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デザインとアート

2013-04-30 05:27:17 | 無題
デザイナーはよくアーティストと間違えられるが、

実際はアーティストとはまた違う。


アーティストは自分の個性を打ち出すものだ。

自分の内に秘めるものを押し出して、

それを絵や音楽や言葉などなどで表現する人達だ。

そしてそれに共感したり、共鳴してくれる人が、

お金を出して買ってくれる訳だ。


デザイナーはクライアントがいてはじめて仕事になる。

クライアントの目標や目的があって、

それのために有効な視覚的表現を考え制作するのだ。

それに対価が支払われる。


美術寄りの勉強をしてきた人は、

どちらもできるし、どちらもしていたりするから、

アーティストとしての側面も期待される。


逆にアーティストなのにデザイン的なことを求められて困る人もいる。


絵はすごくうまいのに、

うまく相手の要望が汲み取れない人はデザイナーになれきれていないのだ。

そこでアーティストよりの人は苦悩する。

自分はこの表現がいいと思うのに、

なぜ相手は受入れてくれないんだろう?

そこで、高名な美大を出ていたりすると、

相手は芸術がわからないからだ。とか、

感性が違うからしょうがないと諦めてしまう。

クライアントはただ違う世界観、

自分のブランドにあった質感などを求めているだけなのだ。

表現方法を否定されたからといって、

しょげることはないし、

技量があってその世界観の再現性も高いと思うのに、

大変もったいない話だ。


自分の個性ある表現方法にこだわると、

デザイナーは難しくなる。

ある程度売れだすと、

デザインとしてクライアントや商品のためにやったことでも、

よく感じ取ると、

デザイナーの個性が出ている。

逆にデザイナーであったとしても、

気づくか気づかないところくらいの個性はないと、

なにが特異なデザイン方法なの?となり、

気づくか気づかないかくらいのところでも個性があると、

ああいった感じのデザインにしてもらうなら、この人と

思い浮かべてもらえて、

あの人に頼めば間違いないだろうと仕事が勝手に来るようになる。


佐藤かしわや佐藤卓ー有名なアートディレクターと呼ばれるようにまでなったデザイナーだが、

ポートフォリオサイトを見てみると分かるとおり、

色使いなどで、

まるで名札でも付いているかの用に個性が出ている。

佐藤かしわにいたっては、

街であれ、これもしかしたらと思ったら、

間違いなくかしわの作品だとわかるほどだ。

ある一定のパターンがあり、

それを使い分けているようだ。

それでも売れ続け、

依頼が耐えないのは、

実績から、あの人に任せれば、ああいう感じになって、

実績もあるから間違いはないだろうという信頼からだ。


さて、アーティスト話に戻ろう。

イラストレーター

これもアーティストに入る。

イラストレーターとアーティストをわけるとすれば、

それはイラストレーターは若干デザイナーよりなところがあるということだ。

個性を持ちながら、クライアントの要望に応えるのだ。

イラストレーターはその個人の人に頼むべきと思わせるほどの

個性がないと仕事が回ってきにくい。

もしいろんなタッチのイラストが描けたらどうだろうか。

すごいだろうが、

