motoの徒然なるままに…

日々是好日日記

「世界への扉を開いた「テクノロジー」の数々」

2020年12月27日 | 日々徒然

識字障害の21歳「ドローン操縦士」、成功の軌跡
世界への扉を開いた「テクノロジー」の数々🎮

教科書を開き、板書を眺め、ノートに文字を書く――学校の授業は、読み書きに高橋智樹さんは、障害を抱えながらもいかにして道なき道を切り開いたのか。その傍らにはいつも、テクノロジーが寄り添っていた。教科書を開き、板書を眺め、ノートに文字を書く――学校の授業は、読み書きに障害のある髙梨智樹さんにとって、過酷なものだった。引きこもりがちだったある日、YouTubeで見つけたドローンに魅せられ、人生が大きく動き出す。ちなみにアーティストGOMAさんと同じ「ディレクシア」という識字障害です。

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「弘前公益社ホームページ」

2020年12月27日 | 日々徒然

弘前公益社ホームページより✍️

これからも地域とともにお客様の思いをしっかりと受けとめ、心を込めて対応いたします。代表取締役社長・清藤哲夫

弊社の歴史は、先々代清藤謙次郎が、明治25年弘前市駒越町に創業したのがはじまりです。昭和10年代先代清藤謙二が引き継ぎ、旧津軽郡をエリアとした清藤造花店の基礎を築きました。
その後、昭和56年に株式会社弘前公益社として法人設立し、今日まで地域の皆さんに支えられ総合葬祭サービス業としての歩みを続けて参りました。
現在、私たちは情報化社会の中にいます。その一方で人と人との繋がりは希薄になり、本来、共有すべき価値観も個別になってきたようです。このような時代に弊社は先人が築きあげてきた葬送文化を守り、歴史の重さに感謝し、さらに時代の変化を感じとりながら地域社会に必要とされる企業を目指して参りたいと思っております。
業界を取り巻く環境は高齢化社会と共に大手互助会の進出、農協直営の参入、インターネットによる受注等、経済活動においては非常に厳しいものがあります。しかし、私たちは知恵を出し合い、地域住民の方々と共に歩んできた絆をかけがえのないものとして社章である「心」を大切にお客様の想いをしっかりと受けとめ、心をこめて対応して参ります。また社員を大切にし、業界のレベルアップと地域の発展のためにたゆまぬ努力を致す所存でございます。
最後に私たちが生まれ育ったこの弘前、津軽がいつまでも住みよい処であり、良きふるさとであることを心から願い、お世話になりました地域の皆さまに感謝を申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。

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「清藤哲夫会頭が死去 71歳」

2020年12月27日 | 日々徒然

弘前商工会議所・清藤哲夫会頭が死去 71歳

新型コロナウイルスに感染し入院していた弘前商工会議所の清藤哲夫会頭が26日、多臓器不全のため県内の病院で死去したことが同日、複数の関係者への取材で分かった。合掌🙏

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「世界一有名な家庭教師の知られざる過去」

2020年12月27日 | 日々徒然

⬛️世界一有名な家庭教師の知られざる過去⬛️
━━それは100年以上前の1876年にさかのぼる。

アメリカ・マサチューセッツ州のとある精神病棟に、緊張型精神分裂病と診断されたひとりの少女がいた。その少女はほとんど牢獄のような病室のベッドので、くる日もくる日もうずくまり続け、看護師によって毎日運ばれる食事にもまったく手をつけることはなかったという。

その日も少女はせっかく運ばれた食事に手をつけず、それを見た女性看護師は食事の乗ったトレイを持ちながらいらだたしげにいった。「食べないならもう持ってこないわよ!」そして看護師は少女の病室をあとにした。しかし少女はなににも反応を示すことはなく、いつまでたってもベッドの上で体を丸めてうずくまるばかりだった。

