伊澤屋

歴史・政治経済系同人誌サークル「伊澤屋」の広報ブログ。

ジオン第八連隊記  報告書2 『泥』

2011年10月09日 19時30分00秒 | Weblog
機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記  復興(あす)への咆哮 


報告書2 『泥』



 「うわ。こいつぁ地震だ。大きかった」

都議会を傍聴した帰りに阿呆面下げて名刺自販機を操作していた俺を襲った地震はスペースノイ
ドの俺にとっては初めてでしかもとてつも無くデカかった。その時は一種神々しさすら覚えた。


「どや、どや、どや……」
「ざわ、ざわ、ざわ……」

周りのヤープト人も多少動揺してはいたが至極冷静で、ついさっき30分ほど前の下品知事の続投
表明の際の傍聴席の反応に比べても全然騒いでいない。俺は自販機の名刺を仕上げ、改札に
向かったがちょっと予想以上に事態が深刻なようだ。駅員の表情が難渋しているな。

結構なヴェテランと見える駅員は額の汗を拭き拡声器を通じこう言った。


「只今の地震で都営地下鉄は全線で運転を見合わせております。試験走行をし安全を確認した後
となりますが運転再開の見通しは立っておりません」


ヤバいな。地下鉄はチュ・ウオウ線もミ・ドウス・ジ線もアウトかよ。おまけに家族思い、会社思い
のヤープト人の美徳の副作用?か長蛇の列の末ようやく順番が回ってきた公衆電話も回線パン
クで不可。緊急時には通話最優先の部隊にも一向に繋がらない。

「けっ、焦ってもしょうがない。気長に待つとするか」

俺は「難民」でごった返すホームや階段を「散歩」し運転の再開はいつかと改札を出たり入ったり、
夕方くらいには売店で買った菓子と茶でささやかな晩餐などして電車の運転再開の報せを待った。


あの都知事、下品で高慢ちきで実に嫌な奴だがそれに似合わず本当に良い仕事をする。
オオサ・カ都営地下鉄は災害や戦時における抗堪性を最大限考え幾度にも渡り改修を施されて
おりこの時も試験列車を2、3本走らせた後夜20時45分には運転を再開した。感謝するぜ。

途中盛大に泥を弾くような異音がしたり列車が自動停止して30分そこいら乗客缶詰で立往生など
したがどうにか安全に乗れて、下車した後道に泥が溢れた街を憲兵隊のサウロペルタに便乗して
無事兵営に辿り着けた。


「やべぇ。22時50分ってモロ帰隊遅延コいてるし」


幸か不幸か本日の連隊当直下士は俺の直属の上司の庶務係長ナカジマ曹長だ。漢の中の漢だ。
素直に門限破りを謝ればゲンコツ4、5発と尻蹴り上げ1発くらいで許してもらえるかもしれない。

「報告します!!シモムラ上等兵は外出で帰隊遅…」
「馬鹿か貴様!この状況見て解らんのか?言い訳は後でいいから明日以降から糞忙しくなる前
に今夜は良く寝ておけッッ!」

俺はその夜兵舎の普通の寝床で有難く惰眠を貪ったがその間も事態への軍の対応は速かった。
地震発生から約1時間後11月15日15時半には地球方面軍司令官マ・クベ中将はヤープト駐留の
各部隊へ災害派遣命令を下令しオオサ・カ、キョ・ウト、ト・クシマ他周辺地域を南極条約に基づき
「無害行動区」と宣言。合わせて乳幼児と妊産婦、貴重な文化財の安全な後方への疎開を命令。
これらを連邦にも呑ませた。

ジオンというと基本的に地球上に領土を持たないスペースコロニー国家だから自然災害など皆無
だと思われがちだが軍法にはしっかりと災害派遣が軍の任務の一つと明記されている。
もっともそれが運用される場面というと、アースノイドの暴走族がコロニー内でガソリン車を走らせ
て二酸化炭素濃度が危険ラインに達したとかに限られる訳だが。


「自爆装置のスイッチを入れたのに脱出装置が作動するとは阿呆な話だ。…なあ、ウラガン」
「熟練工が欠けて勤労動員の学生たちが建造したMSです。それくらいは大目に…」
「見ん!しかしギャンを少しは量産しておくのだったな。敵は混乱に乗じて相当数のMSを既に
アジアに移動させたというからな。 皮肉なものだ。国からも連邦からも地球文化至上主義者
と囁かれている私の配下で、国宝と文化財の宝庫とされる地で人類史上稀に見る大災害か」


翌朝起床喇叭で起きたら兵舎の一階が膝くらいまで泥で埋まっていてたまげた。

「七中隊は各自胴長を受領し用便を良く済ませて0715に官用車に乗車せよ。繰り返す…」

生きていた令達器から発せられる声がけたたましい。
今次災害派遣で俺ら七中の最初の任務は地震直後の大津波で被害を受けた航空軍第四飛行
団での後始末の作業だった。
飛行第四十一連隊は運良くCAPで青空していた2機を除きドップ18機が津波の海水を被った上
ところどころに流され丸ごと1個連隊壊滅。ガウと鹵獲ミデア装備の四十三連隊はたまたま所属機
がコマ・キ、ヨ・ナゴ、イ・ルマ等に定期便として皆出払っていて難を逃れた。


「流されたドップは列線に押し戻した後ホースの水とデッキブラシでジャバジャバ洗って残った
泥はウエスで綺麗に拭き取れ」


…ん。偵察写真を撮られても「まだ生きてるぞ」と思わす判断はルウムでもビルマでもそうだった
が心理戦として正解だな。

不謹慎な話だがこの時辺りまで俺は災害派遣という非日常を「楽しんで」いた。ほど良く汗を流し
廃材燃やしての炊出し飯ではあっても地上軍より遥かに旨い航空軍の飯を喰らい修学旅行のよ
うな気分でまだ余裕があった。

だがこの余裕は翌日以降連日連夜の「死の宴」で木っ端微塵に吹き飛ばされた。



                                          報告書2 『泥』 完


次回予告

海行かば水漬く屍。山行かば草生す屍。街行かば腐りて喰われる屍。もとい、まだ息ある者も。
俺は馬鹿だからこの状況をどう表現するのか言葉が見つからない。ってゆーか利口な奴でもこれ
をてめぇの肉眼でしっかり見据えて言葉で表現するのはちょっとキツいんじゃないかな。


次回  報告書3 『屍臭』。

悪臭、汚臭、腐臭。どれもまだ全然手ぬるいな。 第一「屍臭」に対して失礼じゃないのか。



注)サウロペルタ
  ジオン公国軍で汎用車両として用いられている四輪駆動車。

  帰隊遅延
  軍隊での外出の際の門限破りを意味する。外出禁止等処分の対象となる。

  CAP
  Combat Air Patrolの略。滑走路が速やかに空かないか脅威が近い条件下での戦闘空中哨戒。


                                       (C)伊澤屋/伊澤 忍  2671 
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