あのタッチはこの人とは思い出してもらいづらいし、

どんなタッチでも、どんな構図やポーズにして描けるという人はなかなかいない。

それにもう既にあるタッチであらゆるように描けるようになるより、

自分独自のタッチを探す方に余年がなくて、

自分独自のイラストを研究する方に時間を費やすだろう。


なんといってもイラストレーターになるような人は、

自分の好きなものがはっきりしている人の方が多い。

だからあんな表現方法もできるようになりたいとあちこち試したりはせず、

自分の好きな表現方法を自由に選び、

のびのびと描く。

そんなところがアーティストと似ているところだ。

自分の好きな世界観、表現方法。

かれどもクライアントからこんな世界観のこんなポーズで、

ここに余白を入れてほしいとかいう注文が来る。

またはこの文にあったイラストをお願いと。

だからそれに合わせて、自分のタッチで描き、表現する。



そんなことを最近考えた。

デザイナーは個性がなくてもいいと思っていたが、

それは大きな誤りだった。

個性がなければ誰でもいいとなってしまう。

別にあなたでなくても別のデザイナーでいいとなってしまう。

私はそんな仕事がしたいわけではない。

もちろんやりとりのしやすさとか、

やりとりをする中で汲み取ってもらいやすくて、

このデザイナーさんがいいなと思ってもらえたらいい。

とはいっても、

そういうのは分かりづらいし、

表に看板にしておくには若干無理がある。

それにそんなところで仕事を取ったところで、

将来名のあるアートディレクターやクリエイティブディレクターのように、

あの人にすべてお任せしてみたいと

思わせることはできない。


「すべてお任せ」

これはデザイナーなら夢のある話ではないかと思う。

少なくとも私はそうだ。

隅から隅までブランディングをしてみたい。

クライアントのそれはどんな表現方法にするのが、

一番有効かと考えるのは大変だろうし、

有益でなかったらと考えると恐ろしいことだが、

うまくいったら大変喜んでもらえ、クライアントに利益もでる。

それだけやりがいがあることだ。



さてはて、

私は今までアーティスト面のことを

ほとんどやってこなかった。

自分の個性を打ち出すことなんて、

恥ずかしいし、受入れてもらえないだろうというのがなによりあった。


また出てくるが、

やはり母の反応の仕方がトラウマであった。


それでも試してみないとわからないし、

受入れてもらえる人が最初はあらわれなくても、

発表して試行錯誤を繰り返すことに意味があると思う。

その結果、いつしか受入れてもらえるところに辿り着くのだろう。

辿り着かずに亡くなり、

亡くなったあとに取り立てられるなんていうのは、

昔の画家ならよくあることだが。

そんなことは今は考えたくないし、

考えて尻込みしたところでしょうがない。


問題はそこではなく、

理路整然とクライアントの要求に応えてクライアント色でやってきた

デザインの仕事と、

その横にアーティストーまったくこれと個人を出せずに、

あっちこっちへとふらりふらりと表現方法が定まっていない作品を

並べてもいいものかということだ。


さらには、アーティスト面で描いた絵は、

このブログでわかるように私の荒れ果てた内面を表しているものもあって、

非常にグロテスクであり、

(表現方法がグロテスクというよりその世界観が)

