地元がもともと桜井という別称があるくらいあちこちで桜の花が満開になる地域だ。
だからわざわざ花見って出かけていかなくとも、もう飽きたってくらい桜が観れる。
山崎側から観れる八幡の淀川河川公園背割堤。ここは必見だ。摂津峡をはじめとした地元の桜の中でも壮大。木津川と宇治川をわける背割堤1.4キロの間に、秀吉が命じて植樹された約250本のソメイヨシノが咲く。その桜をくぐり抜けるように歩ける。この両端は誰でもゆっくり座って眺められる。もちろん宴会もできるんだが、近くに店は無い(一部屋台が出てるが)ので、手ぶらで行った人間は「ちくしょう」って嘆くしか無い。そしてこう思う「来年は弁当持って酒持ってくるぞ(車は置いて電車でくるぞ)」と。おかげで年々エスカレートして、みんな本格的な料理や酒を持ち込んで楽しんでる。クーラーバックやキャリーバックで桜の木を通り抜けてる姿は異様だが、それもまた一興だ。
日本人にとって桜は特別。国花も桜だ。
花札にもあるように梅や牡丹も菖蒲も古来からある花だが、桜は別格。菊の盃と一緒なら「花見で一杯」という役にさえなる。
この〇〇見。桜以外は月見くらいしかない。桃見とか梅見という言葉はあるようだが、ゴザ(今はシートだが)を地面にひいて、親族、同僚、友人などが集まって宴会までするのは花見くらいだ。
この花見のために気象庁は毎年開花宣言をすると言っても過言ではない。梅雨入りの時と同じくこれに総力をかけてると言っても過言じゃないくらい。多分総動員で各地の桜の木を調べて「東京御苑の桜5分咲き、後2,3日で咲きます」とか「青森弘前公園2分咲き、あと一週間くらい」とかやりとりしてるのか?って思うくらい桜の開花予想に力をいれてる。台風予想や地震でもそこまでやってないのになぜ桜?って気にしちゃいけない。柵の開花は日本人の一番興味思ってることなのだから。
桜の下で宴会する花見。爆買や観光で訪れる外国人が一番不思議に思う行為らしい。
なぜ桜の木の下でみんなで酒を飲んでる?お尻は痛くないのか?冷たくないのか?冷えた弁当を食べて美味しいか?誰だ本格的なバーベキューコンロ持ち込んでるのは。夜になればなるほど盛り上がってるが寒くないのか?花を見ずにカラオケや雑談しかしてないじゃないか?だいたいなぜ桜なんだ?向日葵や秋桜やラベンダーではダメなのか?
そりゃそうだろう。アメリカ人にしてみりゃ桜の木なんて、ワシントンが幼い頃切って、それをお父さんに正直に謝った話の樹でしかない。
中国人だって韓国人だってわからないだろう。そうさ、君たちが嫌いな豊臣秀吉が愛でた花だからな。派手好きの秀吉が桜の木の下で茶会をやったのが花見の始まりだ。それを家康が庶民の憂さ晴らしの息抜きのために取り入れ、各地に桜を植えさせて花見を広めた。そう、桜の花見は江戸時代から続く庶民の息抜きイベントなのだ。
公家や上流社会の人は梅や桃を愛でたんだろう。いろいろな歌に詠まれてきたことでわかるが、庶民は桜だ。
最近のPOPSでも桜がテーマの歌ばかりじゃないか。
さくら(ケツメイシ)、桜-独唱(森山直太朗)、桜(コブクロ)、桜(河口恭吾)、10年桜、桜の木になろう(AKB48)、サクラ咲け、SAKURA(嵐)、SAKURA(いきものがかり)桜坂(福山雅治)桜色舞うころ(中島美嘉)、チェリー(スピッツ)CHE.R.RY(YUI)千本桜(初音ミク)チェリーブロッサム(松田聖子)SAKURAドロップス(宇多田ヒカル)他にもいっぱいあるが書ききれない。春の歌は他のどのシーズンよりも多いし、桜の歌は他の花よりは圧倒的に多い。
日本人にとって桜が特別なのは、やはり四月に咲くからか。
入学のシーズン、これから何かを始める時に満開の桜。以前は学校の合格発表電報も「サクラサク」だったな。入学式で桜の花をバックに写真を撮る。このために「外国に合わせて日本も秋から学校新年度制に」なんて意見は却下されてる気がする。
桜が日本人が好きなのはパッと咲いてパッと散るからか。
日本人の美意識、「潔さ」が桜にはある。
年がら年中スーパーで売られてる苺にありがたみはなくなったが、秋にしか出ない松茸は未だ重宝する。季節感を大事にする日本人にとって桜は最後の砦かもしれない。
外国人には全く理解されないし、されたいとも思わないが、桜の花見は今年もあちこちでおこなわれてる。
ちなみに桜の花見が理解できなければ、秋の紅葉狩りはもっと理解できないだろう。ザマアミロ。
