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賢治童話と私 19 北守将軍と三人兄弟の医者 1



  『北守将軍と三人兄弟の医者』

     1、 三人兄弟の医者

 むかしラユーといふ首都に、兄弟三人の医者がいた。いちばん上のリンパーは、普通の人の医者だった。その弟のリンプーは、馬や羊の医者だった。いちばん末のリンポーは、草だの木だのの医者だった。そして兄弟三人は、町のいちばん南にあたる、黄いろな崖のとっぱなへ、青い瓦の病院を、三つならべて建てていて、てんでに白や朱の旗を、風にぱたぱた云わせていた。
 坂のふもとで見ていると、漆にかぶれた坊さんや、少しびっこをひく馬や、しおれかかった牡丹の鉢を、車につけて引く園丁や、いんこを入れた鳥かごや、次から次とのぼって行つて、さて坂上に行き着くと、病気の人は、左のリンパー先生へ、馬や羊や鳥類は、中のリンプー先生へ、草木をもった人たちは、右のリンポー先生へ、三つにわかれてはいるのだった。
 さて三人は三人とも、実に医術もよくできて、また仁心も相当あって、たしかにもはや名医の類であつたのだが、まだいい機会がなかったために別に位もなかったし、遠くへ名前も聞こえなかった。ところがとうとうある日のこと、ふしぎなことが起こってきた。

     2、北守将軍ソンバーユー

 ある日のちょうど日の出ごろ、ラユーの町の人たちは、はるかな北の野原の方で、鳥か何かがたくさん群れて、声をそろえて鳴くような、おかしな音を、ときどき聴いた。はじめはだれも気にかけず、店を掃いたりしていたが、朝めしすこしすぎたころ、だんだんそれが近づいて、みんな立派なチャルメラや、ラッパの音だとわかってくると、町じゅうにわかにざわざわした。その間にはぱたぱたいう、太鼓の類の音もする。もう商人も職人も、仕事がすこしも手につかない。門を守った兵隊たちは、まず門をみなしっかりとざし、町をめぐった壁の上には、見張りの者をならべておいて、それからお宮へ知らせを出した。
 そしてその日の午ちかく、ひづめの音や鎧の気配、また号令の声もして、向こうはすっかりこの町を、囲んでしまった模様であった。
 番兵たちや、あらゆる町の人たちが、まるでどきどきやりながら、矢を射る孔からのぞいて見た。壁の外から北の方、まるでうんかの軍勢だ。ひらひらひかる三角旗や、ほこがさながら林のようだ。ことになんとも奇体なことは、兵隊たちが、みな灰いろでぼさぼさして、なんだかけむりのようなのだ。するどい目をして、ひげが二いろまっ白な、せなかのまがった大将が、尻尾がほうきのかたちになって、うしろにぴんとのびている白馬に乗って先頭に立ち、大きな剣を空にあげ、声高々と歌っている。

「北守将軍ソンバーユーは
いま塞外の砂漠から
やっとのことで戻ってきた。
勇ましい凱旋だと云いたいが
実はすつかり参って来たのだ
とにかくあすこは寒いところさ。
三十年という黄いろなむかし
おれは十万の軍勢をひきい
この門をくぐって威張って行った。
それからどうだもう見るものは空ばかり
風は乾いて砂を吹き
雁さえ干せてたびたび落ちた
おれはその間馬でかけ通し
馬がつかれてたびたびペタンと座り
涙をためてはじっと遠くの砂を見た。
その度ごとにおれは鎧のかくしから
塩をすこうし取り出して
馬になめさせては元気をつけた。
その馬も今では三十五歳
五里かけるにも四時間かかる
それからおれはもう七十だ。
とても帰れまいと思っていたが
ありがたや敵が残らず脚気で死んだ
今年の夏はへんに湿気が多かったでな。
それに脚気の原因が
あんまりこっちを追いかけて
砂を走ったためなんだ
さうしてみればどうだやっぱり凱旋だらう。
殊にも一つほめられていいことは
十万人もでかけたものが
九万人まで戻って来た。
死んだやつらは気の毒だが
三十年の間には
たとえいくさに行かなくたって
一割ぐらいは死ぬんじゃないか。
そこでラユーのむかしのともよ
またこどもらよきょうだいよ
北守将軍ソンバーユーと
その軍勢が帰ったのだ
門をあけてもいいではないか。」

 さあ城壁のこっちでは、わきたつやうな騒動だ。うれしまぎれに泣くものや、両手をあげて走るもの、じぶんで門をあけようとして、番兵たちにしかられるもの、もちろん王のお宮へは使いが急いで走って行き、城門の扉はぴしやんと開いた。おもての方の兵隊たちも、もううれしくて、馬にすがって泣いている。
 顔から肩から灰いろの、北守将軍ソンバーユーは、わざとくしゃくしゃ顔をしかめ、しずかに馬のたづなをとって、まっすぐを向いて先頭に立ち、それからラッパや太鼓の類、三角ばたのついた槍、まっ青にさびた銅のほこ、それから白い矢をしょった、兵隊たちが入ってくる。馬は太鼓に歩調を合せ、殊にもさきのソン将軍の白馬は、歩くたんびにひざがぎちぎち音がして、ちょうどひょうしをとるようだ。兵隊たちは軍歌をうたう。

