推進力と攻撃力に利用した『宇宙戦艦ヤマト』を建造して、人類の危機を救うべく戦いを続けるというのがアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の設定で、
アニメ制作者たちは、【核エネルギー】問題において《核兵器》と《平和利用》で揺(ユ)れる今の世界情勢の危うさを揶揄(ヤユ)しようとしたのだろうが、結局は「物理学者が自分の優位性を絶対的なモノとしたいが為に犯してしまう、真実の全容を隠蔽(インペイ)した上でその部分解禁をする事による、魔法性を生み出すトリック行為により、世界中の一般市民の無意識の中に【特殊性】の存在認識という非科学的な科学観が捏造(ネツゾウされてしまい、科学の【特殊性】に対して抱(イダ)いてしまう【パンドラの箱】という拒否的な意識や、保身的な物理学者たちが【部分解禁】してきた手持ちの諸説を持ち寄って【真実の全容】を見えにくくしてしまう壮大な仮説の構築が進行していって、科学のパラダイムがドンドン硬直していく現代科学の歪(ユガ)んだ構造」が、【特殊性】の塊(カタマリ)である《波動機関》に象徴(ショウチョウ)されてしまったのである。
『E=mc²の普遍性』という物理学における真実の全容を封印し、『核エネルギー』という部分解禁によって【特殊性】の存在を演出し、『量子力学』諸説によって素粒子と宇宙の関係を突き止めるに至ったと宣言しながら、人類は放射能による存亡の危機に立っていて、
“『生物群の編成』の更新機能”という生物学における真実の全容を封印し、《遺伝子の変異》という部分解禁によって【特殊性】の存在を演出し、『遺伝子操作』によって生命の進化を人間が自在に操(アヤツ)る段階に入ったと宣言しながら、人類は自然環境を崩壊寸前まで追い詰めていて、
『庶民の自然な繁殖と自由な役割分担』という歴史における真実の全容を封印し、標本のように目に見える形で残されている《過去の事件や出来事》を殊更(コトサラ)に【部分解禁】し、それによって歴史を転換させる【特殊性】の存在を演出し、【競争の原理】によってより良い歴史が作られていると宣言しながら、人類は伸(ノ)び代(シロ)を失って、自(ミズカ)らその歴史に終止符を打とうとしているのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《進化論》【8月16日・金】改正版
『生物の環境耐性進化』というのは、『生物群の編成』の更新が日常的に起こっている状況のコトであり、大きな【環境の変化】が発生した時でも即座に適切な更新が行われる、柔軟性に優(スグ)れたモノであり、
『ダーウィン』の『進化論』では、「生存競争で勝ち残るために《遺伝子の変異》が起こったモノが、進化であり。そう言った《遺伝子の競争》が連綿と繰り返されてきた結果が、今日(コンニチ)の生物界である」と、血統主義の貴族たちが特権階級を維持している事の自己正当化のために、《遺伝子の競争の原理》が【部分解禁】されているが、
《遺伝子の変異》こそが【環境の変化】であり、『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》が生物界の中に容認・吸収される事によって、今日の生物界が出来上がったのである。
然(シカ)るに、エリートの医学者や生物学者やたちは、「『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》という【環境の変化】が、適切な形で生物界の中に容認・吸収される」という【生物学の全容】の“真実”を隠蔽(インペイ)し、
『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』の持っている即応性の高さを巧妙(コウミョウ)にコッソリと利用しつつ、人間に都合の良いように特定のモノの《遺伝子の変異》を強行しては、生物の進化を自在に操作していると、魔法使い気取りを演じ、血統主義の特権階級に媚(コビ)を売っているのだ。
しかし、頭の悪い医療関係者や科学技術者の方が圧倒的に多くて、「『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》という【環境の変化】が、適切な形で生物界の中に容認・吸収される」という【生物学の全容】の“真実”が隠蔽されている事や、血統主義の暗躍(アンヤク)に気付かず。
「人間が病気に敗れる時の敗因は《劣等な生物群の暴走》を防げなかった事であり、人間が病気に勝利する秘訣は《劣等な生物群の排除》である」といった【支配の論理】の受け入れと、徹底によって、人間は『安住の地』を手に入れる事に成功するのだと、世界中の医療関係者が思い込んでしまい、
