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情報セキュリティ、消費者保護、電子政府の課題等社会施策を国際的視野に基づき提言。米国等海外在住日本人に好評。

英国弁護士等に対する顧客からの苦情に対するリーガル・オンブズマン制度改正の背景と今後の 課題

2010-10-11 13:44:50 | 消費者保護とオンブズマン制度

 

 2023.12.24 Last Updated

 10月7日、英国法務政務次官ジョナサン・ジュノグリィ(Jonathan Djanogly )は弁護士に対する顧客からの苦情を専門に受付ける国家機関たるオンブズマン制度を10月6日にスタートした旨発表(筆者注1)した。

Jonathan Djanogly 氏


 この問題につき筆者はBBCやガーディアンといったメディアや大手ローファームのニュースで知っていたが、今一その意義や目的が良く理解できなかった。

 そこで筆者なりに英国の従来の複雑な諸制度を改革すべく、司法改革の一環となる今回の制度改正の法的背景( 「2007年リーガル:サービス法(Legal Services Act 2007)」)や意義につき、改めて英国法務省や従来からある「リーガル・オンブズマン」サイト、弁護士会関係等の情報をもとに整理してみた。

 わが国では、企業や市民が依頼先の弁護士の納得できない法手続き実務や弁護活動について不満や苦情があれば「弁護士法」
(筆者注2)に基づき一般的に懲戒権を持つ当該弁護士の所属弁護士会(筆者注3)への相談から入る。英国に比して制度的に複雑ではないが、実際多くの苦情・トラブル等があることも事実である。

 わが国も今後ますます民事・刑事裁判やADRなど紛争解決の新たな制度の見直しを考える上で、筆者はその代理人である弁護士が適法・適正に法律の番人として機能すべく基盤整備問題として考えた。その意味で英国の例を参考とすべく今回の調査結果を公表するものである。

 特に「弁護士自治」か「国家独立機関」による監視・規制かという問題は、英国でも喫緊の問題となっている。「検察制度」改革問題と同様、わが国の司法制度上極めて基本的かつ重要な問題と思う。

 なお、時間の関係で調査不足な点が多いと思うが、筆者の問題意識だけは理解していただきたい。

 

1.わが国における「英国の弁護士の懲戒権規定の概要」資料
 日本弁護士連合会がまとめている資料「世界弁護士会便覧欧州」が、英国(UK:グレートブリテンおよび北アイルランドからなる連合王国)各構成国における弁護士会等の懲戒規程等につきまとめている。

 同資料はイングランド、ウェールズ、スコットランドなど個々に事務弁護士(Solicitors )からなる弁護士会(The Law Society)や法廷弁護士(barrister)からなる弁護士会(General Council)等の懲戒制度について解説しており、それなりにまとまっている。(筆者注4)

 しかし、それだけでは今回のオンブズマン制度の改正の本当の背景は理解できない。

2.英国の新オンブズマン制度導入の背景
(1)「2007年リーガル・サービス法(c.29)」の主要な立法目的
 同法は2007年10月30日に国王の裁可(loyal assent)により成立した。法案提出にあたり法務省の行った調査や英国国立公文書館(National Archives)が運営している時間軸で法令の内容や逐条的な改正状況を検索閲覧できる“legislation.gov.uk” (筆者注5)等でその内容を確認した。

 同法の立法目的の1番目は「法律サービス監視委員会(Legal Services Board)」の創設である(同委員会は2010年1月1日に運用を開始した)(第2編)。
2番目がリーガル・オンブズマン制度の整理統合である。(第6編:Legal Complaints)
3番目が弁護士と非弁護士とで'ワンストップショップ'タイプ会社を法的で他のサービスを探している顧客に提供するパートナーシップを組織させるAlternative Business Structures(ABS)制度の導入であり、ABSは2011年末までに稼動する予定である。(第5編)

 同法が新たに導入した「非弁護士法律専門会社実務制度(ABS)」についても事務弁護士会(Law Society)等から多くの問題指摘が出されている。この問題自身、わが国で解説を見たことがない。今回のブログで取り上げるにはあまりに複雑な背景があるようなので機会を改めるが、1つはっきりしているのは英国の雇用対策である点やかえって複雑な制度を作ったのではないかと言うことである。