見ている人にとって不安にさせるだろう。

この人にデザインを任せて大丈夫なのだろうか?と。


たとえば、気に入っていて、その表現にテーマがあればいい。

そうすれば話はついて、

ああこういうのが個人的には好きなんだなとなる話で済むのだが、

テーマもなく、

表現方法も一定しないようでは、

一体どうなっているんだろうか?と、

あまりにも駆け出し感がぬぐいきれないではないだろうか。

まだ暗中模索の段階なのだなと。

そうでなかったとしても、

まるで自分が定まっていない、

自分がまだ見つけ出せていない人のような、

こだわりのない軽い人のような、

アートが本当は好きではないのでないのでないか?というような、

まるで転職を繰り返してきた人に対する悪いイメージの面と同じような、

軽い印象を受けるのではないのかと。



いろいろ理由をあげたが、

一番の悩みどころは、

私の荒れた病んだ内面が表れている表現物を、

デザインの横に陳列させるかということだ。

さとられないで、

こんな絵も描きますよーとしておけるだろうか、

しておけないだろうな。

よくデザイナーでも、

自分のアート作品を横にならべておけている駆け出しの人がいるけど、

職場の人にもクライアントにも、

その自分の心の中を見せるような恥ずかしい状態をやってのけるなんて、

私にはできない気がする。


いや、できるんだけど、

したところでなにが起こるかわからなくて、

こわい。

あの人こんなこと考えているんだぁとか、

ええ、意外こんな病んでるんだ、こわ~いなんて思われて、

余計、遠巻きから見るみたいになったら嫌だなぁってこと。


前はできさえもしなかったんだけど、

ここまで失うものがなくなると、

それより年齢を重ねたからか、

若い恥じらいがなくなったのか、

もうバーンとやってみなきゃ若くないんだから、

やってみるしかないでしょ、

いつやるの?今でしょーみたいな。流行をはさんでみました。

いや、別にそこまで年取っている訳ではないんですけどね。

でも若いとかいってられるのも今の内しかないわけで。



これはよいドローイングだなと思っても、

なかなか、

発表するっていうのは、

恐いですよね。


これよいなと思うドローイングほど、自分の内面が出ているようで。

それを否定されたり、受入れてもらえなかったら、

自分自身を否定されたり、受入れてもらえなかったようで、

ダメージが大きいですよね。


それに知り合いに見せたら、

今までの私へのイメージにどんな打撃や衝撃を与えることになるかわからないです。


だって、私に対するイメージって・・・。


それなんです。

イメージって恐いです。


第一印象では、

優しそう、おとなしそう、まじめそう、素直そう

というのがあります。

それが話したり一緒の時間をすごすことで、

元気とか、楽しいとか、変とか、つかみどころがないとか、がんばりすぎるとか、

ちょっとめんどくさいとか、たぶんうっとうしいとか

になるわけですよね。

さらに、長時間すごすことで、

これは確かかわかりませんが、

心に闇があるとか、傷を抱えてるとか、重いとか、そういうたぐいでコワいとか

一番勝手だなと困るのが、

印象と違った

という理由で勝手に好印象を抱いておいて、

勝手に幻滅して離れていくパターンですね。


そんなやつは◯◯◯しまえと思うんですけどね。


ところで、いつから、ですます調になったんですか?


なんの話でしたっけ?

ああ、そう!

知り合いに見せたらイメージに与える衝撃のことでした。


今、良好な関係を築いている人たちって、

この第2印象あたりと、第1印象あたりをまぜた感じだと思うんです。

だからこそ良好な関係でいられてる。

つかずはなれず、

別に私を嫌ったり、特別に避けたりするわけでもなくという。

けれど別に向こうからなにか特連絡があるわけでもないです。

そういう関係ですから、

尚更、こんなものを見せて、

衝撃を与えたら、

どうなるかわからないなと。


そして定まらない表現方法に、

ファンなんてつかないだろうと、

弱気になるのであった。

私は応援してくれる人が必要だ。


だけど似たような業種業界の人間関係の中で、

嫉妬なく応援しつづけてくれるなんてことあるのだろうか。

応援してくれていても、

心の中で嘲笑したり、粗をさがしていたりしないだろうか。

そんなことより前に、

まず応援してくれる人自体が表れないかも。


やるまえから落ち込んでいます。

友達―ボヤキ、脱線

2013-04-30 03:10:07 | 無題
長期的な人間関係の形成を目指して。


関わり合った人のすべてを好きになるなんて、

到底無理だし、

受入れると頭で思っていたり、別に関係から好きにすればいいとか、

受入れているつもりでも、

心の底では、えーと思っている。


友達ってなんだろうか?

一緒にどこかへ行ったり、

くだらない話でも延々として楽しい、

そんな間柄ではないだろうかと思うし、

そういうのがなければ私は友達でいる意味がない思ってしまう。


一緒にいて楽しい、

話して楽しい、

それがあって、さらに、

友達以外の人にはなかなか話せない話を話したり、聞いたりする

―そんな仲が理想的だ。


そういえばカウンセラーの人も、

支えてくれる家族や友達がいれば―と話していた。

まず家族は到底無理で、

むしろ足をひっぱって貶めるようなこと―大変ふさぎこませるようなことばかり言う。

応援をするというのは、

どうも気分がすすまないらしい。


先日は少し落ち込んで電話したと言ったら、

私そういうのよくある、

落ち込んで連絡してくる人ばかりだわ。

私そういうのダメみたい。

とすぐに言われた。

延々と落ち込んだ話してくるの。

というから、

私は違うよ。なぜ落ち込んだかは話さないけれど、

励ましてくれるかなと思って。と言ったら、

なんだか急に憤慨しだして、

逆に私がダメだというところをあちこち思いつく限りつっつきはじめた。

とことん私を貶めたり、下に見えるような言い回しを見つけては、

そんなのは今は誰でも簡単にできるとか、

(デザイナーって今は誰でもできると言った。)

