2月26日、カナダのハーパー政府のグレッグ・リックフォード相(Greg Rickford:天然資源担当大臣兼北部オンタリオにおける経済発展イニチアチブ担当大臣)は昨年、両院を通過していた標記法案(C-22)が国王の裁可により成立した旨発表した。 (筆者注1)
同法案は2014年1月30日に議会に上程されたもので、同日、カナダの天然資源省ジョー・オリバー相(Joe Oliver:現財務大臣)は「エネルギー・安全性および保障法案( Energy Safety and Security Act)」を連邦議会に上程した旨発表した。この法律はカナダにおけるオフショアー油田・ガス開発事業者および原発事業者の損害発生に対する補償に関し、世界的レベルから見て通用する規制・監督システムを確実化するとともに、安全性や環境保護の強化を目指すものである。
この連邦立法は、カナダ政府におけるノヴァ・スコテイア州(Province of Nova Scotia)、ニューファンドランド州(Provance of Newfoundland)およびラボラドール州(Provance of Laborador)の3州と共同して連邦法と各州法の調和の観点からオフショア事業者の賠償責任法の改正を目的とするもので、これら3州はこの数か月以内に連邦法のほぼ同一内容の立法(mirror legislation) (筆者注2)を行う予定である。
今回の新法案の主旨は、(1)カナダのオフショアー油田・ガス開発事業者が負う賠償額、(2)カナダの原子力発電事業者の賠償額の引き上げ等を目的とするものである。
わが国の原発依存度は約30%であるが、東日本大震災から誘発された原発の暴走、廃炉、放射能対策 (筆者注3)等がいまだに進んでいない一方で、全国17原子力発電所48基はまったく稼動していない。また、東電の事業者責任の範囲については「原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)」の免責事由のあり方も含め適用範囲も明確ではないし、またわが国における公的補償のありかたも十分に論じられていないまま再稼動問題が話題となっている。 (筆者注4)(筆者注5)
さらに、補償額の単純な比較も問題がある。つまり、わが国の原子力賠償法の上限は1,200億円(第7条)であり、一方、カナダの新賠償額は10億カナダドル(約950億円)というような比較である。カナダ法における免責自由の範囲、絶対責任規定ならびに監督機関の機能等も含めた包括的比較が必要であることは言うまでもない。
カナダの原発依存度は約15%であるが、福島原発の大事故を真摯に受け止めつつ、その重大性から安全対策の強化、賠償額の見直しなどの積極的に取り組んでいる。
本ブログはこれらの実情を明らかにするためまとめた。なお、筆者はこの分野はまったくの専門外である。誤解、補足も含め専門家による意見等を期待する。
1.法案上提時の政府の法案の説明要旨
(1)カナダのオフショア油田・ガス田部門に関し、新法は太平洋オフショアの場合は、3,000万カナダドル(約28億5,000万円)から10億カナダドル(約950億円)に「絶対責任額」を引き上げ、また北極圏のオフショア油田・ガスについては4,000万カナダドル(約38億円)から10億カナダドル(約950億円)に引き上げる。
なお、ここで記載された「絶対責任(absolute liability)」の法的意義につき「厳格(無過失)責任(strict liability)」と同義と説明している米国の法律用語サイトもあるので、ここで”USlegal”、 ”Uni study Guides”、 ”Duhaime legal Dictionary”の解説をもとに簡単に補足する。
「英米の不法行為法、刑法において、「厳格責任」とは法的有責性の有無に関わらず特定の人の作為・不作為により生じた損害または損失につき責任を負わせる法理である。一方、「絶対責任」には犯罪的行為または”actus reus”(”actus reus”とは、特定の法律によって犯罪または不法行為の構成要件として規定されている作為あるいは不作為があったという客観的な要件)が必要である。」 (筆者注6)
また、事業者の「過失責任」については従来と同様、無限責任を負う。