「人間の生活環境を【消毒・殺菌】すれば病気にもならず、怪我(ケガ)をしても悪化させずに済む」と宣伝され、【消毒・殺菌】を公衆衛生の基本として世界中に広めてしまい、突然に《遺伝子の変異》を起こして人間の営みに害をなす『ウイルス』・『細菌』が発生したとても適切に容認・吸収するハズであった“『生物群の編成』の更新機能”が、地球規模で破壊されてしまった為に、《突然変異》による殺人『ウイルス』・『細菌』の発生が世界各地で頻発していると最近特に話題になっているのだが、
『WHO:世界保健機関』までもが、血統主義の暗躍による【支配の論理】に侵(オカ)され、“『生物群の編成』の更新機能”の危機的状況に無頓着でいて、「人類の存続が脅(オビヤ)かされる事態であるから、【消毒・殺菌】のさらなる徹底と、『遺伝子操作』のさらなる技術開発により、《突然変異》による殺人『ウイルス』・『細菌』の発生の阻止と、発生してしまった場合の万全の対策準備をして置かなくてはならない」などと世迷い言を言う始末であり、
環境や農業に関係した科学技術者に至っては、人間生活に合わせた『EM菌:有用微生物群』などを開発し、「人間は自然との共存を目指す必要がある」などと宣伝して散布を促(ウナガ)し、【消毒・殺菌】の後に続く目先の金儲(カネモウ)けを目論(モクロ)んでいる振りをしてはいるが、
「自然に目を向けた振りをしながら、実際には自然からは何も学ばず、人間の営みの都合を押し付けて人工的に合成される、“『生物群の編成』の更新機能”を持たない『EM菌』を意図的に開発し、『WHO』が進める【消毒・殺菌】の後に金儲けを名目に『EM菌』を大量散布して、地球の“『生物群の編成』の更新機能”に止(トド)めを刺(サ)し、地球上に人間生活を頂点にした完全な自然環境を構築する」という悪魔的な【支配の論理】に侵されていて、
「人類が自然に勝利し、絶対の支配者として君臨する事で、敗者である既存の《劣等な自然》を排除し、勝手な《突然変異》などを起こさない新たな《厳選された自然》を自由に組み立てる事が出来て、それによって《本当の自然》の構築が完成する」という【競争の原理】の実践者に成り果(ハ)てているのだ。
そして今の時代の一般市民はというと、『ダーウィン』の『進化論』から【部分解禁】された《遺伝子の競争の原理》を生物界の真理として認識していて、そんな『進化論』に反論するのはカルト教団の類(タグイ)ぐらいのモノだと思っているものだから、
私【ちび猫】が作る、【自然のバクテリア群】からなる“『生物群の編成』の更新機能”を生かした『生きた水』に、どれ程の効果と可能性が有ろうとも、その有効性の根拠となる考え方が、《遺伝子の競争の原理》と違うモノだと言うだけで、誰もが顔をしかめて、まったく相手にしてくれないものの、
【ちび猫】と同じように、「『生物群の編成』が随時・柔軟に更新される『生物の環境耐性進化』によって、特定種の《遺伝子の変異》という【環境の変化】が、適切な形で生物界の中に容認・吸収される」という【生物学の全容】の“真実”や、血統主義の暗躍による【支配の論理】に気が付ければ、『生きた水』を利用した快適生活が送れるのは勿論(モチロン)の事、
化石燃料をエネルギーとして利用する上でネックとなっている『CO²:二酸化炭素』の排出による環境破壊が、本当は、核エネルギーの開発や、『CO²』問題に関わる諸々(モロモロ)の産業の維持のための特権階級によるトリックであり、お金儲(カネモウ)けを名目にした土地利用に拘(コダワ)って生産性を重視した開発ばかりをしていて、『CO²』の削減を目的とした雑木林・雑草地の積極的な保全・拡大を避(サ)けている事が、『CO²』問題の隠(カク)された原点であると理解でき、
『CO²』問題の解決のためとして難題を抱えながら取り組んでいる、核エネルギー開発や諸々の産業界での研究・開発において、「難題であるという事の裏には隠れた危険が潜んでいるモノだ」という【難題が難題である事の意義】が無視され、不用意に研究が進められて、危機的な状況が知らず知らずの内に進行している今の状況に気付く事も出来るのだが、
もしもこのまま、『CO²』問題の解決策を既得権益者に言いくるめられるまま野放しに進行させてしまうようであれば、地球の自然環境が近い将来において崩壊するのは確実であるし、エリートに期待をしても、中途半端に頭の良い科学技術者ばかりがこうも揃(ソロ)っていては、特権階級に媚(コ)を売るばかりで危機の回避など望めそうになく、地球環境の崩壊は時間の問題となってしまうだけなのだ。
