2016/4/20
現在製作中のカヤックは、
全長約3.2m、横幅は約64センチ。
現在市販されているFRPカヤック(シットオン)の中では恐らく最小サイズです。
見た目のスッキリ感と独特な乗り味が新艇の特徴と言えるが、今までの常識からすると幅65センチで安定性は大丈夫 ⁉︎ と思うかもしれません。
ですが、そもそもカヤックの横幅はこうでなければいけない!という決まりはありません。
どれくらいの横幅にするか?はカヤックの種類や求める性能に寄って変わるのです。
そして今回 新艇に求める性能とは、
ズバリ!
走破性と巡航スピードの速さ!
もちろん安定性もしっかり確保しての話です。
3.2mそこそこの長さで、果たしてどこまで性能を伸ばす事が可能なのか ⁉︎
長くなりますが、
順を追ってご説明したいと思いますので、興味ある方、どうぞ最後までお付き合い下さいm(__)m
文中の内容は自分の経験と知識に寄る独自の見解であり、必ずしも正しいとは限りませんのでご了承下さい。
そもそもカヤックの幅はどうやって決めている?
横幅と安定性について。
カヤックの幅は、一般的には一次安定性に影響します。
一次安定性とは、水面上で静止した時の安定性の事で、横幅が広いカヤックほど安定します。
この安定性を究極まで追い求めると乗船位置(重心)を中心とした円形になります(笑
円形だとパドリングしづらいですね…
横幅とパドリングの関係。
座った位置からパドリングが出来るようにする為の幅は最大でも80センチくらいが限界かと思います。(身長や使用するパドル、カヤックタイプの違いにより異なります)
カヤックの幅は一次安定性だけではなく、パドリングのし安さにも影響します。
パドリング時の漕ぐ力(推進力)の視点から考えてみると、前から後ろへ直線的に水を搔ける方が効率よく推進力に変換出来るので、広めより狭い方が有利です。
究極まで追い求めるとサーフスキーの様な極細ボディーに辿り着きます(パドリングをダブルブレードに限定した場合)
横幅と速度の関係について。
幅が狭いカヤックはパドリングがしやすいだけではなく、進行方向への対水抵抗を減らす事にもなり、結果として速度も出しやすくなります。
タイプ別について。
カヤックのタイプに寄っても幅は様々。
例えばシーカヤック(ツーリングカヤック)はカヤックの中に入り込み、船底に近い場所に着座する、いわゆるシットインタイプ。
(フィッシングカヤックなどはカヤックの上にちょこんと座って乗るシットオンタイプ)
シットインタイプのカヤックは水に浮かべたお椀の中にオモリを乗せた状態と同じで、お椀の底は水面より下に位置している事から物理的に重心が低く、結果的に幅が狭くても安定性が確保できます。
一方、シットオンタイプは着座する位置が必ず水面よりも上になり、重心の位置は高くなってしまいます。
例えるならば、発泡スチロールを水に浮かべ、その上にオモリを乗せた状態と同じです。
何故そうなってるのか?
このタイプは着座位置を含めてデッキ床面を水面より高くして、デッキ内に溜まった水を自然に下へと流がし排出する事が出来ます(セルフベイラー機構)。
要するにカヤック内は中空で水も溜まらない=沈まない
不沈構造体なのです。
ただし、
先の例の様に水面に浮いてるだけのカヤックの上にちょこんと着座するだけなので、安定性を確保するには横幅を広くする必要があります。
以上のような特徴を考慮し、あるいは使用目的に合わせて適切な横幅が決定されています。
では、
もう少し掘り下げて考察していきます。
次は
カヤックの長さと横幅の関係について。
この点は各メーカーさんの思惑があると思いますが、一般的には長い方が速度が出しやすく巡航速度も高いと認識されております。
使用するエリアや目的に寄っても様々で、
外洋のツーリングに使うカヤックは5mを超える物も多く、川や池、湖などで使用するカヤックは3m未満のものも多く存在しますが、
ここからは新艇のサイズ(10ftクラス)に当てはめて、もっと具体的に話を進めていきます。
短く幅広いカヤックは速度が出しにくい?
従来、同等クラスの長さ(10ftクラス)のカヤックは幅が広く(少なくとも70センチ以上)、船底もフラットに近い形にして安定性を確保していますが、その反面、水に接する面積が多くなり対水抵抗が増す事に寄って速度が出しにくくなる欠点があります。
そして、
この事は時に
命取りになるケースがあり、実際に海難事故も起きています。
これらのカヤックは
基本的に平水時を想定して作られおり、メーカー側や販売店からも荒天、またはそれが予測される場合は使用しないように注意喚起しています。
しかし、
その手軽さゆえに他のサイズに比べてカヤック初心者の所有率が高く、経験の少なさから所有しているカヤックの性能限界を充分に把握できず、気象状況の判断ミスにより風に流され波に翻弄されて、漕ぎ戻れなくなり漂流するケースがあります。
これらはカヤックに非があるのではなく、乗り手の判断ミスやスキルが要因で起こる事故ですが、
先に述べたように、サイズの手軽さから初心者が使用するケースは十分想定できます。
となれば、
より安全なカヤックを提供する事もメーカーとして必要な事では?と思うのです。
そして、
カヤックビルダーである自分がやるべき事は、
初心者でも安心して乗れるように、また、天候急変時には素早く危険回避出来るようにスピードが出せるカヤックを作る事です。
カヤックの大小に関わらず、
安全=スピードは絶対条件だと思います。
昨年リリースしたフィロソファー156が長15.6ft(4,75m)で、一次安定性より二次安定性を重視した船底形状を有しているのも激しくうねる外洋での危険極まりない
天候急変から素早く離脱する為であり、
また、
現在も引き続き開発中の足漕ぎ機構も、
海況の変化に動じず一定の速度を維持して航行できるメリットがあり、より安全性を確かなものに出来ると信じて製作しています。
しかし、
今回は物理的にスピードが出しにくい10ftクラスのカヤックです。
短いカヤックはそれだけで充分不利な状況があります。
いかにしてスピードが出るようにするか?