 英国内でも情報が限られている模様であるが、筆者が独自に調べた結果では、次の2つの解説が本音かつ専門的であり、少なくとも英国法務省の解説より正確である。
「非弁護士法律専門会社実務(Legal Disciplinary Practices:LDPs)」(2009年3月26日)英国事務弁護士会(Law Society)が作成したもので、新制度の内容、非弁護士を管理する新会社のための経営面も含めた実務的な取組み内容等について逐一解説しており、分かりやすい。

②「なぜ非弁護士法律専門会社実務(LDPs)の運用開始が遅れたのか」英国事務弁護士会の機関紙“Law Society Gazette”(2009年4月9日)のレポートである。体系的な内容ではないが関係者の意見は網羅している。

(2)従来あった「リーガル・オンブズマン」制度の問題点
 法務省の資料説明は概要次のとおりである。英国の一般市民や外国人にとっては比較的不親切な内容と思える。なお、初めに英国メディアの解説例を見ておく。「ガーディアン(10月5日)」「BBC(10月5日)」が取上げている。誠意のない依頼主の期待に的確に応じていない弁護士への最高3万ポンド(約381万円)の補償義務といった点等が中心となっている。

①法律専門家の強制納付金を資金源とする独立運用制度で顧客やローファームにとって苦情対応を円滑化する。
②弁護士の過誤が明らかとなったときは謝罪要求から最高3万ポンドの損害賠償金といった罰則が科される。
③新しいオンブズマン制度は従来の“Legal Complaints Service”と“Bar Standards Board”を含む8つの異なる機関(従来のLegal Ombudsmanサイトの解説に8団体名が明記されている)を中心とする、法的な市場セクターに関する苦情を扱う現在の紛らわしい複雑なシステムに取って代わる点は高く期待される。
④ABSは2011年末までに稼動する予定である。

(3)新リーガル・オンブズマンとはいかなる具体的な専門家を指すのか
 事務弁護士、法廷弁護士、法律専門家(Legal executives)、土地等不動産に関する権利移転専門法律家(Licensed Conveyancers:LC) (筆者注6)等からなる。スタート時の理事会理事一覧や具体的なチームの顔ぶれの一覧がある。

3.新リーガル・オンブズマンの基本的な制度概要
 新オンブズマン・サイトでは基本的知識として次のとおり説明している。なお、同サイトでは説明リーフレット、ビジョンの内容、理事会や委員会組織、制度にかかる公文書等につき逐一解説しているので参照されたい。また、同サイトでは「消費者向け情報コーナー」を設け、具体的な苦情様式やアクセス等について説明している。

(1)対象エリア:イングランドとウェールズ
(2)利用者は一般市民、零細企業、慈善団体、クラブや受託者等で「無料」である。
(3)政府から独立した機関で、公平性を最重要視する。
(4)我々は、原則非公式に業務を進め、必要に応じ正式な調査を行う。一度本オンブズマンの決定が受け入れられたとき、弁護士に対し我々が何が必要かにつき述べた内容についてはその実行を保証する。
(5)我々は基本的な権限があっても苦情申立のすべてについて調査する義務はない。あなたが受ける「法律上の助言」や裁判所の判断に同意しないことで不満があったとしてもその点をカバーするものではない。
(6)我々は法令が失効していたとしても弁護士や警察のために規則化を行うものではない。これは異なる規制監督機関が行う問題である。
(7)我々は次の内容を含む司法サービスにつき苦情を調査できる。
①家や財産の購入や売却
②離婚等の家族法
③遺言(wills)
④身体傷害(personal injury)
⑤知的財産
⑥刑事法
⑦民事訴訟
⑧移民問題
⑨雇用問題
⑩その他

4.新オンブズマン制度への移行にかかる経過措置
 従来のオンブズマン・サイトは新オンブズマンへのアクセス内容を説明するとともに移行措置について解説している。いずれにしても混乱はありそうである。

 なお、苦情申立に対象となる異なる法律専門家につき具体的に列挙しており参考になると思われるのでここであげておく。
①事務弁護士(Solicitors)
②法廷弁護士(Barristers)
③不動産等権利移転専門法律家(Licensed Conveyancers:LC)
④公証人(notaries)
⑤商標弁理士(Trade mark attorneys)
⑥法律費用見積専門士(Law costs draftsmen) (筆者注7)