デザイナーと経理が一緒にできるようになればいいなどと言い出して、

非常に悲しかった。

デザイナーも経理も一緒にできるような仕事ではないし、

簡単になれる仕事ではない。

むしろ私は数学や簿記が苦手なので、

ムリだと断った。

それでも

それを言うのが気持ちいいのか、

まだ同じことを繰り返して言っていて、

こんなこともう何千回もあったけれど、

気持ち悪いなと思った。

いわゆる発情した猿か、

鬼の首でも取ったみたいな気違いっぷりを彷彿とさせるのだ。

そして私を責め続けるのをやめないので、

ついには私はさっき言っていたことと反対のことを言うことになった。

すると、

あんた嘘ぉをついたわね。あたしにうそをつくなんて許されないわよ。

あんた私に嘘をついたら痛い目みるから覚えていなさい

と言い出した。

なんという恐怖な言い回しだろう。

そしてなにかするというつもりなのか。

こんな言い回しは何回もしてきたけれど、なにかをするということもなかったし、

むしろそう予告していたところと違うこと―しないと宣言したことを、して私を悲しませて

ごめん、ごめんというようなことはあった。

それが実はそこと繋がっているというのだろうか。だとしたら恐ろしいことだが。

私は冷静になって、

脅したね。

と言った。それを聞いたか聞いてないかわからないが、

プチッと電話は切られた。

私はただ先日のハガキと賞品が届いたかなと思って

気軽に電話しただけだったのに。


母は私が成功しないのも気に喰わないし、

成功するのも気に喰わないのだ。

以前書いたテストの話と一緒。

よい結果でも一緒に喜ぶことはしない、

悪い結果ならとことん私を追いつめる。

それが常だ。


母は自分が誰よりも上と思いたいのだ。

そして敬ってもらいたいのだ。

自分は英検2級を取ったとか、

進学高校へ行ったといつも話していた。

私はすごいなぁと思っていたが、

実はそれがコンプレックスのようだった。

進学高校へ行ったのに、

母は大学へ行かせてもらえなかったのだ。

両親が小さい頃に離婚して、

新しい母親にできた弟の方がいつも優遇されていたと話した。

お金のかからない看護学校を見つけたのだが、

お金が掛かると思ったんじゃないの?そこも行かせてもらえなかった

と私に話した。

そんなに行きたかったのなら、

お金がかからないことを私のように必死に説明すればいいのに?

と内心首を傾げたが、言い出せなかったのだろうかと自分を納得させた。

そして就職先にエアラインのキャビンアテンダントを受けたが、

容姿がよくなかったから落とされたと私に話した。

あっけらかんと、でもおもしろくなさそうにフンといった感じjで話したその話は、

私が随分大きくなってから初めて話された話で驚いた。

両親が小さい頃に離婚したという話しか話されたことがなかったからだ。



両親が小さい頃に離婚するということは、

どれだけのことだろうか。

それを想像すると、

母のねじまがったような意見や感情が

ころころ変るのも、

嫌がらせも納得できなくはなくて、

私は小さい頃から、それを思って、

自分にしょうがないと言い聞かせてきた。


それでも私自身にも限界はあったようで、

ついに私も精神的に弱ってしまったのだった。


距離を置くことで、

何年も掛かったけれど、

自分をとりもどせていけている感覚が確実にあった。

小さい頃のまっすぐな気持ち。

人に甘えたり、なつっこくする気持ち。

人を素直に頼る気持ち。


以前より周りの人と関われるようになった。

それも周りの人が箱の外に出ている人ばかりだったからかもしれない、

人に恵まれていたからかもしれないが、

ここ3年くらいはいい人たちに恵まれた。

世界ってこういうものだったんだと、

広がった気持ちだった。


それでも、

やはり

まるで持っていた魔法が消えて使えなくなってしまうときのような、

夢の中で空を飛んでいたのに、うまく飛べなくなったときのような、

あれ?おかしい、うまくできない、うまくいかない、

と焦れば焦るほど、

そのうまくいっていたようにみえた人間関係は、

するすると指の間をすり抜けるように、

なくなってしまうのだった。



母に連絡を取ったー取ってしまったあとは、

特に。

自分の中が乱れていて、

箱の中に入ってしまっていて、

他の人ともうまくいかなくさせる原因をつくってしまう。




そんな訳だから以前の記事で書いたとおりで、

家族から応援なんて天と地がひっくりかえりでもしない限り、

残念なことに無理な話だった。

これは大変悲しい事実である。



残るは”友達”というものになる。

けれど、そんな環境で育った私は、

他人とうまくやっていけないでいる。

絶対なる応援などなければ、

悲しいときや落ち込んだときに話して、

それでも関係が続くという人は

できていない。


まさしく、

病めるときも健やかなるときも

助け合う相手など、

この世に見つけだせるのだろうか、

表れるのだろうか、

私はなれるだろうか。



嬉しかったのは、

「応援していますよ。」

と前出のイラストがうまい子に言われたことだ。

それでもその人に落ち込んだ話をしてしまったりしたからか、

徐々に縁遠くなってしまった。

今はもう応援なんてしてくれていないかもしれない。

もう、こちらへ来たときに一緒に遊ぶということはないのだろうか。

そしてたまには向こうから連絡してくれるということは、

ないのだろうか?


