アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

坊ちゃんとベースボール

2017-01-11 21:08:01 | 文化
 坊ちゃんちーと言えばベースボールーですよね。
 漱石の【坊ちゃん】で、松山中学の生徒達は喧嘩に明け暮れていますね。だけど、彼等は野球も大好きだったのです。何故かというと、正岡子規の影響です。
 ある日、学生達が野球で遊んでいる時、東京から来た数人の書生(大学予備門)がやってき、学生からバットとボールを借りて野球を始めました。書生達のリーダーが正岡子規でした。
 子規は野球を好きになり、用語の和訳を沢山遺し、ベースボールの句も詠みました。

 久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬも
 九つの人九つのあらそひにベースボールの今日も暮れけり
 打ち揚ぐるボールは高く雲に入りて又も落ち来る人の手の中に
 今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸の打ち騒ぐかな

これはほんの一部です。子規は幼名ノボルから野のボール、野球或いはノボルをこれらの句の雅号としました。
 
 彼自身も選手でしたが、その流れを受けた、東大野球部も開成野球部も凄く弱いのは愛嬌とでも言えば良いのでしょうか? が、松山高校と松山商業は全国でも名門中の名門です。
 さて夏目漱石は松山中の英語教師の経験を生かして【坊ちゃん】を書きました。子規の影響で俳句は書くようになった記録は残っていますが、野球をしたという事はとんと伝わって来ません。子規の事ですから,キャッチボールくらいには誘ったのに違い有りません。
 夏目漱石が小説を書いたのは子規の影響だったのです。子規の死後、まるで遺志を継ぐ様に沢山の名作を送り出しました。
     2017年1月11日    Gorou

丘の上のマリア 終曲Ⅰ 加藤由美

2017-01-11 01:25:02 | 物語
終曲
一 加藤由美
 
 暗い海底を彷徨っていた由美の顔に、仄かな光が射してきた。
 東北の海に沈む夕日はどこか哀しげだ。今日の夕日は少しも紅く輝いていな
かった。まるで白衣を纏った寒参りのようだ。
「今日も又、あの不気味な画を描いているのかしら?」
 由美は、読んでいた聖書から目を外して壁の大きな画(60号)を見た。母友
恵がいつものように描いていた、東北の水平線に沈む夕日だ。群雲が沸き上が
って夕日を半分隠していた。
 顔を顰めてその画を凝視する由美、ふと疑問が浮かんだのだ、水平線だろう
か? 地平線に違いない。群雲の手前に拡がっているのは、海ではなく草原の
ように見える。
「何故? 見た事も無い満州の地平線と夕日を描くのかしら」
 由美は、聖書をテーブルに置き、眼鏡を掛けて画の前に佇み、その画を眺め
回した。
 群雲と夕日の狭間に無数の気泡のような物が漂っている。今にも襲いかかっ
て来そうなその気泡は亡者の顔だった。
「いつもこの亡者達に襲われているのかしら?」
 由美はとりとめの無い不安に沈んでいった。

 由美は高校も大学もミッション系を卒業したので、自然とクリスチャンにな
っていた。
 理解が出来ていない聖書を読むと気持ちが安らいだ。
 二度結婚させられて、三度目の夫との間で男の子が生まれ、加藤家にようやく
男子が生まれた事を喜んだ母が幸平と名付けた。友という加藤家縁の名で無
く、父幸太の一字を当てた事は不思議に思えたが、今思えば、敢えて幸いと字
を使い、姉の紗智子も幸子としたかったのかも知れない。
 名前とは不思議な魔力を持っている。紗智子と名付けられた姉は、溢れるよ
うな知性を与えられたがうすぎぬのような人生を歩んだ。
  由美の三人の夫は皆手切れ金目当てで結婚したに過ぎず、由美は妻としても女としても愛されなかった。当然三度とも離婚になった。
 三人目の男が一番抵抗した。男子を持った事で加藤家の財産に野望を向けたのだ。それも、大金で頬を叩かれ、裏社会から命が危ないと分からせる程脅しを掛けられた。
 チャイムの音でわれに返った。