病気は治る見込みはないとされ、なんと家族からも見放されていたという……。が、そんな孤独な少女を気にかける看護師がたったひとりだけいた。その女性は鉄格子越しに少女の様子を眺め、『今日も食べてないね……』と心配そうにつぶやいた。少女は食事もとろうとせず、止まることなく衰えていくばかりであった。しかし誰もがさじを投げる中、その女性看護師だけは少女をほうっておくことができなかった。実は彼女には少女と同じくらいの年の娘がいたのである。

ある日のこと。少女の病室に向かう途中、少女を気にかける看護師は同僚の看護師とすれちがう。その際、同僚は『あれ(病気の少女)はもうダメよ』という感じで手を振りながら過ぎ去っていった。少女の病室の前にたどり着いた看護師は鉄格子越しにベッドの上の少女を見つめる。しかし医師ではない自分にはどうすることもできない。しかし彼女は『せめて自分にできることを……』ということで翌日から次のような行動を開始した。少女の病室に入ると、看護師はクッキーが数枚乗った皿をそっと少女のそばに置いた。「これ、私が焼いたのよ。味には自信がないんだけど……。よかったら食べてね」彼女は少女に『あなたはひとりじゃないのよ。あなたを気にかけている人がいるのよ』という思いを込めてクッキーを置いたという。

以来、彼女はくる日もくる日も少女の病室に手作りのクッキーを置き続け、かたく閉ざされた少女の心をやさしくノックし続けた。看護師はベッドの上で眠り続ける少女に語りかける。「お菓子はなにが好き?いってくれればなんでもつくってあげるからね。でも、難しいのは勘弁してね」

━━それから数カ月が過ぎたある日のことだった。看護師が少女の病室を鉄格子越しにのぞくと、そこにひとつの大きな変化が起きていることに気づいた。なんと皿の上のクッキーが全部なくなっていたのである!つまり一切の食事を拒み続けていた少女は看護師の置いたクッキーをついに食べたのだ。それを目撃した看護師はたとえようのない深い感激に襲われた。ただ死を待つばかりだった少女に小さな奇跡が起きたのだ。看護師は笑顔を浮かべて少女にいう。「ほんとにあなた、よく食べてくれたわね。私も嬉しいわ」そして皿を持って病室を出ようとしたときである。看護師の耳にか細い声が入ってきたのだ。

「……ありが……とう……」その声はベッドの上の少女の声だった。少女の声を耳にした看護師はもちろんひどく驚き、急いで少女のそばに戻って憔悴した少女の体を強く抱きしめた。「大丈夫よ!あなたはひとりじゃないのよ!」看護師のその言葉が少女にはっきり聞こえていたかどうかはわからないが、少女はその瞬間から激しく泣きじゃくり出したという。それはまさしくひとりの看護師が、誰からも見捨てられた孤独な少女の心の扉を開いた瞬間だった。そして、この少女がのちに、世界中の誰もが知るとある奇跡の物語の主人公になるのである……。