もう私から働きかけてうまくいく自信もない。


心に寒い風が吹いた。

長期的な友達

2013-04-30 02:36:44 | 無題
友達。

それができるときのことを思い出してみよう。


最初は確かに友達ができる。

意気投合し、

それいいねと言い合いながら、

お互いを応援しあったり、

尊敬しあったりしている感じだ。


時間が経つにつれて、

何回か時を一緒にすごすうちに、

相手の嫌なところが見えてくる。


職場の愚痴を言いながら自分は棚にあげる人。

自慢話を永延とする人。

一方で私の話は聞かない人。


逆に私もそれをしているかもしれない。

どちらが先か、そうこうしているうちに、

心底嫌になってくる瞬間が来る。


その形はいろいろある。

いつも慕って応援してくれていた人が、

いつも変らずにと思っていたが、

ある日、そういえば私から誘わないと、一緒にいることないなと思ったり、

私が慕っていつも働きかけるけれど、

もしかして実はそんなに嬉しくないのかも、めんどくさいと思われているかもと思ったり、

いつも連絡くれるけど、どうやら他の人にも一斉送信のような感じで連絡しているようだとか、

他にも友達いるみたいだから、私が無理しなくてもいいや、今月お金ないしとか、

いつもメールくれるけど、最近は自分の個展の案内ばかり、たまに世間話的なのとか、

誕生日やお正月にメールくれるのは、それのため、個展に来てくれる可能性がある人を

つないでおくためじゃないだろうかとか。



相手の真髄を見てしまうと、

自分の価値に焦点を当てずにいられない。

利用されていると感じると気持ちはよくないし、

それに応えてあげられないと関係性を保ちにくくなる。

それに相手は利用が得られるか焦点を当てていて、

なんとなくお茶を飲むおいう間柄にはならない。

なんとなく一緒に美術館へいっても、

どこかすれ違っているような寂しさみたいのを逆に感じてしまうのだ。

これ一緒に行く意味あったかな?とか。


そういえば

一緒に行く意味が大いにあった友達がいた。

人生ではじめてじゃないだろうか。

私はあとで気づいた。

一緒に行く人が違うと、こんなに楽しさが違うのかと感動した。

すごく楽しかった。

でも、

その人とも今はなんとなく疎遠だ。

理由は、私が落ち込んだ話を長くしてしまったからとか、

自慢話をしてしまったからだ。

それによく考えたら、それよりずっと以前から、

出合ったときから、私から誘ってばっかりだったことに気づいた。

唯一誘われたのは、一人暮らしの部屋に来て、

一泊していってほしそうにされたことだ。

ほしそうっていってもこれは明白だ。

じゃぁ帰るねっていっても、え!う~うううん~というような感じだ。

子供か。

そんな人だから誘うってことはあまりないのかもしれないが、

高校のときの友達には遠慮も恥じらいもなく、

気軽に誘っているのをSNS上で見かけると、

私との関係ってなんでしょうね?と距離を感じずにいられない。

やはり高校のころからの友達とは違うだろうが、

それでも、私の中ではすごくずっと親しくしていたい、

また一緒にどこかへ行きたいという気持ちがあって、

それでも、そのことに気づいて、

さらに地元へ戻ってから、また東京へ出てくることがあったのに、

連絡もなく、知った私が合える時間がないか軽く聞いたのに、

会える時間はありませんよと、

先回りするようにきっぱり言われたことが傷だ。


たまに強めの態度に出て、

笑いを取ろうとすることを見たことがあるし、されたことがあることを思い出した。

だとしてもそれが笑いに走ったためなのか、

もうちょっと会うとかいうのいやだと内心は思っているのかわからず、

誘うのは気が引けてしまう。

そんなわけでその人は私が誘わないと接点はないわけで。

どんどん疎遠になっていくのだ。


そういえば、箱の本にも、

自分が相手のことを嫌えば、相手は察知し、相手も自分のことを嫌いになっていく

ということが最初の方で書いてある。


私が相手のことを、いつまでも好きでいることなんてあるのだろうか?


