祈りを、うたにこめて

祈りうた(病み記  フ・ウ、ザ・深呼吸)

フ・ウ

 

病んだひとがフウと言う

フーではなく フ・ウと言う

体のだるさ・重さを吐きだす息でもない という

心のせつなさを嘆く声でもない という

病に降参する その白旗などではもちろんない という

フ・ウ そう言えば息が通るのだという

竹の節を抜いたみたいに自分から世界へ

フ・ウ そう言えば負けない気持ちになるのだ という

世界が生きた空気に満ちているとわかって

 

―フ・ウ

 

 

寝床に入ると不安が胸の真ん中を這いあがってくる

暁け方 ようやくうとうとしてきた頭に恐怖が襲う

手の先足の先が冷たい

気づくと息が浅くなっている

病んだひともわたしもまだ何も失くしていないのに

こんなにオロオロしている

 

フ・ウと言ってみる 

くり返しくり返し言ってみる

すると息がちょっと変わる
 
どぶからゴミが除かれたように

 

夜はまだ明けきっていないが わたしは床を出る

これから今日の二人分の朝飯を作る

 

 

ザ・深呼吸

 

病んだひとのこころは ぜんぶが

耳になったり目になったりする

びりびりびりびり震えている

わたしの言葉よ
 
口の中で百度くり返してから相手の心をめざせ

わたしの頬よ できるだけ自然に
 
ふだん笑わぬ顔をいっそうこわばらせるな

だからといって
 
気を遣っています などと見抜かれてはダメだ

 

病んだから聞こえる

温かな声がある

 

病んだから見える

まなざしの優しさがある

 

病んだから

病みました そう言える神さまがいる

 

心にだって天気がある

晴れたり 曇ったり 荒れたり 穏やかだったり

 

心にだって重さもある

軽くなったり 重くなったり 

 

だから心だって

浮いたり 沈んだりする

 

おまけに

赤くもなれば 青くもなる 灰色にも黒色にもなる

 

吸う息が浅くてはやいと心はしぼむ

吐く息が深くてゆっくりだと心はふくらむ

 

顎をちょっとだけでも上へ向けて

ザ・深呼吸

 

残りの命を「余った命」なんて言うの 

おかしくない?

小学生の孫が口をとがらす

「余命」の字にひっかかったらしい

 

だが 今日の扉は開いても

明日のとびらが開くかどうか

だれも知らない

たとえ「余命」を告げられても

その時間は自分で決められない

だから 命は余らせぬ

最期のひと息までぜんぶ使い切る

 

さあ深呼吸をして

まずゴミ捨てに行こう

 

 

★たんぽぽの 何とかなるさ 飛んでれば 
★いつも読んでくださり、ほんとうに有難うございます。

 原爆のことを考えながら、また平和のことを考えながら、行き着くところは「死」のことだと思いました。そして「死」のことを考えることは「生」のことを考えることでもあると。
 戦争は、人間の生を踏みにじり、死へと追い詰めていく残酷なものです。また病も、人間の生を傷つけ、死へと追い込んでいく残酷なものです。
 峠三吉が『原爆詩集』序で「にんげんをかえせ」と叫びました。病んだ人も、いま病床で「わたしの健康をかえせ」と叫んでいるのではないでしょうか。

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