 玄関に中年の男が立っていた。
「ご無沙汰しております」
 律儀なほど馬鹿丁寧に、男は辞儀をした。
 小首を傾げて男を見る由美、確かに見覚えが有ったからだ。
「あのう・・・?」
「もうすぐ十二年に成ります」
 十二年? 記憶の糸をたぐる由美、ああ、きっと姉の事件の事だ。
「あの時の刑事さん。ですか?」
「もう刑事は辞めております。キチカワともうします」
「あのう、何故訪ねてお出でになりましたの? こんな田舎まで」
「石巻に所用がありましたので」
「わたくし共がこちらに転居していたのを、どちらでお知りになりましたのか
しら?」
 蛇の道はヘビ、さすがは元刑事、と由美は考えた。誰にも知れぬようにと加
藤グループには厳しく命じてあった。
 両手でおどけて首を傾げて見せる真。ご想像に任せると言う意味だ。
「少しだけお聴きしたいのと、線香の一つでもと思いまして」
 軽く頭を下げる真。長身の彼にはそれでも由美の表情は見られた。
 真の記憶とは違って暗く厳しい顔をしていた。もう四十を過ぎている筈だ
し、よほど辛い経験を重ねたに違いない。
「どうぞ」
 由美は無理に微笑みを浮かべていた。

 二十畳以上は有ろうかというリビングの壁際、幸太と紗智子の遺影は紫檀の
整理箪笥の上に置かれていた。
 真は、二人の遺影に線香を上げ、手を合わせて瞑想を捧げた。
 目を開けた真が次に視線を向けたのは、壁に掛かる60インチ液晶ほどの大き
な画だった。
 その前に立って画を眺め回す真。恐ろしく下手だが妙に迫力が有った、一見
印象派の模倣にも見えたが、ただ絵の具を塗りたぐっているだけだった。
「母が描きましたの」
 背後の声に振り返る真。飲み物の盆を持った由美が佇んでいた。
「どうぞお掛けに成って」
 ソファーにゆっくりと腰を下ろす真。
 その前にそっと緑茶を置いた由美は真の向かいに軽く腰掛けた。
 茶柱から目を上げる真。
「お母上はご在宅でしょうか?」
「はい、二階のベランダで画を描いておりますわ。母は生憎何方様にも逢いま
せんの」
 一面のガラス張りの窓外の風景を眺める真、そこからは街並みと石巻港が見
えただけだ。二階からなら水平線が見えるかも知れないと思った。
「息子さんは、幸平君は学校ですか?」
 由美に焦点を合わせた真が、冬休みと知っていて敢えて尋ねた。
「はい、幸平はいま」と、年を言おうとして言葉を濁らせる由美。息子は小学
五年だが、毎日のように補習と塾に通っていた。が、この人はわたしたちの事
は何でも知っている、と思い口を噤んだのだ。

 二階のベランダで画を描いている友恵はカンバスに絵の具を塗りたぎりなが
ら何やら不気味な歌を口ずさんでいた。
 友恵は幼い日々を思い出していた。
 彼女の乳母が子守歌のように聴かせてくれた歌があった。子供心にも何か恐
ろしげに思えた。
 中学生になり、乳母を問い詰めた。
「何の歌なの?」
「お嬢様、子守歌で御座います」
「嘘! こんなに変な子守歌、有るわけ無いでしょう?」
「大陸では皆歌っています。私も小さい頃にさんざん聞かされていた子守歌で
す」
「大体何語なの?」
「勿論中国語で御座います」
 乳母は口を真一文字にして苦渋に歪んだ顔のまま、逃れるようにして友恵か
ら離れて行った。
 
 友恵は密かにその歌を録音し、中国語に堪能の先生に聞かせた。
「加藤さん、中国語ではないわ」
「先生、わたくしどうしても知りたいんです。分かる人を紹介するか、捜して
下さい」
 
 数日後。
「加藤さん分かったわ。満州語だったわ」
「どんな内容の歌なのですか?」
「大体こんな意味らしいわ。加藤公司はこの世の焔魔堂、生きて入って、死ぬ
まで出てこれぬ。公司というのは会社のことよ」
 大意を聞いただけで身体が震えた。

 友恵は満州時代の加藤グループの事を調べ上げて、戦慄におののき、毎晩の
ように悪夢に魘された。
 加藤グループの工場に、貨物列車やトラックに満載された人々が送られてき
た。
 誰もがやせ衰え、幽霊のような姿だった。
 鞭打たれて絶命する人がいた。
 鉄条網で感電死する人も居た。
 工場の煙突ずもうもうと煙をはいていた。
 友恵の妄想では、ナチの捕虜収容所と加藤グループの工場とが完全に重なっ
ていた。
 こんなに酷いことをしたのだから、必ず報いを受ける。恨み辛みで詛いがか
かるに違いない。
 だが、二ヶ月もするとすっかり忘れてしまった。乳母が二度とその歌を、友
恵の前では歌わなかったからだ。

