祈る
―この戦争が 早く終わりますように
朝いのる 昼いのる
夜いのる
―この戦争が はやく終わりますように
だが と思う
この戦争は侵略なのだから
―この侵略が 早く終わりますように
こう祈るべきではないのか と
さらに と思う
この侵略は一人の狂気によるものだから
―この狂気が 早く止みますように
こういのるべきではないのか と
―一人の狂気が 正されますように
ー一つの侵略が 断たれますように
朝いのる
昼いのる
夜いのる 夢で
祈る
―このむごい戦争 それが
早く
はやく
消え去りますように!
●ご訪問ありがとうございます。
ロシアの専門家や軍事の専門家が、テレビでさかんに解説しています。それを聞きながら、このごろ何となく違和感を覚えるようになりました。
解説がスマートで、戦争当事者はもちろん、この惨劇を知らされている者のいたみが迫ってこないからではないかと思います。スポーツの解説ではないのです。人が殺し合いをしているのです。「あなたは戦地へ行って、その眼でご覧になってきたのですか」と聞きたくなります。
「個死」と「群死」について、6月5日に投稿しました。専門家の解説に「群死」の視点を感じたことが、「塊としての死者」を数え上げることへの抵抗を生じさせたのだと思います。
ウクライナの侵略が始まってもう100日も経ちました。亡くなった市民や兵士、連れ去られたウクライナの市民、捕虜となった兵士などの情報は伝えられていません。戦力図や武器の話題が増えてきています。関心が移ってきていると感じます。