#6 ドクター・オーウェン
「ドクター!」
夜勤のナースの上げた声に隣接する仮眠室で休息を取っていたドクター・オーウェンは部屋から飛び出して来た。
救出から一週間、意識が戻らずに深く眠り続けるばかりだった生存者に反応がある。
伸ばした手をナースに押さえられた彼はその手を振り解こうともがいた。
「君、まだ動いてはいけないよ」
ベッドに駆け寄ったドクター・オーウェンが宥めるように言いながら腕と肩を軽く押さえた。
「君、私の声が聞こえたら、ゆっくり眼を開けて」
小さく呻いた青年は落ち着いた声に励まされ、長い睫毛を震わせてそっと眼を開けた。
(綺麗な眼だな)
まじまじと自分を見つめる大きな青い瞳を注意深くのぞき込みながらドクターは言葉を続けた。
「よかった、気がついて。ここは難民キャンプの病院で、あなたは助かったんですよ」
「びょう…いん?」
奇跡的に火傷や重傷こそ負ってはいなかったが、火災に巻き込まれてさ迷ううちに煙を吸ったらしく
声がひどく掠れている。
「ドクターが診察しますから、起き上がらないでください」
さきほどの身動きで大きく揺れた点滴の具合をナースが確かめるのを見ながら、
脈拍や鼓動を確かめたドクター・オーウェンは意識を取り戻した青年に尋ねた。
「喉が痛みますか?」
凛々しく跳ねあがった眉を顰め、小さく頷いた彼にドクターは続けた。
「他に痛むところは?あなたの名前は?」
痛みを堪えている相手に気の毒ではあったが、カルテを作成する上で必要な問いかけに対して
さらに眉を寄せた青年に、ドクターはふと不安を覚えた。
それを裏付けるように彼は声もなく青い大きな眼を瞠って視線を宙に彷徨わせ、茫然とした
表情で長い睫毛を幾度も瞬かせた。
その様子に表情を引き締めたドクター・オーウェンが身元を訊ねる質問を重ねても、言葉を紡ぎだそうと
唇は小刻みに震えているが、青年は当惑したようにドクターに向かって首を振るばかりだった。
「まあ、名前もわからないのですか?」
医務室に戻って来たドクター・オーウェンを迎えた別のナースが驚いて声を上げた。
「そうなんだ。もしかしたら頭を打っているのかもしれない。詳しい検査をしたいなあ」
医療器材の不足から行き届いた処置ができないのがもどかしくて、初老のドクターはデスクに向かい
カルテにペンを走らせながら嘆いた。
「それでしたら、ドクター・オーウェン、朗報ですわ」
「なんだい?」
カルテに書き込んでいた手を止めて、ドクター・オーウェンはナースを見上げた。
「生存者が見つかったので、医療機材や発電装置をこのキャンプに廻してもらえるそうです」
「えっ!ほんとうかい?」
ドクターは興奮のあまり立ち上がってしまった。
「ええ、先ほど国連からの通達がFAXでありました。確認していただけますか?」
「わかった。ありがとう」
ドクター・オーウェンは手渡されたFAXの用紙に目を走らせた。
「生存者2名って、君、生存者は彼1人だけだろう?」
不審そうな問いかけにナースが答えた。
「それが第三捜索隊が別のブロックでもう一人、生存者を発見したんです」
「なんだって?」
ドクター・オーウェンは驚いて声を上げた。
「こちらは女性で、まだ意識が戻らないそうですが」
ナースは痛ましそうに目を伏せる。
「そう…怪我はひどいの?」
「彼女はドクター・ガートナーが担当されているので、お訊ねになってください」
「うん、そうしよう。ありがとう」