新法案は、 「1988年カナダ・ノヴァスコシア・オフショア石油資源の合意適用法(Canada-Nova Scotia Offshore Resources Petroleum Accord Implementation Act)」、「1987年カナダ-ニューファンドランド太平洋資源の合意適用法(Canada-Newfoundland Atlantic Accrd Implementation Act)」、「1985年カナダ原油およびガスの探検・開発事業法(Canada Oil and Gas Operation Act)」および「カナダ石油資源法(Canada Petroleum Resourses Act)」を改正するものである。
(2)原子力部門につき、新法案は事業者の絶対的賠償額の上限を75,000カナダドル(約712億円)から10億ドル(約950億円)に引き上げ、原発事故の損害にかかる「1997年原子力損害の補完的補償に関する条約(Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage:国際原子力機関で採択されたもの)」の国内法適用となる。
2.各分野別の改正目的とその背景
〔オフショア石油・ガス分野〕
(1)オフショア油田・ガス田部門の安全・賠償強化
大西洋部分エリアの環境記録はすでに強固なものではある。世界的なレベルとの整合性を確保すべく、連邦政府、ノヴァスコシア、ニューファンドランドおよびラボラドール州政府は世界基準をクリアーできるオフショアにおける石油およびガスの探査と開発のため更新拡大のための法改正に合意した。今回提案する法案は①事故の阻止、②事故時の対処、③説明責任、④対処内容の透明性 (筆者注7)の4つのエリアに焦点をあてている。その具体的な法改正措置の内容は、2012年秋に公表された「2012年環境維持および持続可能性開発に関する委員会報告(2012 Fall Report of the Commissioner of the Environment and Sustainable Development)」の勧告内容を受けたものである。
カナダの現行のオフショア事故の責任体制(Current Offshore Liability Regime)は次のとおりである。
・カナダの事故責任体制は「汚染者支払原則(pollutter pays principle)」 (筆者注8)に基づく。現在、汚染物質の流出につき不注意(fault)または過失(negligent) (筆者注9)に基づく場合は無限責任(absolute liability)が課される。さらに大西洋オフショアの場合、3,000万カナダドル(約28億5,000万円)、北極オフショアの場合は4,000万ドル(約38億円)の無過失責任が課される。この結果、不注意または過失の有無に関わらず、事業者は清浄化費用および決定された額までの損害額につき責任を負う。
すべてのオフショア油田等掘削または生産活動を行おうとする提案者は、事故等による原油等の流失から生じる事業資金負担能力や損害賠償がカバーできるという証拠を提出しなければならない。すなわち、この資金力とは一般的にいうと資産、保険および潜在的保証(北極圏オフショアの場合は3,000万カナダドル(約28億5,000万円)、大西洋圏の場合は4,000万ドル(約38億円)の預託)からなる財政能力要件は2億5,000万カナダドル(約237億5,000万円)から5億カナダドル(約475億円)の幅で構成される。この預託金は、オフショア監督機関により、信用状(letter of credit L/C) (筆者注10)、保証または債券(bond)のかたちで保有される。
(2)オフショア事業の事業者賠償責任の強化
前述のとおり。
(3)法案のハイライト
○事故の予防に関する措置の強化
①掘削、生産および開発を行う事業者に対する財政能力を10億カナダドルまで引き上げる。この改定はカナダのオフショア領域での活動に関する事故の予防や対処能力を持つ会社のみに対し大きな保証を与える。
②3つのオフショア石油施設委員会(Offshore Boards) (筆者注11)に対し、「2012年カナダ環境アセスメント法(Canadian Environmental Assessment Act 2012)」に基づき責任を有する監督機関となるに必要なツールを提供する。この改正は関係するすべてのオフショア石油開発プロジェクトは最もふさわしい立場にある監督機関により厳しい「2012年カナダ環境アセスメント法(AEAA 2012)」に基づく検査に直面することが確実になる。