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 なお、わが国の国立国会図書館のカレントアウェアネス・ポータル(7月30日号)は、英国議会の時間軸での法令の内容変更内容につきその過程を追いながら検索できるサイトの紹介を行っている。
「2010年7月29日、英国国立公文書館(NA)が、これまでに英国内で制定された法令を検索、閲覧できるウェブサイト“legislation.gov.uk”を公開しました。時間軸で表示することで、法の変遷過程を分かりやすくしたとのことです。ウェブサイトでは、1988年から現在までは全法令を、1988年以前については第一次立法分のみ利用可能のようです。また“legislation.gov.uk”の公開に伴い、これまで“Office of Public Sector Information”と“Statute Law Database”で提供していた内容は、今後“legislation.gov.uk”に引き継がれるとのことです。」
極めてさらりと説明されているが実は筆者が従来から考えている議会制民主主義の最も基本的な問題(日本国憲法で定める国民の知る権利(21条)、参政権(15条))に英国が取組んだ結果であることを忘れてはならない。このような英国の公的情報とりわけ議会の立法審議内容や制定後の改正につき抜本的な情報公開体制を構築した見本はおそらく米国であろう。
 またフランスについても議会上院(Senat)の立法過程のトラッキング・サイトは理解しやすい構成である。

 一方、わが国の議会サイトでの法案審議トラッキング情報はいかがであろうか。現在のサイトを見てみる。衆議院サイト「第176回国会 議案の一覧」がある。議案種別に議案審議経過情報が見れるが、委員会やどこでどのような議論が行われているかに関する情報はほとんどない。もう20年以上画面構成は見直されていないのではないか。

 

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(筆者注1)2023.12.24筆者は英国法務省のオンブズマン制度のリリース文にリンクできなかった。その理由を補足する。

UK  Web Archive に移っていた。UK Web Archiveは英国図書館(British Library)が運営している、英国内のウェブサイト等を収集保存するウェブアーカイブである。わが国でも国立国会図書館が国立国会図書館国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)サイト」が試行しているが、はたして十分機能できているのか。

 

(筆者注2) 参考までにわが国の「弁護士法」第8章第1節に基づく弁護士会による「懲戒事由・処分」の規定内容につき記しておく。
(1)第56条  弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。
2  懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
3  弁護士会がその地域内に従たる法律事務所のみを有する弁護士法人に対して行う懲戒の事由は、その地域内にある従たる法律事務所に係るものに限る。
(懲戒の種類)
第57条  弁護士に対する懲戒は、次の4種とする。 
一  戒告 
二  2年以内の業務の停止
三  退会命令
四  除名 
2  弁護士法人に対する懲戒は、次の4種とする。
一  戒告 
二  2年以内の弁護士法人の業務の停止又はその法律事務所の業務の停止
三  退会命令(当該弁護士会の地域内に従たる法律事務所のみを有する弁護士法人に対するものに限る。)
四  除名(当該弁護士会の地域内に主たる法律事務所を有する弁護士法人に対するものに限る。)

(2)依頼者側にたった苦情のためのアドバイスの解説例(東京商工リサーチ「横山雅文のリーガルリスクマネジメント」(2003年1月1日掲載文より引用)

「第12回 弁護士に対する苦情−紛議調停と懲戒申立て」2003.1.1寄稿
 依頼した弁護士が案件の処理をしない、処理の仕方に問題がある、予期せぬ高額の報酬を請求された、などというような弁護士に対する苦情はどこに申し立てればよいでしょうか。
 まず、弁護士会には「市民窓口」という電話での弁護士に対する苦情受け付けがあります。市民窓口では、相談内容によって「紛議調停」や「懲戒申立て」の説明・案内をします。
 「紛議調停」とは、弁護士と依頼者との間で事件処理や報酬等で紛争が生じた場合に、弁護士や依頼者からの申し立てによって、弁護士2名からなる調停委員会が実情に即した円満な解決をはかるあっせん調停の手続です。9割方は依頼者からの申立てで、報酬に関する紛争が多いようです。
 「懲戒申立て」とは、弁護士に弁護士会の信用を害する行為や品位を失うべき非行があったとして、弁護士会にその弁護士に対する懲戒を求める手続で、依頼者でなくても申し立てることができます。
 弁護士に対する懲戒は、懲戒委員会が決定しますが、懲戒委員会は、弁護士だけでなく、裁判官、検察官、学識経験者からなる懲戒委員によって構成されています。
 懲戒処分は、軽い順に、戒告、業務停止、退会命令、除名となっています。
 不幸にして依頼した弁護士との間で紛争が生じた場合、とりあえず、弁護士会の市民窓口に電話することをお勧めします。

