独裁少女サヨ子ちゃん
議案3 『その男、ベルナール』
三鷹市のどこか 理辺家。
「…はい。 僕はブン屋には向きませんので。 ええ、お父さんもお元気で。 はい。じゃあ」
「お父さん。 またベルナールから? しつこいったらありゃしないんだから…」
「人の電話を盗み聞きとは感心しないな!! 全くッ…お母さんやお兄ちゃんと違ってサヨ子の前じゃ英語で内緒話もできやしない。 もう仕事は終わったのか。色んな所への挨拶は済んだか」
「うん。 党のこっちの代議士と議会の古株と各部長と外郭団体の人達とかとは大体会ったわ」
多少説明が要るだろう。ベルナールとは血縁上私の父方の祖父だ。 アメリカ一のメディア王で日本人の祖母との間に生まれた父は同様に日本人の女、母と結婚した為私と兄はクォーターだ。
私がこの男をおじいちゃんとかじいじとかグランパとかと決して呼ばない背景を以下話そう。
ベルナール・アンリ・サンジェルマン。 1947年生まれ。 79歳。
アメリカとカナダで新聞・出版・放送・ウェブ・エンターテインメントといった各分野でアナログ・デジタルを問わず絶大な影響力を誇るサンジェルマン・グループの会長だ。
父のアルバムの中に中年期から初老辺りと思われる奴の写真があったのを見たがとにかく陰湿、狡猾そうで虫酸が涌くような凄く嫌な顔が普通の経営者じゃないのを如実に判らせてくれた。
いきなり結論を言ってしまうとこのベルナールという男は祖母と離婚した後に再婚した妻と何人かの子を設けたがそれらの子たちが皆暗愚で到底会社を継がせられる状態に無く父に帰国し会社を継げとここ数年位何度も連絡を取ってきていたのだ。 アメリカが離婚超大国なのは知っているがこれは幾ら何でも虫が良過ぎるだろう。 私が奴を祖父と見ないのはその為だ。
なので理辺というのは祖母の実家の名字だ。 祖母も父もきっと 「せいせいした」 と思う。
だが何故かこの男はとにかく謎が多い。著名人でしかも20世紀から21世紀という正に 「記録の時代」 を生きた者としては余りに情報が少な過ぎるのだ。 カナダでフランス語圏のケベック州で1947年に生まれたとする経歴も決定打ではない。 生年だけでも20通りくらいの説があって最大47年もの開きがあるのだ。 血の上でもフランス系、白系ロシア人他諸説入り乱れている。
どれが真実かはもう永久に検証不可能だとすら言われている。
「ネット配信や交流サイトの創始者は皆必ずサンジェルマンに臣下の礼を取らねばならない」
「1990年『原油まみれの水鳥』写真でフセインを悪魔化し湾岸戦争開戦にゴーサインを出した」
「中学生で単身アメリカに移住しNYの地下鉄車内の新聞売りから身を立てた」
「1968年ニクソンに北爆停止を命じ無条件降伏5分前だった北ベトナムを瞬く間に蘇生させた」
「禁酒法時代アル・カポネに心の師と崇められその見返りに官に圧力をかけ法的庇護を与えた」
他都市伝説めいた逸話には事欠かないが「NYの地下鉄車内の新聞売りから…」については本人が
「儂をモデルにしたTVドラマの脚本家が話を盛り過ぎたので完全に創作上の物語に過ぎん」
と明確に否定しているしニクソンに北爆停止を命じ…も学生か新入社員くらいの歳の若造がそんな発言力、影響力を持っていたら化け物だ。禁酒法時代のカポネの心の師云々…などに至っては大体140歳かそれ以上の年齢でないと計算が合わず殆ど場末の安酒場で交わされる与太話の水準と言って良い。
だがそれだけ妖怪視されてもおかしくない米言論界最大のタブーでい続けている事は明らかだ。
現に自らに反抗する者とその家族親戚合わせて全米で延べ80万人以上を殺害し、それを報道各社及び司法省に隠蔽させた事実が後の時代の歴史学者達の調査で明らかにされている。
それ故各国で付いた仇名は
「言論の妖怪」 「黒い皇帝」 「ペンの死神」 「悪と偽善の唯一神」 「全人類最大の敵」
他全部挙げれば両手両足の指の数では利かない。
「ねぇ、お父さん。 …ベルナールって一体どんな奴だったの? やっぱり凄い嫌な奴だった?」
「またその話か。 おばあちゃんとベルナールが離婚してもう三十年近く経つし家にも殆ど帰ってこなかったからお父さんもあんまり記憶に残っていないな。 ただお父さんが小学3年生の時だったかな。全米一のメディア王で誰も逆らえないとんでもない人だって知った後は1週間以上気分が悪くなってごはんも食べられなかった。それまでずっとよく似た顔と声の同姓同名の他人だとお父さんも友達もみんな思っていたのにまさか本人だったなんてな。あんまり気分が悪いから学校でも近所でも誰にも言わなかったけどそれで良かったよ。 ベルナールの威光を借りて立身出世なんてしていたらお父さんも奴と一緒に親子揃って筋金入りの社会の屑になっていたさ」
「それ聞いて、安心した。 お父さんはベルナールとは違うんだってわかる」
「そうか。 寝る前に歯磨けよ。♪」
「それ私じゃなくてお兄ちゃんに言ってよ! もう!!」
「呼んだかァ? 市長」
「このクソ兄貴ッ! しばかれたいの? 今度こそ本当に留年にされたいの!?」
「怒るなよォ。♪ 市長」
「畜生ォ、畜生……ッ! しばく! 絶対にしばいてやる!! 今から永遠に後悔させてやる!!」
「もう! 二人ともそれくらいにしておけ。 でもな…サヨ子は顔も性格も若い頃のベルナールに一番そっくりだ。 いつも思うけど血は争えないな」
「誉め言葉と、受け取っておくわ♪」
父はいつも初め必ず嫌々そうな態度を取りながら結局は実父たるベルナールの事を饒舌に話す。
心の中でまだどこか、仲直りできるんじゃないかという気持ちが残っているみたいだった。
もっとも二人が仲直りしても良い結果などもたらさないという事だけはちゃんと判っている。
議案3 『その男、ベルナール』 完
次回予告
「統治には必ず最後に有形力行使の機能が伴う」 中学高校水準の政治経済でも教える。 人々の自由権、財産権、そして何よりも、尊厳。
私は支配する為なら最も大切な「尊厳」も力でねじ伏せその上で踏みにじる。人権の為にする。
次回 議案4 『民事特例法301条』
銃剣とブルドーザーよりも恐ろしい物を、これからその目で見る事になる。
From now on I want to leave it to Judgement of future historians.
真実を直視せよ。
(え・伊澤 忍)
©小林 拓己/伊澤 忍 2679