袋小路から迷いの森ー辿りつけるか。

2013-04-29 22:15:13 | 無題
他人から身を守るために、

他人という集団の中で生きていくために、

私は他人のことを思う。

だから自分の本心に沿って行動したら、

余計、他人と関わりを持つ機会や、

他人を応援したり、助けようとする機会がなくなると思い、

自分は心底ひどい人だなと思った話だった。


そこで思うのが、

他人は、他者に本心から心底なにかをしてあげたいと、

常に思っているのかということである。

とくに、

私が尊敬する、べらぼうに心の広い禅の境地ではないかという人は、

(実際その人は禅を本で知り禅の教えに感銘を受けたのだとか。)

自分の損得なしに、

なにかをしてあげたいと思っていつも生きているのだろうかということ。

それが普通なのかということ。


私が他者になにかをするとき、

その人本人からでなくても、

まわりめぐってでも自分の役に立つことがあると判断したときに、

他者になにかをする気がする。


たとえば、

電車で席をゆずるのもゆずってあげたら、自分が気持ちいいからだ。

もし2人しかいない空間で自分の体調が悪くなければゆずってあげようとするのも、

それは自分がそうすると相手が喜んで気持ちイイからだ。


あれ?

これは自己欺瞞に書いてある、本心や良心に背くとは違うな。

相手のためになにかをする=自分が気持ちいい

という図式はありなのか。


そうか。

相手がなにを欲しているか、なにで喜ぶかわからない、

やってあげたことに喜ばれない状況がいやなんだ。

そしてそれをわからなくさせているのは、

特に母が気難しい人でコロコロ変わるから、

なにかをしてあげたいと私が思う=それは確信をもって喜ばれることといえる自信がない。

という図式が私に染み付いているのだ。

だから人になにかしてあげたいと思っても、

一度疑心暗鬼に落ちいると、

箱に入ってしまって、

うまくいかなくなるのだ。


と結論を出してみたところで、



地震ですか。怖いです。

つづけます。



なにも解決していない。

というのも前の前の記事で気がする。

つまりもどってきてしまった訳だ。


もう既に関係が崩れはじめてしまっている2件については、

諦めるしかないだろう。

私はこれを修復する技量もないし、

両者とも私との関係をわずらわしく思っているのではないかと感じている。

そして私もそれぞれのためになにかを無償でしてあげたいという気はなく、

対価交換があってはじめてなにかをしてもいいと思えるくらいだ。

対価交換があったときにも、

イライラ感じさせられることもあったくらいだ。

それは私が対価と要求が釣り合いがとれていないのに、

横柄な態度で接っさられることに、

ほとほとがまんの限界が来ているからだ。

それでもつきあっているのは、

自分のために少なからずなるからだ。

実績があれば、他で評価してくる人が少なからずいて、

実績がなくなれば、元も木阿弥で、

今までの苦労が水の泡になってしまうからだ。


そこで私は、箱から脱出するとか自己欺瞞とかいう内省ところから抜け出し、

ビジネス面でこの件を捉え観測した方がいいことに至った。

その方がより健全的で、

今回、転んでしまったことを次へ活かせる。



それは次に書くとして、

だとしても、他の件、他の人との関わり合いがうまくいっていないことに

目を向けたい。


先の両者はお金やビジネスが絡んだことだ。

それが関係しない、

いわゆるただの”友達”は、

なぜ私にできないのだろうか?




やはりどんなにがんばっても、

内面的根本的に、

他者から身を守り、

他者の間で生きるためという考えがある限り、

長期的につづく友達などできないのであろうか?





箱と自己欺瞞

2013-04-29 21:33:02 | 無題
とにかくお金を出してもらうということは、

関係性をうまくいかせるのに難しいことは、

一般的からいってもいえることで、

身をもってわかった。


では、私を応援する人がいなかったかといえば、

いた。

非常に熱心に教えてくれた先生に、

私は今でも感謝している。

その恩恵を受けられたのも、

私が熱心に勉学や課題に取り組んでいたから、

先生も応援してくれたのだと分かる。



自己欺𥈞について考える。
自分で自分の心をあざむくこと。

自分の良心や本心に反しているのを知りながら、

それを自分に対して無理に正当化すること。



さてはて、箱の本にはそれをやめて相手のためにしたいと思ったことをすればいいと書いてある。


そこで困ったことが、

私の今の本心を探り出すと、

その人と関係を修復したいという気持ちと、

一方に、もうなにもしたくないという気持ちがある。

そしてそれを打ち返す波としてさらに、

制作したものを活かしておきたいというのがある。

それは自分のためだ。

心底自分がひどい人間だなぁと思う。


しかし少し前まで、

言い出しにくいのでは?

