アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

丘の上のマリア Ⅴ 小早川真⑥

2017-01-03 18:47:29 | 物語

 2010年十二月二十四日、吉川真はようやく釈放されて横浜刑務所を出所し
た。
 吉溝が車で迎えに来ていた。
「悪かったな。まあ乗れ」
 ドアを開けて吉溝が言った。
 真は苦虫を噛みつぶしたような顔で助手席に乗り、ドアを閉めて安全ベルト
を締めた
「前に言ってあったように、これからお前の勤め先と住まいに連れて行く」
「有り難う、とでも言えば良いのか?」
「そんなにむくれるな」
 その後は二人とも黙り込んだ。
 一時間以上高速を飛ばしても降りる気配は無かった。
 吉溝は無言のまま車を走らせ、真もまた無言のまま車外を眺めながら、何処
を目指しているの考えていた。高層ビル街を抜け、いつしか海が見えていた。
 ディズニーランドを過ぎ、暫く走ってようやく高速を降りた。

 小さな河辺の五階建てマンションの前で車はようやく止まった。
「なんだ勤務先じゃ無いのか?」
「お前が働くB警備保障は明日からの勤務で良い。今日はゆっくりして休め」
 ボストンを持って降りる真、マンションを眺め回した。
「408号室を用意してある」と言って、吉溝は鍵を真に投げて渡した。
「多分必要無いがな。開いている筈だ」
 マンションに向かって、真が歩き出すと、吉溝は携帯を手にとって耳に当て
て小声で言った。
「たった今着きました。後三分もすればそちらに到着します。真の事宜しくお
願いします」
 真の後ろ姿を見やって呟く吉溝。
「お前は生まれ変わったんだ。みんな忘れろ、キチカワマコト」

 408号室の前で佇んでいる真、ドアノブを回すと、矢張り開いていた。
 用心深く、少しだけドアを開けて、中の様子を伺う真。刑事の習性だ。
 玄関に足を踏み入れる真。玄関もそれに続く廊下にも明かりが付いていた。
突き当たりはリビングになっているようだ。が、暗くて確認が出来ない
 スリッパが揃えられて主を迎えて呉れた。
 左手の部屋を開けると、そこは小綺麗な浴室になっていた。
 浴室のドアを閉めてリビングの方を見ると、ようやく明かりが付いた。
 耳を澄ますと、聖歌らしき音楽が漂って来た。

♪ まばゆい光が輝き渡り 喜ばしい夜が明けると 
  小鳥たちは歌いながら お祝いに飛び立つ

 歌声に誘われ、真はリビングの扉を開けた。
 降り注ぐ燦歌の元で二人の女性が立っていた。
「お帰りなさい。真さん」
 左側に立っていた女性、陽子が真に抱きつき、首にすがりついて耳元で囁い
た。
「私たちを守ってくれたのも、このマンションを用意してくれたたのも吉溝さ
んなのよ」
「吉溝が?」
 予想も付かなかった。真は改めて部屋を眺め回し、はにかんで俯いている制
服姿の娘に視線を止めた。きっと雅子だ。夢にまで見た雅子に違いない。
「あの娘にはみんな話して有ります」
 と、囁いた陽子が雅子を見詰めた。涙が頬を流れ落ちた。
「どうしたの? 雅子、あなたのパパよ」
 ようやく顔を上げて父親を見る娘、真っ赤に頬を染めたと思うと、夢中にな
って真に縋り付いた。
 真は左手で陽子を抱えたまま、右手で雅子を抱きしめた。
「悪かった。雅子。本当に悪かった」
 暗い海底を彷徨っていた真の上に、溢れる陽光と燦歌が降り注いで来た。
    2017年1月3日    Gorou

丘の上のマリア Ⅴ 小早川真⑤

2017-01-03 12:52:59 | 物語

 2010年二月末に真は名古屋に行ってある人物のアリバイを探った。
 その人物は、1999年三月二十六日から三十日まで名古屋Aホテルに仕事で滞
在していた。二十八日昼過ぎまでのアリバイと二十九日早朝から帰京するまで
のアリバイは完璧だった。
 真は彼が新幹線を使わずレンタカーを使って、東京への往復に使ったとみて
調べた。
 結果は真の見込み通りだった。帰りの途中、どこかの山中でマリアの衣服と
所持品を焼くか埋めたと推定出来た。その事は、マリアの存在を消そうとして
いた当局に協力する事に成ってしまった。
 真はその男が真犯人だと確信した。彼は東大を優秀な成績で卒業し、弁護士事
務所に七年勤務した後裁判官に抜擢されていた。