さらには、突然変異を繰り返してきた生物の化石標本だけにスポットライトを意図的に当てて、「遺伝子の突然変異が生物の進化である(!)」と血統主義の特権階級に媚びた【魔法性】が加味される【部分解禁】の形で発表がなされ、そんな見た目の優位性の標本でしかない形だけの進化を演出していた《真の進化の立役者》である“『生物群の編成』の更新機能”が一般の人々には知らされずに封印されたまま今に至り、【消毒・殺菌】が徹底され、『EM菌』が散布され、ついには『遺伝子操作』や『ips細胞の発見』で生命の進化を人間が自在に操(アヤツ)っていると人類の勝利宣言までしてしまって、人類を取り巻く自然環境を崩壊寸前まで追い詰めてしまっているのだが、
それと同じ様に『人間の歴史』においても、歴史が記述される時に、歴史家によって特権階級に有利な事件や絵になる出来事が選りすぐっられ、打算的に編集されてきて、《真の歴史の立役者》である柔軟で即応性の高い『庶民の自然な繁殖と自由な役割分担』の事が、長年に渡って等閑(ナオザリ)になっていた為に、庶民の生活は自然からかけ離れた自由の無い画一化されたモノとなり、ついには『大国の思惑』や『世界経済』や『世界宗教』における【競争の原理】によって歴史が作られていると人々が言い切ってしまうに至って、人類は伸(ノ)び代(シロ)を失い、その歴史に終止符が打たれようとしているのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・『競争の原理』の正体《概論》【8月27日・火】改定版
勝者が栄え敗者が淘汰(トウタ)される『競争の原理』とは、様々な分野のエリートや学者たちが、≪自己保身や主導権争いの末に至る勝者を無節操に利用し、真実を【部分解禁】する手法によって【成功の魔法】を演出し、それによって作られた各分野の勝者の【特殊性】を、巧妙に繋(ツナ)ぎ合わせて行く行為≫を、『神』の名を騙(カタ)って「《人間の最善の有様》を作っているのだ」と言っている暴挙(ボウキョ)であり。
無限にあった人類の可能性をドンドン削(ソ)ぎ落としながら、{一本の道筋を形成させるように}現在進行形で創られている、{人類に墓穴を掘らせているような}閉塞した真理である。
それは、今までの人類史の中で、幾万もの大切なモノをそぎ落としてしまい、幾億もの欠かすことの出来ない者たちを淘汰してしまったという、想像するのも恐ろしい程(ホド)の状況を惹(ヒ)き起こしていて、
そんな絶望的な閉塞感の中で、人間は不安感と恐怖心に苛(サイナ)まれ、不安感の解消の為に『お金』に【魔法エネルギー】を付加して《価値を貪(ムサボ)るような経済』を発展させ、恐怖心の解消の為に『唯一神』に【創造主】を付加して《神への償(ツグナ)いとしての唯一神教》を発展させて来たので、
『世界経済』の発展は世界中に経済格差や貧困問題を絶え間なく惹(ヒ)き起こし、
『唯一神教』では『神』ばかりを見て人間(相手)を見ないので、『唯一神教』の世界進出は世界中で『神』を巡っての争いを惹き起こしている。
さらには、現状での科学分野に限(カギ)ってみても、エリート科学技術者がその傲慢(ゴウマン)さを償うかのように、科学の枠組みとされているが現実には《物事の普遍性を人間の理性が拒むように仕組まれた定義》である『パラダイム』がドンドン硬化・縮小されていて。
どの科学分野においても、「既存の科学の中での【部分的な解禁】の縛(シバ)りを打ち破り、【特殊性】を唱(トナ)える先端科学技術と対(ツイ)をなす『パラダイム』という科学的枠組みと定義されるモノが《無用な制限》であるコトを見抜き、【物事の真実】の【全容の解禁】を目指す【普遍化作業】により開放される『真の科学革命』を達成させる事」など、夢のまた夢のような状況にあるのです。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
・【価値】の“解禁”は子供の漫画から始まる【7月16日・火】改正版
【モノの価値】の“全容”が『封印』され、世界のエリート《錬金術師》が“部分解禁”によって【価値】を独占していて、【有価証券・貴金属等の資産価値】が《魔法》のように創作されている。
しかし、現状の世界経済システムにおいて、この事に多くの日本人が何らかの疑問を持ちながらも、何を如何(ドウ)したら良いのか分からないし、日本の銀行に預金をしてもほとんど利子が付かないので、【株の短期売買】などの投機性の高い【有価証券】の取引についつい手を出してしまうと言うのが、日本社会の『閉塞(ヘイソク)した』現状なのだ。
そして、まさにこの『閉塞している』という問題がありながら、何もせず、その事を無視して、投機性の高い【株の短期売買】という取引に日本人がついつい手を出してしまう事こそが、日本国内において【価値】が日本人に“部分解禁”しかされていない事の証(アカシ)なのだ。
