アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

丘の上のマリア Ⅴ 小早川真④

2017-01-01 14:24:12 | 物語

 小早川真の意識は朦朧とし続けた、生きている実感は皆無で、死につつ有る
のかも知れない。だが、時々人の気配を感じた。
確かにヘリの爆音を感じた、と思えた次の瞬間には気を失った。
「吉川さん、吉川真さん、分かりますか? 分かったら私の手を握って下さ
い」
 誰かが、女性が手を握って話しかけていた。
 手を握り返す真、多分まだ生きているのだ。
 ようやくのことで薄目を開ける真、全てがぼんやりとして不確かだった。
「気が付かれたようです、先生」
「吉溝警視監、命を吹き返したようです」
「すまんが、お二人とも席を外して下さい」
 真の意識が少しずつハッキリとして来た。
 暫くすると喪服を着た吉溝が傍らに佇んでいるのも分かった。どうやらここ
は病院らしい。
「真、お前図太いな。医者も見放す程酷い怪我だったんだぞ」
「石井さんは?」と、掠れた声で吉溝に聞いた。
「ご挨拶だな、お前が射殺した」
「なんとか殺さずにおこうと思っていたんだ」
「座って良いか?」
 返事も待たずに、ベッドの脇の椅子に腰掛ける吉溝。
「いいか、俺の話を良く聞け」
 吉溝は二人きりの病室に関わらず、声をひそめて話す。
「お前は二人の暴力団員と警察官石井修一を射殺した。正当防衛だったが、使
った拳銃がまずかった。あんな密輸物をどこで手に入れたんだ。俺か公安、も
しくは博多署に何故連絡か報告をしなかった?!」
「石井さんを救いたかった」
「救うどころか殺した、お前までも死ぬ所だった」
 と、吉溝は話を続けた。
 石井は殉職扱い、小早川真は警察官殺害の容疑で身柄を確保。問題は幾つか
あった。三百億相当の覚醒剤の行方を組織が血なまこになって追い、小早川真
に的を絞っているという。
「無茶を承知でお前を博多から東京に移送した」
「ヘリで?」
「ああ、医者は九分通り死ぬと言ったが、強行せざるを得なかった。あの署は
汚職警官の巣窟だ。お前は拉致され、拷問され、ブツの在処を知らないと分か
った時点で殺されていた」
「それで良かったんだ。お前も桜田門も安心出来る。一件落着」
「馬鹿を言え。・・・お前は、小早川真は死んだ事にした。残念だが殉職扱い
には出来なかった。妻子がいないのだから構わないだろう。承知して呉れ」
「それで喪服を着ているのか?」
「今朝は大変だった。ダブル葬儀でな」
 真の脳裏を不安が過ぎった。
「俺よりも、石井さんの家族の方が危ない」
「分かっている。細君と娘は葬儀に参列していない。俺が隠した。絶対に安全
な場所で保護している」
 少し安堵する真。だが、そんな場所が有るのだろうか?
 そんな真の不安を見抜いたのか、吉溝は話を繋いだ。
「今の俺は警視総監はおろか官房長官とも直に話が出来る位置にいる。・・・
石井母娘もお前も就籍させた?」
「就籍?」
 真は就籍と呼ばれる制度があるのだけは知っていた。
 就籍とは、字の如く籍に就く事だ、何らかの事情て戸籍を失った者への救済
処置だ。殆どが記憶喪失者に施行されたが、最低半年の裁判が行われた。もっ
とも、殆どが裁判期間に、警察か裁判所が御許を明らかにした。また、今回の
ように直ちに就籍を許可するのは法的には有り得ない事だ。
「お前は今日から吉川真だ。祖先を辿れば同じだから構わないだろう?」
「自分の名前だ。選ばせて欲しかった」
「実はな。・・・」
 その先は言わなかった。その名は石井陽子が希望して吉溝が許可したが、今は
真に言わない方が良いと判断した。

 吉川と名乗った真は退院まで半年かかった。それでも驚異的な回復力だっ
た。
 その間、吉溝は度々見舞いと称して訪れた。真の今後を指図する意図を隠し
ていた。
「実は、あの事件で無期懲役に成ったネスタの再審要請が弁護士協会から出さ
れ、ほぼ要求が通る方向なんだ」
 当然だと真は思った。真犯人の目星は付いていた。退院したらそのアリバイ
崩しの為に、今度こそ名古屋に行くと決意していた。
   2017年1月1日   Gorou