海物語のようにシリーズ化される機種にとって「大きな変化」とは、ストレスを軽減したり、逆に増大させたりするもの。認識の度合いによって、遊技の楽しさが決定的に上下するもの。
カリブのストーリー系リーチとか、右打ちとか、時短カットとか、3モードとか、タツノオトシゴの存在とか、キュインとか、戻り・滑りとか、保留先読みとか、疑似連とか。
逆の「小さな変化」とは、ぶっちゃけどうでもいい点。
マリンの髪の動きとか、水の揺れとか、ラブダッシュとか、ミスマリンとか、リーチ時の図柄の表情とか。
ギンパラの場合、右打ち・時短無し・確変中なぜ当ったのか分からない仕組み・特賞中の確変抽選、波形役モノなど、大きな変化を一気にやり過ぎた。
右打ちなんて、桜から1年も経ってないのに、浸透してない。ましてや牙狼タイプなんてさ。三洋は海ファンが牙狼を魔界チャンス引くまで堪能してると思い込んでたのかしら。
私なんかはいいですよ。海物語嫌いだったから、沖縄2やギンパラの「演出濃度」は丁度いい。でも間違いなく、高齢者には濃すぎるでしょ。
慣れるのに1年半かかるものを「前回の海でもやったから、みんな慣れたはずだ」と考えちゃいけない。軸は機種数じゃなく、打ち始めてからの年数です。慣れてきたのは保留先読みだって浸透しきったかどうかは怪しいもんだ。
ギンパラを出すなら3年前から準備が必要だったと思うな。3年前に右打ち、2年前に時短カット、1年前に1種2種混合。それら一つずつ変化させて、高齢者を慣らし、発表する。
これは三洋物産だけじゃないけれど、3年後の機械をヒットさせるために今から仕込むといった長期計画がなさ過ぎるんじゃないだろうか。SANKYOだったらエヴァ10をヒットさせるために今から仕込み始めねばならないと思う。
ギンパラとエヴァの失速は、長期戦略の欠如という体質と、ファン減少、ホールの体力失墜が重なった結果じゃないかしら。
カリブのストーリー系リーチとか、右打ちとか、時短カットとか、3モードとか、タツノオトシゴの存在とか、キュインとか、戻り・滑りとか、保留先読みとか、疑似連とか。
逆の「小さな変化」とは、ぶっちゃけどうでもいい点。
マリンの髪の動きとか、水の揺れとか、ラブダッシュとか、ミスマリンとか、リーチ時の図柄の表情とか。
ギンパラの場合、右打ち・時短無し・確変中なぜ当ったのか分からない仕組み・特賞中の確変抽選、波形役モノなど、大きな変化を一気にやり過ぎた。
右打ちなんて、桜から1年も経ってないのに、浸透してない。ましてや牙狼タイプなんてさ。三洋は海ファンが牙狼を魔界チャンス引くまで堪能してると思い込んでたのかしら。
私なんかはいいですよ。海物語嫌いだったから、沖縄2やギンパラの「演出濃度」は丁度いい。でも間違いなく、高齢者には濃すぎるでしょ。
慣れるのに1年半かかるものを「前回の海でもやったから、みんな慣れたはずだ」と考えちゃいけない。軸は機種数じゃなく、打ち始めてからの年数です。慣れてきたのは保留先読みだって浸透しきったかどうかは怪しいもんだ。
ギンパラを出すなら3年前から準備が必要だったと思うな。3年前に右打ち、2年前に時短カット、1年前に1種2種混合。それら一つずつ変化させて、高齢者を慣らし、発表する。
これは三洋物産だけじゃないけれど、3年後の機械をヒットさせるために今から仕込むといった長期計画がなさ過ぎるんじゃないだろうか。SANKYOだったらエヴァ10をヒットさせるために今から仕込み始めねばならないと思う。
ギンパラとエヴァの失速は、長期戦略の欠如という体質と、ファン減少、ホールの体力失墜が重なった結果じゃないかしら。