佐藤康行の『真我・サンタ営業』の実践日誌…『ひよこ』から『にわとり』への道

うつに苦しみ社会からドロップアウトした人間が真我(=本当の自分)に目覚め、営業の世界に飛び込み、サンタ営業実践日誌です。

【第278回】佐藤学長のセミナーで個人的に思っていたこと。そして神シーズトークセミナーへの高まる期待。

2018-11-10 14:38:03 | 日記

佐藤学長のセミナーに、フォローのクラスも含めてほとんど全て参加していた時期がある。

今は、もっぱらWebの映像だけでしか参加していないけど。

その時に、毎回いつも思っている事があった。

学長が、あるテーマに基づいて、講話をされる。

学長の話が進めば進むほど、話の内容はきめ細かく、そして深くなっていく。

ある程度、学長の話が進んだ状態で、必ずと言っていいほど、質疑応答の時間に入る。

これは、参加者のニーズに応えていくという、学長ならではの姿勢だと思う。

普通、セミナーや講演というのは、講師が大部分の時間を一方通行で話して終わりというパターンが多いと思います。

佐藤学長のセミナーや講演は、佐藤学長だけが主役ではない。

参加者全員が主役なのです。

だから質疑応答の時間が、たっぷり設けられています。

これは、とても凄いと思います。

なかなか、一般のセミナー講師では真似できない事だと思います。

ただ一方で、『私としては』もどかしいときがあった。

学長の講話には一本の筋、太い柱があって、非常に深い話になっているのに、

質疑応答の時間に入ると、その流れが途切れてしまうことだ。

質問する側が、自分が質問したいことを聞くので、今までの学長の話とは全く違う話になってしまう。

自分の問題を前面に出した質問や、学長の個人的な心情を聞く質問や、色々な質問が受講生からされる。

一つ一つに学長は丁寧に答えられるし、その中に真理は入っている。

だけど、前半の講話の話がすっかり飛んでしまって、何かもどかしい、歯がゆい気持ちになる事がありました。

もっと学長の仰っている事をつかみたい。

学長の言わんとしていることをキャッチしたいのにと。

もっと学長の言わんとしている事を深掘りしていくような質問をしたいなと思っていました。

これは、あくまでも個人的な感想を述べているだけです。すみません。

だから、時としては、学長の打ち出したテーマだけを深掘りしていくようなフォロークラスとかがあればいいなと思っていました。

質疑応答は、概ね、受講生が抱えている問題や、受講生が個人的に聞きたい事からスタートする事が多い。

即ち、問題スタートなのです。

問題からスタートするより、学長の仰る事、すなわち『答え』からスタートした方が、問題自体が無くなり、早いと思ったりしてしまう。

そういう観点で、今度、YSコンサルタントから提供されている、『サンタ営業 コトバ編』の映像&教材の内容に期待しています。

学長が言わんとしている事が、余すことなく焦点がぶれずに語り尽くされているのではないかと思っているのです。

現在、そんな妄想を楽しんでいる私でした。

長文駄文(笑)失礼致しました。

ありがとうございました。

コメント

【第277回】妄想 神シーズトークセミナー サンタ営業 コトバ編

2018-11-04 08:28:13 | 日記

昨日、YSコンサルタントにて、佐藤学長講師の『サンタ営業 コトバ編』が開催されていたそうです。

受講したかったなあ(笑)。究極の神シーズトーク。

きっと、私たちが思うのとは別視点の、別次元からのトークだったんだろう。

私たちが頭で考える『こうように言えばいい。』とかという世界ではないんだろう。

ボキャブラリーを集めて、それを駆使するのでもないんだろう。

ブログに、受講生からの質問、ちょっとした言葉使いに、即、『違う。』と断言されていたと書いてあった事から、そう思った。

全く違う意識次元からのトーク、学長の仰る『見える世界』からのトーク。

『神眼』『真眼』からのトークだったんだろう。

等々

何の役にも立ちませんが(笑)、妄想を走らせている私でした。

以上です。

ありがとうございました。