心の病を患い、なににも反応を示すことなく、ただただ死を待つばかりだったひとりの少女。その少女の心を開いたのはひとりの看護師の小さな愛のメッセージであった━━。

それから10年の月日が流れる━━。かつて少女が入院していた病院の院長室をひとりの紳士がたずねてきた。彼は院長に向かって深刻な表情でこういった。「娘のことをなんとかお願いできないでしょうか?」重度の身体障害児を子供に持つこの男性は、娘の世話ができる人物を必死で探していたのだ。「いくつか病院をまわったんですが、すべて断られてしまって……。やはり無理ですよね……」表情を暗くしてそうつぶやく男性に、院長ははきはきとこういった。「お引き受けします」「え!?」顔をあげて驚愕する男性。そして院長はひとりの女性を院長室に呼び寄せた。院長室に入ってきたのはサングラスをかけた若い女性。彼女は身体障害児の娘を持つ男性と笑顔で握手をかわした。実は彼女こそ、かつて死を待つばかりだったあのときの少女を救った看護師だったのである。彼女はかつてとは見違える姿で院長室に登場した。院長はいう。「彼女ならまちがいないでしょう。まさに適任です」そして相談にやってきた男性は激しく喜びを露にする。「ハァ、よかった!これでヘレンも救われる!」このとき、サングラスの女性は二十歳。そして彼女は自己紹介をする。「よろしくお願いします。アニー・サリバンと申します」そう。この女性こそ、わずか1歳にして光と音のない世界に突き落とされたヘレン・ケラーに50年の永きにわたって献身的に付き添い、家庭教師の代名詞となるあのサリバン先生だったのである。サリバン先生といえばサングラス姿が有名だが、実は彼女は目の病気を患っており、目を保護する目的で常にサングラスをかけていたのだという。

……ある日の昼下がりの公園のベンチの上。サリバン先生は腕を振り回していうことをきこうとしないヘレン・ケラーに戸惑いを隠せない。しかしサリバン先生はヘレン・ケラーに常にこういいきかせ続けたという。『大丈夫、あなたはひとりじゃないの!』━━それは自身が生まれ変わるきっかけとなったあの看護師のメッセージ。やがてヘレン・ケラーにサリバン先生の思いは伝わっていく……。

「ヘレン……?」サリバン先生はベンチで隣に座るヘレン・ケラーに目をやる。ヘレン・ケラーはバケツの水の中にそっと手を入れ、小さな声でぎこちなくこうつぶやいた。「……ウォー……ター……」飛び上がるような歓喜に襲われるサリバン先生。「そうよ!『ウォーター』、もう1度いってごらん!」「……ウ、ウォー……ター……」「ヘレン!」サリバン先生はヘレン・ケラーの名前を叫びながらヘレン・ケラーの小さな体を抱きしめた。

限りない慈愛と忍耐を持つサリバン先生。こうして再び奇跡が起きたのであった━━。ちなみに“奇跡の人”といえば日本ではヘレン・ケラーのことだと思われがちだが、国際的には“奇跡の人”とはサリバン先生を指す言葉だとされている。

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「安全」

2020年12月27日 | 日々徒然

安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません👤

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「鍛錬」

2020年12月27日 | 日々徒然

個性は安らぎや静けさの中で生まれるものではありません。試練や苦しみを経験することでのみ、魂が鍛えられ、洞察力が研ぎ澄まされ、野心が鼓舞され、成功が手に入るのです🌲

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「グラジオラス」

2020年12月27日 | 日々徒然

急がずに けれど休まずに❣️
Without haste, but without rest.

🟥グラジオラス 花言葉「用心」🟥

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「あとみよそわか」

2020年12月27日 | 日々徒然

今年もあと五日になりました。然しもまたなにか忘れているような、またなにか置いてきたような、ふう。あとみよそわか、あとみよそわか。頼りない自分に唱うばかりの年の暮れです。早朝から雪が降ってます。汚れっちまた悲しみに…❄️

あとみよそわか、あとみよそわか。「あとみよ」は「後を見よ」 「そわか」は「蘇婆訶」、もとは仏教の言葉で、何か境遇を脱する時は、そこをも一度振り返り、この呪文を唱えながら事の成就を願うのだそうです。それは「もういいと思っても、もう一度確かめなさい」という意もあり、自分の行ないに対して「最後まで責任を持ちなさい」という戒めでもあります⚠️

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「生きる意味」

2020年12月27日 | 日々徒然

人の苦しみをやわらげてあげられる限り、生きている意味はある。

So long as you can sweeten another’s pain, life is not in vain.

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「青い山」

2020年12月27日 | 日々徒然

分け入っても 分け入っても 青い山⛰(種田山頭火)

青山の意味の青い山だとしたら、八方塞がりの今のわたしにぴったりの句です🗒

安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。- ヘレン・ケラー -👤

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