 2010年三月から真は横浜刑務所に服役した。
 T電力殺人事件無期懲役でネスタも服役していて、彼と真は直ぐに親しくな
った、作業が同じノックダウン式家具の製造だったからだ。勿論吉溝の企み
だ。
 休憩時にも大抵は一緒に過ごした。ネスタはかなり日本語をマスターしてお
り、会話に不自由は無かった。
「吉川さん、俺は無実です。ネパールでは言われています。真実は必ず勝
つ!」
 何度聞いたか分からない。ネスタに限らず服役囚は誰もが無実だと言う。晴
れて出所出来る日を憧れていたのだ。
「吉川さんは何をしてここに来た?」
「殺人だ」
「殺し? 誰ですか? 勿論無実でしょう?」
「刑事を射殺した。俺は黒だ。何年服役しても、死刑になっても。償う事など
出来ない」
 その時の真の顔が鬼気迫り、懺悔の後悔で溢れていたので、ネスタは暫く距
離を置いた。

 半年間、真はネスタを観察し、色々と聞き出した。結論は、矢張り殺人では
白。だが、強姦と強盗では限りなく黒に近いグレーだった。
 一応吉溝に報告した。電話と言うわけにも行かないので、極秘裏に桜田門に
呼ばれた。
 吉溝は大きな個室で踏ん反り返っていた。
「元気そうで何よりだ。まあ座れ」
 真がソファーに座ると、吉溝が前に腰を下ろした。
「それで」
「奴は殺していない。だが強姦して金を盗んだ」
「そうか」
 あっさりと言う吉溝、その後黙り続けた・
「なんだよ、それだけか? 真犯人が居るって事だぞ!」
「ああ分かっている。だがな真、結局あの事件はお蔵入りって事だ」
「手掛かりは俺が掴んだ」
 女性警官がお茶を持ってきて二人の前に置き、又出て行った。
 その間二人は、まるで敵同士のように睨み合って居た。
 彼女が部屋から消えるのを確認した吉溝が口を切った。
「忘れたのか。お前の名は吉川真。刑事じゃ無い、大昔の事件の捜査をする権
利も義務も無い」
「お前が都合良く作り上げた虚構だ。俺は絶対に諦めない」
「一市民のお前が証明出来ると思っているのか? 証拠だって何も見つかりゃ
しない。・・・真、あの事件は終わったんだ。誰も真実なんか望んでいない」
 現実を突きつけられた真は痛いほどの敗北感を味わった。何処で歯車が狂っ
たのか悔しかった。「俺は諦めない、絶対に」。真は堅く決意した。
 
 その頃、ネスタの冤罪審議は時間の問題になっていた。弁護団は現場アパー
トで複数のDNAが採取されていた事を探り当て、ネバールに飛んで同居人だ
った二人のアリバイ証言を取って来ていた。その二つが決め手になった。
 こうしてネスタの再審が決定された。
 たった一つの真実。ネスタにとってのたった一つの真実、紗智子を殺害して
いないという真実は法によって守られようとしている。

 同年十一月十七日。
 横浜刑務所十三工場の受刑者80名が昼食を摂っている。黙々とカツカレー
を食べているネスタ。
 受刑者全員の視線がネスタに注がれている。
 昼食を食べ終わるネスタ。
 受刑者の一人がネスタに拍手を送る。一人、また一人と拍手は増殖され、瞬
く間に、ネスタは拍手と歓声に包まれてしまう。全ての受刑者にとってネスタ
が冤罪を晴らし、無実を勝ち取ったという真実は希望であり夢だったのだ。ネスタ
は英雄だった。が、誰もが限りなく黒に近いグレーだとも思っていた。
 一人の刑務官が規律違反を敢えて無視してクルリと体を壁のほうに向けた。
そして、それは悪質な伝染病のように蔓延して、全ての刑務官が壁のほうに向
いた。
 ゆっくりと立ち上がるネスタ、肉体と精神の心底、魂の根源から愉悦が噴き
あがり、顔が興奮で真っ赤になってきた。
「真実は必ず勝つ」とつぶやくネスタ。
 更に激しいまでに大きくなる拍手と歓声の中で、ネスタは堪らず右拳を突き
上げて叫んだ。
「真実は必ず勝つ! !

 ネスタは即日釈放された。

 ネスタの、加藤紗智子を殺害しなかったという、たった一つの真実は守られ
たが、紗智子に対する殺意と強盗、強姦、そして紗智子を死に至らしめたもう
一人の男の殺人は永遠の闇の中に葬り去られてしまった。永遠の真実など在りは
しなかったのだ。
   2017年1月3日   Gorou