コメント

【第276回】愛と価値観

2018-11-01 11:54:46 | 日記

今も、仕事を辞めようかという思いが涌き出てくる日々です。

一方で、一時的に収入が途切れるかもしれないという不安と、社長や職場の仲間に不義理ではないかと迷う気持ち。

相変わらず、迷いの中にいる私です。

その迷いの心は現象面に反映され、営業の仕事も思った成果が上がらない。

対お客様には、そういう自分中心の心は横において100%お客様中心でやってるつもりだけど、やってるつもりでしかないみたいです。

私の悩んでいる姿は、そのまま職場の仲間に伝わり、周りにも心配かけているのがわかる。

そんな中で気づいた事があります。

私と同じグループで働く同僚とのやりとりで見えた『愛と価値観』

私の状況を心配した同僚が、私に色々アドバイスしてくれた。

その同僚は、この業界で20年以上のキャリアを持つ大ベテラン。

プロの仕事人としての仕事ぶりは素晴らしく、営業力もある。

仕事も無駄がなく効率的で要領もよく、かつ冷静沈着で、人を見る目、物事を見る洞察力が深い。

とても尊敬している人です。

しかし、私とは考え方が真逆、正と負、陰と陽、対極なのです。

彼は自分に自信がある人なので、私に対していつも色々アドバイスしてくれる。

アドバイスというよりも、かなりきついダメ出しをしてくれる。

今日もそうだった。

私が悩み苦しんでいると彼には見えているがために、あれがダメ、これはこうすべき、こうするのはおかしい。ここのクレーム処理は、ここが間違っている。ここを直せ。色々言ってくる。

しかし、それは一理あるものの、価値観の違いからくるもの。

そして、彼から見えている世界。彼が想像している世界だけで、こうだと決めつけて、私にかぶせてくる。

言われている私には、彼から見えている世界もわかるけど、彼から見えていない世界も一杯あって、さらに彼との考え方の違いから、彼がそう言いたくなるのもわかる。

だから、彼が言っていることの半分以上は当たっていない。

でも一理はあると受け取って、彼の言っていることを全て受け取り、聞ききりました。

彼が、私には内々に異動の話が出ていることを伝えてくれて、ポツリとこう言った。

『今は、一緒に働いているから気づいた事は言ってあげれるけど、別々の場所で働き始めたら、もう言ってあげれない。

何とか、自分で乗り越えて新天地で頑張ってほしい。』と。

わかってはいました。

一方的にかぶせてくる人だけど、純粋に私のためを思って、ストレートに歯にきせぬ言い方をしていることを。

私を元気づけようとして、からかったり、ブラックユーモアで私を笑わせてくれていた事を。

でも、私の価値観としては、そんな彼の言い方が好きではない。

そもそも、私が悩んでいるのは成果が出なくて落ち込んでいるのではない。

自分の心にフタをしていた真我の発信の仕事をしたいとの思いが、また涌き出てきたことに苦しんでいるのだ。

悩んでいる前提が違うから、彼の言っている事自体がピントに合っていないのです。

でも彼の一言で改めて、純粋に私に良くなってほしいという彼の打算のない深い愛が見えたのです。

価値観ではぶつかるけど、彼の深い愛と友情を感じた瞬間でした。

彼の意見に対して、私の意見は全く違うけど、彼の言わんとしていることを反論せずに聞かせて頂き、彼の気持ちを受け取り、すべてを学長の仰る光のボックスに入れていきました。

価値観の奥に愛があり、愛が価値観として現れているような気がした。

でも、学長は仰った。

愛の反対は価値観だと。

満月理論で言う『満月』の反対が『三日月』とも言えるのかもしれないと思った。

価値観を価値観として受けとると、対立と相対の世界になるけど、

価値観を愛で受けとると、そこに価値観は存在せず愛しかなかった。

周りの人たちからは、私が叱られているように見えていた。

しかし、全く違う世界が、同僚との心のやりとりでは展開されていた。

価値観のぶつかる奥で、同僚の奥に流れる愛と優しさを感じました。

以上です。

ありがとうございました。

 

 

コメント