闘う男その1

厚生労働省指定の難病(原発性アミロイドーシス)と闘病中です。
雑談も含め、いろいろお話ししましょう。

無事でよかった

2011年03月28日 11時46分17秒 | Weblog
今日、10時半頃突然電話があった。見慣れない携帯の電話番号であった。
電話に出ると、電話の向こうで”岩手のSです”との声があり、すぐに家内に電話を代わった。
震災以来家内がずーと心配していた”Sさん”からの電話であった。
まずは本人とご主人は無事であることは確認できた。
なんともうれしい電話であり。無事でよかった。

このSさんの岩手県の山田町にお住まいで、当日は偶然仕事のことでご主人の事務所にいて地震に遭い、ご主人のとっさの判断で車で高台の山の方へ避難したそうです。
そのため津波からは逃れることができたようです。
しかしながら、友人知人の多くの方が被災し、そのショックと悲しみから抜け切らない様子です。
山田町の報道の写真などをみると壊滅状態ですが、本人もご主人も復興に向けて自分のやるべきことを見据えているようでした。

でも、よかった~~~!!!
辛い日々が続くことになりますが、是非がんばってほしいし、お手伝いできることがあれば協力したい。

未曾有の災害

2011年03月20日 10時14分24秒 | Weblog
東日本を中心とする巨大地震と津波に襲われ、早10日が経過しようとしている。
亡くなられた方々には哀悼の意を表するとともに、被災された方々にはお見舞い申し上げます。
誠に悲惨な状況であり、日本の国内でここまでの大災害が発生するとは思いも寄らなかった。
ここは日本人全員でこの国難を乗り切らないといけないし、いま私のできることは募金ぐらいしかないと思うが!!!
家内の友人で岩手県の山田町に嫁いでいる方がおり、安否が判らず心配している。
岩手県の広報や各ブロバイダーの安否機能(パーソンファインダーなど)でチェックをしているが判明していません。無事を祈りたい。

そんな中、スーパーの棚は商品が空になっていることは承知で買い物に出掛けた。
想像通り棚は白く空虚なものであった。肉と野菜はじゅうぶんあるので、肉と野菜を買ってきた。
買い物への道すがら、近所の「もくれん」の花が咲きはじめた。
何事もなかったように咲きはじめた。
毎年、青空に咲く「もくれん」の白い花に圧倒されていたが、今年は大災害の後ということもあるのか、いまいち感動がない。
いよいよ春なのに災害地ではまだ寒く辛い日々が続くのであろうが、がんばってほしい!!!



私共は皆無事で、暖かい部屋で満ち足りた生活をしている。改めて満ち足りた生活への感謝と自戒をしている。
ここのところ計画停電が実施され、夜間でも停電がある。少ない電力をみんなで分け合って使うことしかないのであろう。
久しぶりにローソクの明かりと厚着で夜のひと時を過ごした。
ローソクの明かりの中でいろいろ話をしていたが、何か落ち着いてゆったりとした話がでたきように思えた。
ローソクの明かりもいいものだ。



早春賦

2011年03月04日 13時41分23秒 | Weblog
ここ二三日芳しくない天気で、雨が降ったり寒い日が続いた。
今日は打って変わって快晴であった。風は冷たいが気持ちのいい天気である。
そんなことから、ここ二三日は外出をする気にもなれず、冬眠状態であったが、
今日は散歩に出たくなった。
庭の草木や野山はもうそこまで春が来ているようである。早く暖かくなるといい。
また、この時期いつも思い出す歌がある。それは「早春賦」であるが、
時期的には少し遅いかなあ?

富士山はここ二三日で白さを増したようだ。



梅は満開であり、あじさい、しゃくやくは芽吹いてきた。








早春賦
作詞 吉丸一昌
作曲 中田 章
大正2年


1.春は名のみの 風の寒さや  
  谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず  
  時にあらずと 声も立てず

暦の上では春になったといっても、まだまだ風が冷たく、寒く感じます。谷で冬を越した鶯が、春になって里に下りて、あの美しい声で春を告げようと思っています。しかし、まだ、風が冷たく、春にはもう少しだということで、まだその時ではないということで、鳴き出すのをやめて、声を潜めて、春をじっと待っている。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
  さては時ぞと 思うあやにく
  今日もきのうも 雪の空  
  今日もきのうも 雪の空

池に張った氷は解け始め、そこに生えている葦の芽が出始めてきました。さあ、やっと春が来たかな、と思いきや、昨日も今日もまだ空はどんよりして、雪が舞っています。明日は、晴れるかなと思いながら、空を眺めています。

3.春と聞かねば 知らでありしを  
  聞けば急かるる(せかるる)  胸の思(おもい)を 
  いかにせよとの この頃か 
  いかにせよとの この頃か

暦の上ではもう春になったよと聞かなければ、そんな気持ちにはならなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、この待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいかわからないくらい、最近の季節の変わりの遅さであろうか。立春と聞くと、私も、こんな思いになります。

追記:若者達がこの歌詞の情景とか心情をイメージできるものか、ちょっと心配ではあるが、せめてこの歌詞の言っていることぐらいは理解してほしいものである。