皆さんは、少女たちに多発する『プリキュア問題』という【イジメ・仲間ハズレ】の話しを聞いた事がおありか。
【正義】の味方であり【友情】を尊ぶ設定・ストーリーの、『プリキュア』という何年も続くシリーズ構成の少女向け人気TVアニメがあるのだが、
その『プリキュア』を巡って、少女たちの間で男の子も巻き込んでのたちの悪い【イジメ】や【仲間ハズレ】といった【差別行動】が頻発(ヒンパツ)しているらしく、
特に幼い子供を持つ親たちが地域で一致団結して、『プリキュア』を子供たちに見せない運動をしているというのだ。
子供たちが、見ている『プリキュア』から【正義】や【友情】の事ではなく、その『番組』としての正統性や知名度によって『プリキュア』が価値の高いモノになっているという【《魔法》が生み出す“特殊性”】を学んで、【差別行動】をする自分の正統性の理由作りや、仲間作りに利用してしまったモノだし。
親たちの方も、『プリキュア』の【正義】や【友情】をテーマにした内容を無視して、TVアニメの持つ【《魔法》の“力”】に恐怖感を抱き、『プリキュア』さえ子供たちに見せなければそれで事は収まると考えるに至ってしまったモノなのだ。
しかし、もし子供たちが安易な《魔法》の【魅惑的(ミワクテキ)な価値】に毒されずに、『プリキュア』から【正義】や【友情】を学んでいたなら、
また親たちが《魔法》の【張りぼての価値】に臆(オク)せず、『プリキュア』を題材にして子供に【正義】や【友情】を教えていたなら、
『プリキュア問題』というモノも起こらなかったと、簡単に結論を出して、話しを終わらせてしまいがちなのだが、
この問題はそんな単純構造のモノではなくて、多方面の問題と密接に絡(カラ)み合った、裾野(スソノ)の広い問題なのだ。
日本の一般投資家たちが、投機性の高い【株の短期売買】という取引にのめり込んでいて、日本の『バブル経済』の崩壊の時から今に至るまで、海外の《錬金術師》に利益を吸い取られて、散々に大損をして来ているのだが、
しかしだからといって、《エリート錬金術師》の生み出す【“皆がやっている”という《魔法》の旨い汁】の誘惑には逆(サカ)らえず、自分の好きな会社や頑張っている企業の育成のために【株の長期保有】をするという『自己決断』に思い至る事がどうしても出来ないでいるのと、根っこの所は同じなのだ。
また、日本の選挙では以前から、大方の勝敗と、その結果から導きだされる問題点が言われていながら、その通りの選挙結果となり、言われた通りの問題が発生して来ていたのだが、
しかしだからといって、《エリート予言者》が予言する【“皆がその党に投票する”という《魔法》の旨い汁】に日本人はどうしても逆らえないのか、毎度毎度予想通りの範囲の結果に収まっていて、選挙における『日本人の覚悟』によって政治家に厳しい審判が下される事が無いのとも、根っこの所は同じなのだ。
【価値】というモノに対して、日本人は『寄らば大樹の陰』のエリート頼(ダヨ)りであり、
エリートの作り出す【価値】に、《魔法》という幻想を抱(イダ)き、永遠の繁栄の夢を投影しているのに、
その《魔法》の【価値】によって問題が発生すると、途端(トタン)に祟(タタ)りや天罰だと騒ぎ立てて、ヒステリックに拒絶するが、
一度捨(ス)てられた【価値】を自分の意志で掘り起こしたり、誰も関心を示さない【価値】を自分の主張として創作したりする事には、まったく思い至れないという状況に、日本人は置かれているのだ。
しかし、子供の頃から漫画を読むにあたって、知名度や評判の良さといった他人が付けた漫画の【価値】を自己の正統性にすり替えていい気になってしまったり、漫画の人気の高さによる【価値】を自信のモノにすり替えて仲間作りのダシにしてしまったりするような、漫画の【価値】の《魔法》としての利用法の危険性を認識し、
自分の希望する生き方と同調した漫画を自己表現として厳選して読み、お気に入りの漫画に見合った自身になるための切磋琢磨(セッサタクマ)を怠らない事で、
自分の意志と主張によって、埋(ウ)もれていた【価値】の存在を再認識したり、みんなが避(サ)けている事の中から【価値】を発見する先駆者になったりする事に、もっと前向きな人間になれるのだ。
そして、そんな大人がもっともっと増える事で、【価値】の“全容”の『封印』が日本人に解禁される事となり、
《魔法》の【価値】として“部分解禁”されているコトによって惹(ヒ)き起こされている『閉塞した』諸問題が、ようやく解消されるのだ。
俺が《極悪人》になればいいんだろ、《極悪人》に(!)。・・・クソ、俺は必ず死んでやる、フン(!)。
~~~第0055号先頭へ~~~
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