平成10年3月14日に福沢武一先生のお宅をお訪ねした折りに、先生からひとつの宿題をいただきました。
表題の「アト」です。「アト」とは、上伊那、下伊那地区で「水田の水の出口」を指す方言です。「アト」は稲の生長に応じて水田に必要な水位を保ち、水温を確保したり、田の草の繁茂を防ぎ、大水の際の排水口となる水稲栽培の重要なものです。この出口を作ることを「アトヲキル」といいます。
ところが、下伊那北部と上伊那南部、いわゆる両郡の接点となる地域では「アテ」という地区があるらしい、先生は「アト」が転訛して「アテ」となったか、あるいは単に「アト」を「アテ」と誤って使っているのではないか、これから方言について研究を深めていくのなら、手始めに調べてみなさいと、宿題をいただいたわけです。
先生のお話では、「アト」は、「アトクチ」の「クチ」が省略されたため、アクセントも違うということで、松川町教育委員会がまとめた「松川町の方言」冊子にも、同様の記述があります。
下伊那の売木村、浪合村出身の方は、「ミズグチ」(または「ミナグチ」、「~クチ」と濁らない場合もあります。)といい、「アト」は聞いたことがない、ただ、子供の頃に、水の出口を塞ぐために「アテに行って来い」といわれたとか。
この「アテに行って来い」という話を阿南町富草出身の男性にしたところ、彼は、田の水の流出を防ぐために板を当て、その板を「アテイタ」と呼ぶという話をしてくれました。「アテイタ」を当てる場所という意味でその場所を「アテ」と呼んでいたといいます。つまり、「アテ」とは、水田の水の出入り口をいうのではなく、水漏れしそうな場所を指すとのことです。もちろん、彼も「アト」は聞いたことがないといいます。
売木村、浪合村、阿南町の例で「アト」を聞いたことがないということは、この「アト」ということばは、飯田市以北のことばといえそうです。(前述の「アトヲキル」は、飯田市北方出身の方からお聞きしました。)
飯島の日曽利出身の女性は、「ミズグチ」といいました。こちらの場合は、出口も入口も「ミズグチ」だと言われたので、福沢先生の著書「ずくなし」を開いたところ、上伊那の方言を集めたこの本には「ミズグチ」が出てきません。あとで福沢先生にお聞きしたところ、先生の調査カードには「ミズグチ」も「ミナクチ」も登載されており、採録漏れになってしまったとのこと、意味合いは、日曽利出身の方が言うように出入口のいずれも指すことばだそうです。
上伊那南部では「ミズグチ」が出口、入口のいずれをも指すことを前出の浪合村出身の方にお話すると、その方は、「ミズグチ」というのは、田の水の出口ではなく、入口だといわれました。つまり、段々畑のような田であると、下の段の田では、入口が「ミズグチ」となる、すなわち、上の段で出口にあたる口が、下の段の「ミズグチ」となるために、すべてが「ミズグチ」イコール入口ということになるということだと話をされました。浪合村のような山間地ゆえに段々状の水田を作っている地域ならではの話だと思います。
豊丘村、中川村の方のお話ですが、「アト」は知っているが、「アテ」は知らない、ただし、中川村出身の方は、子どもの頃におじいさんが、田圃の水が当たる土手の部分を「アテ」と呼んでいたとか。この話は、先の売木村、浪合村、阿南町の方々から聞いた話と共通するものがあります。
このお二人からは、「ミズグチ」「ミナグチ」について、水が入ってくる部分はたしかに「ミズグチ」などというが、入口を指すとすれば「カケグチ」といったほうが、わかりやすいという話をお聞きすることができました。さらに、「カケグチ」と「ミズグチ」は基本的には違うというのです。「ミズグチ」に植えられた苗は生長がよろしくない、つまり、冷たい水が流れてくる場所、それが「ミズグチ」だというのだそうです。一方、「カケグチ」というのは、水が田全体へ向かって流れ出す場所なので、こちらへ植えた苗は普通に生育するという、実に興味深い話です。
もともと「アトクチ」と呼んでいた水田の水の出口は、「クチ」が省略されて、「アト」と呼称されるようになりましたが、水の入口は「カケグチ」です。「アト」のように「クチ」が省略されずに、いまだ「カケグチ」のまま、農家に息づいていることばです。
ところで「カケグチ」(「ミズグチ」、「ミナグチ」)まで来る水は「イ」を流れてきます。
一般に「イ」といえば、辞書などを引くと「井戸」と記述されています。ところが下伊那では「イ」とは田の水路、つまり「用水路」を指します。「イスイ」、「イゲタ」ともいいますが、「イ」は「井」ではなく、「堰」です。下伊那各地の用水路は「○○イ」と呼ばれています。「堰」を意味する「イ」は、失われる方言が多い中にあっても今も残っているのです。「イザレー」(「イザライ」)といえば、用水路の清掃作業を指し、近隣の農家が総出で、この作業をしたといいます。
結局、「アト」と「アテ」がイコールか否か、また、上伊那南部と下伊那北部に「アテ」が存在するのか、結論を出すことはできませんでした。(ご教示いただけるとありがたく思います。)しかし、「アト」、「アテ」を追いかける中で、「ミズグチ」、「ミナグチ」、「カケグチ」などの関連することば、さらに「イ」という副産物を収穫することができました。
ことばは生きていることを実感するとともに、ますます失われようとしている方言に愛着を覚えることができました。