③各委員会に法令違反に対する行政処分および罰金刑を科す権限を付与する。このことは、事故が大規模なものなる前の小規模な違反段階で対処できる完全な手段を提供することを保証する。
○事故時の対処監督内容の改善
①流出油処理剤(spill treating agent)の安全な使用によりネットでの環境面での援助を実現させる。このことは、規制監督機関がオフショアにおける石油流出時の対処策の一部として化学分散剤(chemical dispersats)または流出油処理剤の使用の認可を認める新たなツールを作り出すことである。
②規制監督機関に、1プロジェクト当り1億カナダドル(約95億円)または共同出資した基金2億5,000カナダドル(約237億5,000万円)につき直接かつ自由なアクセス権を認める。このことにより、規制監督機関は事故対応または被害者に対する補償が得られない場合に直ちに金融支援を行うことを保証する。
○より強固な責任
①汚染事業者の支払責任原則(polluter pays principle)を法律上明記する。これは、汚染者が明らかにかつ正式に責任を負うという原則を確立する。
②不注意(fault)または過失(negligent)が立証された場合、無限責任を負う原則を維持、補強する。
③大西洋オフショアの場合は3,000万カナダドル、北極圏の場合は4,000万カナダドルから10億カナダドルに絶対責任額を引き上げる。
④政府の環境破壊事業者への責任追求の根拠を与える。これは、生物種(species)、海岸線や公的資源保護を意図するいかなる損害賠償請求の実行をも確実とする。
⑤認可事業者(authorization holders)の契約者の活動に関して責任を負うという原則を確立する。これは、責任はより小さな企業においても自己責任を負うという点を確実化する。
○事業者や監督機関の透明性の強化
①一般国民が監督機関が管理する「緊急時計画」、「環境保護計画」およびその化の関係文書につきアクセス可能とする。これは、事故の阻止や仮に事故が起きた時に事業者が取るべき手順を見直し、理解することを確実にする。
②2以上の監督機関の管轄権が分かれる行政の境界線をまたぐ分野につき、一体化した管理ができるメカニズムを確立する。これは、明らかに分割される2以上行政エリアにまたがる石油資源から生じる利益を保証することになろう。これらの制度改正につき、当初は大西洋オフショアの外部から始め、大西洋オフショアに影響を及ぼすものについては後から引き続き実施する予定である。
③監督機関にかかる費用に関し、被監督事業者から受け取る制定法上の根拠を確立する。このことは、石油やガス活動にかかるコスト請求の名宛人としての事業者の貢献責任を法律上明記することになる。
〔原子力分野〕
(1)原子力事業部門の安全・賠償強化
カナダ原子力事業者は、カナダの電力需要の約15%を供給してきたが、50年以上にわたり安全なかたちで運用を実行してきた。カナダには強力かつ独立性を持った原子力安全委員会(Canada Nuclear Safety Commission)があるが、重要な委任を受けて適切な電力資源の管理を行う。
本法案は、原子力にかかる民事責任体制を現代化するとともに国際的に整合性の取れたレベルの補償をもたらすものである。同法によるイニシアティブは世界的に通用する原子量エネルギー規制監督の枠組みを完成するものであり、また2012年秋に公表された「環境維持・持続可能性を持つ開発に関する委員会報告書(2012 Fall Report of the Commissioner of the Environment and Sustainable Development)」の勧告内容を受けたものである。
2014年1月30日に上程された本法案(Bill C-22)は、1976年施行の「原子力責任法(Nuclear Liability Act:原子力損害の民事責任に関する法律:1970年に制定 1985年に改正)」に替わるものである。この法律は、カナダ国内の原子力発電所、原子炉研究炉、燃料処理工場や使用済核燃料管理工場等の核施設に適用するものである。
(2)法案のハイライト
○より強固な説明義務・責任
①カナダ政府は市民の怪我や損害に対する核施設事業者の絶対責任を維持する。このことは、怪我や損害賠償の責任を求める者は事業者の過失につき証明責任を負わないことを意味する。