 三十年振りにあの歌と加藤家の残虐行為を思い出した。紗智子の死も、街娼
マリアの出現も,友恵の中では呪いゆえだと思った。恐ろしい復讐が始まった
のだ。
 五年前、友恵は何もかも番頭達に任せて隠棲生活に入った。
 今では毎日のように、ベランダで水平線を見ながら描いていた。見た筈の無
い満州平野の地平線に沈む夕日を。
 群雲の中に無数の亡者の顔が浮かび上がって襲ってきた。友恵と加藤家の人
間が絶滅するまで呪いは続くに違いない。
 友恵は画を描きながら、美しく楽しい歌を口ずさんだ積もりだったが、耳に
届いたときにはあのおぞましい呪いの怨歌になっていた。

 長い沈黙の後、ようやく口を開く真。
「実は」と、本題に入った。
「紗智子さんの葬儀の時に見た人の事を教えて頂く為に参りました」
「大勢の方々が参列し下さいましたわ」
「あなたと同年代の青年で、テキパキと働いていました」
「参列者ではないのですか?」
「ええ、葬儀の受付をしていた男で、私は親戚の葬儀で冷静に対応している彼
を見て。少し違和感を持っていました」
「それだったら恭平君に違いありませんわ。御母衣恭平君、父の従弟の息子で
す」
「その後連絡は?」
「いいえ、一度も」
「彼は東大を首席で卒業して弁護士になりました」
「それは聞いております」
「その後裁判官に転身して、もうすぐ裁判長になるそうです」
 由美は無言のまま真に耳を傾けていた。真意が分からぬので口を挟むのを憚
ったのだ。
「彼は両親を高校三年の時亡くした為、東大進学を諦めて自動車工場に勤めま
したが、連休明けに紗智子さんが引き取ったと聞きました」
「ええ、わたくしもあの頃は松濤の家に居りましたから、知っておりますわ」
「恭平氏は嬉しかったでしょうね。住まいも生活も、優秀な家庭教師も与えら
れたのですから」
「暗かったあの子がすっかり朗らかになっていました」
「私は紗智子さんと恭平氏の仲を疑っています」
 顔を曇らせ、眉間に皺を寄せ、由美は真を睨むように見詰めた。
「男女の関係が有ったのでは?」
「あり得ません」
 由美は珍しく語気鋭く否定した。
「姉は恭平君をまるで子供扱いしていましたもの」
「少なくとも恭平氏は紗智子さんに恋していた」
「ええ、それは中学生の頃から。・・・恭平君が姉に恋していた事くらいは、
わたくしも気付いておりました。でもはやりやまいのような物ですわ」
「いいえ、裁判官になった今でも、御母衣恭平氏の心の中には紗智子さんが棲
んでいます。二年前に娘さんが生まれ、紗智子と名付けました」
「たんなる偶然です」と言って黙り込む由美はもう真の方を見なくなった。
 真は言い過ぎたのを後悔していた。御母衣恭平が本当は日本人の血を引いて
いない事は遂に言い出せ無かった。
 
 真が加藤家を辞した時にし夕闇が迫っていた。
 港の方を見ても家並みが邪魔をして、海まで見えなかった。どんよりと垂れ
込める雲の下に空が拡がっていた。
 真は少し後悔していたて。己が調べ上げた史実を誇示しようと訪れたつもり
は無かったが、由美はそう思ったに違いない。
 牡丹のような雪が降ってきた。
 真が上を見た時には雪は本降りになろうとしていた。それでも彼方の空は暁
に染まっていた。

 真が帰った後も由美は座り続けていた。
 いろいろな事が頭を過ぎり、いいようの無い不安が募った。元刑事が言った
事は本当だろうか? ネスタの冤罪で幕が下りた筈の姉の事件はおぞましくも
まだ続いて行くのだろか? 母が隠棲をして不気味な画を描き続けている事は
何か関係があるのだろうか。
「お姉様はなぜあんな具合に人生を終えてしまわれたの! お父様! わたく
しとお姉様を憐れんで下さいまし」
 由美は、胸のクルスの上に聖書を抱きしめた。
    2017年1月10日    Gorou