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そもそも「政治的発言」って誰が決めるのやら(Feb 6, 2015)

2015-02-06 21:50:57 | 群馬県
今回は簡易更新。
というか、かなり久しぶりの群馬県ネタ(謎)


去年のことになるが、群馬県が群馬の森に設置されてる朝鮮人犠牲者追悼碑(先の大戦中に労務動員や徴用で県内で働き、死亡した朝鮮人を追悼するもの)の設置期間更新を不許可として撤去を求めた。
これに対し、この追悼碑の管理を行っている『「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会』が県の処分を違法として裁判所に処分取り消しを求めた。
で、一昨日、この裁判の弁論が行われたのだが・・・。
・朝鮮人追悼碑訴訟 第1回口頭弁論(2015年2月5日 asahi.com)

なんで今まで俺がこのネタを扱ってこなかったのか?
・・・色々怖かったのよ(汗)。

とりあえず、2015年2月5日分 asahi.com『朝鮮人追悼碑訴訟~』から後半部分を(略)

---- 以下引用 ----
(中略)
県は答弁書で、不許可と決定した理由について、原告側が「宗教的・政治的行事および管理を行わないものとする」という許可条件違反の行為を繰り返し、「日韓・日朝の友好の推進に有意義なもの」とされた当初の設置目的から外れたと判断した、と主張。
許可条件違反の政治的発言で碑が政治的性質を帯び、結果として「公園利用者の安全安心を確保できず、都市公園の効用を全うすることができないと考えられた」と説明し、原告側が訴える裁量権の逸脱や濫用(らん・よう)はない、と主張した。

 原告側は「『政治的』とはそもそも相対的な評価概念」だとし、「県が恣意(し・い)的に定義を創作した」と主張していた。
これに対し、県は、碑文の主旨や内容と違う独自の主義主張を訴え広めようとする一連の行動を「政治的発言」と定義したもので、「『恣意的』であるとか『創作した』などと非難されるべきものではない」などと反論した。

 原告側は、米国の法理「パブリック・フォーラム(公の空間)」論に基づき、公園は表現の自由を最大限保証すべき空間だとも主張しているが、県側は「米国の理論で、日本では補足意見で言及されているに過ぎず、一つの学説にすぎない」などと反論。
「表現の自由の侵害で違憲」だとする主張も「論理に飛躍がある」などとした。



 原告の「守る会」側は閉廷後、記者会見を開いた。
県は答弁書で、守る会には当事者能力がないとして却下を求めたが、下山 順弁護士は「守る会は県が設置許可をめぐって協議を続けてきた団体だ。暴論も甚だしい」などと批判した。また、更新許可を求める署名が3万1500人分寄せられているとし、今月開会の県議会に請願書とともに提出する方針を示した。

 被告の県の古橋 勉・県土整備部長は「県は、許可条件違反となる政治的発言が行われた結果、政治的な性質を帯び紛争の原因となったことから、憩いの場である施設にはふさわしくないと判断し、都市公園法にのっとり不許可とした。裁判で今後も県の正当性を訴えて参りたい」などとするコメントを出した。
(馬場 由美子)
---- 引用以上 ----

そもそも、政治的発言って誰が決めるのかって話から始める必要があるのかもしれん。
元の発言ってのは、結局の所群馬県側が問題視した結果なわけで。
実際、去年6月16日の県議会本会議で「群馬の森内朝鮮人追悼碑に係る県立公園施設設置許可の取り消しについての請願」を可決してるし。
↓群馬県議会の2014年第2回定例会6月16日分の会議録(直リンが非常にやりづらいのでTOPページ)。
・会議録(pref.gunma.jp)

参考までに、pref.gunma.jpの2014年第2回定例会6月16日分の会議録から橋爪 洋介(Yohsuke HASHIDUME)氏が、例の請願に関して述べた部分を(略)

---- 以下引用 ----
(中略)
続いて請願審査についてでありますが、産経土木第41号から第43号までは、いずれも群馬の森内朝鮮人追悼碑に係る県立公園施設設置許可の取り消しについての請願であります。
これは横田 茂さん、横田 早紀江さん御夫妻など拉致被害者家族を支援する群馬ボランティアの会、救う会・群馬をはじめとする3つの団体からの請願であります。
平成16年3月4日から平成26年1月31日までの設置許可ということでありましたが、許可に至る過程において、公園施設として都市公園法上の設置許可を受けるに当たっても、当該都市公園の機能増進に資する必要がありました。
つまり、群馬の森は県民にとって貴重な憩いの場所なのです。
本来、政治的な行事の場というにはふさわしくないのが群馬の森であります。
当初の設置に関しては、碑文の内容なども、県当局と政府間とで慎重に調整を重ね、決められたものであります。
それが故に、碑の性質上、慎重審議を重ねたうえで、当時の設置許可が条件付きでおりたものと理解をしております。
多くの方たちが膨大な時間と労力を費やし、また、各方面に配慮をして様々な方たちが心を砕いてようやく設置に至ったものであります。
これだけはという条件をほごにされてしまったことは誠に遺憾であり、残念でもあります。
会派内におきましても議論を重ねましたが、委員長報告に賛成をいたします。
(以下略)
---- 引用以上 ----

守る会は集会で日本政府に対し苦言を呈していたけど、群馬県としてはケチをつけることすら許さないというつもりなんだろうか?

ちなみに、asahi.com によると次回の弁論は5月13日の予定。
一体どうなることやら。


参考資料?:どういう風の吹きまわしか、3K新聞が追悼碑に記された文を全文掲載していた・・・。
・「朝鮮人追悼碑訴訟」政治的発言繰り返した“約束違反の表現の自由” 裁判所は断固とした判断示せるか(2015年1月3日 sankei.com)

以下、2015年1月3日分 sankei.com『「朝鮮人追悼碑訴訟」~』から追悼碑に記された文を(略)

---- 以下引用 ----
(中略)
《碑の全文》「20世紀の一時期、わが国は朝鮮を植民地として支配した。また、先の大戦のさなか、政府の労務動員計画により、多くの朝鮮人が全国の鉱山や軍需工場などに動員され、この群馬の地においても、事故や過労などで尊い命を失った人も少なくなかった。

 21世紀を迎えたいま、私たちは、かつてわが国が朝鮮人に対し、多大の損害と苦痛を与えた歴史の事実を深く記憶にとどめ、心から反省し、二度と過ちを繰り返さない決意を表明する。過去を忘れることなく、未来を見つめ、新しい相互の理解と友好を深めていきたいと考え、ここに労務動員による朝鮮人犠牲者を心から追悼するためにこの碑を建立する。この碑に込められた私たちのおもいを次の世代に引き継ぎ、さらなるアジアの平和と友好の発展を願うものである」

※追悼碑の正面に「記憶 反省 そして友好」の碑名を日本語、ハングル、英語で表記。
裏面に「追悼碑建立にあたって」と題し、上記の碑文や日付、「朝鮮」とは現在の韓国、北朝鮮を指しているという説明などが日本語とハングルで記されている。
---- 引用以上 ----


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