哲学的な何か、あと心の病とか

『人生とは何か、考えるほどにわからない。というのは実は正確ではない。わからないということが、わかるのである。』池田晶子

「哲学は何の役に立つのか」永井均

2014年07月07日 | 哲学・心の病
前回に引き続き「〈子ども〉のための哲学」永井均で、私が素晴らしいと思ったところを紹介したい。

【哲学は何の役に立つのか】

『そのことが、ときに哲学するひとになぐさめを与える。
もし世の中で哲学が何かの役に立つとすれば、ただそのことによってである。
だから、哲学で遊ぶひとがいる一方で、哲学にすがるひとも出てくる。
世の中で通用している価値とは別の次元に立つことが、世の中で傷ついた心のなぐさめになるからだ。
まったく同じ理由で、哲学をすることは、ときにどんな遊びよりも楽しい。
プラトンにとっても、カントにとっても、ニーチェにとっても、ウィトゲンシュタインにとっても、哲学は一面では救いであり、それゆえにこのうえない快楽でもあった。
にもかかわらず、哲学することそれ自体は、それにすがることとも、それで遊ぶこととも、別のことなのである。
(ここで問題にしているのは、できあいの思想によってなぐさめられたり遊んだりすることではない。そんなのは論外である。)』


上記の文章が書かれているところまでには、ある人にとっては共感するところがあるのかもしれないが、私にはなかった。
というか、ほとんど意味がないことをだらだらと書いている感じ、無駄が多いという感じ。
それも、何を言っているのかわからないところが多かった。

各テーマの文章が簡潔に書かれている池田晶子さんの本のように、エッセイ集のような形にした方が良いのではないでしょうか、永井均さん。

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