(筆者注3)「東京弁護士会」の弁護士の苦情専門サイトURL
https://www.toben.or.jp/know/toben/kujyou.html
「東京第二弁護士会」の苦情専門サイトURL
https://niben.jp/service/soudan/shimin/

(筆者注4) 「イギリスで法律の専門家(legal executive)の資格を取得するには、法律専門家協会(ILEX)の認定を受けたコースを受講する必要があります。高等教育レベルで法学を学びたい場合、入学申し込みの前にLNAT (National Admissions Test for Law)と呼ばれる試験を受ける必要があります。法学のHNDコースに加え、法律関連のFoundation Degreeも9コースあります。
イギリスでは、弁護士の資格を取得するための決められたルートがあります。まず、法知識の基礎と称される7つの専門分野のモジュールを勉強し、それぞれの試験に合格しなければなりません。これらのモジュールは、学士号(LLBまたはBA)の取得につながります。その後、法律実習コース(LPC)や法廷弁護士志願者のためのコース(BVC)に進み、弁護士や法廷弁護士(barrister)の資格を取得することができます。」
また、大学院での勉強や実務研修は、事務弁護士(solicitor)、法廷弁護士(barrister/advocate)の資格につながります。」
(ブリティッシュ・カウンセル「英国で勉強できる法律分野のコース」の解説から抜粋引用)。

(筆者注5)英国UKの議会での法案審議のプロセスに即した図解入りの一覧性を持った専門サイトを議会が提供している。


(筆者注6)英国の“Licensed Conveyancers”ついてはわが国では解説は皆無であるし的確な訳語は難しい。その資格管理団体である“Council for Licensed Conveyancers”サイトでは制度の概要について説明している。なお、根拠法は「1985年司法行政法(Administration of Justice Act 1985)(c.61)」である。

(筆者注7)“Law costs draftsmen” もわが国で存在しない法律専門家である。英国大手の“Law costs draftsmen”会社である「R COSTINGS LTD社」のサイトで確認してみた。まず訴訟ありきの国柄かも知れないが、法律実務の分散化は司法システムの効率化とは相反するものであり、英国のさらなる課題を垣間見た気がする。なお、法律費用見積専門士には協会(Association of Law Costs Draftsmen)があり、その主催する試験の合格や会員登録が必要である。

〔提供サービスの内容〕
①身体障害、医療過誤、重傷、婚姻や刑事民事裁判費用等の見積り
②弁護士費用(counsel fee)、診断書、条件付手数料や成功報酬手数料等を含む費用見積り
③訴訟などにおいて交渉が行きずまったとき、裁判所による詳細調査聴聞(Detailed Assessment hearnig)が求められるときの出席
④裁判費用等に関する各種助言

[参照URL]
・英国新リーガル・オンブズマンの専用サイト
https://www.legalombudsman.org.uk/who-we-are/
英国「2007年リーガル:サービス法(Legal Services Act 2007)」
http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2007/29/contents
「法律サービス監視委員会」のサイト
http://www.legalservicesboard.org.uk/


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Copyright © 2006-2010 芦田勝(Masaru Ashida).All Rights Reserved.No reduction or republication without permission

 





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オーストラリア政府の生活支援ボーナス支給とフィッシング詐欺警告について

2009-04-05 08:31:04 | 消費者保護とオンブズマン制度

 

Last Updated:March 6,2021

2009年4月に給付されるオーストラリア政府の生活支援ボーナスについては2月28日付の本ブログで取り上げた。
 これに関し、筆者も懸念していたとおりボーナ給付をめぐる詐欺集団の行動が同国で問題となり、政府税収局(Australian Taxation Office:ATO)や、SCAMwatchおよび給付事務の中心となるCentrelink等関係機関が広く消費者にフィッシング詐欺の警告を行っている。その情報は筆者が参加している同国のディスカッショングループから入手したのであるが、今回のボーナス給付に関する政府税当局の情報フォローの実態も合わせ紹介しておく。