だからわざわざ花見って出かけていかなくとも、もう飽きたってくらい桜が観れる。
山崎側から観れる八幡の淀川河川公園背割堤。ここは必見だ。摂津峡をはじめとした地元の桜の中でも壮大。木津川と宇治川をわける背割堤1.4キロの間に、秀吉が命じて植樹された約250本のソメイヨシノが咲く。その桜をくぐり抜けるように歩ける。この両端は誰でもゆっくり座って眺められる。もちろん宴会もできるんだが、近くに店は無い(一部屋台が出てるが)ので、手ぶらで行った人間は「ちくしょう」って嘆くしか無い。そしてこう思う「来年は弁当持って酒持ってくるぞ(車は置いて電車でくるぞ)」と。おかげで年々エスカレートして、みんな本格的な料理や酒を持ち込んで楽しんでる。クーラーバックやキャリーバックで桜の木を通り抜けてる姿は異様だが、それもまた一興だ。
日本人にとって桜は特別。国花も桜だ。
花札にもあるように梅や牡丹も菖蒲も古来からある花だが、桜は別格。菊の盃と一緒なら「花見で一杯」という役にさえなる。
この〇〇見。桜以外は月見くらいしかない。桃見とか梅見という言葉はあるようだが、ゴザ(今はシートだが)を地面にひいて、親族、同僚、友人などが集まって宴会までするのは花見くらいだ。
この花見のために気象庁は毎年開花宣言をすると言っても過言ではない。梅雨入りの時と同じくこれに総力をかけてると言っても過言じゃないくらい。多分総動員で各地の桜の木を調べて「東京御苑の桜5分咲き、後2,3日で咲きます」とか「青森弘前公園2分咲き、あと一週間くらい」とかやりとりしてるのか?って思うくらい桜の開花予想に力をいれてる。台風予想や地震でもそこまでやってないのになぜ桜?って気にしちゃいけない。柵の開花は日本人の一番興味思ってることなのだから。
桜の下で宴会する花見。爆買や観光で訪れる外国人が一番不思議に思う行為らしい。
なぜ桜の木の下でみんなで酒を飲んでる?お尻は痛くないのか?冷たくないのか?冷えた弁当を食べて美味しいか?誰だ本格的なバーベキューコンロ持ち込んでるのは。夜になればなるほど盛り上がってるが寒くないのか?花を見ずにカラオケや雑談しかしてないじゃないか?だいたいなぜ桜なんだ?向日葵や秋桜やラベンダーではダメなのか?
そりゃそうだろう。アメリカ人にしてみりゃ桜の木なんて、ワシントンが幼い頃切って、それをお父さんに正直に謝った話の樹でしかない。
中国人だって韓国人だってわからないだろう。そうさ、君たちが嫌いな豊臣秀吉が愛でた花だからな。派手好きの秀吉が桜の木の下で茶会をやったのが花見の始まりだ。それを家康が庶民の憂さ晴らしの息抜きのために取り入れ、各地に桜を植えさせて花見を広めた。そう、桜の花見は江戸時代から続く庶民の息抜きイベントなのだ。
公家や上流社会の人は梅や桃を愛でたんだろう。いろいろな歌に詠まれてきたことでわかるが、庶民は桜だ。
最近のPOPSでも桜がテーマの歌ばかりじゃないか。
さくら(ケツメイシ)、桜-独唱(森山直太朗)、桜(コブクロ)、桜(河口恭吾)、10年桜、桜の木になろう(AKB48)、サクラ咲け、SAKURA(嵐)、SAKURA(いきものがかり)桜坂(福山雅治)桜色舞うころ(中島美嘉)、チェリー(スピッツ)CHE.R.RY(YUI)千本桜(初音ミク)チェリーブロッサム(松田聖子)SAKURAドロップス(宇多田ヒカル)他にもいっぱいあるが書ききれない。春の歌は他のどのシーズンよりも多いし、桜の歌は他の花よりは圧倒的に多い。
日本人にとって桜が特別なのは、やはり四月に咲くからか。
入学のシーズン、これから何かを始める時に満開の桜。以前は学校の合格発表電報も「サクラサク」だったな。入学式で桜の花をバックに写真を撮る。このために「外国に合わせて日本も秋から学校新年度制に」なんて意見は却下されてる気がする。
桜が日本人が好きなのはパッと咲いてパッと散るからか。
日本人の美意識、「潔さ」が桜にはある。
年がら年中スーパーで売られてる苺にありがたみはなくなったが、秋にしか出ない松茸は未だ重宝する。季節感を大事にする日本人にとって桜は最後の砦かもしれない。
外国人には全く理解されないし、されたいとも思わないが、桜の花見は今年もあちこちでおこなわれてる。
ちなみに桜の花見が理解できなければ、秋の紅葉狩りはもっと理解できないだろう。ザマアミロ。
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