②法案は、民事損害賠償額の上限を7,500万カナダドルから10億カナダドルに上限額を増額した。この新賠償額は現在の国際的な賠償額に相応する。
③法案は事業者のみが責任を負うと定める。この「絶対責任」かつ「排他的責任(exclusive liability)」原則 (筆者注12)は国民および該当産業界に対し明確かつ説明責任を確立する重要な原則である。
④新法案は、事業者に対し、従来の伝統的な保険付保という手段に加え、潜在的な財政責務能力を示すこと、またその他の形式で最高50%の金融安定化能力を示す方式を認める。
⑤政府は、損害賠償責任を負わない範囲で一定のリスクをカバーする責めを負う。すなわち、小型研究用原子炉などリスクの低い核施設等につい保障する。
○対応処置に対する改善
①新法案は、補償対象となる損害の範囲の定義を明確化する。すなわち、死亡を含む身体的損傷、身体的損傷に伴う心理的トラウマ、身体的損傷または財産的損失に伴う経済的損失、賃金等財産の運用にかかるコスト、権限を持つ監督機関により命ぜられた矯正手段に関する合理的な範囲のコストにおける環境面の損害、監督機関により命じられた予防・回避措置にかかる費用、などを明記する。
②新法案は、潜在的な病気等身体的な損傷にかかる補償請求時効期間に関し、現行10年間を30年間に延長する。なお、10年間の請求期間はすべての損害賠償請求期間として存続する。
○透明性の強化
①新法案は、賠償金支払請求の迅速化のため、一般司法裁判システムにかわる準司法請求審判所手続(quasi-judicial claims tribunal)の概要を明記する。
②新法案は、IAEAの原子力損害の補完的補償に関する条約(Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage:CSC) (筆者注13)のカナダの批准を実装することになる。これを受け、カナダは同条約に調印し、2013年12月に議会に提出した。
③同条約は、条約批准国間で民事損害賠償を導き出す越境かつ輸送中の事故における原子力民事責任と補償に関する定めをおく。
④米国との原子力民事責任条約を結ぶうえで重要なものであり、両国はすでに条約関係国である。
⑤一度、条約は有効となると国内体制を財政面で補うことによりカナダの原子力民事責任体制を強化される。カナダは同条約はまだ有効ではない。40万メガワットの原発能力が取り付けられた国が少なくとも5カ国になった段階で有効となる予定である。条約の批准を検討中である日本や韓国が有効とすべく批准したときはカナダは批准することになる。
3.2015年.「原子力賠償責任法(Nuclear Liability and Compensation Act)(SC 2015、c 4、s 120)」の成立
Nuclear Liability Act (R.S.C., 1985, c. N-28)に代わる原子力施設にかかる賠償責任の法律で,2015年2月26日可決された。原子力事故の場合の民事責任と損害賠償に関する法律で、1985年原子力賠償法を廃止し、他の法律を結果的に改正するもの。2015 年カナダ法第 4 章第 120 条により制定され、2017 年 1 月 1 日に発効した。
【要旨】
この法律は、原子力事故の場合の民事責任と損害賠償に関する規定を定める。 特に、この法律は、原子力事故に起因する損害に対する補償および民事責任制度を強化し、「原子力施設」を指定する原子力事業者の損害賠償責任を 7,500 万カナダドル(約85億900万円)から 10 億カナダドル(約113億4500万円)に増額し、それぞれの賠償責任額は、原子力施設以外の者が負うことのできないものとしている。 事業者は、損害を引き起こし、本法に基づいて責任を負う原子力事故についてカナダ国民に対して責任を負うものとした。 なお、本法は原子力施設として指定された原子力施設にも適用される。 これらには、原子力発電所、核研究用原子炉、核燃料廃棄物やその他の放射性廃棄物の管理に使用される核物質処理工場施設が含まれる。 ただし、この法律は、ウラン鉱山、天然ウランを使用する製油所、病院の原子力研究所などの施設には適用されない。法文は 80 のセクションで構成されている。
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(筆者注1) 法案C-22の審議経緯の詳細は、公式法案トラッキングサイト”LEGISinfo”で確認されたい。