当然、安定性も維持しながら。
「この相反する性能を短いカヤックの中に高次元で融合させる、そんな魔法のような方法は果たして存在するのか?」
この難題極まりない問いに、
自分なりの答えを見つけたい!
これが今回の新艇を作る動機になりました。
ですが、構想を練りながら改めてカヤックの奥深さを感じ、何度も諦めかけました。
そして、基本をしっかりと把握した上で、
既成概念に囚われない斬新かつ大胆な発想が必要だと次第に気づきます。
どうしたら速度が出し安くなるのか?
基本的な部分からみていきます。
水に浮かぶ乗り物の航行性能は船底形状で決まると言っても過言ではないが、原動機を有しないカヤック等に関しては
風の影響も馬鹿に出来ない。
なので、
水中と水上のどちらも征する必要性があります。
水中を征する事は、すなわち対水抵抗を抑えたスムーズな形状である事が重要です。
これは以前作ったフィロソファーでも実証された船底形状を基本的に継承する事にします。
次に水上を征する事。
風の影響を考慮して水面からの高さを出来る限り抑える必要があります。
ですが、フィロソファーで採用した船底形状は横風に対する強さも兼ね備えているので、ある程度なら造形の幅がもてるハズです。
そして、忘れガチですが
波に対しての対策も重要。
特に小さいカヤックに言える事ですが、
荒天時や天候急変時の海難事故は、波に対しての対策が充分でない事も要因です。
波に対してどう対処するか?
波とバウキールの形状について。
短いカヤック(シットオン)は全長に対して幅が広く、サーフボードに近い形であり、水面上を滑る様に進む。
この事から波に対しては上へ上へと出るようにバウ形状にボリューム(浮力)を持たせるのが一般的です。
これは波高のある波に突っ込みやすい短いカヤックならではの欠点を補う為に有効だが、波からの抵抗をまともに受けてしまう為、推進力をロスしてしまい速度が落ちます。
(そもそも短いカヤックはそういった海況下での使用を想定していないので当然の事で、良し悪しの話ではありません)
一方、シーカヤック(シットイン)やサーフスキー等は、波を乗り越えるのではなく、波を切り裂く様にタテに切り立つバウ形状を有しており、速度を維持しやすく設計されています。
(長さの関係も起因します)
この事から荒天時の波対策にはタテに切り立つバウ形状が有効です。
更には速度を維持できるように、切り裂いた波の中を突き進む為には出来る限り船体幅を狭める必要があります。
船体長さと波の影響について。
波に向かって進んでいる時はバウが上昇しスタンは下がり、反対に波を乗り越えた後はバウが下がり、スタンは上昇します。
荒天時には波高も高くなる為、この運動が激しく繰り返される事になります。
先に述べたように、短いカヤックは水面上を滑る様に進む為、常に水面の上下運動に追従するカタチとなり、一定の速度を保ったとしても移動する距離は水面上の凹凸と同じ距離を移動する事になり、短いカヤックが水上で不利と言われる一端です。
一方シーカヤック等の長いカヤックは波を切り裂き進む為、水面の上下運動、すなわち水面の凹凸に追従しにくく、比較的一定の速度を保ったまま航行する事が出来ます。
しかし、いくら全長が長くても外洋のウネリ等、波高が大きい波の場合は短いカヤックと同じように波の表面に追従して激しく上下運動する事になり、バウやスタンが波に刺さる恐れがあります。
その対策がシーカヤック特有のあの形状、バウとスタンの極端な反り上がりです。
だいぶ長い話になりましたが、
ここまで述べてきた事を整理して考えると、安定性を確保する為に必要な要素、速度を上げる為に必要な要素が見えてきます。
そして最後残る課題は、
いかに重心を下げるか?と言う、ただ一点です。
そして今回、
この課題に答えを見出す事ができ、長さ3.2mでありながら横幅64センチで安定性と速度を両立した新しいカヤックを作る事になりました。
もちろん、アウトリガーやダガーボード等の補助的な機構を備えず、カヤック単体です。
現在、それらを検証する為に試作艇を製作中ですが、手応えは十分あります。
製品の完成まで今しばらくお待ちください。
製品のお披露目会は6月11~12日の長崎平戸の試乗会にて行い、即日販売開始の予定です。
また、スペック詳細や価格、仕様については順次公開して参りますので引き続きご注目を宜しくお願いいたします。
かなりの長文になりましたm(__)m
最後までお付き合い頂きありがとうございました!