アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

丘の上のマリア 終曲Ⅱ 裁判長閣下

2017-01-12 02:32:14 | 物語
二 裁判長閣下

 2011年三月十一日、真は山形県地方裁判所の傍聴席にいた。御母衣恭平が裁
判長を務める法廷だったからだ。ケチなコンビニ強盗の事件だったので、簡単
に審議は終わった。

 槐の巨木の下で、真は彼を待っていた。その裁判長が帰宅の時にここを通る
のを調べ上げていたからだ。
 地方裁判所の横を歩いている男の姿が現れた。
 男はやや早足で歩いていたので直ぐに近くまでやってきた。
 槐の創る影で真の姿は彼からは見えなかったに違いない。
 男はなんの躊躇いも無く、裁判所から槐へと続く階段に足を掛けた。
 真は歩き出し、槐の影から姿を現した。
 男は突然現れた男の姿に足を止めて見詰めた。
 真は構わずに歩き続け、階段を上った。
 男も又足を進めて階段を下りてくる。
 すれ違う二人、チラッと真の顔を盗み見する男、それでも階段を下りて帰宅
についた。
 階段を上りきった真は、ゆっくりと反転させ、一段ずつ確認するようにして
下りていった。
 男が槐の影に差し掛かった時。
「裁判長閣下」
 振り向く男、御母衣恭平の右半身が影に隠れ、左半身だけが光に照らされて
いた。
 恭平は大きく黒いサングラスを掛けた眼で真に怪訝な眼差しを注いだ。見覚
えが無かったからだ。その左目だけがキラキラと輝いていた。
 真は階段の中程で立ち止まって、両手で大きくゆっくりと拍手をした。
「お見事! 裁判長閣下!」
 真は懸命に笑顔を創ろうとしたが、憎悪の為に醜く歪んだ。
 恭平も真顔で真を見続けていた。
「お忘れですか? 私はハッキリと覚えております。十年以上も前でした」
 記憶の糸を手繰り寄せようと、恭平は真を凝視と続けたが、どうしても思い
出せなかった。
「私に何かご用ですか?」
「ただ一言お祝いを言いたかっただけです。ある女性の代わりです」
「女性?」
「ええ、もうその人は直接祝いを言えないのでね」
「女性? 直説言えない?」
 何か思い当たったのか、恭平の様子が変わった、動揺しているのか? 身体
が小刻みに震えている。
 真は階段を下りきって恭平のすぐ前で立ち止まった。
「お祝いはもう一つ有ります。ご結婚お目出度う。そして、可愛らしい娘さん
を授かったそうですね。・・・お名前は?」
 苦渋の表情でようやく恭平は娘の名を呟いた。
「紗智子・・・」
「えっ! 聞こえないだよ。もっとハッキリと、もっと大きな声で、天国と地
獄にも届くようにね!」
「紗智子ーッ!」
「紗智子?」
 真は恭平の胸ぐらを掴んで耳元で囁いた。
「どうしてマリアにしなかったんだ」
「あ、あなたは誰さ」
「通りすがりの元刑事さ」
 恭平の胸ぐらを離し、真は背中を真っ直ぐにして凜として立った。
「御母衣恭平確保! と言いたいが、元刑事にはそんな権利は無い」
 放心して立ち尽くす恭平、今までに一度も罪を意識した事は無かった。初め
て後悔と罪を確信した。悪魔のようなマリアを清らかな紗智子の肉体から追い
はらい、彼にとっての聖女は永遠になった筈だった。
「御母衣恭平さん、あなたは完全に安全だ。当局は真犯人を捜そうとは思って
いないし、証拠も極めて曖昧だ。・・・あなたは誰からも裁かれる事は無い。
あなたの罪を裁けるのはあなた自身しかいません。裁判長閣下」
 その時、悩み藻掻く恭平の身体が激しく揺れて前のめりに倒れ込んだ。
 真も又、余りにも激しい揺れて尻餅をついていた。
槐の大木で憩っていてた鳥たちが一斉に飛び立った。
 大空には無数の鳥類が飛翔し、山に向かって避難して行く。
 倒れ込んだ恭平のサングラスが投げ出され。石畳で割れ散った。
 その破片の一つに恭平の醜悪な顔が映っていた。
「サチコーッ!」
 恭平は魂の限りを振り絞って絶叫した。
 鳥も獣も共に絶叫し逃げ惑った。
 大地が応え、轟音と激しい揺れが続いた。

    2017年1月12日   Gorou