表題の「アト」です。「アト」とは、上伊那、下伊那地区で「水田の水の出口」を指す方言です。「アト」は稲の生長に応じて水田に必要な水位を保ち、水温を確保したり、田の草の繁茂を防ぎ、大水の際の排水口となる水稲栽培の重要なものです。この出口を作ることを「アトヲキル」といいます。
ところが、下伊那北部と上伊那南部、いわゆる両郡の接点となる地域では「アテ」という地区があるらしい、先生は「アト」が転訛して「アテ」となったか、あるいは単に「アト」を「アテ」と誤って使っているのではないか、これから方言について研究を深めていくのなら、手始めに調べてみなさいと、宿題をいただいたわけです。
先生のお話では、「アト」は、「アトクチ」の「クチ」が省略されたため、アクセントも違うということで、松川町教育委員会がまとめた「松川町の方言」冊子にも、同様の記述があります。
下伊那の売木村、浪合村出身の方は、「ミズグチ」(または「ミナグチ」、「~クチ」と濁らない場合もあります。)といい、「アト」は聞いたことがない、ただ、子供の頃に、水の出口を塞ぐために「アテに行って来い」といわれたとか。
この「アテに行って来い」という話を阿南町富草出身の男性にしたところ、彼は、田の水の流出を防ぐために板を当て、その板を「アテイタ」と呼ぶという話をしてくれました。「アテイタ」を当てる場所という意味でその場所を「アテ」と呼んでいたといいます。つまり、「アテ」とは、水田の水の出入り口をいうのではなく、水漏れしそうな場所を指すとのことです。もちろん、彼も「アト」は聞いたことがないといいます。
売木村、浪合村、阿南町の例で「アト」を聞いたことがないということは、この「アト」ということばは、飯田市以北のことばといえそうです。(前述の「アトヲキル」は、飯田市北方出身の方からお聞きしました。)
飯島の日曽利出身の女性は、「ミズグチ」といいました。こちらの場合は、出口も入口も「ミズグチ」だと言われたので、福沢先生の著書「ずくなし」を開いたところ、上伊那の方言を集めたこの本には「ミズグチ」が出てきません。あとで福沢先生にお聞きしたところ、先生の調査カードには「ミズグチ」も「ミナクチ」も登載されており、採録漏れになってしまったとのこと、意味合いは、日曽利出身の方が言うように出入口のいずれも指すことばだそうです。
上伊那南部では「ミズグチ」が出口、入口のいずれをも指すことを前出の浪合村出身の方にお話すると、その方は、「ミズグチ」というのは、田の水の出口ではなく、入口だといわれました。つまり、段々畑のような田であると、下の段の田では、入口が「ミズグチ」となる、すなわち、上の段で出口にあたる口が、下の段の「ミズグチ」となるために、すべてが「ミズグチ」イコール入口ということになるということだと話をされました。浪合村のような山間地ゆえに段々状の水田を作っている地域ならではの話だと思います。
豊丘村、中川村の方のお話ですが、「アト」は知っているが、「アテ」は知らない、ただし、中川村出身の方は、子どもの頃におじいさんが、田圃の水が当たる土手の部分を「アテ」と呼んでいたとか。この話は、先の売木村、浪合村、阿南町の方々から聞いた話と共通するものがあります。
このお二人からは、「ミズグチ」「ミナグチ」について、水が入ってくる部分はたしかに「ミズグチ」などというが、入口を指すとすれば「カケグチ」といったほうが、わかりやすいという話をお聞きすることができました。さらに、「カケグチ」と「ミズグチ」は基本的には違うというのです。「ミズグチ」に植えられた苗は生長がよろしくない、つまり、冷たい水が流れてくる場所、それが「ミズグチ」だというのだそうです。一方、「カケグチ」というのは、水が田全体へ向かって流れ出す場所なので、こちらへ植えた苗は普通に生育するという、実に興味深い話です。
もともと「アトクチ」と呼んでいた水田の水の出口は、「クチ」が省略されて、「アト」と呼称されるようになりましたが、水の入口は「カケグチ」です。「アト」のように「クチ」が省略されずに、いまだ「カケグチ」のまま、農家に息づいていることばです。
ところで「カケグチ」(「ミズグチ」、「ミナグチ」)まで来る水は「イ」を流れてきます。
一般に「イ」といえば、辞書などを引くと「井戸」と記述されています。ところが下伊那では「イ」とは田の水路、つまり「用水路」を指します。「イスイ」、「イゲタ」ともいいますが、「イ」は「井」ではなく、「堰」です。下伊那各地の用水路は「○○イ」と呼ばれています。「堰」を意味する「イ」は、失われる方言が多い中にあっても今も残っているのです。「イザレー」(「イザライ」)といえば、用水路の清掃作業を指し、近隣の農家が総出で、この作業をしたといいます。
結局、「アト」と「アテ」がイコールか否か、また、上伊那南部と下伊那北部に「アテ」が存在するのか、結論を出すことはできませんでした。(ご教示いただけるとありがたく思います。)しかし、「アト」、「アテ」を追いかける中で、「ミズグチ」、「ミナグチ」、「カケグチ」などの関連することば、さらに「イ」という副産物を収穫することができました。
ことばは生きていることを実感するとともに、ますます失われようとしている方言に愛着を覚えることができました。