 また、同国の詐欺専門サイトSCAMwatchは詐欺問題の各被害者からの報告に基づき各種詐欺の手口を簡潔に公開している。その内容を見ると主たるパターンは以下の2.のようになるが、類似のパターンも併せて説明されている。なお、各類型の解説は別途米国のインターネット犯罪苦情センター(Internet Crime Complaint Center:IC3)の2008年中の苦情受付に基づくインタ-ネット詐欺に関するブログ原稿を別途作成中であり、重複しない範囲で解説を試みたので、その内容もあわせて読んで欲しい。

 なお、わが国の定額給付金にかかる詐欺の手口に関し警視庁が警告を鳴らしている。(筆者注1)  詐欺社会の変化についていくことがIT社会で生きていくことなのか。

1.SCAMwatchのオーストリアにおける1回限りのボーナス支給に関する詐欺被害の危険性に警告
 4月上旬にオーストラリア政府機関であるATOとCentrelinkは総合経済対策の一環としてボーナス支給を行うが、SCAMwatchが集めた苦情によると詐欺師が政府機関(ATOやCentrelink)のふりをしてボーナス支給を受けるため(受給適格)には特定の様式を持った請求書の完全な作成が必要であると説明する偽の電話、Eメール等を送りつけている。その様式の内容は受給者の姓名、住所および銀行取引の詳細情報である。

 今回の給付手続において、Centrelinkは受給対象者の2007年・2008年度の給付税額控除指定口座に一定の計算方式に基づき振込むため、そのような手続は一切不要なのである。大多数のオーストラリア人はその事実を知っているはずであるが、まだ銀行口座の変更中のため税還付手続を行っていない人などのために警告を鳴らしたものといえる。

 自分自身を守るために何をなすべきか、次のような注意事項を記載している。
(1)自分から要求していないEメールに対しクレジットカード情報や銀行取引の明細情報を返信したり、相手が真に確認できない場合は決してウェブサイト上でそれらの個人情報を送信してはならない。
(2)あなたがATO、Centrelinkや取引銀行からEメールを受け取ったときは、直ちに削除すること。
(3)それらのEメールに添付された文書等を開いたり、リンクを張らないこと。
(4)電話番号やアドレスは銀行の取引明細書や電話帳といった公式に認められたものに記載されたもののみを使用すること。自らが要求していないEメールに対し、これら機密情報を回答してはならない。

2.SCAMwatchの詐欺手口・犯罪類型分析
 ” SCAMwatch”は、オーストラリア競争・消費者委員会(Australian Competition & Consumer Commission:ACCC)が運営している詐欺・悪徳商法に関する情報ウェブサイトである。連邦の各州や海外の被害の場合はACCC、また金融や投資に関する詐欺の場合はオーストラリア証券投資委員会(Australian Securities & Investments Commission:ASIC)、銀行やクレジットカード詐欺の場合は取引金融機関というようにいろいろな報告先とリンクを張り、また被害に会わないための関連記事等を検索できる。(筆者注2)

 さらに興味深いのは詐欺の手口・類型を具体的に列挙し、それぞれに対し前記報告の重要性の説きながら、自身の被害拡大を阻止するための相談機関等の情報を具体的に説明している点である。

 詐欺の類型分類は欧米各国で工夫されている。SCAMwatchサイトでは、一部米国のIC3では解説されていない詐欺類型があるので、その項目についてのみ簡単に説明する。
 なお、これらの被害防止の解説を読めばすぐに理解されると思うが、共通的な答は自分自身常識的に判断し、人間欲を出さないことのようである。「うまい話の裏には詐欺がある」という昔からの言い伝えは正しかろう。

①宝くじや勝ち抜き詐欺(Lottery and competition scams)

②マルチ商法やねずみ講(Chain letters and pyramid scams)

