哲学的な何か、あと心の病とか

『人生とは何か、考えるほどにわからない。というのは実は正確ではない。わからないということが、わかるのである。』池田晶子

まじめな男が語る性風〇(もしかしたら18禁?)

2013年10月14日 | 哲学・心の病
堅苦しい話ばかりでは、つまらない人もいるかと思い、今回は性風〇のことを書こうと思います……。

私は、世の中の表も裏も知らなければ、ものごとの真理はわかないのではないかと思い、裏の世界を実体験を通して垣間見ましたが、
(結婚する前の話ですので許されるでしょう、と願います。)

私の〇癖がわからない人が、「Mですか?Sですか?」と私に聞く人もいましたし、「私はMだから、〇〇を叩いて」という人もいれば、「私はSだから、攻め好きなの」という人が私の〇〇を噛む人もいました。

話は戻りますが、MかSかと聞かれたら、私はNと答えていました。
(ニュートラルのN、ナチュラルのNと答えていました。)
本来その行為は、子孫繁栄のためにする行動で自然なものですから、その目的から逸脱した不自然な〇癖には、違和感を感じます。

しかし、ある説によると、男性が狩猟でえた食料を、子育てしてる女性に持ってきてもらわなければならないので、その行動を男性に続けさせるために(引き留めて置くために)、〇〇を行うこともあるらしいのですが、私はこの説に納得しています。


そして、ものごとにも両面の顔があります。
例えば、自然に対して人類は、傲慢なところもありますし、謙虚なところもあります。
両方とも真理だと私は思っていて、傲慢だけでも良くないし謙虚だけでも良くないと、ニュートラル、つまり、中立の立場に立ってものごとを考えます。
(第三者から見たら、どちらかにかたよっているのかもしれませんが……。)
そしていったん中立の立場からものごとを考えてから、直感や感情に従ってどちらかに片寄った私の意見を言います。

ではなぜ、どちらかに片寄らなければいけないのでしょうか?と聞かれて、その理由を申し上げますと、それは中立の立場では、両方に賛成でもあり、かつ、両方に反対でもあるからです。

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