
第四十七章 鑑遠(行くことなく遠くを鑑知する)
戸を出でずして以て天下を知り、牖(まど)を 闚(うかが) わずして以て天道を見る。
其の出ずること弥いよ遠ければ、其の知ること弥いよ少な
是を以て聖人は、行かずして知り、見ずして名づけ、為さずして成す。
天下の形勢も、世の中の事情も、平等において聞くことを怠らぬようにしておれば、わざわざ家から外へ出ていかなくとも、大抵のことは分るのである。
天下の形勢のように、広い範囲に亘ることは、調査のために遠くまで出て行けば、その地方の、局部的のことは知ることができても、元の位置から遠くへ離れては、精力を浪費し、頭脳の働きを低下させ、大局の事は却って分り難くなるのである。
この章の文章は、普通の人には、できそうに思われないようなことばかりが書いてあるので、聖人は、不思議な力をもっているものと解釈しなければならないように思われるが、道においては、不思議な力を必要としないのである。それは、不断の研究と努力を怠らないということが、主義、方針の如くなっているからである。
道においては、不断の仕事を続けるものであるから、できそうに思われないことも、なし遂げることになるのであって、特別な力を出して、むずかしい仕事を成就させようとするようなことはないのである。