まずはこの動画をご紹介します
この動画を見て、自分自身にも、多くの人の価値観に左右されて、悩んだ時期があったのを思い出しました
法律の専門用語で、価値相対主義と言うのだそうですが、私にも、この価値相対主義がどうしても納得いかなくて
深く思い悩んだ時期がありました
それは大川隆法総裁の思想に触れる前の時期でしたが、私の青春時代にも、暗く、思い悩み
「何のために生きているのだろう」と、深く自問自答を繰り返す日々がありました
当時、私は色々な書物を読み漁り、その中で特に感銘を受けたのが「松下政経塾塾長講話録」でした
松下幸之助先生の言葉は優しい語り言葉でしたが、読む者を不思議に納得させる、深い説得力があったのを覚えています
そして、その本を読んだ私は、「自分もこのように生きなければならない」と思うようになったのですが
「なぜ」そのように生きなければいけないのか?そこがどうしても理解できなくて、苦しみもがいていました
年上の社会人の人にも、色々と意見を聞く機会がありました
スナックなどの大人の社交場で、隣り合った人に意見を聞くこともありました
しかし、私の納得のいく答えは得られませんでした
今考えてみれば、その後、大川隆法総裁の書籍に出会った私は、むさぼるように総裁の本を買い込み、読み
また、講演会のテープを購入しては、先生の声を、まるで砂漠が水を吸い込むように吸収していきました
その理由は、前述の、「なぜ」という疑問に対する「答え」が、そこにあったからです
私はこのことについては確信があるのですが
この「人間が人生を生きる意味」に対する回答を、この世の中で他に得られるところはおそらくないと思われます
今のアメリカの繁栄を築いた福音派のキリスト教徒であったとしても、キリスト教からは、おそらくその回答は得られますまい
宗教においてさえ、既存のもので、「人間が人生を生きる意味」に答えられるものは、他にないと思います
私は今はMMT、現代貨幣理論を批判していますが
おそらくはこの、「人間が人生を生きる意味」に回答を持っていなければ、MMTへの批判は無理だと思われます
三橋貴明さんや中野剛志さんなどは、とても優れた方たちで
その知的努力には大変敬意を払うべきだし、お二人をたいへん尊敬もしておりますが
残念ながらお二人の弱点は、「価値相対主義」なんですね。。。これだけがやはりネックなんです
だから、長華子さんが動画でおっしゃっているように
「たとえ人間の精神が堕落したとしても、大きな政府が正しい」、となるわけです
それは、「お金もらったら喜ぶ人もいるじゃないか、価値観は人それぞれでしょ?」
価値相対主義の人はそう考えるわけなんですね
ここはもうね、政治哲学、思想の戦いなんですね
私たちの立場からすれば「人間は政府に養ってもらう事を目的として生まれてきたんじゃない」という事です
これはトランプ大統領が「自由は政府に与えられているものじゃない、神から与えられているのだ」
という言葉と、同じ意味なのです
それでは今日はこの辺で
ではまた
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