③投資詐欺(一攫千金詐欺)(Investment scams :get-rich- quick)
(ⅰ)売込み電話(Cold calling investment telemarketing)
 時として海外市場における高収益とハイリスク投資を強引に働きかける押し売り電話セールスである。電話のかけ手は、一見投資のプロのように聞こえるがオーストラリアでの取扱免許をもっていない詐欺者である。
(ⅱ)株式の販売促進と「トビキリいい情報(hot tips)」
 スパムメールや胡散臭い電話によりほとんど流通していない株式の購入をせかす。詐欺師は犠牲者が同株に投資するまで株式の売却を待つのである
(ⅲ)投資セミナーと不動産詐欺(real estate scams)
ハイリスク商品販売戦略による高圧的販売セールスを行う詐欺。詐欺師は一方でセミナー参加手数料(attendance fee)で儲け、また他方で暴騰的価格(inflated prices)で不動産を被害者に売却する。
(ⅳ)コンピュータ予測ソフト(賭けソフト)の販売詐欺
 スポーツ・イベントや株式市場の結果を予想するソフトウェアー・パッケージを売り込む。そのソフトは期待通り機能せず配当はありえない。
(ⅴ)退職年金詐欺(superannuation scams)
 特に自己管理型年金ファンド(self-managed super fund:SMSF)の加入者に退職前に繰り上げ給付(release)をすすめる申出詐欺が大きな社会問題となっている。(筆者注3) (筆者注4) (筆者注5) (筆者注6) (筆者注7)

 なお、投資詐欺に類似するものとして次のものが例示されている。
(ⅵ)ビジネスチャンス詐欺
(ⅶ)雇用や収入保証を誘いつつ前払いの謝礼や教材費を要求する詐欺

④送金・金融取引情報要求詐欺(ナイジェリアからの手紙詐欺(Nigerian’ scams))(筆者注8)

⑤銀行取引情報入手詐欺(banking & online account scams)
 なりすまし詐欺の手口と共通性がある。フィッシング詐欺が典型であるが、その偽メールでは被害者の口座に不具合があり確認ために口座番号や暗証番号等正確な取引情報の提供を求めるのである。また、キャッシュカードやクレジットカードの磁気ストライプ情報等を違法にコピーするスキミング詐欺も類似の詐欺である。その他、オンライン・バンキングのキーボードの入力内容を違法なソフトウェアーを使って盗取する「キー・ロガー(Key-loggers)」も同種の詐欺行為である。

⑥なりすまし詐欺(Identity theft scams)

⑦インターネット詐欺(Internet scams)
(ⅰ)オンライン・オークション詐欺
(ⅱ)偽ドメイン名更新詐欺(Domain name renewal scams)
 被害者の真のドメインに関し偽の更新ドメイン名を通知してきたり、または請求明細書(invoice)で極めて紛らわしいドメイン名を送りつけてくる詐欺である。
(ⅲ)一般にスパムメールは極めて安いおまけ品や冨を約束するが、これに回答することは消費者のPCや銀行口座の安全性に問題を引き起こす結果となる。
(ⅳ)無料のウェブサイトへのアクセス、ダウンロード、休暇提供、株式、および試供品―被害者はその対価としてクレジットカード情報や個人情報を提供することになる。
(ⅴ)モデムのハイジャッキング(modem hijacking)(インターネットでユーザーに接触し、閲覧ソフトをダウンロードさせ、ユーザーがこの閲覧ソフトを使用すると、ユーザーが知らないうちにダイヤルアップの設定を勝手に変更してしまうプログラムを利用して、従来使用していたローカルのインターネットプロバイダーに接続する代わりに、非常に使用料の高い0900番号(premium rate phone number)や国際電話番号に接続させてしまう詐欺行為である。被害者は膨大な料金請求を受けて初めて被害に気づく。)

⑧携帯電話詐欺(Mobile phone scams)
 詐欺者は被害者を以前から知っていたような電話(テキスト・メッセージ)をかけてきたり、不在着信コール(missed call)で被害者からのリダイヤルを待っていたりする。無料の着信音を提供したり、夢のような商品の提供を約することで前払いを促すが隠れた費用請求があるのが一般である。被害者がこの呼び出しに答えるとがっかりする商品やまったく欲しくない商品やサービスが提供され、取消できないようサインしてしまうことがある。最後に巨額な電話代の請求が届くのである。
 この種の詐欺にはSMS(携帯電話同士で短い文字メッセージを送受信できるサービス。国内のSMSとしてはNTTドコモの「ショートメール」や、auの「Cメール」などがある)を利用したコンテストや簡単なクイズですばらしい商品が当たるというものがあり、しかし参加費がいくらかかるかは知らされないである。

