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エルゼノーラさんが何もないところから取り出した小さな花束を、反射的に受け取ってしまった。薔薇は淡く華やかなピンク色で、絹よりも柔らかそうな花びらが幾重にも重なりあって寄り添い微笑んでいた。
「……そんな奴は知らん。我にはアダムという名がある。最初にこやつが言うたであろう」
なんとなく、武器を孕んだようなひんやりとした空気を感じたので僕は黙った。
「それは失礼を。それで、あなたも私に何か?」
「森を挟んで隣の町に魔法をかけたのはおぬしか? 女子(おなご)の体に薔薇の紋様が浮き出てきて、やがて死に至らしめるという魔法だ」
「? ……ああ、そういえば昔そんなことをしたような。それがどうかしましたか?」
「解いてやれ。どうせたいした理由などないのだろう。あの町はもう何十年もその魔法で死者を出している」
「死者を? でもあれは……ああ、もしかして……そういうことなのかしらね」
最初は困惑、次に納得して、最後は何かを残念がるような表情へ変わった。差し支えなければ詳しく教えて欲しいと言うと、エルゼノーラさんは肩をすくめた。
「あれはね、本当は可愛らしい少女(おとめ)たちに昔から人気があった恋のおまじないなのよ」
薔薇姫の呪いはもっと恐ろしかったはず、と混乱しているのが顔にはっきり出ていたようだった。