こちらから話を振った方がいいのでは?と悩んでいたことが、

クリアになった気がする。


私が心底相手に対してどう感じていたかということと、

それに対して、なにをしてあげたいかと思っていたことに

スポットを当てると、

私は自分のことばかり考えていて、

他人に対して、なにかしてあげたいと心底思ったことがあるのか、

疑問に思えてくる。


そうすると、

私はこれまでもそうだし、これからも、

他者と長期的に良好な関係を築き続けるというのが、

難しいことがわかる。


私の中での他人は、

助けてくれないし、むしろ、

私を傷つけるものかもしれない恐れがあるというもので、

それから身を守ることや、

その中でどうやっていきていくか、

どうやって自分の空間を確保するかということが

先決で、根本としてそれがある。


そうなったのは、

恐らく、

家庭で暴力、暴言を受け、疎外感を受けながら

育ってきたからだと思う。

一番信用していた人に裏切られたときの衝撃は、

今も忘れたくても、忘れられない。


私が誰かのためになにかをしたりするのは、

その相手に仲間だから傷つけてほしくないというのがあるのではないかと思う。



小学校低学年のとき、

クラス全員で図書室に行って本を探すという授業があった。

そのときクラスメートが吐いてしまった。

私はとっさに、

かわいそうと思った。

小学生頃の私は冬になると毎年、

吐き気を伴う風邪をひいていて、

吐くというのは、どれだけ辛く苦しいことか、

そのときの体験が脳裏に浮かんで、

その子をかわいそうと思った。

恐らく辛いだろうと思って、

とっさに保健室へ連れて行こうと思った。

周りのみんなはきゃーとか、わぁとか言って、

一瞬避けたあと、どうしていいのかわからず周りで立っていただけだった。

その中にも助けたいと思った人は恐らくいると思う。

でも一瞬私がその人たちより動くのが速かったのは、

吐いたときは、また吐き気がすることがあるし、

その場でじっとしているなんてできない状態という経験があったから、

すぐにでも、お手洗いか保健室へ連れて行ってあげたいというのがあった。

私だったら、また吐いてしまって、キャーとかわぁとか言われるのも嫌だと思った。

気持ち悪いのか、その場から動き出せずにいるその人を、

それでもきっと、ここで気持ち悪くしていたくないだろうと、

保健室へ行こうと連れ出した。

私は、確か、保険係ではなかった。


そのとき私は思った。

保険係ではないから先生から止められるかもと。

吐いたものは誰が処理するんだろう?

吐いたもののとこにいるより、

この人を保険質へ連れて行きたいな、

そうしたらいい気分だし、

教室を抜け出せるのも爽快だな。

優しい人と思われるかもな。

強く取り立てられなくても印象くらいは残せるかもな。

と考えていた。


先のことそんなこととで、

行こうととりあえず申し出てみた。

その子は吐いて苦しいときの涙目でいて、うんとうなずいた。

先生は意外にも、えらいわ、じゃぁ(私)さん保健室へ連れて行って、

保険係の2人はここを掃除してといった。


私は驚いた。

保険係が掃除するのかと。

先生が掃除を申し付けたのも驚いたけれど、

保険係が連れて行くからとならずにすんなりと、

私にたくされたことも驚きだった。

保険係には申し訳ないなと思った。

でも保険係も任務を仰せつかって誇らしげなような感じで、

周りの立ってなにかしてあげたいけどできずにいた人たちも、

私もといってみんなで掃除するのがはじまった。


私はそれを横目に、

申し出なかったら吐いたのを掃除することになっていたのかと、

内心申し出てよかったと思っていた。


でも連れていく吐いた本人が、また吐くかもしれず、

自分も吐いた経験から、

吐かれたら汚いとか、気持ち悪いとかいうよりも、

気持ち悪くまたなったら辛いだろうな、どうしようと思っていた。

保健室へ連れていきながら、

気持ち悪くないか、トイレに寄りたくないかと聞いた。

大丈夫だというので、そのまま保健室へ連れて行った。


帰りながら、私は思った。

クラスのみんな、私がいいとこどりして、

恨んでいるだろうなぁ。コワいなぁ。


が、予想に反して、

クラスと先生は私を褒めたたえてくれた。

よく吐いた人を保健室にとっさに連れて行ったと。

吐いた人を気持ち悪がらずに、えらいと言った。


私は予想外、予想外以上のことに驚きながら、

いやぁ、吐いたのを処理する方がいやだし…掃除した人の方がすごいと思うよ

と思った。

だけどなぜか掃除した人より、掃除した人も加わって褒めたたえられた。


これは今でもなんだったんだろうかと思う。

私がいない間に先生が取り立ててすごいと言ったから、

みんなも一緒になってすごいといっていたのかもしれない。

掃除した人たちは、私達も掃除したんだけどなぁと思っていたかもしれない。

それにしても爽やかな顔だったから、もうよくわからない。

(エヴァンゲリオンでいうところの最後の、おめでとう、みたいな。)