⑨健康や医学に関する詐欺(Health & medical scams)
 健康に不安をもっている人々を搾取する詐欺である。詐欺師はありえない対処策や複雑な健康治療を簡素化できると約束するが、これらの詐欺にかかると被害者は重大な健康被害を受ける。
(ⅰ)妙薬(Miracle cures)
この妙薬詐欺は、病気にかかったり荒治療を要する者をえさにまったく機能しないかかえって危険なものである。
(ⅱ)減量詐欺(Weight loss scams)
 詐欺師の不当な要求は「革命的やせ薬」、「クリーム」、「食事のアドバイス」、「健康機器」に基づき行われる。
(ⅲ)偽のオンライン薬局(Fake online pharmacies)
 非常に安価の薬や処方箋なしで薬を提供するが、重大な健康障害や不当に高額な請求を伴う。(筆者注9)

⑩仕事や雇用斡旋詐欺(Job & employment scams)

⑪中小企業経営者向け詐欺(Small business scams)
この種の詐欺は、数種類の書式すなわち一度も注文したことがない広告代の請求書、ありえない事務所内の事務用品代および政府からのにせの送金要求書等で行われる。被害に会わないための防御策は、購入や注文する際の責任者を限定し、すべての注文書・購入書を保存するとともにそれらの権限を信頼に足る人物のみ行わせることである。
******************************************************************************:
(筆者注1)4月2日付の警視庁生活安全総務課の警告内容は次のとおりである。このような早期の被害防止の姿勢が詐欺師には最も効果的であることは過去の例に見られる。
「大阪府や宮城県において、市職員や代行業者を装い現金を騙し取る「給付金詐欺」が発生したほか、全国で給付金の支給開始にあわせた不審電話等が多発しています。
 都内でも、3月に入り、市や区の職員を名乗り
  ・高齢者宅へ「給付金のことで」と言って、個人情報を尋ねる
  ・携帯電話に「給付方法はどれを希望しますか」等の確認をしてくる
  ・「郵政省です。定額給付金のお知らせです」等のガイダンスを流す
  ・口座番号が誤っていないかどうか確認に行きたい
等の不審な電話や、
  ・定額給付金の申請書を持っている人に対する「手続きを代行します」
という声掛け、また、
  ・手続きが面倒なので区役所から手伝うよう言われて回っています
  ・定額給付金はいくらもらえるか知っていますか
等代行業者やアンケート調査を装う訪問事案等が発生しています。
 ○予想される事案
 ・手数料の支払いを求められたり、個人情報・口座番号を聞かれる
 ・訪問し、通帳・カードの確認を要求される
 ・窓口で現金の給付を受けた人を狙う「ひったくり」
 ○防犯対策
 不審な訪問・電話には、相手の連絡先、氏名、部署を尋ね、自治体に必ず確認するとともに110番通報をお願いします。また、「ひったくり」も多発していますので十分気をつけてください。」

(筆者注2) SCAMwatchのサイトを見てすぐ気が付くのは、詐欺被害者へ詐欺の類型別に報告方法・報告先について詳細な説明を行っている点である。要するに迅速な関係機関への報告が新たな被害者の増加を阻止する最も有効な手段であるからである。もう1点は消費者が自分自身被害に会わないために以下に行動すべきかについて懇切丁寧に解説を加えていることである。その中でわが国でも共通的に使える教訓は次の2つであろう。
①黄金律(Golden rules)要するにうまい話には裏がある。冷静に常識に従って判断することの重要性である。一攫千金で儲けるのは詐欺師のみである。
②圧力がかかった状態で決定を行わないこと。金銭や投資に関するものであれば独立系の金融アドバイザーの支援を受けるべきである。

