ペットシッターの紹介する本や映画あれこれ by ペットシッター・ジェントリー

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漫画『サブリナ/ニック・ドルナソ』

2020年08月13日 23時30分00秒 | 猫の本

今年は7月が曇りがちで涼しい日々が続き、しのぎやすかったのですが、ついに本格的な暑さが到来しました。犬の散歩時間帯が限られるうえ、朝夕でも気温の高い中を歩かなければならず、ペットシッターにとって最もしんどい時期。とはいえ今年は新型コロナの影響でお盆すらご依頼はすくなく、寂しい日々を送っています。こうした暑くて落ち込みがちな時は、ひやりと涼しくなるホラー、しかも猫の出てくるような作品をと思ったところ、最近読んだ漫画がちょっと面白かったのでご紹介したいと思います。

サブリナ/ニック・ドルナソ著・藤井光訳』という作品で、漫画というより「グラフィック・ノベル」といったほうがいいかもしれません。なにせ本作、通常は小説に与えられる文学賞、ブッカー賞にノミネートされるほど高く評価された作品です。本屋さんで手に取ると、漫画とは思えないくらいのボリューム、そして3,960円という価格に驚かされるのですが、読んでみればさらに驚嘆させられる内容でした。

タイトルの『サブリナ』というのは表紙になっている女性の名前で、冒頭の1コマ目に大映しで登場します。目立たない風貌の地味な女性で、旅行にでかけた両親が飼っている猫の面倒をみています。(娘が親のためにペットシッターをしてあげているんですね。)そこに妹のサンドラがやってきて、他愛もない会話の中で二人の関係性や嗜好が紹介されます。妹が去り、サブリナもどこかへ出かけるところでそのシーンは終わり、次のページには若い男の大映しが出てきます。ここからは一転、二人の男の物語となります。

本作のキャラクターは総じて表情や特徴に乏しく、誰が誰だか一見わからなかったりします。説明は少なく、コマとコマのつながりも散発的なため、日本の漫画を読みなれていると、ちょっと面食らって読みづらく感じるかもしれません。それでも読み進めるうちに、その独特の表現やリズムに引き込まれていきます。サブリナの描写の後に出てくる男たちも最初はわかりにくいのですが、会話の内容からどうやら男の一人がサブリナの恋人らしく、もう一人が彼の昔の友人らしいことがわかってきます。

サブリナの恋人はテディ、その友人はカルヴィンといいます。じつは冒頭のシーンのあとサブリナは行方不明になってしまい、テディは途方にくれています。事情を知らされたカルヴィンは、テディをしばらく自宅に泊めてあげることにしました。テディは憔悴して何もやる気が起こらず、寝てばかりいます。ある日、カルヴィンの元にサンドラから電話がかかってきます。サブリナのバスの定期券が送られてきたらしく、犯罪のにおいが漂い始めます。そして次にまったく別の登場人物が出てくるシーンで、事態は大きく動きます。

カルヴィンは平日の16時から24時まで軍の施設に勤務しており、どこかの基地で秘密の監視を続けています。彼が何をしているのか、そして彼が次に就こうとしている仕事は何なのか。すべてが謎めいて描かれており、それはこの作品自体のテーマにもうっすら関係しています。

本作のテーマ、それはざっくり言えば、「現代アメリカの抱える闇」といったところです。とある事件が起こり、それを巡ってマスコミが騒ぎ立て、ネットでは一般人がマスコミの裏を読むように別の方向へ世論を引っ張っていきます。そこには陰謀論が渦巻き、けっして解かれることのない謎が根を張りつづけ、ターゲットにされた人達は苦痛を味わいつづけるのです。

本作を読み終え、うすら寒い気持ちを味わいました。これはアメリカだけではなく、日本でも十分に起こり得る問題ですし、現に起こっている問題でもあります。我々一人一人が十分に注意して行動しなければ、被害者にも加害者にも簡単になり得ます。だから本作でも、最終的に事件に深く巻き込まれていくのはサブリナでもテディでもなく、およそ関係の薄いカルヴィンなのです。

やや陰鬱な紹介になってしまいましたので、最後に猫の話をします。作中、猫が2匹出てきます。サブリナの両親の飼っている猫と、カルヴィンの飼っている猫です。どちらもほんの少ししか登場しませんが、仰向けに抱かれている時の体勢や、香箱座りをしている格好など、実に猫らしく愛らしく描かれており、この著者は猫をよく知っているんだろうなあと思います。カルヴィンの猫は途中で行方不明になり、それをテディが捜しに行くことで物語が動くきっかけにもなっていきます。だから猫は何かの暗喩になっているのかもしれません。表紙にもしっかりと二匹の猫のシルエットが描かれているくらいですから。

 


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