「みそかの晩とついたちは
砂漠に黒い月が立つ。
西と南の風の夜は
月は冬でもまっ赤だよ。
雁が高みを飛ぶときは
敵が遠くへ遁げるのだ。
追おうと馬にまたがれば
にわかに雪がどしゃぶりだ。」
 
 兵隊たちは進んで行った。九万の兵というものはたゞ見ただけでもぐったりする。

「雪の降る日はひるまでも
そらはいちめんまっくらで
わずかに雁の行くみちが
ぼんやり白く見えるのだ。
砂がこごえて飛んできて
枯れたよもぎをひっこぬく。
抜けたよもぎは次次と
都の方へ飛んで行く。」

 みんなは、みちの両側に、垣をきずいて、ぞろっとならび、泪を流してこれを見た。
 かくて、バーユー将軍が、三町ばかり進んで行って、町の広場についたとき、向うのお宮の方角から、黄いろな旗がひらひらして、誰かこっちへやってくる。これはたしかに知らせが行って、王から迎いが来たのである。
 ソン将軍は馬をとめ、ひたいに高く手をかざし、よくよくそれを見きわめて、それからにわかに一礼し、急いで、馬を降りようとした。ところが馬を降りれない、もう将軍の両足は、しっかり馬の鞍につき、鞍はこんどは、がっしりと馬の背中にくっついて、もうどうしてもはなれない。さすが豪気の将軍も、すっかりあわてて赤くなり、口をびくびく横に曲げ、一生けん命、はね下りようとするのだが、どうにもからだがうごかなかった。ああこれこそじつに将軍が、三十年も、国境の空気の乾いた砂漠のなかで、重いつとめを肩に負ひ、一度も馬を下りないために、馬とひとつになったのだ。おまけに砂漠のまん中で、どこにも草の生えるところがなかったために、多分はそれが将軍の顔を見付けて生えたのだらう。灰いろをしたふしぎなものがもう将軍の顔や手や、まるでいちめん生えていた。兵隊たちにも生えていた。そのうち使いの大臣は、だんだん近くやつて来て、もうまっさきの大きな槍りや、旗のしるしも見えて来た。
 将軍、馬を下りなさい。王様からのお迎いです。将軍、馬を下りなさい。向うの列で誰か云ふ。将軍はまた手をばたばたしたが、やっぱりからだがはなれない。
 ところが迎いの大臣は、鮒よりひどい近眼だった。わざと馬から下りないで、両手を振って、みんなに何か命令していると考えた。
「謀叛だな。よし。引き上げろ。」さう大臣はみんなに云った。そこで大臣一行は、くるっと馬を立て直し、黄いろな塵をあげながら、一目散に戻って行く。ソン将軍はこれを見て肩をすぼめてため息をつき、しばらくぼんやりしていたが、俄かにうしろを振り向いて、軍師の長を呼び寄せた。
「おまえはすぐに鎧を脱いで、おれの刀と弓をもち、早くお宮へ行ってくれ。それから誰かにこう云うのだ。北守将軍ソンバーユーは、あの国境の砂漠の上で、三十年のひるも夜も、馬から下りるひまがなく、とうとうからだが鞍につき、そのまた鞍が馬について、どうにもお前へ出られません。これからお医者に行きまして、やがて参内いたします。こうていねいに云ってくれ。」
 軍師の長はうなずいて、すばやく鎧と兜を脱ぎ、ソン将軍の刀をもって、一目散にかけて行く。ソン将軍はみんに云った。
「全軍しずかに馬をおり、兜をぬいで地に座れ。ソン大将はただ今から、ちょっとお医者へ行ってくる。そのうち音をたてないで、じいつとやすんでいてくれい。わかったか。」
「わかりました。将軍」兵隊共は声をそろえて一度に叫ぶ。将軍はそれを手で制し、急いで馬に鞭うった。たびたびペたんと砂漠に寝た、この有名な白馬は、ここで最後の力を出し、がたがたがたがた鳴りながら、風より早くかけ出した。さて将軍は十町ばかり、夢中で馬を走らせて、大きな坂の下に来た。それからにわこにこう云った。
「上手な医者はいったい誰だ。」
 一人の大工が返事した。
「それはリンパー先生です。」
「そのリンパーはどこに居る。」
「すぐこの坂のま上です。あの三つある旗のうち、一番左でございます。」
「よろしい、しゅう。」と将軍は、例の白馬に一鞭くれて、一気に坂をかけあがる。大工はあとでぶつぶつ云った。
「何だ、あいつは野蛮なやつだ。ひとからものをおそわって、よろしい、しゅう とはいったいなんだ。」
 ところがバーユー将軍は、そんなことには構はない。そこらをうろうろあるいている、病人たちをはね越えて、門の前まで上っていた。なるほど門のはしらには、小医リンパー先生と、金看板がかけてある。

・次回に続く・・・。


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