(筆者注3)オーストラリアの連邦金融監督機関である証券・投資委員会(Australian Securities & Investment Commission:ASIC)のサイトでは概要次のとおりの警告が行われ、併せて年金受給権の早期譲渡に関する犠牲者実話例(true story from victims of early release schemes)が紹介されている。
 「自己管理型年金(self-managed super fund:SMSF)における年金受給資格者が給付金(benefit)につき早期繰上げ給付(early release)を受けたり、代行業者により有料で入手するよう説得する者がいたら直ちにASICまたはATOに報告してください。住宅ローンの返済が滞るなど世帯の財政危機を経験したときにそのような行動に出ることは一応理解できるが、その行為は明らかに違法なものであり最後の切札である。繰上げ給付の違法な実行は金融監督機関が定める規則に基づき重大な法的および金銭的刑罰を受けることになります。」

(筆者注4) ASICサイトで見ると、2004年10月27日クィーンズランド連邦裁判所は退職年金の早期繰上げ給付を消費者に勧めていた同州の業者2人に対し恒久差止め命令(permanent injunction)を全裁判官一致の決定として得た例を紹介している。わが国でも経済不安が広がる中、同様の詐欺行為が広がらないよう関係機関の早期の取組が期待される。

(筆者注5)連邦政府の監督下で責任投資原則(PRI)に基づき退職年金を厳格運用している産業ファンドとして代表的なのが、オーストラリア退職金投資連盟(Australian Reward Investment Alliance:ARIA)である。連盟の意味は、公的年金と公職年金の双方をカバーする産業ファンドであるからある。
 なお、2008年5月に内閣府が公表した「安全・安心で持続可能な未来のための社会的責任に関する研究会報告書」はPRIやESG投資(Environmental ,Social,Corporate governance)について内外の状況を含めよく整理されている。

(筆者注6)わが国では、貸金業者における違法年金担保問題が社会問題化し、弁護士会や司法書士連合会等からの強い要請決議に基づき2004年(平成16年)12月28日施行されたいわゆる「違法年金担保融資対策法(貸金業の規制等に関する法律の一部を改正する法律(法律第158号(平成16年12月8日公布)」は次の規制強化を定めた。(金融庁サイトから引用)
1.広告・勧誘に当たって禁止される行為の追加
貸金業者は、年金等の公的給付の受給者の借入意欲をそそるような表示又は説明をしてはならないこととされた。
2.公的給付に係る預金通帳等の保管等の制限
貸金業を営む者は、貸付けの契約について、その貸付金の弁済を公的給付を原資とする資金から受ける目的で、法令の規定により譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができないこととされている公的給付が振り込まれる銀行口座等の預金通帳やキャッシュカード、あるいは年金証書などの引渡しを求め、又は保管する行為を行ってはならないこととされた。
3.罰則等
上記2に違反した者について、1年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することとされました。また、上記1及び2に違反した者は、行政処分の対象とされた。

(筆者注7)類型②、③、④は基本的にかなり類似のものといえる。

(筆者注8)ナイジェリアからの手紙詐欺はわが国でも有名は詐欺である(ナイジェリア刑法419条)。筆者もかつて警察庁の幹部との勉強会で同詐欺が話題となったが、幸いかな日本向けに英文で送られてくるためほとんど理解されないまま削除されてしまうので被害届もまずないそうである。

 筆者は1日あたり海外からの各種メールが平均200通くらい来るのであるが、ナイジェリアからの手紙は1年間に数えるくらいである(あまりにもスペルミスが多くまたパターンが同じなので笑ってしまう)。しかし、米国の場合は笑っていられないのが実情のようである。2008年1年間の被害報告の基づく「2008 Internet Crime Report」によると、全報告件数のうち同犯罪類型に分類される件数は2.8%、被害金額中の割合では5.2%、平均被害額は1,650ドル(約16万5千円)と比較的高額である。なお、上記米国の統計(IC3)を見ると、投資詐欺の場合でも平均被害金額は3,548ドル(約35万5千円)である。わが国でよく問題となる投資詐欺に比べると被害額が極めて少ない気がするが、個人の貯蓄額の差であろうか。

(筆者注9) 4月7日に筆者に届いたメールに“World famous medical products at discount. http://lpmuz.zwefopcyn.com/と言うメッセージのみのものがあった。開きはしなかったが、この種のものであろう。

〔参照URL〕
http://www.scamwatch.gov.au/content/index.phtml/itemId/757362
http://www.scamwatch.gov.au/content/index.phtml/itemId/694085

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