(筆者注2)”mirror legislation”とは、連邦法とほぼ同一内容の州法を制定する手続きをいう。
(筆者注3) 3月4日、英国会計検査院(NAO)は、英国議会・決算委員会に対し、英国の最大かつで最も危険・有害な核廃止施設であるセラフィールド・サイト(Shellafield site)の管理問題につき核物質の廃棄および清浄化の進捗の範囲等について最新状況を報告した。」
なお、英国の核物質廃棄企業6社の統括団体であるNDA(Nuclear Decommissioning Authority)の概要を補足する。NDAの解説サイトの内容から一部抜粋する。
「英国原子力廃止措置機関(NDA)は、英国の19カ所の指定民間公共セクターの原子力発電所に対して安全かつ効果的に廃止措置(デコミッショニング)及びクリーンアップを行うことを保証するため、2004年英国エネルギー法の下に設立された英国政府の外郭団体(NDPB)です。19カ所の発電所は、NDAとの契約に基づき、それぞれが6つのサイトライセンス会社(SLCs)のうちの1社によって運営されています。SLCsは日々の業務及びサイトプログラムの提供に責任を負っています。」SLCsのうち1社がセラフィールド株式会社である。
「セラフィールドのサイトは1940年代から運転されており、世界初の商業原子力発電所、コールダーホールの故郷です。現在、このサイトは不要になった建物の廃止措置、使用済み燃料の管理(マグノックス炉及び酸化物燃料再処理施設と協力)、及び安全管理と核廃棄物の貯蔵を含む幅広い原子力関連業務を行っています」
(筆者注4) わが国の「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」と「原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)」の内容を概観する。なお、詳細については文部科学省の図解解説サイト「我が国の原子力損害賠償制度の概要」が分かりやすい。
○原子力事故による被害者の保護等を目的に策定された。原賠法では、原子力事故における原子力事業者の「無過失責任」、「責任の集中」及び「無限責任」の原則により、原子力事業者が全面的にその賠償責任を負うこととしている。しかし、異常に大きな天災地変や戦争などの社会的動乱による原子力事故は、賠償責任の対象から除かれる。また、原子力事業ごとの事故の賠償措置額を定め、原子力事業者が民間の「日本原子力保険プール」と賠償措置額を保証する保険契約を結ぶことを定めている。保険では埋められない損害を補償するため、補償契約法は事業者と政府が賠償措置額を上限とする補償契約を結ぶことを定めている。損害賠償の紛争は、原賠法によって設置される原子力損害賠償紛争審査会を通じて和解が図られる。福島第一原子力発電所事故の発生を契機に、原子力事業者が損害賠償するために必要な資金等に関する業務を速やかに処理し、損害賠償を迅速かつ適切に実施するため、平成23年9月に原子力損害賠償支援機構が設立され、賠償支援に係る業務を実施している。
(筆者注5) わが国の原子力事業者は原子力損害に対する無過失責任を負っているが、原子力賠償法第3条第1項但書きは、以下の事由による原子力損害については原子力事業者を免責としている。政府の基本的な説明文を引用する。
(1)賠償責任の厳格化
被害者保護の立場から、原子力事業者の責任を無過失賠償責任とするとともに、原子力事業者の責任の免除事由を通常の「不可抗力」よりも大幅に限定し、極めて異例な事由に限るという意図で、上記二つ(異常に巨大な天災地変、社会的動乱)のみを免責とした。
(2)自然災害の取扱い
「異常に巨大な天災地変」にあたらないものは、原子力事業者の責任となるが、事由により以下のとおり区分される。
① 地震・噴火・津波→政府補償契約でカバー
② ①以外の事由(洪水、高潮、台風、暴風雨等)→民間損害保険会社の賠償責任保険でカバー
海外立法と比較するとこの第1号の免責事由については、大いに議論がある点である。政府の説明では、事業者の責任範囲が極めて限定されているが、政府の補償、保険会社の補償で海外の国際的水準には見合っていると述べている。