それはそれで日常の一コマとして終わったことだと思っていた。

家に帰っていつも通り、のんびりしていると、

母が勢いよく話し掛けてきた。

「あんた吐いた子を保健室へ連れて行ったの?」

「「ええ!?なんで知ってるの?そうだけど、なにかなぁ。怒られるのかなぁ?

なんで知ってるんだろう。」」

「そう・・だよ。なんで知ってるの?」

「えらい!あんた偉いよ。よく吐いた子を保健室へ連れて行ったね。」

「ええ?;それよりなんで、そんなこと知ってるの?」

「いや、さっき先生から電話があって、先生も褒めてたわよ。」

えええ!?なんで電話したんだろう?そんな電話するようなことだったのか?

「その子の親御さんからもお礼言われて、優しい子ねって言われたわよ。」

誇らしげに言う母を尻目に、一体どうい状況でそうなったの?

電話が次々に掛かってきたの?先生からの人伝え?

「他の子のお母さんからも言われちゃったわよぉ、優しい子ねぇって。」

ええ、なにそれ。なんでそんなに話が大きくなってるの?

嬉しい気持ちより、

吐いた子を保健室へ連れて行ったことがなぜそんなにすごいことなのか、

わからず―これは今もわからず、

うん―といいながら、心は首をかしげるばかりだった。


あのとき私が思ったことは、

吐いたの片付けるのやだなとか、

ちょっとは優しい子って認識されてクラスで仲間にしてもらえるかな

(別段そのときはすごくいじめられていたわけではないけれど、

もうちょっと輪に普通に入れたらと思っていた。

低学年だったから、自分が周りとなじめてないとか友達がいないとか

そういう深い認識や悩みはなかったが、

クラスの目が変ったらなにかあるかもと思っていた。)

私はクラスという社会、他人の集団で、

自分の居心地のよい空間ができたらと思っていたのだ。


けれど予想以上のヒーロー扱いっぷりに驚くと共に、

吐いたものってみんなの中では汚いものっていう認識なんだなとわかった。

私が吐いたものが片付けるのがいやだったのは、

液体のどろどろしたものを、

一体どうやってきれいに片付けるんだろう?めんどくさそう、

という掃除するのがめんどくさいのと同じ理由からだった。


今でこそ、嘔吐物には菌が含まれるかもしれず、

容易に近づいていいものとは言えない知識があるので、

汚いとは思わなくても、近づいちゃいけないと思うものとして、

あんまりいいものじゃないという認識はあるけれど。


それでも今も保健室に連れて行っただけなのに、

なんであんなに褒めたたえられたのかわからない。


とにかく、そんな訳で、

人になにかしてあげようと思うのは、

自分のためであり、

相手が本当にしてほしいかは、

いつもしてほしいと言った直後でもない限り、

わからず、

してほしいと言った直後でも、

その期待に応える形のものを提供できるか、

わからないということだ。


母に限らず、

この前の件でいうと、

感想を聞かせてほしい、メールではなく直接というので、

これは軽く、いいと思うよというのを求めているたぐいではなく、

真剣に感想を述べてほしいのだろうと思って、

よくよくそれと向き合って、時間を取り、

どういう言葉で伝えたらよいか考えて、

感想を述べたけれど、

終わってみたら、

軽く感想を述べて、いいよと言っておいた方が、よかったな

というできごとがあった。


そのとき

自分の感想を伝えてさらに役立ちたいという欲がでてしまったのがいけなかったなぁ

と反省をしつつ、

相手の期待を見抜き、それだけに応えるのは難しくなぁと思った。


やはり私には人とよいご縁を長くつづけるのは難しいことで、

それができるようになるにはーと考えると、

気が遠くなった。


根本的に無理なんじゃないのかと。