しかし、わが国内閣府原子力委員会の厳格なチェック機能を前提とした賠償制度が果たして十全な制度といえるか、ここでは詳しく論じないが、例えば次の論文などが参考になろう。
・立命館大学 経済学部教授 久保壽彦「原子力損害賠償制度の課題」
・2014年3月日本エネルギー法研究所「原子力損害賠償制度に関する今後の課題 東京電力(株)福島第一原発電所事故を中心として-平成23~24年度 原子力損害賠償に関する国内外の法制検討班報告書-」(全235頁)
(筆者注6)「絶対責任(absolute liability)」と「厳格(無過失)責任(strict liability)」の法的意義の相違については中央大学・総合政策部の平野晋教授が 法と経済 ロー&エコノミックス「厳格(無過失)責任」で説明されているが、専門家外には明らかに説明不足である。
(筆者注7) エネルギー事業者における対処内容の透明性(transparency)は極めて重要であることはいうまでもない。一方、最近時改めて問題となった東京電力福島第1原発で、放射性物質を含む雨水が排水路を通じて外洋に流出していたことが明らかになった。排水路を通じた流出は2011年3月の事故発生直後から続いていたとみられるが、東電の対応は後手に回っている等の記事を読むたびにこの問題の重要性が再認識される。
(筆者注8) 汚染者支払原則(pollutter pays principle)とは次をいう。
PPP(Polluter-Pays Principle:汚染者負担原則)とは、汚染者が汚染防止費用を負担すべきであるという考え方です。1972年5月のOECD理事会が採択した勧告「環境政策の国際経済面に関するガイディング・プリンシプル」の中で提唱されました。例えば、工場での生産により有害物質を排出する場合、その有害物質は当該工場の責任において処理されるべきだというものです。(Sustinable Japanサイトから引用)
(筆者注9)英米法にいう”negligent”や”fault”の概念につきあえて補足する。”negligent”は過失((人/物に損害を及ぼす状況下で然るべき「注意(care)」を欠くことをいう。「注意の欠如」には不注意にことをなした場合もなすべきことをなさなかった場合も含まれる。この説明では分かりにくい点があろう。
Find Lawの過失に関する解説をもって補足する。
・過失訴訟で原告が勝つために主張すべき要素は次の5つである。
①被告が原告に負う注意義務
②当該義務の不履行
③被告の行為と結果として起こる実際の被害の原因の関係
④その被害が予測できた同化に関係する近因
⑤被告の行為から結果的に導き出される損害
(筆者注10)信用状決済とは、国際貿易において、輸入業者が相手国の輸出業者に対して発行するもので、信用状に書かれた条件を満たせば、銀行がその輸出業者に対して代金支払いを保障するもの。つまり、輸入業者と輸出業者がお互いに決済について不安をもっているとき(もしくは信頼しきれないとき)にこのL/C決済がよく使われる。
(筆者注11)カナダにおけるオフショア石油施設委員会はノヴァスコシアを例に補足する。
「カナダ-ノヴァスコシアオフショア石油施設委員会(CNSOPB)は、ノヴァスコシアオフショアにおける石油削削活動の規制・監督に関して責任を有するカナダの連邦政府とノヴァスコシア州の独立した共同運営の機関である。1988年カナダ-ノヴァスコシア・オフショア石油資源合同適用法に基づき、1990年に設立された。」
(筆者注12)「排他的責任」の法的定義についてここでは詳しく立ち入らないが、原子力発電事業者等いわゆるoperatorの厳格な責任を定めるもので国際的に基準となることは間違いない。世界原子力協会(World Nuclear Association)の解説サイト”Liability for Nuclear Damage”を参照されたい。
(筆者注13) CSCは、IAEAの統一的な国際原子力損害補償制度で、ウィーン条約もしくはパリ条約に加盟している国、またCSCの付属書と整合性の取れた国内法を有する国であれば加盟できるものである。このような行動は、発電所の運転中、および越境輸送中の世界的な補償及び責任制限を確実にするために極めて重要な国際条約関係を可能とする。(2013年1月16日わが国の原子力委員会「原子力発電所輸出者のための行動原則」から一部抜粋)。
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